民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

語り手のわたしと聞き手のあなたが
一緒の時間、空間を過ごす。まさに一期一会。

「古事記」 イザナギとイザナミの出会い

2014年07月09日 00時47分35秒 | 古典
 「古事記」 原文 イザナギとイザナミの出会い

 ここに、その妹(いも)、伊耶那美命(いざなみのみこと)を問ひて曰(い)ひしく、
「汝(なむら)が身はいかにか成れる」といひしに、答へて白(まを)ししく、
「吾が身は成り成りて成り合はぬ処(ところ)、一処(ひとところ)あり」とまをしき。
爾(しか)くして、 伊耶那岐命(いざなきのみこと)の詔(のりたま)ひしく、
「我が身は成り成りて成り余れる処、一処あり。
故(かれ)、この吾が身の成り余れる処を以(もち)て、
汝(なむら)が身の成り合はぬ処を刺し塞(ふさ)ぎて、国土(くに)を生み成さむと思ふ。
生むはいかに」とのりたまひしに、 伊耶那美命の答へて曰(い)ひしく、
「然(しか)、善し」といひき。爾(しか)くして、 伊耶那岐命の詔(のりたま)ひしく、
「然らば、吾(あれ)と汝(なむら)と、この天(あめ)の御柱(みはしら)を
行(ゆ)き廻(めぐ)り逢ひて、みとのまぐはひをせむ」とのりたまひき。

 「超入門 古事記」 山田 永(ひさし)著  小学館 2014年

 そこで、イザナキは妻イザナミに、「お前の体はどのようになってるんだ?」と尋ねた。
「アタシの体は完成したものの、引っ込んでいる部分が一ヶ所あるのよ」とお答え申しあげた。
そこでイザナキが「ワシの体は完成したものの、逆に出っ張っている部分が一ヶ所ある。
だから、ワシの体の出っ張っている部分を使って、お前の引っ込んでいる部分を挿し塞いで、
国土を生み成そうと思うのだ。どうかな?」とおっしゃったので、
イザナミは、「それはいいわね」と答えた。
そこでイザナキは、「それなら、ワシとお前はこの神聖な柱の周りをまわり、
出会った所でセックスしよう」とおっしゃった。

 「みとのまぐはひ」は原文では「美斗能麻具波比」と漢字の音仮名で書かれている。
日本語の文字がなかった当時、「古事記」は中国の漢字の音仮名で日本語を表した文字と、
漢文とで構成されている。
いわば暴走族の使うような「夜露死苦」という当て字と「以和為貴」・・・和を以って貴しとす・・・(日本書紀)という漢文がごっちゃになっているのだ。



「自分の感受性くらい」  茨木 のり子

2014年07月07日 00時03分23秒 | 名文(規範)
 「自分の感受性くらい」  茨木 のり子 

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難かしくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

「倚(よ)りかからず」  茨木 のり子

2014年07月05日 00時22分43秒 | 名文(規範)
 「倚(よ)りかからず」  茨木 のり子 (73才の作品)

もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや
できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや
できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくはない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある
倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ

「今昔物語」 野口 武彦

2014年07月03日 00時27分42秒 | 古典
 「今昔物語」いまむかし  野口 武彦 著  文藝春秋 2014年

 あとがき

 前略

 日本人に限らず、一国の歴史の動きはどこか粘菌の生態に似ている。
粘菌は動物とも植物ともつかない奇妙な生物であり、いろいろな環境条件に合わせて生態を変え、
原形質の塊になるかと思えば、単細胞のアメーバ状態になってしぶとく生き延び、
胞子を放出して発芽させ、キノコの笠のような実体をとるといったサイクルを繰り返すそうである。

 人間の歴史にも時折、人間が原形質状態に還元され、実存の粘膜的部分を露出させて
いきなければならない時代がある。
たとえば、11世紀、『今昔物語』に語られているような古代律令制の解体期。
15,6世紀、室町幕府の衰退から戦国期の兵乱を経て、江戸時代初期まで続く混乱期。
19世紀末葉、幕末動乱から明治初年代に引き継がれる価値紊乱(びんらん)期。
いずれをとってみても、時の支配層が、従来の方式では統治できなくなった時代という共通点がある。

 そして今また21世紀初頭の日本。
われわれは、新たに原形質に還元される時代を迎えようとしている。

 そのメルクマール(指針)は、現在、人間生活のほとんどあらゆる部位で噴出しかけている
「自力救済」への欲求である。
人間が生きる権利を主張する限りは必ず他人との利害の対立が生じ、抗争を醸成させる。
その解決方法は安定した社会では、強力な政治権力をバックにした法的権威による裁定にゆだねられる。
政治権力と法的権威とは通常の状態ではたがいにあまり矛盾なく、
法権力という形態で安泰に統一されている。

 しかし、何らかの事情によって法権力からこの安泰が失われたらどうなるだろうか。
二つの場合が想定できる。
第一は、政治権力が弱体化して、法的制裁に不可欠な実力による担保が行われなくなった場合。
『今昔』的状況がそのケースである。
第二は、法律・法制が現行社会の実情に合わず、さまざまな齟齬(そご)を生じて、
法権力から下される裁定が万人を納得させられない事態が煩雑に起きることである。
多くの人々が諸法規は現状にそぐわないと感じ始めている状況である。

 現代日本で起きているのはこの第二のケースであろう。
それかあらぬか最近の日本人の振る舞いには『今昔物語』の世界に通じる物が多くなった。
一、二を挙げれば、死体の放置が珍しくなくなったし、児童虐待や捨て子も日常茶判事になってきた。
それは貧困階層か裏社会でのことにすぎないというか。
しかし今のままじゃ「ヤッチャイラレナイ」という空気が醸し出されたことは事実。
一部で常態と化した風儀がやがて全般を蔽(おお)うのは、
これまでの歴史に照らしてまったく時間の問題なのである。

 2013年12月29日  野口 武彦

「大学の会議」 吉田孝 

2014年07月01日 01時03分06秒 | 雑学知識
 「大学の会議」 ひねくれ教育日誌(第2部)  吉田孝 

 大学の会議が長いことが、大学の教員のFBでよく話題になる。
会議が長引く理由はいくつかある(思いつくままに)。

(1)会議の終了時間が決まっていない。
終了時間を決め、みんながその時間に終了するよう心がければよいのに。
会議の時間はせいぜいどんなに議題があっても2時間まで。
議題が一つなら30分でよい。それ以上は無効。

(2)事実関係についての共通理解ができていない。
事実確認すればすむことを「ああだった」「こうだった」と議論をする。

(3)原案がない。
「この件についてどうしましょうか」とか・・・・・

(4)文書を読めばわかることを長々と説明する人がいる。
一番ひどい例は、文書をだしておいて、「読むと長くなるのでかいつまんで説明します」
と言いながら、文書を読むより長い時間をかけて説明する人。

(5)一度決まったことを何度もむしかえす人がいる。
どこにでもある一般的な現象。

(6)時間をかけるのが民主主義だと誤解している人がいる。
これもよくあること。

(7)発言して目立とうとする人がいる。
選挙などが近くなるとそういう人がいる。

(8)多数決ではなく、全員一致を原則にしている。
なぜか大学の会議では多数決を避けようとする。
私は多数決をして「少数だが反対意見が存在した」ということを事実として残すことのほうが
重要だと思う。

(9)声の大きな少数派が存在する。
どの社会にも存在する現象。

(10)議長が無能または議長をしている快感に浸っている。
たぶん、これが一番大きな理由。