『生成と消滅の精神史 終わらない心を生きる』 下西風澄著を読み終えて、
『生成と消滅の精神史 終わらない心を生きる』 下西風澄 著を読み終えて、続けてきたこのブログ「モノと心の独り言」の、辿っている道筋がみえてきた。
文明開化を実践しようとした夏目漱石は、日本のヴァーチャルな『自然』と『主体』との困難に、引き裂かれた。私はその逆に、戦後の米国教育での意識による行動に、自分の身体が裏切ったことに . . . 本文を読む
2022年11月16日 CityLaboで開かれた、『"スロー”を実感できる場所 〜Soft Cityをつくる小商い建築たち〜 「ソフトシティ 人間の街をつくる」「小商い建築、まちを動かす」刊行記念トークイベント』で、愛読書「SoftCity」著者のデイビッド・シム氏にサインをもらって、喜び溢れての独り言。
1969年に意識と身体のズレを実感し「' feeing like ins . . . 本文を読む
「私たちの空間内での行動は空間を変え、私たち自身を変え、他者も変える。 私たち動作は空間に置かれた物を変え、それが私たちや他者を変える。 それらは私たちの思考と他者の思考を変える。 私たちのつくったもの(これらの言葉のように)は目の前の空間にとどまり、 誰かーーー私たちが知るよしもなく、想像もしない人々ーーーの思考を変える。」 『Mind in Motion - 身体動作と空間が思考をつくる . . . 本文を読む
社会は、コミュニケーション:つまり呼応の縮約で、成り立っていいて、分化され続けてきた社会システム間の相互干渉を促進するのがアート(人の感性による技)なのだと、割り切らせてもらった著作群です。
『形式の法則』G・スペンサー=ブラウン著、
『行為の代数学』大澤真幸著、
『システム現象学-オートポイエーシス』河本英夫著、
『制御と社会』北野圭介著、
『プロトコル-脱中心化以後のコントロールはい . . . 本文を読む
COVID-19パンデミックの結果が二つに分かれた。香港では恐怖で自閉・社会を諦める。米国では、外出禁止の反動で路上に出て解放感に浸る。パーソナル・ディスタンスは、一方は拡がり、他方は近接へ。コトバも検閲かソーシャルで開放、増幅され、国家警察が介入か、自重する警察・州兵か。プロパガンダ一色か、スキャンダルで視聴率を稼ぐか。相場も国家統制か、支援財政出動でAI相場は瞬時にバブル。
日本は自粛と様子 . . . 本文を読む
今、新型コロナウィルスへの対策が見つからない混乱から、緊急事態宣言がでた。ウィルスは、細胞よりも小さくて、二週間後の発現は、見える今を信じている現代人には、恐怖のようだ。
そして、想い出したのが、私の学生時代を変えた、この本の表紙『エロス的文明』H・マルクーゼ
今の社名 アルフに繋がる。まるで、地球の表面にへばりついた細胞が、宇宙の闇に浮かんでいるようで、レターヘッドに
For the li . . . 本文を読む
お茶の水でまた遭って、買ってしまった『超現実の時代』。
還暦が過ぎたら書き終えようと、積み上げていた資料に載せる。
「近代、建築と美術の関り」から始めた小林文二研での卒論は、「ダダ・シュールレアリズム ノート」として、未完のまま。
”ものと心の独り言”の歩みは確かだが、終わりが見えない。いや、始まったばかりなのか、
また、夜が明ける。
. . . 本文を読む
はじめから考えてみると・選挙とは → 選挙域内の状況/課題/目標を探り政策を立案/促進する代理者を選ぶこと?・状況とは → 地域の気候・地勢・資源により、生存/統治/生活・経済活動/文化の総合状況・課題/目標とは → 地域内で不足していることを補い、志すこと・目標の内容 → 治安/生産/生活・経済・交易指標:生活充足度
だから、官僚/行政と市場/事業組 . . . 本文を読む
近代合理精神での「我思う故に、我在り」=思わない・意識の遡上に乗らないコトは、非合理といわれた教育を、敗戦後全面的に受けてきた世代が多くを占める時代になった。しかし、更に観察・計測・集計・思考するセンサー技術と情報処理技術が発展普及してみると、意識以前の身体と周囲の環境と増殖した神経細胞の活動との関連が明らかになってきています。
そこで、『文化を生きる身体-間文化現象学試論』山口一郎 著では、「 . . . 本文を読む
経済中心のグローバル化で世界が一元化してゆくとの考え方に対し、自然環境・生命・身体の空間的・時間的偏在から自己組織化し続ける地域社会をと、街暮らしの記憶と兆しを残そうとしてきました、「まちひとサイト」。契約更新で、今年度も中央区のお世話になる機会に、その意図について。 . . . 本文を読む
敗戦に懲りた平和ネタのあふれる8月15日は、誰もが 「平和」を唱えれば贖罪されたような気分。誰が、何が、戦争を起こし、戦地に向かい送ったのかという前提を飛ばしている。何故負けたのではなく、なぜ、戦争や争いが無くならず、また、形を変えて拡大しているかの自覚もない。
歴史を振り返れば、生活圏を超えた略奪・交易・植民・資源市場占拠など、族や国家単位の武力を伴う競合は続いている。都市国家のギリシャ市民は . . . 本文を読む
’管理’から’制御’へ。装置であるコンピューターの分析から、メディア、通貨、政治へ。そして、管理される主体から制御される個体と社会は、自然から人工環境までを巻き込んだ物質的な化合・増殖物でありそうだ。
管理→制御 意志→持続 自己→’集己’ 生存→ネットワークとソーシャルグラフ
言 . . . 本文を読む
近代のオリンピックは、若者の競合。それに、ハンディのパラリンピックがつづいた。東京は、安全だからではなく、高齢者が協力・参加する、街暮らしイベントになれば、日本らしい・東京らしい、オリンピックになるのでは。単なる、都市のインフラ更新の機会だけでは無くしたい。 . . . 本文を読む
’終戦’を、’平和’への願いだと思うのはいい。しかし、他人事のような終戦という言葉に、世界不況後の国土と市場を目指した日本の歴史に対する意識が欠如してしまう。 ’敗戦’と相対的な負けを自覚すれば、今、アジアの興隆のなかで自閉している若者にも、希望が持ち得るのだが・・・ . . . 本文を読む