建設現場の卵

建設現場からのエッセイ。「建設現場の子守唄」「建設現場の風来坊」に続く《建設現場の玉手箱》現場マンへ応援歌。

現場勤務最終日

2024-10-28 09:02:49 | 建設現場

 一月三十一日(水) 曇り

 今日でKビルと『さようなら』だ。
  N子とも『さようなら』だ。

お隣の自治会長さんにも別れの挨拶となった。
設計事務所とも喫茶店のママともオーナーさんともひとまずの『お別れ』だ。

今年になって今日の日が来るのを楽しみにしていた反面、寂しさが募(つの)ってくる。本当に
『嫁に出す』というのはこういう、これ以上の心境なのだろう。


私には娘が二人いる。
その時きっと泣かずにはいられまい―――と思える。

Kビルとは『さようなら』でなく、《また来るよ》の軽いオワカレでOKだ。
協力業者とはまた次の現場で、
「あれーっ!?、所長!!また今度も・・・」 
という顔が出て来るだろう。

N子、彼女はこれで退職する。   

                                                           

私が連れて行ける現場ならば、事務補助員として私も置いておきたいが、私の現場がどこに
決まるかによって、事務補助員を変更の場合もある。
私も次が市内の現場とは限らない。

そうなるとN子の通勤範囲の中で、他の現場所長の所へ勤めてもらう事になる。
だから、
「ここは楽しい職場(現場)だったので、この思い出を持って辞めたい……」
と年末頃から時々、話に出ていたものだった。

そんな時にN子の自宅のすぐ近くで、事務員兼務のトレース女性募集の話が来たのだった。
「私の所より給与もいいみたいだし、現場が終われば次の現場のアテも無い(自宅待機)の
場合もあるし、自宅から会社がすぐ近くというのもいいじゃない、N子なら出来るから
やってごらんよ」
と後から『背中を押した形』の助言をした。

これで一歩前に踏み出せなかったN子もその気になって、それ以来私も図面トレースを少しで
も練習出来る様な仕事をさせていった。
製図道具の使い方、図面の便利な書き方、テクニックを短期間で『伝授』したつもりだけれど、
これからは頑張って欲しいものだ。

 Kビルの私のいた部屋にあるもので、最後までポツンと残ったのは電話だけになった。

椅子も机もなく、床カーペットの陽当たりのいい所でN子と二人座って話になった。
「とうとう終わったなあ、全てが終わったね」
「本当ね、嘘みたい・・・」
「この部屋に長く居たから、仮設事務所の騒ぎとか、シート看板とかは、遠い昔の事みたいだね、
覚えている?」
「看板作らされている時、成功しなかったら何と言って……」
と思っていたそうだ―――が、結構楽しそうに作っていた様な気がしてたけれど……ネ。

この三階へ引っ越して来てからは、N子もホーキを持って全館掃除に行ったものだったネ。
その度に(三度に一度かな)バイト料代わりに昼食をしゃぶしゃぶのKとか中華レストランCへ
スタミナ回復に出かけたものだったね。(高いバイト料だったぜ全く)

それから左官工のOさんから、
「所長、仲のいい若い―――キレイな奥さんですね?」
と言われたのは傑作だったね。
俺も「N子、N子」と人の奥さんの名前を呼び捨てにしていた分、罪はあっただろうけれど、
仲のいいのは本当だったね。

N子の誕生日に花束プレゼントして、パパが焼きモチをやいた話、これも傑作だった。
「蟹を食べに行こう、あの蟹屋さんウチが作ったんだよ」と言ったら、
「あの、動く蟹さんも……?」
と言ったのも、何となく面白語録だった。
看板好きな私(会社)でも動くカニは作らない。

ホテルでの社内のクリスマスパーティはN子と子供まで連れ出して(時効だよ)好きなだけ食って
家族ゲームで遊んで、今年も内緒で招待してやっからな、子供をね。

「色々楽しかったなあ・・・Hな話とか馬鹿な事も沢山教えたしねえ」
「楽しかった想い出がいっぱいです―――所長」
と何だかセンチメンタルな気分になりそうだ。

ここで肩でも抱けば絵になるのだろうけれど、
「さあて、コーヒー飲みに行こうか、ここにはもう何もないから………」
立ち上がりながら、
「所長、次はどこですか?」
「まだ何も聞いてないよ、ホラあの電話が今度鳴ったら『支店へ来い、次は○○だよ』と言う
電話だろうよ、多分・・・」

