民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

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「徒然草」 第75段 つれづれわぶる人

2016年02月02日 00時05分12秒 | 古典
 「徒然草」 吉田兼好 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 角川ソフィア文庫 2002年

 孤独の哲学――つれづれわぶる人 第75段 (「清貧の思想」中野孝次の中で紹介)

 時間をもてあます人の気が知れない。何の用事もなくて、独りでいるのが、人間にとっては最高なのだ。

 世の中のしきたりに合わせると、欲に振り回されて迷いやすい。人と話をすると、ついつい相手のペースに合わせ、自分の本心とは違った話をしてしまう。世間とのつき合いでは、一喜一憂することばかりで、平常心を保つことはできない。あれこれ妄想がわいてきて、損得の計算ばかりする。完全に自分を見失い、酔っぱらいと同じだ。酔っぱらって夢を見ているようなものだ。せかせか動き回り、自分を見失い、ほんとうにやるべきことを忘れている。それは、人間誰にもあてはまることだ。

 まだこの世の真理を悟ることはできなくても、煩わしい関係を整理して静かに暮らし、世間づきあいを止めて、ゆったりした気持ちでほんらいの自分をとりもどす。これこそが、ほんの短い間でも、真理に近づく喜びを味わうといってよいのである。

 日常の雑事、義理づきあい、もろもろの術、がり勉なんかとは縁を切れ、というふうに『摩訶止観』(中国天台宗の根本聖典)にも書いてありますよ。

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