幸福の科学高知 なかまのぶろぐ ばくちゃんより、ご了解をいただいて転載させていただきました。
高知では先週金曜日に上映の終わった映画、『僕の彼女は魔法使い』のファーストランの帰り道、最寄りの駅の近くで、数人、とある日蓮正宗系の宗教団体の信者女性が、その教団の機関新聞の配布をしていました。
その中の年配の女性の一人が、「どうぞ読んでください。」と私の前に新聞を持ってきたので、私は「K会の方ですよね?」と答えると、女性は乗って話をし始めました。
私は申しわけなく思って、「僕は幸福の科学だから、布教にならないですけど・・・。」とお答えすると、「幸福の科学?それは地獄じゃ!」と仰いましたので、私は「えっ、幸福の科学の教えをご存じなのですか?」と伺うと、どうやら彼女は、幸福の科学の教えの内容を知っているわけではないらしい。(笑)
私は、「わぁこの感覚、なんか懐かしいなぁ。」と、心の中で、何かのスイッチが入った感じがしまして(笑)、その年配女性は、延々とその教団の機関新聞の内容を読んでいらっしゃったのですが、私はあることを思い出して、物思いにふけっていました。
そうそれはもう、かれこれ30年以上前のこと、私が20歳か、21歳になったばかりのころのことです。
「ああ、あのときの強烈な体験が、僕を幸福の科学に導いたんだなぁ。」と考えていると、随分と時間をたってしまってて、「お姉さん、ゴメン。」「僕、やらなきゃならんことがあるから、ご縁があったら、またお会いしましょうね。」とその場を立ち去りました。
そう、私は、幸福の科学布教ブログの記事を書かなければならなかったので、『僕の彼女は魔法使い』の余韻を忘れないうちに、家に帰って、用事を済まさないといけなかったからです。
その20歳ごろの強烈な体験というのは何かと申しますと、日蓮正宗系の、日本最大と言われる某教団との関わりです。
ここは布教ブログなので、「個人的なことは、あんまり書かない方がいいかな?」と思っていましたが、K会の方との出会いにも、偶然はないと思えますので、生涯反省の一環も兼ねて、少し語らせていただければと存じます。
「日蓮正宗系の、日本最大と言われる某教団」というのは長いので、「S会」と言わせていただきますが、実は私の幸福の科学との出会いは、S会さんとの絡みがあってのことなのですね。
そう、S会さんの信者さんとの出会いがなければ、私の幸福の科学との出会いは、もっとずっと遅れていたと思います。
ですから私は、S会さんを嫌っていませんし、むしろ感謝しているんです。
ではご報告、第1弾の発表開始です。(^^)
なお、これはノンフィクションですし、決して「夢落ち」でもありませんので。(大爆笑)
あれはもう、30年以上前、当時の私は、大阪のとある総合病院で準看護師として働きながら、定時制の看護学校に通っておりました。
勤めていた病院には、男性看護師用の寮がなかったので、病院が用意してくれた、一般的なワンルームマンションなどに暮らしておりました。
ただ、家賃の安いところがあれば、そこに移動させられる日々でして(笑)、大坂に在住していた9年間に、なんと12回も引越しをするという、壮絶な日々でした。(笑)
当時、私の母親は、マジで心配していましたね。
「ばくは、夜逃げを繰り返しているんじゃないか。」ってね。(爆笑)
その中で一時期、大阪市内のとある場所に、住んでいた頃の話です。
ここは後で知ったのですが、日本一S会さんの住民率の高い地区だったらしいのです。
「随分と、元気のいい方が多いなぁ。」とは、思ってはいたのですけど。(笑)
当時私は神様的なものは信じていましたし、世界の紛争の原因が、宗教の違いによるものだということは気づいていました。
ある時、たまたま故郷の実家にあった、五島勉氏の『ノストラダムスの大予言』を読み、「これは、今という時代は大変な時代なのだな・・・。」と思うに至りました。
そして「宗教問題を解決しなければ、次の時代は訪れない。」「とにかく、聖書を読まないと。」と、聖書全編、そしてコーランの解説書を読み終えた時期でした。
そんな中、当時しょっちゅうカラオケスナックに通っていたのですけど、そのお店で知り合った、同じ年の青年がいたのです。
今から思えば、そんなヒマ、よくありましたね。
私、いつ勉強してたのだろう。(爆笑)
その同じ年の青年の顔立ちは、TV・たかじんのそこまでいって委員会の司会、辛坊さんに似ていて、キャラクターは、ちょっと頭の悪い系、頼りない系、お友達少ない系ですけど、人柄の良い青年でしたので、よく遊んでおりました。
その辛坊君がある時に、私にお願いをしに来たんです。
こんな感じで・・・。
辛坊くん
