先週の初め、急に気温が上がって夏日になった。
朝目覚めると、片頭痛・・・。水曜日あたりまで夏日が続いたので、毎朝片頭痛。
勘弁してほしい。
日差しも強かったので、日中は片頭痛の薬をのんで部屋でじっとしていた。
頭痛もおさまったので日が落ちて涼しくなった頃、夕飯のちょっとした間に合わせを近所のコンビニに買いに出た。
近頃のコンビニは自社で作った、もうひと手間足せば簡単に食卓に出せる質の高い食材がある。
よって、夕方のコンビニには主婦が結構いたりする。
暑い日中ではあったけれど、日の落ちたその時間は風も涼しく気持ちが良かった。
夕方のコンビニの駐車場には、トラックがよく目につく。
そして店には現場帰りの人達が主婦層と同じ位の割合で居たりする。
その日も、とび職の人がよく着ている様な裾が大きく膨らんだ「ニッカポッカ」と呼ばれる作業着を着た男性がコンビニから袋を持って出てきた。白いタオルを頭に巻いて道具の積んであるトラックに近づいて行くその男性は、まだ若かった。
彼の姿を見た時、アタシはふと昔の事を思い出した。
十代の最後のほう。18か19歳くらいのころかな。もしかしたら、もう少し上かも。
アタシは中学で仲のいい友達が出来て、ずっと関係が続いていた。
お互い外国のバンドが好きで、よくそのコも含めた何人かで遊んだしライブも観に行った。
彼女は少し家庭が複雑で、子供の頃に両親が離婚していた。母親は家を出、姉さんと弟がいたけれど成人を待たずに姉さんは籍を抜いて母のもとへと去った。
残されたそのコと弟は父親と暮らしたけれど、父親が再婚して家に来た女性とはうまく行かなかった。
小さな頃にそんな経験をしていたからか、彼女は友達の中でも一番大人びていた。
姉さんが後にモデル業につく程美しさに恵まれていた様に、彼女も十代の頃から美しかった。
年頃になってすぐ彼女には恋人が出来た。
少し年上のバンドマンで、口数の少ない、不器用な人と言う印象だった。
暫くして、二人は一緒に暮らし始めた。
彼女は就職して働いた貯金を二人で暮らす資金にして、会社は辞めてしまった。
バンドマンと音楽の好きな彼女の暮らしは一見幸せそうに見えたけれど、暫くして定職についていないバンドマンとの生活のために、彼女は収入のいいホステスになった。
若くて美しい女性だったので、客には人気があったと思う。
しかし、ホステスなど女の世界。店で働く他の女たちからの嫉妬も当然あり、何度かそんな愚痴を彼女から聞いた。
彼のバンドと言えば、個性の強い1人のメンバーをバンド内の誰も生かしきれず、数回のライブの後活動が止まってしまったみたいだった。
不器用な彼がメンバーとメンバーの間に入って人間関係を上手く紡いでゆけるはずもなく。
若い二人は身を寄せ合って暮らしていたが、何に向かって生きているのか分からぬまま、彼女は店を転々としながら働いた。
何か月か経ち、彼女から彼と別れると電話がかかって来た。彼とも既に話はついている、と。
話を聞くと、恋人である彼の留守中に他の男友達を部屋にあげた、と彼女は言った。
何かがあったわけではない。
でも、恋人と自分の未来に希望が持てない事をその男友達に話したところ、自分ならそんな思いはさせないと言われたと言う。
それが原因で別れると結論したと。
バイトをしているバンドマン。月日ばかり流れてゆく。生活は楽じゃない。毎夜、水商売でクタクタな彼女。
優しい言葉の一つや二つにすがりたい気持ちは分かる。
「俺ならそんな思いはさせない。」の一言に彼女が揺れたのは理解できる。
だけど、彼女がした事は、好きになって一緒に暮らして来た相手に対する裏切りだった。
何もなかったと彼女は言ったが、そんな話をした後に恋人の居ない部屋へ上がる事を許されたのなら、男の方は何かあってもいいからあげたんだと思うだろう。
上がる男も男だが、彼女も悪い。
よく聞けば、もう少し入り込んだ会話もあったようだった。
でも、今の彼と別れてその男友達と付き合うのかと聞くと、彼女は押し黙ってしまう。
電話の後アタシは二人の部屋を訪れた。
彼は仕事に出ていて、部屋には彼女しか居なかった。
それまでで二人が付き合って暮らして3,4年。
二人は十分な話し合いをまだしていなかった。
このままだと二人が時間の流れと若さ故の未熟さに負けてゆくようで、なんだかアタシの方が悔しかった。
彼女は彼と共に暮らしていても何の約束もしてくれない、何の保証もない、と言う。
でも、約束や保証なんて最初から求められないと知ってて暮らしたんじゃないのか。
名もなきバンドマンに誰が約束や保証を求められるって言うんだ。
そんな話をしているうちに、彼が帰って来た。
日給のいい工事現場で働き初めていた彼は作業着のまま帰宅した。
