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「本屋さんで待ちあわせ」 その24 三浦 しをん  

2018年01月07日 00時12分57秒 | 本の紹介(こんな本がある)
 「本屋さんで待ちあわせ」 その24 三浦 しをん  大和書房 2012年

 希望が生まれてくるところ その3
 ――『花宵道中』宮木あや子・著(新潮社/新潮文庫) P-162

 彼女たちが、男性との恋に希望を見いだすのではないところが、この作品を通り一遍の「遊郭小説」とはちがうものにしている。
 山田屋で寝食をともにする遊女たちだが、当然、そりの合わない相手もいれば、いたわりと信頼で結ばれた相手もいる。ふだんは反目しあう仲でも、たまに一致団結して浮気な客をとっちめたりもする。女同士の友情、嫉妬、楽しい会話、そっけないようで相手を思いやる距離感が、細やかに描かれる。遊女たちは、男との恋によってではなく、仲間の遊女とのかかわりを通して、希望を抱いていくのである。

 惚れた腫れたからではなく、孤独と連帯の狭間で揺れ動く人間関係のなかからこそ、希望は生まれる。ひとを生かす力は、そこから芽生える。『花宵道中』は、高らかにそう告げている小説だと私は思う。

 遊女たちが主人公であるからして、『花宵道中』にはもちろん、官能的シーンがたびたび出てくる。しかしこの官能は決して、読者を快楽に浸らせるためのものではない。むしろ、「げっへっへ」と喜んですり寄ってくる好色なおじさん(イメージ)を、冷たい刃で切りつけるような誇り高さと美が感じられる。『花宵道中』の官能は、一個の肉体と精神をもって生きる人間の、魂の咆哮なのであり、意志が発する叫びなのだ。青白い炎を宿す快感と痛みと怒りを知れ。

 登場人物たちの切実で繊細で力強い心を、私は愛する。

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