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この世界のどこかに居る似た者達へ。

「クロードと一緒に」 相馬圭祐編 5。

2014-06-20 13:05:06 | お芝居・テレビ
「クロード」と言う男性を殺した「イーブ」と言う青年の独白には、グロテスクと美しさが共存していました。

ラスト30分間に及ぶこの独白がスタートするのと同時に、何かのスィッチが入った様に彼は話し始めました。

生々しい言葉たちは”イーブ”の元から発せられ、生きて再び”イーブ”に襲い掛かります。



街角に立つイーブの様な男娼を夜ごと金で買い、暴力的なSEXを要求して来る男達。

まるで社会の中での不満をぶつける様に、彼らの体を乱暴に奪う。

事が済むと「出て行け!」「うせろ、クズ!」と男娼達の脱いだ服や靴を投げつけ彼らを罵倒する。


そして、男を金で買う男達は、そ知らぬ顔をして家族の元に帰ってゆく。



「そんな事をお前の父親が、お前の旦那が、しゅっ中してるなんて知らなかっただろ?」



イーブの瞳がそう言っているようで彼を直視できない感覚に襲われました。


目を見開き、大きな身振り手振りで頬を紅潮させながら、イーブは自分の体が受け入れて来た事を赤裸々に告白します。

そのあまりの迫力にのまれ、観客席の女の子達は硬直していました。

相馬圭祐さんは若い俳優さんであり、若いファンの方々がいらっしゃるのでこれはかなりの衝撃であったに違いありません。

また、公演の行われた青山円形劇場は小さな劇場で最後列でも6列目なので、その臨場感は相当です。

この時の相馬さんの体全体から発せられるオーラは凄かったです。

忌まわしい数々の夜を無かった事になど出来ない事、そこには確実に自分が居た事、”イーブ”と言う青年は逃げずに全部を認めていました。

それが世間的にどう思われるかなどは関係なく、そこには完全に己があって生きていた事を泣き叫ぶように訴える姿に心が震えました。

逃げずにいる記憶の中に在って、どこかでSOSを発信している様な弱さを感じ、イーブと言う青年を痛みから守ってあげたいと思いました。



そんなイーブが、クロードとの話になるとうっとりと夢を見ている様な目で話すのがとても印象的でした。

クロードは誰かとルームシェアをしていたようですが、ある日彼はその相手を追い出したのです。

それはクロードがイーブとの時間を過ごすためにしたこと。

イーブはこの事を本当に嬉しそうに話しました。


”あの人が僕のためだけににしてくれたこと。”