「ばくちゃん、今から一緒に来てくれんかぁ?」
ばく
「どこに?」
辛坊
「俺、最近、S会に入ったんやぁ。」
ばく
「えっ、どうして?」
辛坊
「う~ん、いいことがあるから・・・って言われて~(^^;。」
ばく
「そんな動機で、宗教を選んでいいの?」
辛坊
「でも、みんなといると、とても楽しいんやぁ(^O^)。」
ばく
「それで、どこに行けばいいの?」
辛坊
「誰でもいいから、友達連れてきなさい・・・て言われたんやぁ。」「な、ばくちゃん、来てくれんかぁ~、頼むわぁ~。」
私は、何とも言えない心境ではありましたが、(笑)S会(当時は良く知らなかったのです)という宗教が、もしもタチの悪い所で、友人がそこに騙されているなら、助けてあげないといけないと思い、その『集会』とやらに出向いたのです。
場所は、私の住むワンルームマンションから、すぐ近くの一軒家でした。
玄関を開けると、広い応接間にビッシリと人が集まっていました。
地域の老若男女が30人、いやそれ以上いましたね。
私の感覚的には、50人ほどに見えました。
こうして若干21歳の若造の私は、単身、事前知識のほとんどない中、S会の地区集会に、足を踏み入れたのです。
当時、宗教と言えば、聖書だけの知識を元に、友人が入会した宗教を見極めに出向いたわけです。
今から思うと、若気の至り、顔から汗;ひたすら汗;の出来事なんですけど・・・。(^^;
息子がこんなことやったら、私は激怒するでしょうね。
「無茶するなよ~。この、ばか者!!」って・・・。アハハハハ。
さて、そんな感じで、、30人以上のS会の信者VS無知な青年一人のバトルが、静かに・・・本当に不思議なほど静かに・・・幕が切られたのでした。
まずは、一通りの挨拶を終え、自己紹介を致しました。
私は緊張していましたし、特に笑いを取るマインドでもありませんでしたが、これが、思いの他受けました。(笑)
まぁ、大阪での最大のほめ言葉は、「あんた、おもろいなぁ。」ですから(笑)、「つかみはOK!」っていうところでしょうかね。(爆笑)
さて、会合では、地区のS会信者さんたちが、私を囲むように扇形になって、次々に質問してきたのです。
質問の窓口になっていたのは、中年の男性、背広を着て眼鏡をかけてて、いかにも紳士然とした方でした。
恐らく、この地区の地区長さんだったと思います。
そうですね。S会の地区長さんですから、Sさんとしましょうかね。
そのSさんが私に、こう問いかけました。
Sさん
「ばくちゃんの、ご実家の宗教は何ですか?」
ばく
「真言宗です。」
Sさん
「真言宗は、真言亡国・・・と言って、国を滅ぼす宗教なんやで。」
ばく
「へぇ、そうなんですか。どういう理屈で?」
Sさん
「理屈も何も、男が早死にする宗教なんやって!!」
ばく
「内はまだ、みんな生きていますけどー。」(会場内爆笑)
Sさん
「男が早死にしたり、病気したりして、国が滅ぶんや。」「あと、禅天魔いうてな、禅宗は悪魔を呼ぶんや。」
ばく
「禅宗とか、仏教のことは、よくわかんないです。」
当時の私は、仏教というのは、葬式の儀式や呪文を教える宗教・・・と思っていました。(^^;
Sさん
「仏教のことをよく知らない?ではS会で、正しい仏法を学びなはれ。」
ばく
「実家の宗教に関して、僕は何の不満もいだいていません。」「今のままで充分です。」
Sさん
「ばくちゃん、それはアカンでェ。」「宗教は大事なんや。」「自分の意思で、しっかり決めなアカン!」
ばく
「仏教のことは、ひとまずいいです。」「S会では、キリスト教はどうなんですか?」
Sさん
「キリスト教?あんなの○×△※・・・・・や!」
Sさんは、仏教用語を並び立て、説明していましたが、当時の私には、よく聞き取れませんでした。
しかし、批判していることは理解できました。
ばく
「要するにぃ、キリスト教は、良くないんですね?」
Sさん
「そうや!」
ばく
「では、イスラム教は、どういう位置付けなんですか?」
Sさん
「イスラム教?あんなの問題外やで。ハハハ。」
ばく
「そうですか。よくわかりました。」「僕は、S会のことをよく知らないで、ここに来ました。そのことを皆さんに、まずお詫びいたします。」
「Sさんの話を伺って、僕に言えることは、S会は今以上広がるべきでないし、未来に残すべき宗教でもないと確信しました。」
この私の発言で、和やかな、静かな雰囲気で始まった、S会の地区集会が、一気にその場の空気が冷え、
緊張感が高まったのは、言うまでもありませんよね。(笑)
あら、つらつらと書き綴ってたら、随分と時間が経ってしまって。
この続きはまた今度。
ご安心ください。
今回は、夢落ちはありませんから。(爆笑)
(ばく)