彼と挨拶をしたが、あまりアタシと話した事がないので目を合わせない。
「ユウジさん。」
「うん。」
「ちょっと話、いいですか?」
「うん。」
何の話なのか、何故なのかも問わず、彼はアタシの前に座った。
「今日、彼女から電話もらって・・・。色々聞きました。本当に別れちゃうんですか?もうちょっとよく話した方がアタシはいいと思うんです。」
「うん・・・。」
彼女はアタシの隣でずっと下を向いていた。
彼は歯切れが悪いなりにも、彼女がもう一緒に居られないと言うなら仕方がない、と言う様な事を口にした。
自分の気持ちは口にしない彼にアタシは思わず、
「ユウジさんはそれでいいんですか?このまま別れていいんですか?」と言葉を強めてしまった。
工事現場で働いて来た薄汚れた作業着のまま、彼は別れたくないと言って泣いた。
ずっと切ってない肩よりも長い髪を揺らして泣いてた。
アタシはそれまで大人の男の人がそんな風に泣く姿を見た事がなく、彼が彼女をとても好きな事、そしてとても傷ついている事を知った。
さほど言葉を交わした事などないアタシなんかの前で感情が溢れてしまった彼を見て、こんな風に誰かを裏切る様な事をしてはいけないんだと思った。
その後話し合いをして関係は回復したけれど、最終的に二人は別れてしまった。
彼女との友人関係はその後も続いた。
しかしこちらから手紙やメールで連絡しても返答のない事がよくあるようになり、彼女から一方的かつ急に連絡がある時は、うんと年下のコと付き合ってて上手く行ってない話とか、ホステスの仕事をしていて現状への不満とか愚痴、そう言う事を言うくせに会いに来た時になぜか店の客を連れて来たりとかで、アタシは彼女と付き合う事に疲れて来た。
お互い30歳を過ぎた頃、店の客と結婚したと電話がかかって来た。
結婚したばかりなのに夫となった人の愚痴を言うばかりの彼女に呆れて早々に電話を切った。
彼女が何故そう言う女になったのかは分からない。
愚痴を聞いてくれる友達が周囲に居なかったんだとは思う。
でもアタシはかなり彼女に失望してしまい、それ以来連絡をとっていない。
夕方のコンビニで作業着姿の若者を見かけた時、何だか急にその時の事が鮮明に思い出された。
あんな作業着きてたなぁと。
彼がその後何をしているのかも、どこにいるのかも分からない。
きれいな顔をした大人しい人だった。
幸せになっているといいなと思う。
朝目覚めると、片頭痛・・・。水曜日あたりまで夏日が続いたので、毎朝片頭痛。
勘弁してほしい。
日差しも強かったので、日中は片頭痛の薬をのんで部屋でじっとしていた。
頭痛もおさまったので日が落ちて涼しくなった頃、夕飯のちょっとした間に合わせを近所のコンビニに買いに出た。
近頃のコンビニは自社で作った、もうひと手間足せば簡単に食卓に出せる質の高い食材がある。
よって、夕方のコンビニには主婦が結構いたりする。
暑い日中ではあったけれど、日の落ちたその時間は風も涼しく気持ちが良かった。
夕方のコンビニの駐車場には、トラックがよく目につく。
そして店には現場帰りの人達が主婦層と同じ位の割合で居たりする。
その日も、とび職の人がよく着ている様な裾が大きく膨らんだ「ニッカポッカ」と呼ばれる作業着を着た男性がコンビニから袋を持って出てきた。白いタオルを頭に巻いて道具の積んであるトラックに近づいて行くその男性は、まだ若かった。
彼の姿を見た時、アタシはふと昔の事を思い出した。
十代の最後のほう。18か19歳くらいのころかな。もしかしたら、もう少し上かも。
アタシは中学で仲のいい友達が出来て、ずっと関係が続いていた。
お互い外国のバンドが好きで、よくそのコも含めた何人かで遊んだしライブも観に行った。
彼女は少し家庭が複雑で、子供の頃に両親が離婚していた。母親は家を出、姉さんと弟がいたけれど成人を待たずに姉さんは籍を抜いて母のもとへと去った。
残されたそのコと弟は父親と暮らしたけれど、父親が再婚して家に来た女性とはうまく行かなかった。
小さな頃にそんな経験をしていたからか、彼女は友達の中でも一番大人びていた。
姉さんが後にモデル業につく程美しさに恵まれていた様に、彼女も十代の頃から美しかった。
年頃になってすぐ彼女には恋人が出来た。
少し年上のバンドマンで、口数の少ない、不器用な人と言う印象だった。
暫くして、二人は一緒に暮らし始めた。
彼女は就職して働いた貯金を二人で暮らす資金にして、会社は辞めてしまった。
バンドマンと音楽の好きな彼女の暮らしは一見幸せそうに見えたけれど、暫くして定職についていないバンドマンとの生活のために、彼女は収入のいいホステスになった。
若くて美しい女性だったので、客には人気があったと思う。
