サイコパスだけじゃない危険な脳の扱い方(最初の一部のみ抜粋)
私(中野信子さん)にとって脳科学とは人間を観察し、深く知るための方法のひとつです。なかでも普通とは違った振る舞い、考え方をする人たちや、心の暗い側面には強い興味を持ってきました。そこに、きれいごとや理想とは異なる、人間の本質を見ることができるからです。
昨年(2016年)書いた『サイコパス』(文春新書)も、そうした関心から生まれました。もともとサイコパスとは連続殺人犯などの反社会的な人格を説明するための概念ですが、脳科学の進歩により、恐怖や不安を感じにくい、他者への共感性が低い、自分の損得に関係ないことには無関心などの特質や、なぜそうした性格が発現するのかといったメカニズムが次第に明らかになってきています。この本では、こうした特質を持つ「サイコパシー傾向の高い人」を総じて「サイコパス」として、その謎に満ちた存在に迫ってみました。
「みんなそうじゃないの?」
『サイコパス』を世に出してから、読者から大きな反響が寄せられましたが、それは私にとって非常に興味深いものでした。
まず、およそ九割を占めたのが、「自分の周りにもこういう人がいる。なぜあんな行動をとるのか、やっと納得がいきました」というものでした。「サイコパス」はアメリカでは人口の四%、日本でも百人に一人はいると言われています。大企業のCEOや弁護士、外科医など、大胆な決断をしなければならない人々に多いという研究結果もあります。かなり身近なところで、しかも周囲にすくなからぬ影響を及ぼす存在として、「サイコパス」と遭遇している可能性は高いといえます。
次に多かったのは「これを読んで、自分のことを言われていると思った」というものです。百人中七、八人といったところでしょうか。彼らが特に強い反応を示したのが、以下のくだりでした。
――「サイコパス」は他者への共感性や思いやりが低いので、誰かが周りの人に優しくしているのを見ても、「損得の計算をしてやっているのだ」としか思えない。そして自分が排除されないように思いやりがある「ふり」をする。これは戦略的な行動なので、相手の求めているものを冷静に読み取って、より効果的な対応ができる。だから「サイコパス」には一見、とても優しかったり、過剰に魅力的に見える人がいる――
こうした説明を読んで、彼らは「えっ、みんなそうじゃないの?」と驚いたというのです。つまり、みんなも「共感」や「思いやり」を演じている、と思っていたわけです。これは興味深い感想でした。
三番目はごく少数ですが、「自分もサイコパスになりたい」という人がいました。これは、自分も恐怖を感じることなくルールを破りたい、他人を騙す側に回りたいというわけで、ある意味では「サイコパス」に魅了された人たちです。しかし、彼らの持つ「他人を支配したい」「人から凄いと言われたい」という欲求は社会性のあらわれであり、残念ながら(?)むしろ「サイコパス」からはほど遠いといえるでしょう。
参考;「文藝春秋SPECIAL」の記事