北口本宮冨士浅間神社は、山梨県のにあります。鳥居をくぐると大鳥居まで杉やヒノキに囲まれた参道が続きます。
参道脇にある「角行の立行石」は、1610年冬、富士講の開祖・角行がこの石の上で爪立ちして30日間修行をしたといわれています。
姉から御師さんについて教えてもらいました。
こちらの大鳥居は、日本最大級の木造鳥居のようです。朱い鳥居が美しいです。
大鳥居を通り過ぎると、「随神門」が正面に見えます。
そして、その後、拝殿にて参拝。すると、鐘に藤岡の文字がありました。
何故群馬県の藤岡講が鐘を寄贈しているのか、それは、渡来人が持ち込んだ養蚕の繋がりがあり、太古の渡来人、徐福にも繋がるのだろうということでした。
徐福には、スサノオ説がありますね。というと、そうかもしれないと言っていました。スサノオ尊のような強いエネルギーを持った方は何代も時代を超えていたのかもですね。
北口本宮冨士浅間神社拝殿両側には、ご神木が2本ありました。拝殿向かって左にある「冨士太郎杉」、右は「夫婦檜ひのき」でした。
冨士太郎杉
拝殿で参拝を終えるて、くるりと周り、拝殿裏にあります恵毘寿様にも。
そして、そばの大国主神と事代主神の幟のそばをとおります。事代主はエビスさま。
そのあと、バスの中で添乗員さんが、バスの中でおすすめといっていた場所「大塚丘(おおつかやま)」に向かいました。
一回境内をでて、車道沿いを200メートルくらい歩きます。
一番奥39番にあります。
実はこの場所、北口本宮冨士浅間神社よりも前に建立された場所で、元宮といえる場所のようです。
北口本宮浅間神社の社記によると日本武尊が東征のおり、相模の国(神奈川県)足柄坂本から超えて甲斐の国(山梨県)に入り酒折の宮に行かれる途中、この丘に登り富士の霊峯を遥拝したところと伝えられています。
日本武命といえば、埼玉の三峯神社を参拝したときの、あの大きなよく来たねの銅像を思います。
三峯神社
また、気比神宮に祀られる仲哀天皇の父でもあり、倭姫の甥にあたります。父、景行天皇との悲しい確執や白鳥になって🦢天に飛ぶ話が描かれる神様です。
日本武尊が冨士に来たことを知る里人は、大塚丘上に社殿を建てて日本武尊をお祀りしました。
この冨士浅間神社の元宮といわれる場所の雰囲気、華々しくなく、それでいて整い、穢されないようになのか、ひっそりと佇むお宮。
こういう所いいですね。
教えてもらわなければ参拝してなかったかな。
参拝出来て良かったです。
そして、次は、冨士浅間神社内にあります諏訪神社に、向かいました。個人的には境内の中のお宮では諏訪神社に感動しました。。
つづく