しかし、ホステスなど女の世界。店で働く他の女たちからの嫉妬も当然あり、何度かそんな愚痴を彼女から聞いた。
彼のバンドと言えば、個性の強い1人のメンバーをバンド内の誰も生かしきれず、数回のライブの後活動が止まってしまったみたいだった。
不器用な彼がメンバーとメンバーの間に入って人間関係を上手く紡いでゆけるはずもなく。
若い二人は身を寄せ合って暮らしていたが、何に向かって生きているのか分からぬまま、彼女は店を転々としながら働いた。
何か月か経ち、彼女から彼と別れると電話がかかって来た。彼とも既に話はついている、と。
話を聞くと、恋人である彼の留守中に他の男友達を部屋にあげた、と彼女は言った。
何かがあったわけではない。
でも、恋人と自分の未来に希望が持てない事をその男友達に話したところ、自分ならそんな思いはさせないと言われたと言う。
それが原因で別れると結論したと。
バイトをしているバンドマン。月日ばかり流れてゆく。生活は楽じゃない。毎夜、水商売でクタクタな彼女。
優しい言葉の一つや二つにすがりたい気持ちは分かる。
「俺ならそんな思いはさせない。」の一言に彼女が揺れたのは理解できる。
だけど、彼女がした事は、好きになって一緒に暮らして来た相手に対する裏切りだった。
何もなかったと彼女は言ったが、そんな話をした後に恋人の居ない部屋へ上がる事を許されたのなら、男の方は何かあってもいいからあげたんだと思うだろう。
上がる男も男だが、彼女も悪い。
よく聞けば、もう少し入り込んだ会話もあったようだった。
でも、今の彼と別れてその男友達と付き合うのかと聞くと、彼女は押し黙ってしまう。
電話の後アタシは二人の部屋を訪れた。
彼は仕事に出ていて、部屋には彼女しか居なかった。
それまでで二人が付き合って暮らして3,4年。
二人は十分な話し合いをまだしていなかった。
このままだと二人が時間の流れと若さ故の未熟さに負けてゆくようで、なんだかアタシの方が悔しかった。
彼女は彼と共に暮らしていても何の約束もしてくれない、何の保証もない、と言う。
でも、約束や保証なんて最初から求められないと知ってて暮らしたんじゃないのか。
名もなきバンドマンに誰が約束や保証を求められるって言うんだ。
そんな話をしているうちに、彼が帰って来た。
日給のいい工事現場で働き初めていた彼は作業着のまま帰宅した。
彼と挨拶をしたが、あまりアタシと話した事がないので目を合わせない。
「ユウジさん。」
「うん。」
「ちょっと話、いいですか?」
「うん。」
何の話なのか、何故なのかも問わず、彼はアタシの前に座った。
「今日、彼女から電話もらって・・・。色々聞きました。本当に別れちゃうんですか?もうちょっとよく話した方がアタシはいいと思うんです。」
「うん・・・。」
彼女はアタシの隣でずっと下を向いていた。
彼は歯切れが悪いなりにも、彼女がもう一緒に居られないと言うなら仕方がない、と言う様な事を口にした。
自分の気持ちは口にしない彼にアタシは思わず、
「ユウジさんはそれでいいんですか?このまま別れていいんですか?」と言葉を強めてしまった。
工事現場で働いて来た薄汚れた作業着のまま、彼は別れたくないと言って泣いた。
ずっと切ってない肩よりも長い髪を揺らして泣いてた。
アタシはそれまで大人の男の人がそんな風に泣く姿を見た事がなく、彼が彼女をとても好きな事、そしてとても傷ついている事を知った。
さほど言葉を交わした事などないアタシなんかの前で感情が溢れてしまった彼を見て、こんな風に誰かを裏切る様な事をしてはいけないんだと思った。
その後話し合いをして関係は回復したけれど、最終的に二人は別れてしまった。
彼女との友人関係はその後も続いた。
しかしこちらから手紙やメールで連絡しても返答のない事がよくあるようになり、彼女から一方的かつ急に連絡がある時は、うんと年下のコと付き合ってて上手く行ってない話とか、ホステスの仕事をしていて現状への不満とか愚痴、そう言う事を言うくせに会いに来た時になぜか店の客を連れて来たりとかで、アタシは彼女と付き合う事に疲れて来た。
お互い30歳を過ぎた頃、店の客と結婚したと電話がかかって来た。
結婚したばかりなのに夫となった人の愚痴を言うばかりの彼女に呆れて早々に電話を切った。
彼女が何故そう言う女になったのかは分からない。
愚痴を聞いてくれる友達が周囲に居なかったんだとは思う。
でもアタシはかなり彼女に失望してしまい、それ以来連絡をとっていない。
夕方のコンビニで作業着姿の若者を見かけた時、何だか急にその時の事が鮮明に思い出された。
あんな作業着きてたなぁと。
彼がその後何をしているのかも、どこにいるのかも分からない。
きれいな顔をした大人しい人だった。
幸せになっているといいなと思う。