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建設現場の卵

建設現場からのエッセイ。「建設現場の子守唄」「建設現場の風来坊」に続く《建設現場の玉手箱》現場マンへ応援歌。

ピタゴラスの定理?

2025-03-31 08:18:17 | 建設現場

               ――――――――― 《遺   形 (やりかた)

『遺形』―――《やりかた》これを読める人は建築屋さんとしては年期の入った人のグループ
である。
昔風に言うと丁張(ちょうはり)であるが、さて何の事なのか少し説明してみよう。

これから工事を始めようという全くの初期と言うよりも、手始めの工事の前の段取りとでも
云うべく、慎重に且つ重要な作業である。

敷地境界自体が長方形ならまだしも多角形であり90°の部分は無いといっても過言ではない。
その敷地の中に長方形XY方向のポイントを決めて、地盤の高さを確定させる水平ラインを
設定させることからはじまる。
簡単に言えば足元の地面の上空50㎝あたりで建物の位置の水平を決めて、その空間において
建物の外壁四コーナーの直角を求める作業である。

ちなみに測量機械(トランシット・レベル)のなかった古代にXY軸の直角をいかにして
地面に印をつけていたのか・・・と。

50㎝の定規1個で30㎝の正方形を地面に描けますか?
机上でA3用紙の端の直角を利用しても30㎝未満で・・・
対角線を測ってみたら長さがの違う四角形は90°になってない平行四辺形であり・・・

ピラミッドは底辺220mの正方形であっても、2本の対角線の違いが20㎝以下の誤差である。
現代、測量器具を使用せず、50mの巻き尺を使って仮に野球場を作るとした時、直角が必要と
されるホームベース上でいかにして直角を決めるのか・・・(直角の証明方法は?)。

算数から数学と学術的に詳しくなった時、初めて習った『ピタゴラスの定理』の名前は憶えて
いても、定理までは・・・と算数の苦手な人はそっぽを向く事でしょう。

三角形は底辺4m 高さ3mを描き、交点を結んだ斜線の長さが5mになると『直角三角形』
になることを、学問の無い昔々の時代から職人さんはご存じだったのである。

「3・4・5を獲れ(計れ)の一言(隠語)で直角になる!」
私も最初に聞いた時
「何で?・・・直角になる!?」
としか答えられなかった。
(この場で説明は致しません《ピタゴラスの定理》をネットで検索してくださいませ。)

さて、―――話を現場に戻そう。

型枠大工2人とH君、K君と私の5人で、建物の正確な位置を出した。
敷地境界杭をきれいに掃除してポイント上にトランシット(測量機械)を設置する。

敷地形状が設計図の面積求積表どおりか、境界線の角度及び長さのチェックを行なった。
それから建物の位置を出す。
外周の通り芯(基準になる壁中心線)を出して、公道から、隣地から何メートル離れて
いるのかを別図に記録しておく。

この距離が建築基準法上で余裕が無い場合も有り、日影線に隣家が影響を受けるので、実
測値に依っては設計図より更に〈南東に15㌢移動せよ〉と云う指示を受ける場合もある。

今回は東側に余裕がなくて、逆算すれば境界迄の有効最小値は60㌢以上確保の事と設計図
に記載されていたが、実測値は72㌢有り一応誤差を考慮して〈70㌢の位置で可〉と承諾を
得た。

これで建物の位置は決まり、杭の位置を出す事も出来る。
時刻は11時20分であったが、早昼飯を食べて昼から早めに仕事をしようと言い一応休憩
タイムとした。

昼からは建物のGLライン(設計図でいう地盤の基準高さ)の確認だ。
それから先日、30㌢掘り下げて鋤(すき)取ったつもりの部分を念のため深さのチェックをした。

 何とただ見た感じだと別に支障は無さそうだが、測量機械でチェックするとGLより60㌢
の所がある。
予定ラインよりさらに30㌢も掘り下げてしまっていたとは後の祭り話になってしまった。

