九月 一日(金) 晴れ
昨日より一日過ぎて月が変わっただけなのに、9月という響きで涼しさを感じる。
だが、今年も秋になるんだ……というセンチメンタルな気分を味わう暇もない。
定例の安全大会はKビルでは行うけれども、M店舗では一刻も惜しい時間となって中止だ。
労務安全部が聞いたら、
『心臓でも止めておけ』ってんだ。(藤本工事部長に似て来たモノだ)
これからM店舗は上へ下へ、さらに右へ左への大混乱だ、一気作りの『一夜城』も覚悟のフル
コースだ。
浄化槽を掘る場所の足代は何とか解体出来た。
今日の昼から掘削してベースコンクリート迄は打つ段取りだが、サイン塔の足代は外壁貼りの
工事が終わってなくて解体日が未定だ。
ネオン(別途:施主工事)なんか取り付けられる時間はない。
ところが、ところがだ、
「頂上の色が違っているなア・・・」
とオーナーの一声で、塗替えるハメになってしまった。
どうやら色彩計画の打ち合わせ時点より色の感じが違っているみたいだと言う。
別途のオーナー業者ネオンを取り付ける迄の引き延ばし作戦か?
我々は色でなく『品番号』を聞いて手配したから、どんな色なのか、何色なのかを疑う余地は
全くなかった。
設計事務所から決定した品番号をFAX受信し、メーカーにそのままFAXにて転送して、対応し
ていたのに―――。
明日にでも足代解体のつもりのサイン塔が、この件で3日は遅れてしまう。
一番目に付く所をオーナーに注文付けられたのでは、たまったものじゃあない。
言い訳より、考えこむより、返答するのも今は時間が惜しい。
「やり直せ」の指示ならやり直します、《どうするかなあ・・・》と言うのは困ります。
色をメーカーで作らせて、現場へ搬入だが、たかが一斗缶3ケ分、宅急便で持って来させたとし
ても、3日間は最低でもかかる。
足代解体は他の仕事の絡みで2日は遅れるが、この三日には全て解体しないと後工程がサッ
パリとなるだけに、塗直す事にスパッときめたが『ネオン取付け』迄は待てない状態だ。
次は浄化槽だ。
掘削するとやはり水が出た。
大きめに掘削して釜場(簡易ピット)を深くして水中ポンプの廻しっ放しである。
膝近く迄泥や水が跳ね返って、長靴の中はドロだらけだ。
水中コンクリートもあるけれど、早強コンクリートでベースを打った。
打つよりも、掘削した所へ捨ててしまったという程の勿体ない厚さのコンクリートだった。
明日は浄化槽を搬入して設置しすぐ埋める。
中に水を満タンにしておく。
浄化槽への接続は入る部分と出る部分が約3mずつ配管が残っているだけで、繋いでしまうとテ
ストがある。
汚物の流れだけに後日の手直しは願い下げだ。
だからチェックは入念に行う必要がある。
それから地盤改良して駐車場の敷地整地だ。
道路との高低差が80㌢はあるので駐車場部分はなるべく水平にし、なだらかなスロープに
変更して出入り口を作る事にした。
アスファルト舗装は外構、U字溝、縁石、花壇、ブロック積みが完了していない事には重機の回送費だけで経費が飛んでしまう。
とにかく一発で物事を決めたいし、部分的に舗装をするのはムダだ。
来週の8日から10日迄の3日間で一発勝負だ。
ブロックは積みかけ中だが、足代の足元へ基礎コンクリートを打たねば積み上げる事も出来
ないのだから、足代完全解体するまで手待ち状態にもなっている。
室内は天井のクロス貼りの真最中だ。
これが終わらないと冷暖房器具が取り付かない。
天井が終ると床の仕事だ。
床貼りはまだ手を付けていない。
竣工直前迄、仕事は山程有る。
床貼り迄出来れば仕上がった、間に合ったという事なのだから、それで良しとしよう。
外構工事の犬走りのタイル貼りも特殊な柄だったので、搬入に日数を要している。
少しでも不足すると、お手上げというギリギリのセンも後ではいい思い出になるだろうけれど、
胃は痛むものだ。
ここに来てのタイル貼りは日数がかかるので、素早い段取りを取ろう。
この忙しい最中、藤本工事部長が本日付けで北陸支店長へ栄転だと話が入る。
