参照:意識社会、団塊の意識の置きどころ
組織・地域・テーマなどを中心にホームページが作られている。
もちろん、個人でも作られてきたのだが、
個人の言葉・意識とは、
対象との関係の中で生まれ
更新されている社会的な出来事ではないか?
とすれば、
自身の存在の手がかりを残してゆくには、
その対象のHPに書き込んだり、
主宰して、テーマや組織を守ることだけでは、
残りの部分が取りこぼされる。
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「古代・封建時代」、「市場・生産時代」に比して
「意識時代」ということを、考えたことがあった。
「意識時代」のための団塊の途中下車
その中の意識時代を、
意識社会として書き直すと、この図のようになる。
個人は、緩やかな意識のまとまりで、
その個人的な意識が、夫婦・家族などの領域で、
社会的な意識が、生産関係にあった。
社会が成熟すると、
個人的な興味から広がる関心関係、
社会生産関係から . . . 本文を読む