イーブが”仕事”を終えて、クロードの居る部屋を訪れるのが見えて来るようでした。


「あの人は僕の胸の上に本を置いて、ページを開いた。」

仲むつまじくベッドの上に寝転び、クロードがイーブに本を読んで聞かせる姿を観客は容易に想像出来ました。



あの日の夜、いつもより少しお金を持っていたイーブはクロードと食事をしようとしていました。

「レストランでも良かった。」

でもやっぱり、クロードの部屋を訪れた。

食事を用意し、テーブルをセットし、キャンドルも。

クロードの友達から出かけに誘う電話がかかって来ましたが、彼は「大事な用があるから。」と言ってその誘いを断ります。

「僕を見ながら、そう言ったんだ。」

嬉しくて感激して泣いてしまいそうなイーブの目。


「キャンドルの火も好きだけど、君を出来るだけはっきり見てたいんだ。電気はつけたまま、キャンドルに火を点けてもいい?アホみたいかな・・・?」

イーブはそう言って部屋の灯りは消しませんでした。


犯行が行われたのはそれから後のこと。

数分後か数時間後か。



イーブとクロードは恋人同士であったし、お互いを思いやっていたと思います。

しかし、彼らは自分達の中からどうしても拭い去る事の出ない「不安」に気付いてしまったのではないかと。


テーブルのそばの床の上で、イーブとクロードはそんな「不安」がお互いの間に入り込む隙を作らぬよう、激しく愛し合います。

テーブルが揺れて食器が落ちても、求め合う事をやめませんでした。


「僕達はパンケーキみたいにひっくり返ったんだ!」

面白おかしそうに話すイーブでしたが、そこには正気を失った様な空気がありました。


犯行の自供をするイーブには、激しい痛みと安らかな温もりが何度も訪れるようで、アタシは相馬さんが壊れてしまうんじゃないかと思いました。



「クソガキ」「クズ」

そんな風にイーブは人から罵声を浴びて生きて来ました。刑事だって取調べの中でそんな”呼び名”で彼を呼びます。

「あんた達が僕にどんな風に思わせたくてそう呼ぶのか、僕は知ってる。」

反抗的な眼差しはそう語り、刑事をにらみつける彼でしたがそこに強さはありません。

あるのは痛みだけでした。


イーブは社会の鬱屈した暗くて汚れた何かを一手に引き受けて来たんです。

「社会人」と称される大人達が消化しきれない汚れてたまった物を。

大人達は自分のした事を彼らをクズ呼ばわりして、なかった事にしてしまおうとする。


イーブの発するメッセージは相馬さんの魂と体を介して劇場の中を逆巻いていました。

彼は涙で頬を濡らし、声を絞り出すたびに体を震わせていました。

観客もその傷だらけのメッセージを必死に受け取ろうとし、イーブと一緒に泣きました。



イーブにとってクロードは、たった一つの「光」であったのかもしれない。

幸せな時間があればある程、失う事が恐怖になる。

お互いを奪い合う様に、お互いの存在を確かめ合う様に極限状態で愛し合う中、イーブはクロードの瞳の中に”不安”の正体を見てしまいます。


客を取るためにこの部屋を出てゆく自分。

友達の元へと帰ってゆくクロード。


ずっとこの先の未来も”クロードと一緒に”居る事など出来るはずもない。


金のためじゃないSEXの果てに、イーブは限りなく現実になってしまいそうな幻を見たんです。



失いたくないと強く思った次の瞬間、テーブルから落ちたナイフで彼は最愛の人をその手にかけてしまったのでした。





つづく。


























































「クロードと一緒に」 相馬圭祐編 4。

2014-06-16 20:04:21 | お芝居・テレビ
イーブは口が重いと言う訳ではなく、話しているけれど取り調べる側の人々が欲しい言葉では話さないと言う感じでした。