だから電話線を差し込みのジャックから外しておいた。
今、N子と最後になって、ゆったり当時を語っている時に電話は邪魔だった。

 喫茶店でN子とさようならして、Kビルでは遂に一人になってしまった。
電話の線を繋いで、見つめていた。
もうすぐかかって来るであろうけれど・・・。

十分後、リーン、リーン、リーン、リーン。
寂しい音色だ―――取らなかった・・・。
リーン、リーン、リーン、リーン・・・。   

                        

                                                                                             (kビル・ドラマ 完結)

*****************   ***************   *****************     *************** 

  ―――飛び立って行った若者たちの
           最後の言葉に秘めたものとして―――――

T.S君 
  「考え込む前に電話します。今回で自信がつきました。次を見てて下さい」

M.H君 
       「現場が替わっても会いに行きます。楽しく仕事を覚えられました」

H.G君 
      「次の現場にも引っ張って行って下さい、回の教訓の成果をみせますから」

そして

T.F君 (Kビル)
    「とにかく最後迄やり通す事ができました、次は自信を持って挑戦します」

私から―――
   皆んなっ元気でやれよ!
    夢に自信を重ねて―――さあ
      「君たちの時代」
        今からスタートだ!!

                               (終り)
                                   

 

 

 

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竣工引き渡し日

2024-10-15 08:26:08 | 建設現場

  一月 十八日(木) 曇り

 官庁関係の検査は全て完了した。
エレベーター検査済証、使用開始、土木事務所道路乗り入れ復旧完了届、建設省借地完了・・・。
 確認申請検査の完了が1~2階テナント内装工事完了後に統一して行われるので、これが未決
のままとなった。
この件は設計事務所からオーナーへ連絡が入っているので、問題はなく引っ越しが行える。

 午後から昨年春に竣工させたAマンションのアフターケアー巡察に出かけた。
―――私は来週にはKビルを『さよなら』するだろう。
(次の現場はまだ未定だから、今の内に前オーナーへ挨拶に出向いておこう)
    という気持ちを、ここ数日持ち続けていたものだった―――

相変わらず花壇に散水しながら、何やら一人言を言って草を抜いておられた。
「おっかさん、来たよ。お元気そうだね」
「あらー、明けましておめでとうでもないわねエ」
「今日はネ、向こうのビルが終わったのでネ、こっちもどうなってるか見ておきたくてネ、何
か困った事はないですか?」
「建物はしっかりしててエエんじゃが、中の人がたった1年で二度も替わった部屋があってね
エ、あの部屋はオハライをしようかと思ってるのよ・・・」

「今はもう入居されてるのでしょ?」
「出たら次の週にはもう違う人が入っていますよ」
「ならいいじゃあないの家賃は入ってくるのだし……」

「出入りの度に畳やクロスを直しにいかねばならんので、キレイなのにモッタイナイ、バチが
当たる・・・」
「まあまあ―――そんな風に考えずに、気楽にいこうよ、おばーちゃん」

 来たついでに屋上に出て、ドレーンの周辺に飛んで来た枯れ葉とビニール袋を降ろしておい
た。
 私鉄沿線近くなのでレールの鉄粉が屋根に飛び込んで来て、錆が出た様に粉が集まってい
て、錆色の汚れも出ているが、これは仕方ないか―――。

 AマンションとKビルの二つの責任ある建物を終えて、比較している。
Aマンションの時は工期に余裕があったけれど、心の余裕は全くなかった。
途中で2週間ワケの分からない頭の病気で(失明か命を落とすか)という変な入院もした。

 Kビルの方は入院こそなかったけれど、11月中頃から今まで、ずっと風邪をこじらせてい
て、これもまともな健康体ではなかった。

 4階建てと6階建て、マンションとテナントビルの違いはあったものの、同じ様な請負金額
と、似た様な施工内容だった。

Aマンションでは工事中にも、F工事部長と言い争って、クソッと思ったり、ホロッと涙し
た事もあったが、Kビルではそこまで感情が入らなかった。
 しかし、電話ではかなりカッカと来て『怒り心頭に発す』となってはいたが、施工の難易度と
しては同じ程度のモノであった。