「周囲の道路面からは確かに30㌢あるが、道路は水平になっていなかった」
というこの簡単なミスを掘り終わってからチェックするとは・・・。

今チェックするのなら掘削中にレベルセットしておくのが常識だと今更言っても遅い。
何故周囲からの《目検討》の深さで掘削したかといえば、取り敢えず盛土を除去するのだ。
その深さは周囲の道路から30㌢位下げておくと、杭打時のヘドロ(残土)が道路に流出
しない・させない為だけのものだ。

やがてはGLより1.8㍍の基礎下まで掘るのだから、取り敢えずは見た目で水平に掘って
おけば・・・という仕事をしてしまった訳である。

別に大した問題ではないが杭打機械をなるべく水平に移動させないと、杭打精度も悪く
なるし、地盤が傾いていると杭打機の転倒も有りうる。

地盤が軟弱だと杭打重機の自重(約80㌧)だけで埋まり始め傾き出し、転倒する場合も
有る。

杭打重機を安全に場内走行させる事も考慮し、水平に地盤を均すのが目的ではあったのに、
大雑把に仕事をしてしまった。
杭打工事中は敷地内部や周辺にものがない状態が多いが、市街地の場合には傾いた重機が
隣家の外壁へ当たって止まったと云う事件もまま有るので気をつけよう。

                     ―――――――――《杭 芯 出 し》

建物の位置が決まり、今日は杭を打つ為の『杭芯出し』を行なった。

杭の中心点の目印用に鉄筋棒を打ち込むのだが、地表面を少し鋤取ったものの瓦礫(がれき)
や石ころも有る。

建物の位置となる〈通り芯〉のポイントは、杭を打ったり基礎を掘ると無くなってしまう
ので、建物から20㍍程度は逃げて(離れて)大切に残して有る。
柱の通り芯(X・Y方向)全てに『逃げ杭』を打ち、そこから再び本設の杭を打つべく
位置を印す為に、測量を行なう。

 この杭芯は杭直径の40㌢にこだわる事なく杭の中心点をマークするのだが、50㍍のテー
プを使って距離を測るが、引っ張る強さで5~6ミリの違いはあるし、精度はイマイチで
ある。

通り芯は、逃げ杭(ポイント)間を水糸で結べば一直線は正確に出るが、この水糸上に
杭が有るのは稀(まれ)で有る。 

 コンクリートの柱(80㌢×80㌢)の下に杭が4本とか5本(サイコロの目の様に配置し
て)構造計算により杭を太くしたり3本になったりして、経済的視点から設計されている。
一つの建物の中で計算値通りに直径を変更していたら数種類の杭になり、杭打機械迄取り
替えねばならない場合も出るだろう。 

 平均的に直径を決め、後は一つの柱に杭の本数で、建物の荷重を受ける様にするので、
部分的には1本の柱の下に5本杭、6本の杭になる場合も有る。 

 一つの柱の下に大きな基礎(2㍍×3㍍程度)があって、そこに杭が6~8本も有るの
だから一本の杭が仮に5㌢ずれていても他の杭でカバー出来ると思えるが、一つの柱に
一本杭の場合は問題で有る。

この杭がズレると『偏芯』といって柱の荷重が杭に計算値通りに伝わらず、基礎を補強する
事態となる。

『営繕協会共通仕様書』によると、杭の偏芯は杭径の4分の1且つ、10㌢以内で納る事が
《望ましい》と明記してある。

つまり、直径40㌢の杭で10㌢ズレると《望ましくない》がダメと決めつける訳でもない。

杭穴は杭より8㌢程度大きい錐(きり)で、地中深く掘り進んで行って、つまり48㌢の
杭穴の中に40㌢の杭を入れた時、中心点が合っていれば問題は無いが、20㍍も掘った縦穴
の先端でしかも中心にピッタリ合致出来る程の精密な機械ではない。 

