もう去年の話になってしまったから、おぼえているうちに。
12月29日の舞台・「渇いた太陽」の千秋楽の時のこと。
千秋楽はとても良い席で観る事が出来たので、舞台からの香りに気付きました。
それは最初、客席に居る方の香りなのかなと思っていたのですが、舞台に誰か登場すると漂って来る香りだったので、俳優さん達のつけている香水なんだと判りました。
何人の方がつけていたかは判りませんが、アタシが判ったのは3人。
それは、その役者さんが普段つけている香水ではなくて、その役を象徴する演出としての香りなんだと思います。
まずはチャンス・ウェインの香り。
上川チャンスの香りは、大人と子供が共存した様な、まさに「チャンス・ウェイン」そのものとでも言う様な香りでした。って言っても分かんないですね。
いやぁー、香りを言葉で説明するのは難しいですねぇ。
柔らかな大人の男性的な香りの中にも爽やかさがあると言うか、よく香水の香りを現す言葉で「スパイシーな香り」と言うのがあるんですが、そんな感じ・・・であったような気がします。チャンスのは「少しスパイシー」って感じですかね。
香水はつけた直後と少し時間が経った時とでは香りが違って来るんですが、上川チャンスのは少し時間が経って香りの角が取れた感じでありながら「主張」はきちんと持った香り。どちらにせよ男性的でした。
個性はあるので、忘れがたくなってしまう様な香りです・・・と言うとこも「チャンス・ウェイン」的ですな。
二人目はアレクサンドラ・デル・ラーゴ。
これは若い女性にはつけられない香りでございました。アレクサンドラぐらい人生経験があって、色んな物事を乗り越えて来た大人の女性にしかまとえない香りでした。とても主張が強く、「我、ここにあり。」と言う様な。
浅丘アレクサンドラの香りを認識したのは、バーラウンジで自分のために車椅子を用意しろと叫ぶチャンスにプライドを傷つけられた後、部屋へ戻り身なりを整え登場した時。
お芝居的に最後のセクションで、アレクサンドラは一人であろうとこの町を出て行くと決心した時だと思います。背筋をピンとして、もう誰にもすがりついたりしないと言う気迫と共にこの香りが彼女から漂って来たんです。
若い女性では場違いと言うか、似合わない服、似合わない宝石、みたいな香りでした。
彼女でなければ着こなせない服であったんだと思います。
最後はトム・ジュニア。
トム・ジュニアと言うのはチャンスが想い焦がれる恋人「ヘブンリー」のお兄ちゃんで、町の権力者ボス・フィンリーの息子。実はヘブンリーはチャンスとの関係の中で性病を患い、子供の産めない体になってしまったのです。年端も行かない妹がそんな病気にかかり、子宮を失う羽目になったのはチャンスのせいです。したがってチャンスを心底憎んでいます。
このお話の”肝”である、バーラウンジでの出来事。
アレクサンドラのキャデラックで町中を走り、その夜ボス・フィンリーの演説が行なわれるバーラウンジに姿を現したチャンス・ウェイン。旧友や顔見知りのバーテンに会いますが、そこには彼の帰還を歓迎する雰囲気はありませんでした。
父親についてやって来たトムはバーラウンジに入り、チャンスと顔を合わせた瞬間、まるで火が着いた様に彼への憎しみを爆発させます。ナイフまで手にするトムの体を友人達が押さえますが、トムの目はチャンスしかとらえず友人達の”枷”を引きちぎらんばかりに暴れます。ようやく落ち着いてナイフをしまい、話をしようと言う段階になった時、トム・ジュニアの香りがしました。
3人の中で一番色っぽい香りがしました。一番あやういと言うか。強く主張があって、セクシャルなイメージです。
トム・ジュニアはハッとするぐらい美しい青年です。父親であるボス・フィンリーに「女癖が悪い!!」と言われる程ですから、女性関係も色々と忙しいのでしょう。「遊び人の香り」では言いすぎかもしれませんが、異性を強く引きつける香りです。嗅いでいるとぼんやりとして来る様な・・・あぶない、アブナイ。お嬢さん方は気をつけないといけません。
しかし妹の不幸や、父親から愛されているとは思えない日常の中にあって、彼は心の豊かさを失っている様に見えました。
驚くべき事は、彼女の悲劇をチャンスはこの時トムの口から聞くまでまったく知らなかったのです。
体を震わせながらチャンスへの怒りを露にするトム。
しかし、それは彼の妹に対する愛情から来る感情だけではない気がしました。
ボス・フィンリーの演説に野次の様な質問を投げかけた男性が、ラウンジでトムや友人達の手により暴行されます。
タバコの煙にまみれながら、暴行をくわえるトム。「お前にもこうしてやる」そんな風に言う様にチャンスと目を合わせながら、男性を棒で痛めつけます。果てには、バーテンに「お前もやれ!」と暴行を促します。
恐れおののくチャンス。ついに彼はバーラウンジから逃げ出します。トムはそんなチャンスを見て笑うんです。目を大きく見開き、カッと口を開けて。
瞳に想像を絶する程の憎しみをたたえた悪魔の様な笑顔。彼の顔がとてつもなく綺麗なばっかりに、本当に怖かった。その狂気にゾッとしました。
同時にとても哀しいと思いました。
トムは自分の周りで上手く行っていない人生の鬱屈を、チャンス・ウェインと言う男に全て向けてしまっているじゃないかと感じました。
色んな悩みや現実からのストレスの行く先が、妹に「悪事」をした男になってしまっているんじゃないかと。
憎しみに捕らわれた姿は、彼が美しいだけに胸が痛みました。
どこかに抜け道はあるはずで、トムにこそアタシはこの町を出る事を薦めたいなどと思いました。
このお芝居ではタバコがよく吸われました。トムのタバコの匂いと、チャンスのタバコの匂いも違ってた気がします。やはり外国のタバコを使っていたのかな。
友人達に押さえつけられてたトム。火のついたタバコを手にしながらの演技でした。
「俺はもう落ち着いてる。」
と、なか指と親指でつまむ様にして持っていたタバコを火の着いた方を下にして友達に渡すんです。
この仕草が凄くかっこ良かった。
とてもさまになっていました。トムは伊達男ですよね。演じたのは川久保拓司さん。
舞台”渇いた太陽チーム”はとても良いチームだったらしく、出演者の皆さんの公演中のブログなどは本当に楽しい良い雰囲気でした。
緊張や狂気、憎しみ、そんな感情がぶつかり合う演技をする者同士、個々の信頼がなければ出来ないお芝居だったんですね。