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「大本営発表」 その4 辻田 真佐憲

2018年01月20日 00時21分51秒 | 雑学知識
 「大本営発表」 その4 改鼠・隠蔽・捏造の太平洋戦争 辻田 真佐憲 幻冬舎新書 2016年

 「はじめに」 その3

 それにしても、なぜ大本営発表はかくも破綻してしまったのだろうか。
 大本営は、陸海軍のエリートが集まる頭脳集団だった。デタラメな発表を繰り返せば、いずれ辻褄が合わなくなり、国民の信頼を失うことなど容易に想像できたはずだ。そんな彼らが大本営発表の担い手だったとは、にわかに信じがたい。

 また、マスコミの態度にも疑問の余地が残る。たしかに法令や暴力で脅かされていたとはいえ、一癖も二癖もある記者たちがそんな簡単に軍部のいいなりになったのだろうか。当時マスコミの代表格だった新聞の多くは、大正時代から昭和初期にかけて、大正デモクラシーや第一次世界大戦後の軍縮ムードを背景に、軍部に対して批判的な論陣を張っていた。軍部にもこれを抑えるのに、たいへん悩まされていた。それがたった10数年で軍部の拡声器に成り下がるとは、いささか解せない。

「大本営発表」 その3 辻田 真佐憲

2018年01月17日 00時18分23秒 | 雑学知識
 「大本営発表」 その3 改鼠・隠蔽・捏造の太平洋戦争 辻田 真佐憲 幻冬舎新書 2016年

 「はじめに」 その2

 大本営発表のデタラメぶりは、実に想像を絶する。
 大本営発表によれば、日本軍は、太平洋戦争で連合軍の戦艦を43隻沈め、空母を84隻沈めたという。
だが実際のところ連合軍の喪失は、戦艦4隻、空母11隻にすぎなかった。つまり、戦艦の戦果は10.75倍に、空母の戦果は約7.6倍に、水増しされたのである。反対に、日本軍の喪失は、戦艦8隻が3隻に、空母19隻が4隻に圧縮された。

 単純ミスなどではとうてい説明できない。あまりにもデタラメな数字の独り歩きである。こうした戦果の誇張と損害の隠蔽は、巡洋艦、駆逐艦、潜水艦など小型船艇や輸送船、さらには飛行機や地上兵力の数字などにも及んだ。

 数字だけではない。大本営発表のデタラメぶりは、表現や運用にも現れた。絶望的な敗北は闇から闇へと葬られた。守備隊の撤退は「転進」といいかえられ、その全滅は「玉砕」として美化された。悲惨な地上戦は数行で片付けられ、神風特別攻撃隊の「華々しい」出撃で覆い隠された。本土空襲の被害はもっぱら「軽微」とされ、ときに「目下調査中」のまま永遠に発表されなかった。

 大本営発表は戦局の悪化とともに現実感を失い、ついには軍官僚の作文と化した。当初こそ軍部を支持した国民も、やがて疑念を抱きはじめ、戦争末期にはほとんど発表の内容を信じなくなった。今日に至る「あてにならない当局の発表」としての大本営発表は、戦時下にすでに成立していたのである。


「大本営発表」 その2 辻田 真佐憲

2018年01月15日 00時01分28秒 | 雑学知識
 「大本営発表」 その2 改鼠・隠蔽・捏造の太平洋戦争 辻田 真佐憲 幻冬舎新書 2016年

 「はじめに」 その1

 大本営発表は、日本メディア史の最暗部である。
 軍部が劣勢をよそに「勝った、勝った」とデタラメな発表を行い、マスコミがそれを無批判に垂れ流す。そして国民は捏造された報道に一喜一憂させられる。かつて日本はこうした暗い時代があった。

 戦後70年以上がすぎてなお、大本営発表が「あてにならない当局の発表」の比喩として盛んに使われている事実は、この体験がいかに比類なく強烈だったのかを物語っている。2011年3月に発生した福島原発事故に関して、経済産業省、原子力安全・保安院、東京電力などの発表が「大本営発表」として批判されたことも記憶に新しい。

 大本営発表とは本来、1937年11月から1945年8月まで、大本営によって行われた戦況の発表である。大本営は日本軍の最高司令部だったため、その内容は基本的に軍事的なものに限られていた。にもかかわらず、その発表が今日ここまで強い印象を残しているのは、そのデタラメぶりがあまりに酷かったからにほかならない。

「大本営発表」 その1 辻田 真佐憲

2018年01月13日 00時34分01秒 | 雑学知識
 「大本営発表」 その1 改鼠・隠蔽・捏造の太平洋戦争 辻田 真佐憲 幻冬舎新書 2016年

 「帯書き」

 信用できない情報の代名詞とされる「大本営発表」。
その由来は、日本軍の最高司令部「大本営」にある。
その公式発表によれば、日本軍は、太平洋戦争で連合軍の戦艦を43隻、空母を84隻沈めた。
だが実際は、戦艦4隻、空母11隻にすぎなかった。
誤魔化しは、数字だけに留まらない。
守備隊の撤退は「転進」と言い換えられ、全滅は「玉砕」と美化された。
戦局の悪化とともに軍官僚の作文と化した大本営発表は、組織間の不和や、政治と報道の一体化に破綻の原因があった。
今も続く日本の病理。悲劇の歴史を繙く。


「いま誇るべき日本人の精神」 加瀬 英明

2018年01月11日 00時48分39秒 | 雑学知識
 「いま誇るべき日本人の精神」 加瀬 英明  KKベストセラーズ 2016年

 「日本の座る文化」

 (前略)

 私は日本が「座る文化」であるのに対して、ユダヤ・キリスト・イスラム社会が「動く文化」だということが、その裏にあると思う。ユダヤ教から、キリスト教が生まれ、ユダヤ・キリスト教の母胎から、さらにイスラム教が生まれた。
 日本には「神が鎮まっている」という、言葉がある。日本の神は、静的なのだ。
 神が「鎮まる」という表現は、日本だけのものだ。日本では神は「鎮座」しているが、ユダヤ・キリスト・イスラムの神は、能動的な神だ。

 (中略)

 日本には「座」という言葉がある。「社長の座」から、「妻の座」まである。みな、それぞれ、自分の「座」を持っていて、その座に対して敬意が払われる。社長も、妻も、その座から動くことなく、そこに鎮まっているという、考えかたがある。
 日本ではトップに立つ者は、動かなくてもよいという考えが、強かった。頂点に「立つ者」というより、「座る者」といったほうがよかろう。
 社長の座とか、妻の座とかいわれるが、座に据えられた人よりも、座のほうに値打ちがある。