 この中心点のズレはX方向にもY方向にも、更にZ方向(斜め方向)へもズレる。
 と云っても偏芯が分かるのは杭打機も現場を去り掘削も終わり、後の章で出て来る
『ステコン打ち』
を行なって、そこに基礎建物の墨出しをして初めてズレの数値が確定される。
更に、杭が〈高止まり〉と云って、所定の深さ迄沈まなかったり、その逆の場合もある。

掘削中に杭と杭の間が少し狭いかなとか、広いなと感じながら土工事を進めている時に、
3本杭のはずが〈1本出て来ない〉とか云う騒動も出て来る。
3本が一列に並んでいればそう間違いはないが、えてして3本杭は基礎が長方形か正方形

に対して、三角形に3本配置する様に設計されている事が多い。

この3本は杭芯出しの時に方向が逆という単純ミスを引き起こす危険性がある。
(実際に反対側に杭を打ったと聞かされた現場は数知れず・・・) 

だが、杭打工事で間違えたのか         (続く)

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起工式

2025-03-17 08:43:28 | 建設現場

               ――――――――― 《起 工 式》

起工式(地鎮祭)が始まった。 
神主さんの祝詞(のりと)の中に、
『――――雨降っても地流るる事無く、風吹けども倒るる事なく―――
       いかなる病い災いをなさず・・・・かしこみかしこみ申しあぐるウ―――』

神妙に頭を下げて聞き入っている。  

まさに《これから無災害で創(つく)ってみせるぞ!》  
と気を引き締め直している。 

式典も無事終り、直会(なおらい)にて乾杯も済んだ頃に、 
「ここには井戸が2つ有ったけれど、どこにいったのかしら?・・・」
とおばあちゃんからの一言で、大騒ぎが勃発した。 

 井戸は簡単には埋めてはならない。 
(ふさ)いでは『井戸の神』が窒息死してしまうから(神は死なない筈だが)空気を抜き
ながら埋めるのが、土建屋の今の時代でも「常識」と言うものである。 

〈窒息しない様に〉の配慮からも竹の筒でフシを抜いたものを入れて埋める。

竹が腐って自然にその部分が埋まるまで寝かせておく筈なのに、周囲はキレイに盛土が
して有り、更に地盤の表面はダンプ(大型工事車両)の通行用に固く転圧迄されていた。 

「この辺りだった・・・」
筈と言われた所を急遽(きゅうきょ)掘ってみたら、なんとなく井戸の跡らしい円形が出て来た。

「良かったネ。竹筒を段取りしますから安心して下さい」 

 今時、迷信だとか気安めだとか言われそうだけれど、日本人が古来より成している習慣
を無視する程、私には勇気は無いし、迷信じみたものも結構建設業界にはある。

 今日行なっている《起工式》も大安を選ぶし、鉄骨の『柱建て』や木造住宅の『棟上げ』
も日柄を選んでいる。

トンネル工事で
〈女性は貫通迄は作業現場には入れない〉と
云う事で数年前にも差別問題になったが、
(山の神が怒って)万一事故が起きた時、責任取って頂けるならどうぞ」
との一言で騒ぎが収まった話は有名である。 
 
 井戸の場合化学的に説明すれば、一気に埋めて空気の抜ける所が無いと、底にメタンガ
スが発生し易く、時には爆発の危険性が有る事を、昔の人は知っていたのかも知れない。

 井戸に神様が居る居ないの問題ではなく、先祖代々大切にしていた命の水の源(みなもと)
〈無造作に始末は出来ない〉
と自負しているだけの事でもある。 

 起工式早々
「えっ!?」
という事件があり、現場はこの先何が待ち構えているやら―――。


              ―――――――――《基 準 打 合 せ》

 Zビルの工事着手前に店内工務、営業、現場と集まって『基準打合せ会』だ。

 営業部から工事受注経過報告と重要指摘事項の引継ぎ書を受けた。
 積算課からは今までに完成した中の類似現場をコンピューターから選び出し、データ比
較表を受けた。

 工事課からはミスを起こしそうなポイント、クレームの発生になりうる事項の注意を受け、
又、予算書作製用準備データの打合せを行なった。

設計部から「カーテンウォール(超大型サッシュ)の強度計算を行なう事」と申し渡しを受けた。

 Zビルは国道からもよく見える場所であり
看板工事にする』
とM総務部長より言われた。

  当然の如く工事中の外観、特に足代の整備と仮り囲いの整備にはスマートさを心掛ける
つもりではいるが、改めて皆が注目している事を認識する事となり、看板の取り付け一つに
しても熟慮する必要がある事を感じた。

