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安曇野の春
読んだことが無かった永井荷風を読み始めて3カ月ほど経った
「摘録 断腸亭日乗」が初めて 井上亜々子・九穂子・夜烏子・・・
ああこ・くほこ・やうこ?・・・女トモダチしかいないのか ニフウには・・・
(荷風をニフウと読んだ浅草の踊子だかカフェの女給だかがいたそうだが)
"子"が尊称を表すことを忘れていた私も似たようなものである
因みに井上亜々はこんな人物 古書人名Wikiで時々お世話になる
九穂子・夜烏子も同一人物の別名・・・なんて読んでいて分かるワケが無い
話はあちこち飛ぶ 昨日すっ飛ばした永井威三郎はこんな人物
(できるだけ面白そうなサイトで紹介します)
真面目そうな人物なのに なぜ荷風と不仲だったのだろう?
今度はこのサイトで調べる 情報量が多く見にくいがポイントはここ!
"かねてから交情濃やかな八重次を正妻としたが、
この結婚をめぐり弟威三郎との間に感情的対立を生じ、
母恆と威三郎とが同居することになった。
家督相続人、長男でありながら、「家」から進んで遠ざかるという自覚は、以後いっそう強くなっていった。"
な~んだ 荷風が自ら撒いたタネか・・・荷風にはこれが多い
彼は 熱しやすく冷めやすいタイプ
凝り性な面があるかと思えば 飽きっぽさも持ち合わせている
交遊関係も 同性間でも異性間でもあまり長続きしたことはない
荷風が不仲になった人については 4月11日のブログにも一端を書いた
そのほか履いて捨てるほどいる
「葛飾情話」のコンビだった菅原明朗・永井智子とも交遊が途絶えた
贋作コンビの心猿と平井も 出入り禁止・絶交となった
2人は 荷風の代筆・蔵書目録作り・蔵書虫干し等の世話もしていた
それなのに絶交とは一方的 「来訪者」の書き方も酷すぎないか
菊池寛との不仲も有名だ
これも 菊池を菊地と書き間違えた荷風のミスが発端だから恥ずかしい話
荷風は 父久一郎の弟の阪本釤之助からも絶縁されていた
釤之助の妾の子が作家の高見順と知っていたが わざと敬遠したという
さて 昨日書けなかった荷風の養子永井永光(ひさみつ)
荷風が一家に寄寓した経緯はこちら 永光が借家探しの経緯を書いている
荷風が死んだあとはどうなっているか 1998年時点の状況のようである
なお 銀座のバー「偏奇館」は2008年に閉店という情報があった
今日はここまで それでは明日またお会いしましょう
[Rosey]