…………(プロローグ 3)…………
つまり、その日その日の出来る所から手を付けて行けば、やがては出来るだろうと思う。
私自身、週間工程表をよく書かされて(実際このとおりに出来る訳ないのに)と思いつつ、
又《書いた通りなら苦労はしないよ。雨だって降って一日延びる事もあるだろうし・・・》
と思うと、真面目にたったの七日間の工程表でさえムダな事をやらされているという感覚に
とっぷりと浸かってしまったものだ。
職人が来れば私の仕事はあるが、来ない時には何をして過ごせばいいのだ?と思っていた。
伝票の片付けも必要だけれども、当時の私にデスクワークは向かない。
すぐに退屈してしまって現場事務所から出て行く。
現場内で掃除、片付けでもするか、下手をすりゃ喫茶店へドロンと逃避するのは簡単だが、
天気が晴れて職人が倍数も入って来たらどうなるかを考慮出来る様に成るには、相当の年月
が必要であった。
仮に雨が二日間降り続き、現場は作業順延を余儀無くされていても、三日目の作業日には、
「俺たちに雨は関係ないよ」
と予定通り入って来る全く別の業種も有る。
ここでこの業種を仕方なく順延すると工程は三日は確実に遅れたことになる。
工期(竣工引き渡し日)は延びない。
どこでこのロスをとりもどすのか?
打ち合わせをしていても満足に職人が入って来ない業種に、
「明日から人数を倍にしろ」
と言って、その通りに段取りが成るだろうか?
工程表では何日までに終わらせろと書き込み、その為には四人しかいないグループなのに
八人(2グループ)入れると自分勝手に作製する。
が、人間の頭数が急に増えるものでもない。
雨が降って予定がズレたのは私の現場だけじゃない。
この地域、地方一帯全て雨なのだから、私の所だけ雨が辛く当たったものでもない。
自分で慰めて気を取り直してボソボソ(ブツブツのほうが真実かな)と工程表を作り直す
のだった。
だが、この時最も頭を痛めているのは『親方』である。
職人達は日給(日払い)ないしは日給月給(一月分まとめて一括支払い)が大部分である。
雨が降ると仕事が可能かどうか判断に迷う。
掘削、建て方の弋(とび)、溶接、圧接等は雨だとかなり仕事はしづらいが、他はシートを覆う
等の工夫をすれば『やる気』になれば仕事は出来る。
しかし、職人はやっぱり一日働いていくらの世界なので、現場へ行って雨が強く降れば
中止して帰らざるを得なくなれば気を遣うのだ。
「親方、昼まで働きましたので半分日給を・・・・」
と、なかなか言えぬものらしい。
そこを親方は気前良く半分出す(当然の事ではある)場合より、ほぼ一日分払う方が多い
様に思われる。
少しぐらいならケチらずに次も仕事をやってもらわねば、人手が足らないこの時期こそ
『人集めの一方法』
だと割り切ってフトコロを緩めざるを得ない。
仮に型枠大工としよう。大工さんの常庸(じょうよう)単価(日当)を二万円として、
五つ現場をこなしてる親方だと、平均六人グループとしても、
30人は職人さんが居る。班長さんもいれば手元(助手)もいるが、
半日しか働かないのに2万
半日完全に働いたのならまだしも、八時半には雨が上がるだろうと空を見上げて仕事は手を
付けていない。
「まあ小降りになるまで待つかあ・・・」
と言って昨日のナイターの話をするか、元気に花札を出して………。そして周囲がゴソゴソ
と何やら仕事をしかかると重い腰を上げる。
「おっ、やる気になったか―――」
と私達が思ってみたのも束の間で、
「合羽(かっぱ)が足らねえンだよ二人分」
とか
「雨で漏電して電動工具が使えネエ」とか
「寒くなるンで酒を買って来て」
とまあ何を今更みたいな事をシャーシャーとおっしゃるのだ。
私達は一歩でも現場が進めばと思い、ある程度の協力はする。だが、すぐに十時の休憩
タイムになる。
九時過ぎ迄雨で待機していて十時前には休憩室へ服を乾かしに入り、十一時頃から十二時
少し前まで働いて、
「今日は雨で仕事にならん、やっぱり帰る、風邪ひいたら元も子もないので・・・」
とまあ当然、残念だが、帰りたくはないが―――という名文句で帰られる。
私達は仕方無いとあきらめられるが、親方はそれでも日当を払うのかと思うと、親方とは
つらい哀しいものだと思い、胸に言いようのない切なさを感じてしまうものだ。
だが、職人の手配で悩み、天候で泣き、仕事の精度で怒られている親方と友好関係を作り
上げ、良いコミュニケーションにて一つの現場を創り上げる事には、
『言語に絶する悦び』
が有るものだ。
この悦びを糧に現場マンは悪条件(本人はあきらめてる)の中を生き延び、次の現場へと
翔び立っていけるものだと思っている。
工事日誌や安全日誌それに日記等と言う継続するものに、性格が向いてない私ではあるが、
一日三行位は現場の事をメモをしていた。
このメモを基に私は約一年かけて創ったKビル(一般的テナントビル)での人間関係
(人間ドラマにも見えるもの)
を書いてみようと思い起った。
専門の建築用語は極力避けて一つの話、現場の喜怒哀楽をこれからの建築現場を希望して
いる若者達、現場は仮囲いの中で何をやっているのか気になっている人達、建築現場のお隣
さんで迷惑だと思っている人達に少しでも
『現場のシナリオ・ドラマ』
を伝えてみたかったのです。
スジの通らない私の一方的な偏見かも知れません。
また、私の考えを正当化しようとは何一つ思ってはいません。
こういう事があるのだよ、苦労話かバカ話か、はたまた私のグチとボヤキにも思えるけれど
《建物を創り上げる》
と言う大前提のもと、延何千人もが出入りしての『人間ドラマ』として読んで頂ければ幸
いである。
(平成元年に施工した現場のノンフィクション・エピソードです)