 美化運動とか花いっぱい運動等で街中がきれいに整備されていく中で〈工事現場だから〉
と云う旧態のママでなく、センスある看板、例えば足代上のシート貼りをデザインするとか、
イルミネーションを用いるとかして、Zビル独自のアピールをしてみようと思う。

現場マンのセンスの見せ所だ。
誰もまだした事のない何かを掲げてみよう。

 仕事というより遊びのフィーリングで第三者、つまり通行人とかバスや車に乗っている人
の誰もが
「あれッ!」とか「おやッ⁉」
とか振り向く様なモノを考えてみよう。

(よしよし工事を順調に進めながら、このテーマに全員で取り組んでみれば面白いナ)
何となく遊び心が湧いて来て、堅苦しい会議も前途が開かれて来た気分になった。

 しかし配属員の人数の話では諦めざるを得なかった。

 私を含めて現場員5名+事務担当者1名の予定だったが、私とH君、K君の3人で請負金
額5億円以上の仕事をこなす事になった。 

  事務担当のY君及び設備担当のK君は他の工事事務所との兼務で行ない、事務補助にR子
が配属される事が決定となった。

これには何も理由はない。
ただ単に人がいない、職員(若手職員と称する現場マン)がいないだけの事だ。 

となると、施工図を書くのは誰の仕事だ?誰が書くのだ?
 今、施工図を早く仕上げるには外注(知り合いの設計事務所等)に出すか、下請けに押し
付けて書かせるかしかない。

 4人スタッフがいれば何とかやりくり出来るが・・・とボヤいて見たって始まらない。 
 現在は工事計画段階なので、仮設(足代組立・生コン打設・レッカー設置・電気配線・
給水等)計画図面がまとまり次第、施工図に集中して3階迄の施工図を今の内に仕上げて
おこう。

 現場が稼働を開始すると昼間は現場業務、夜は施工図作成の時間になり、休む時もなく
なってしまい土・日曜日も図面、施工図作成の為に出勤になってしまいそうだ。

 施工図の内、現場事務所の平面図(レイアウト)の中に電気コンセント、照明、電話、
ロッカー、机の配置、コピー機、見本棚、流し台、冷蔵庫、テレビ、ファクス、パソコン、
インターホン、行事黒板、クーラー・・・と書いていたら本工事(今急ぐのは杭を打つ事だ)
の施工図を書く時間が無くなってしまった。 

図面屋さんが一人欲しいなア・・・・・。

                            (続く)

 

 

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単身赴任・辞令

2025-03-03 07:58:37 | 建設現場

            ―――現場決定―――

 朝、少し早めに出社しロビーで時間調整をしている。
「お早ようございます。所長、次はどちらですか?」 
 と狭いエレベーターの中で各階停止しながら、人の行き来する度毎に訊(たず)ねられる。
「聞いてないのよ、手近な所であって欲しいよ、家から通勤範囲ならいいけどねェ・・・」

仕事開始のチャイムが鳴り終る頃、Y部長から次の現場の行き先を簡単に告げられた。
「今度はE市でマンション付きZビルだ。また頑張ってくれよ、ナ・・・」
「えっ⁉E市、E市ですか――――」

仕事場が与えられたもののE市では通勤不可能である。
サラリーマン風に勤務時間が9時から17時30分迄ならば、自宅から通勤も出来るだろう
が、この業界は早出・残業が当然の如く、又、土休もないのが慣習となってしまっている。