 それに毎週定例打ち合わせにオーナーが出て下さって、コミュニケーションとしては合格だ
ったのもよく似ている。

AマンションからKビルへと同じ協力業者の契約先もあって、工事もスムーズだった。
女子事務員はAマンションの時(Sさん)には遠慮勝ちに指示していたけれど、Kビル(N子)
は色々と実によく気の付く奥さんだったので、私は楽だった。

 配属員はAの時のG君、KビルのF君も、かなりの技術屋として成長してくれた。
多分、次の現場では私のシゴキコダワリに耐えた成果を発揮出来ると思う。
私自身の成長はないのか―――とまた、考えてみたくなった。

Kビルへ戻る途中、運転しながらそんな事をなんとなく……思い考えていた。


 一月 二十日(土) 晴れ

 大安吉日。今日は引き渡しだ。

 これでやっと私の仕事は終わりだ。
昨年2月28日に起工式を行って、今日竣工だ。

 長かったけれども、短かった様な一年間だった。
年末に製作していた、引渡し関係書類には全て社印が押してあり、後は引渡すだけとなって
いる。
最終請求書、追加工事請求書も提出準備が整っている。

 特別に引渡しだからといって、儀式的なものはない。
鍵(カード)のチェックとこれからの管理方法、2月1日から第一番目のテナントが引っ越し
て来る迄の管理、及び各社の入居に伴って電気、水道のチェック等をどの様にコンピューター
入力するかがポイントである。

 これから1週間は私もここへ残務整理に来るので、鍵、カードの管理はオーナーに替わって
行いましょうとなった。

「当分の間、全館クリーニングは毎日行わなくて可としましょう」
とオーナーとメンテナンス業者の打ち合わせ内容を、私はまとめているだけだった。

 私はもう残務整理、下請けとの精算払い打ち合わせと支店内への報告、それにこの仮事務室
の引き揚げを、ここ一週間で行えばいい。

今日はもう土休したい気分丸出しの休日感覚だ。

午後からM店舗と同じ様に機器の取扱い説明会を行った。
インテリジェントなだけに、使い方よりも感心する方が多くて、取り敢えずの説明で終わって
しまった。

「やっぱり何かあったら、私の所か緊急連絡先へ知らせて下さい。私の家には、例え深夜でも
結構ですから、飛んで来る時は飛んで来ますから」
と言ってオーナーに念を押しておいた。

引き渡しは終わった。
とにかくぐっすり眠りたい、今は・・・。

 

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竣工施主検査

2024-10-01 08:01:48 | 建設現場 安全

一月 十二日(金) 晴れ

 最後の打ち合わせ会というよりも『竣工施主検査』として集合して頂いた。

支店からはT工事課長、営業のO主任、設計事務所のA所長も来られた。
皆で検査と言うよりも、新築建物見学会の雰囲気になってしまった。

「気に入らない所がございましたら、この赤札付箋を遠慮なしに貼って下さい」
とA設計事務所の方々とオーナーの御家族にもお渡しした。

後から手直しする場合に、一目で分かる様に目印代わりに赤札(コメントも記入)を使うのが、
私の検査のスタイルである。


 いつぞやの検査時、ここに「汚れ」でベタッ、ここは「傷」でベタッ、これは「曲がってい
るみたい」でベタッ・・・と何でも、そう文字通り遠慮なしに貼られたお方もいらっしゃった
ものだが、さてさて今日はどうなる事やら―――と思って黙ったままで眺めている。

とあるデパートの部長さんの話で、
「1階から順番に見て行く人は、買わないけども、じっくり見る。エレベーターで最上階迄行
って降りながら見る人の8割は、単に見るだけで終わり」
この言葉を検査の時、私は有効に使わさせて頂いている。

スタート場所が1階でじっくり見られると検査のペースは確かに遅い。
最初の部屋だから全てのモノに手を触れてみて、どこを検査しようかという不安もある様だ。

私の使う手としては、建物の最上階へ一気に集合させる。
エレベーターに乗って上がると、室内の検査よりも、外の景色にばかり気を取られるのが、人間
の感性というものだ。