なので、刑事も速記もイラついたり呆れたりするわけです。


しかしイーブが後半になって話すエピソードが、彼の意識の変化が見えて来るポイントとなる様な気がしました。


それは、イーブとアメリカ人の客の話。

ある夜、店から酔って出て来た数人のアメリカ人の男達の中の一人が、広場に居るイーブに目を留めました。

仲間が帰ってゆく中、イーブの言う「その中で一番の男前」は、一人イーブの方へやって来ます。

酔っていて「君の隣に上手く座れなくてごめん・・・。」とかなんとかその男はイーブに言い、イーブが金がかかる事を彼にを伝えると全部のお金をその場でイーブに渡します。

そして二人は連れ立ってその男の部屋へ行きますが、男前はイーブに地図を見せて地元の場所やなんかを聞いたりして話すうちに眠ってしまうのです。

イーブは男前の靴を脱がしてやり、ベッドに寝かしつけると貰ったお金を全部彼の傍らに返して部屋を出て来た、と言う話。

そしてこの一件があって、体を売るなんてことはもうやめようと思ったとイーブは言います。

話し終えたイーブはデスクに後ろ手をついて、どこか違う次元に行ってしまった様な、恍惚とも言える表情を浮かべていました。


刑事は黙ってこの話を聞いており、ぼんやりしているイーブをじっと見て

「もう、終わったか?」

と、彼に言葉をかけます。


すなわち、

「もう、気がすんだか?」

と。


相馬さん演じるイーブはこの刑事の言葉に対し、ぼんやりとした表情のまま少し首をかしげる様にして小さく頷きます。

言葉は発しません。アタシ的にはこの場面が一番セクシーでした。

なんだか、ポヤンとして熱にやられてしまった様な顔で女の子みたいにコクン、と、ぎこちなく頷く感じが。

これは稲葉さん演ずるイーブでも同じでした。

あんまりイーブの様子が色っぽく可愛いので、この「男前」がクロードだったんじゃないかとアタシは思いました。

実はこれがイーブとクロードの出会いだったんじゃないかと。

他人に名前を呼んで欲しくない程の運命の人との出会いの話であったのならば、話し終えた後のあの感じは納得出来るなぁと。



ちなみに、映画版の「Being at home with Claude」にも、このアメリカ人との場面がありまして・・・。

その場面はイーブの回想なのでモノクロで、幻想的でとても綺麗な場面でした。

イーブとアメリカ人は広場では一言も言葉を交わしません。

男はイーブのブーツか何かの”フリンジ”に触れ、イーブは初めて男と目を合わせます。

そしてタクシーをひろってやり、男を先に乗せてから自分も乗ります。


このイーブと男のお互いの意思の疎通までの過程が素晴らしい。

下品な会話もなければ、余計な邪魔も入らない。

夜の広場に二人きり。

ベンチに座って何度か視線を交差させるだけ。

なのに、手に取る様に二人の感情が伝わって来ます。

こことは違う世界へいざなう様なイーブに対し、少し戸惑いがちな視線を返す男の鼓動が聞こえてきそうなんです。

広場に吹く柔らかい夜風まで感じられる、とてもセンスのあるシーンです。

二人を乗せた車が広場を離れてゆくのを観ながら、思わず拍手したくなってしまう。




舞台のイーブは刑事に「終わったか?」と聞かれ、お前の無駄話に付き合ってる時間なんかないと言う様な事を言われてしまいます。


そんなデタラメみたいな話はどうでもいいんだ、と。

そしてイーブを挑発する様な態度に出ます。



刑事は「誰にも言った事のない話をお前にしてやる。」と言います。

自分の奥さんにもした事の無い話を。


刑事は、イーブの様に街角に立ち客をひく男娼を沢山見て来たと言います。

可愛い奴もいれば、何回殴られたんだと思う様な酷い顔の奴。様々な容姿と同じに様々な事情を抱えた男達。


「俺はそう言う奴らを前にして、目ん玉が落ちるんじゃないかと思う位泣きそうになる事がある。」

「速記係りが居なければ、そいつらを抱きしめてやりたくなる。」

「でも今まで見てきた奴らの中で、お前程酷い奴は居ない。」


刑事のこの告白がどう言った意味を持つのか、その場ではよく掴めませんでした。

しかし、お芝居も終わる頃になって・・・いや、お芝居が終わってから、アタシはこの刑事の言葉の意味を痛い位理解してしまいました。



この他にも、何かが加速したように刑事はイーブを罵倒する様な言葉を吐きます。

さぁ、もうそろそろ終わりにしようぜ、と言う事なんだと思います。


相馬さんの瞳はずっと刑事を捉え、ひとつひとつの言葉をしっかりと受け止めているようでした。


そしてイーブにとうとう自分と向き合う時間が訪れます。

自分の孤独と傷に。




つづく。























































「クロードと一緒に」 相馬圭祐編 3。

2014-06-04 01:39:09 | お芝居・テレビ
速記係ギィの持って来たファイルにより、イーブ周辺の景色が見えて来ます。

広場に立つ男娼仲間による証言、イーブの姉の存在。

クロードとの時間。


他の男娼達はイーブの事を「時々だらしないけどいい奴。」と。

広場に立ち、客待ちをする間言葉を交わす事が少なからずあった彼らの日常。

ちなみにこれはカナダが舞台のお話ですが、日本にも男娼と言う商売は江戸の昔に存在し、現代においては男性が街角に立つ事はありませんが、男性相手の男娼が待つ店があるんです。


知っていましたか?