(なにーッ?)だ。
「今からの15日間を見て行って下さいよ。最悪の時は私一人の責任になってしまうし、そうさ
せたいのかね支店は・・・」
と途方もないこと迄、憶測してしまった。
もう、M店舗の事で相談出来る唯一の上司がいなくなったんだ・・・。
竣工したら支店に行って、この現場の問題点を、二人でハッキリ『利子付きで返す』つもり
だったのに、私の意地はどうなるのだ。
「こんな事ハナッから出来っこないよ!」
と最初に辞令を聞いた時に、ケツをまくってみればよかったのだ。
(何かしら私一人が忙しい目に合っているのでは―――)
と思うとバカらしくなって来た。
私はKビル一現場だけで良かったんだ。
そう、それが実力なのだよ、私の………。
自分の信念(建築屋としてのプライド)を殺して迄、私はこの業界にはいたくないからネ。
九月 四日(月) 晴れ
外構のブロック積みが昨日の雨で出来なかったのと、花壇との境界になる縁石が一部残っているので、重機は回送して来たものの仕事にならなかった。
やはり雨は降るものだし、計算に入れて置かねば計画手違いのミスが多くなる。
分かっていてもM店舗では、雨なし工程を組まざるを得ないここ数日は、ファイナルカウント
ダウンだ。
外部建物周辺を仕上げれば、何とかなるのに、ここで足踏み状態に陥ってしまった。
サイン塔の塗装は今日の夕方に塗替えが終わり、17時を廻ってから、足代解体が出来た。
この解体足場の搬出材料だけでも4㌧車1台分はある。
これが、出入り口に積んであり、朝一番に出さない事には、花壇のブロック積みもまたストップ
してしまう。
トラックはたとえ無駄になってもと思って予約までしていたのが、幸いだった。
3時には足代解体が出来ていないので、よほどトラックも延期と言いたかったけれど、もう延ば
せる余裕がない今となっては「背水の陣」を敷いていたと言える。
もう後へは引けないんだから、やり遂げるしかない。
これは理屈では分かっていても、人間の精神は弱い。
『やっぱりダメかと思った時、ダメになる』
と私は強がって言い、根性を出す。
まだまだネバーギブアップだ。
まだ10日間もあると発想を変えて現場を見つめない事には息が詰ってしまう。
全ての予定を狂わせていた足代がやっと無くなったではないか。
もう墜落災害事故の危険性も無くなったではないか。(工期も無くなったが……)
これからは、9日に電柱を建てて、11日に受電し、その電源で冷暖房の調整を行うまで工
事が進んだのだ。
給水が明日接続出来ればトイレも使えるが、トイレの床タイル貼りの予定は明日だった。
「ええーい、今夜中に貼ってしまえ、僅か5㎡だ!」
帰り支度をしていたタイル工を無理やり頼み込んで貼り終えた。
これで明日は直にタイル目地が出来て、終了次第配管設備を接続し、トイレの使用が
出来る段取りになった。
今日は外構工事もピークだった。
ブロックは積むし、その後を追って縁石、それに外灯のポール基礎コン打ち、浄化槽の
押さえコン打設→雨水排水の接続→桝底のコン打ち。
一気一気の突っ走り工事だ。
職人の車の台数も入れ代わりではあるが、常時15台はある。
ガードマン一人ではとても誘導出来ない。
場内に入ったら出るのに苦労する位に車が来る。
宅急便の車も来るけれど、もう道路へ停めるしかない。
パトカーもよく通るけれど、早く駐車場を地盤改良して、中へ取り込む様にしたい。
近隣にも迷惑を掛けないで仕事をしたいのだが、そこ迄もう頭も体も動きが悪い。
ひと夏が過ぎれば地盤が固まるだろうという、甘い予測でそのままにしていたのが、裏目と
なった。
あの暑い時、舗装を先行工事しておれば竣工前に楽だったかも……と猛反省だ。
もう少し、あともう少しでM店舗も終わる。
だが、雨が降ると全くのお手上げになってしまう今、舗装と花壇工事にはタイムリミットが
迫っており、ただ、ただ《天気を祈るだけ》だ。
今朝の状況と夕刻の状況では移り変わりの激しい一日だった。