 別に検査を簡単に済まそうと言うのではなくて、あくまでスピードアップの方法として、使
っているだけの事だ。

 私は仕事上チェックの時は当然下から上の階へ順番に見て、更に降りながら確認する性格だ
けれど、竣工検査時に於いて上る時も見て、降りる時も調べてたら、とても一日ではチェック
が終わらない。

 今日迄全く何も見てないオーナーならば仕方無いだろうけれど、今までにも変更打ち合わせ
を行った部分は、その都度確認して頂いているので、別段目新しい事も出て来なかった。

 流石(さすが)にA設計事務所所長は、
「ここは私が描(か)いた設計図と違うね、変更したの?」
というポイントはしっかり見て下された。

「はい、変更指示を頂いて、その様になったのです」
「この方が、機能的に良かったのだろうか?」
「テナントがレイアウトの関係で△△を置くから、変えて頂ければという事でした」
「そうか、中島君は承諾してるんだネ」
「はい」

こんな会話が三度あった。
私自信も遠い昔に変更していて、それが当たり前(設計図通り)だと思い込んで創(つく)って
いたので『違うネ』の一言には
(えっ?・・何が?・・どう?―――)
と一瞬背中が凍り付いたのを、感じた。

建物の外観チェックとなった。      
「やっぱり手すりはアレで正解ですネ」
「良くなったわね」
さあて、アレとはステンレスかアルミか、又は着色塗装の件か・・・。
「アレで良かったんですヨ」と答えたが―――。

立体駐車場の取り扱い操作方法も私の車で、出入りのテストを行った。
機械自体は良いのだが、点検用出入口の為にオープンになっている所から、子供が誤って入
り込む危険性がある。
 一般使用の部分には赤外線センサーで緊急停止装置があるので問題はないが、この部分は
点検者用なのだから除外されている。

「ネットフェンスで高さは1.5m位の仕切りを作ったらどうか?」
とT建築課長。
「付けましょう。もうこの際サービスでネ」と私。  

この際とは、何故なのか一つ言っておく。
追加工事を12月に決めて頂いて、今後は追加はない(と思う)との取決めを行っている。

私も2000万円近くの追加工事の後で、20万とか30万円の第2回、第3回目の追加工事
見積書を作りたくない。

1回目の決定金額査定の時、後から多分50万円はサービス工事が出てくる雰囲気だったから、
それなりに含みのある金額で決定しようと約束してたのに、予想金額が下値でギリギリだった
から、今後追加工事は出ないものと信じていた。

その直後に3~4件追加を頼まれて、見積もれば合計80~90万円になっている。
これは予算内消化工事にしようと努力していたし、追加工事と本工事での減額工事のバランスを
丸く納めれば、オーナーも理解して頂けると思う。

この場に来てネットフェンス代は『最後の一枚』を取られたかの如く、丸裸になってしまっ
た。
官能小説風に言うと、
「○○子は明りを消しベッドに横たわり下半身に手を伸ばし、最後の最後まで女として大事に
残しておきたかったこの、白くて薄い一枚の・・・・」
となるのだ。
うん、私は次はポルノが書ける。ヘヘヘッ。

ネットフェンスの追加工事の件は、頭の中でソロバンの珠が激しく揺れ動くけれども、最終精算
見通し報告に赤字が出て来たら出たで何とかするしかあるまい。

検査は手直しと言う項目は出て来なかった。
フェンスもサービスで取り付けるという約束なので、残工事としては一応何もなかった。

手直し項目なし、残工事なし。                         
立派なものだ。

A設計事務所の所長から、
「引渡し前にカーペットのクリーニングをもう一度お願いしますね」
と頼まれた。了解。

『検査としては一体どこを検査したのだろう』
という感覚で終わってしまい、打ち合わせ室でN子の入れたコーヒーはことのほか美味かった。

これで現場担当者として、所長としての責任を果たせた事にもなるだろう。
無事故無災害で竣工出来た幸せを含め、
『生き甲斐』
を今頃やっと―――感じ始めている。

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