アタシはついこの間まで知りませんでした。

ネットで色々見ていると知らず知らずのうちに危うい方へ迷い込み、とんでもない扉を開けてしまう事があります。

アタシはアホなので何も考えずその扉を開けてしまい、あわわわ・・・と。

驚愕でした・・・。



イーブは何故、男娼と言う仕事をしていたのか。

両親はもう他界しておらず、姉は旅行へ行って連絡が取れない。親戚達とはこの2年間一度も会っていないし音信不通。

仲のいい友達も居ない。

お芝居では彼の年齢が明らかにはされませんでしたが、イーブは若い男娼です。

しかし、昨日今日、この仕事を始めた感じでもありませんでした。

きっと。

彼は10代の頃から街角へ立っていたんじゃないかと思うんです。

イーブが男娼について

「誰にでも出来る事じゃない。才能なんだ。」

と言う台詞が劇中に出て来ます。

きっかけは大した事ではなかったのかも。お金がない、頼れる人が居ない、雇ってくれる人が無い。

手っ取り早く稼ぐため街角に立つイーブを、少なくても”客”は必要とする。

この仕事の中に、自分の居場所がある事をイーブは気付いてしまったのかもしれません。

感情の波が大揺れに揺れる独白の中で、彼は自分が人と関わって行くにはこれしかなかったんだ、自分にはこれしか出来ないんだ、と泣き叫ぶように話す場面がありました。

間違いなく、イーブは孤独な青年だったんだと思います。



相馬さんの演じるイーブの眼差しは少し歪んでいて、それは彼に世の中がそんな風に見えてたからに他ならない事を物語っていました。

それでもなお美しい姿に、とても胸が苦しかった。


イーブは、自分とクロードがゲイでなければ行かない場所で出会った事を刑事とのやり取りのなかで口走ります。

初耳だ、と刑事は新証言に目を輝かせますが、イーブにはさほど動揺がありません。

また、クロードと言う男性は日記をつけていて彼がこの世を去る1ヵ月前より、出会った男娼”イーブ”の事を毎日の様にその日記に書いていた事が判明します。

この舞台は1960年代の物語ですが、その頃のカナダに於いて同性愛者への世間の目がどんな物であったかは分かりません。

でも、絶対に今より厳しかったと思います。

外国では今でさえ、ゲイだと言うだけで暴行を受けたり嫌がらせを受けるんだそうです。


アタシはついこの間「チョコレートドーナツ」と言う映画を観ました。

この映画には1組のゲイカップルが出て来ます。

毎晩綺麗な衣装を着てショーをするドラァグクィーンのルディと、その店にやって来て彼(彼女?)に一目惚れして恋に落ちてしまう弁護士のポール。

彼はショーが終わってから楽屋を訪ね、ルデイと店の外で会います。そして、ポールはルディに連絡先を渡すんです。

その晩限りと思っていたルディはとても感動します。

決して若くはない二人。ですがポールはどこまでも誠実で、自分が悪いと思えばちゃんとルディに謝る事の出来る人です。

ショーダンサー仲間の居るところで「話がある。」とポールが言います。

「皆の居る前で言って。」とルディ。

「悪かった。」


このシーンを観た時、アタシは”クロード”もポールの様な人だったんじゃないかと思いました。

イーブに自分の連絡先を渡したのは初めて出会った時であろうし、自分が悪いと思えばきっと年下のイーブにきちんと謝っただろうと。


「チョコレートドーナツ」と言う映画は1970年代にアメリカであった本当の話なんだそうで、このゲイカップルは一人の障害を持つ男の子を預かって家族の様に暮らすんです。

男の子はルディの隣人の母親の子ですが、二人暮らしだった母親は薬物所持で刑務所へ入ってしまい、彼は一人部屋へ取り残されます。色んなプロセスを踏んで、この子をルディとポールが預かり仲良く暮らすのですがある日突然、二人と男の子は引き離されてしまいます。

裁判で戦う事に決めた二人ですが、同性愛者に対する強烈な偏見と差別で全てはねじ曲げられてしまい、真実は手の届かない場所へと追いやられます。

生きる権利。存在する権利。意見を言う権利。

そんな物は無いに等しい。


ポールは自分がゲイである事を隠して暮らしていましたが、クロードはそんな事気にしなかった人かもしれない。

そしてイーブに喜びと強さを与えてくれた人なのかもしれない。

だから二人は男娼だろうと客だろうと、男同士だろうと、世間に冷たい目で見られようと、お互いに心を通じ合わせる事が出来たんじゃないかと・・・。


では何故、クロードは殺されたのか。

取り調べの中で彼と関係が上手く行っていなかった訳でもなければ、殺害直前にもめた訳でもない、とイーブは言います。

愛し合ってた相手を何故イーブは殺したのか。


真相はまた闇の中に転がって行ってしまう。



ギィが机の上にあるスティックシュガーを何本か手に取りました。

一つ一つその口を切って行きます。

指先でちぎるたび、ギィの手元に白いもやが上がります。

あんまり多くちぎるもんだから客席がざわつき、ギィの手からコーヒーの中にザーッと4~5本の滝みたいに白い砂糖が落ちてゆきました。

「うそっ・・・。」と笑いの起きる客席でしたが、36時間以上も空気の動かない部屋に居て進展のない話を聞いてるわけです。

そしてそれを文字に起こして記録しているんです。むなしくないわけがない。

そりゃ疲れて頭も働かなくなって来てるし、甘い物を体が欲しているよね、ギィ。

と、彼に同情せずにはいられない場面でした。




つづく。