………………………『一発十万』
その現場は空気が重くて、殺伐(さつばつ)としていた。
職人さんは銭金(ぜにかね)言うよりも、現場から離れたかった。
突貫工事は最初から分かっていながら、職人さんが不足していておまけに、
作業現場が愛知県外であるから、協力業者と交渉しても工事契約は捗(はかど)
らなかったもようである。
お盆が過ぎた頃に、急遽現場の応援に3ヶ月の単身赴任を命ぜられた。
「もう突貫状況に突入しているの?」
「そうだ、6月に着工したがまだ基礎工事中で……」
(そんな現場に行くの嫌だね)
拒否出来る訳じゃないから……と渋々腰を上げて9月から赴任したのである。
私でさえ胸を張って現場の門をくぐったのではないから職人さんは足に鎖でも
引きずる思いで、毎日仕事に来ているのだろうと、すぐにピーンと空気が
読めた。
(こんなところに3ヶ月もいるのかよオ……いられないよオ)
応援と言う立場上の動きもあるが、今までの仕事の流れと竣工までにする仕事
を冷静に判断したら、私は今から4ヶ月間いたとしても足らない程の仕事量を
期待されてしまった。
この判断を見ただけで、現場の船の舵取りは五里霧中……最悪状態を覚悟した。
朝礼の体操も眠気覚ましの運動であるが、一番目を覚ますのは、
「今日中に、〇△の範囲を大工は終わらせる事!」
と気合を入れた所長の話に、
「出来っこないよ!そんな事……」
とブーイングが波打つ時であった。
毎日、無理な指令を発し、その日のノルマが達成出来ないまま、又、次の
ノルマを出していて「狼が来た」の狼少年になってしまっている。
途中現場参入の私が急に方向転換させる事も出来ないが、とにかく頑張るしか
ないのだ。
そんな中のある日、事件が起こった。(一発十万の勃発だ)
昨日の定時打ち合わせの時に、
「明日じゅうに吹き抜け部分の足場をどうしても撤去せよ」
と施主からの命令があった。
それも昨日急に決まった事ではなくて、2ヶ月以前から連絡してある話だ
と言う。
工事が遅れていたので全体の工程がズレていても、別途工事である施主の
発注荷物がどうしても明後日にその場所を通るので、
大々的なスペースがいるのである。
7㍍四角の吹き抜けは高さ11㍍あり(枠組足場にして6段×4列)、一旦解体
して施主様のお通りの後にまた架設するのは、時間的にも余裕がない。
一旦解体して再度組む、つまり、二度も組み立てて二度も解体の予算は、当初
から無い。
施主の荷物は海外から船で来るので日程は確実ではなかったが日本に寄港次第、
現場に運搬されるのは、工事着工の時から当月頃になる…と伝えてあった
らしい。
施主の声には逆らえない。
この足場を撤去する為には、天井に照明器具を取り付けておく必要がある。
「別途業者の電気設備屋さんの事は知らないよ」
と言う分けには行かないし、
「明日の昼までには取り付けて、午後から足場を解体します」
とこれ以上は譲歩出来ない時間で、一応皆を納得させた。
天井照明器具は朝一番に配達されて来たものの、設置する作業に時間を
取られてしまった。
昼食抜きで電気屋さん達が頑張っていたが、午後一番から足場の解体は到底
無理だった。
「もう少し弋さん待って下さい」
「待ったら、今日も残業になってしまうぜ」
「2時半まではどうしても取り付けは終わりません!」
と所長に泣き付いたかどうかは知らないが、2時から少しずつ足場を解体するようだった。
(一発十万 2) へ続く
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