建設業という商売柄、単身赴任は仕方がないとあきらめてはいるが、やはり遠隔地の現
場は好きではない。 

しかし、何の事前情報もないまま、あっさりと
〈次はE市で・・・〉
と言われて、単身赴任になるかも知れないものを、すんなり「ハイッ」と答えられるもの
だろうか。

いつものことながら
《人を動かす基準》
というものを教えて頂きたいものだと思う。

E市に近い人なら喜ぶ現場だろうが、何で私が遠方へ出向かねばならないのか・・・。
『会社の方針』という言葉に従ってどこにでも動くのも、建築現場員の《定め》であろう。

取り敢(あえ)ず家に連絡を入れた。 
「今度の現場はE市だってヨ。また、単身赴任だナ・・・」 
「いつも急なのネ。で、何を創るの?・・・で、いつから行くの?」 
我家は《建築屋家業と云うものはこんなもの》とトウの昔から割り切ってはいるものの、
現場が決まって
「良かったネ」
という言葉は全く出て来なかった。

ぶら下って来た仕事に「エイッ!」と元気良く飛び付けない分だけ、意欲が足りない
(湧かない)のも単身赴任がチラついているからかも知れない。

まア〈海外へ転勤だ〉から思えばまだましかァと考え、一件落着。
現場が遠隔地というだけで、手配するものの動き方も変って来る。 
これからまた、一から物を築くというのに、一にたどりつく前迄になにやら疲労感を感じ
そうである。 
 もう朝から頭はパニック状態であり、ドッカーンと爆発している。 

「エーイッ!何とかなるさ、何とかするさ
と背伸びをして、大きく息を吸って、さァこれからだ。

                ――――――――― 《現 場 下 見》

先日、現場が決定した後、まず第一に現状がどうなっているのかを営業部に聞いてみた。

設計図をボンと出されたものの、現在は木造2階建てを数軒解体して、基礎迄撤去して
から7階建てのZビルを創るという事だった。

「それで今は――――どんな状態なの?」
解体は別途業者(当社とは関係ない)が解体中でもう直(じき)終る頃だと云う。

昔、Aマンションの時は(つり堀)の撤去後マンションを建てたし、Kビルは盛土の撤去
をしてからの工事であったけれども、今回も又、条件としては何もない〈サラ地〉ではない
事は確かだ。 

(とにかく工事計画をするにしても、現場を見てから判断すべき事だから、まずは現地確認
をしてからだ・・・)

現場のE市に向かって高速道路を走っている。
今朝6時に家を出て、もう8時を廻っているのにまだE市に入れない。
(遠いなァ、単身赴任は決定だなァ・・・) 

9時少し前に解体中の現場に到着し、他人事(ひとごと)の様な顔をして下見を行なって
いる。

  敷地はかなリ有る(広い)様だが、解体中とは言え飛散防止のシートを部分的にしてある
だけで、近隣へ舞い上がっている粉塵にはゴメンナサイで済ましているかの如く、堂々と
ブッ壊している姿にボーゼンとする私は、気が小さいのであろう。 

(今日の時点では俺には関係ない事だから・・・) 
とも行かず、複雑な心境でたたずんでしまった。

それにしても市街地の住宅街にマンションを建てる工事は多々あるものの、敷地が狭く
て周辺道路が狭いのはいかんともしがたいものだ。 

資材搬入のトラックも10㌧車はまず無理だろうと、計画時から要注意である。
10㌧車が現場に到着してその荷物を取り込む間に、後続の車は何分待たされる事か・・・
4㌧車で搬入する事を徹底する様に通知したとしても、レッカー車・生コン車・生コン
ポンプ車の作業時は道路使用許可を申請するしかない。 

またまた警察に出向く事が幾度となく出て来ると思うが、路上駐車の苦情、駐車禁止の
取締り等でも呼び出されるかも知れない。 

敷地とその周辺を見渡しながら、早急に警察署へ工事着手前としての挨拶に出向く事に
しようと決めた。

そうそう、アパートを捜して賃貸契約の稟議(りんぎ)を申請せねば・・・とN駅前の
不動産屋さんに飛び込んだ。 

「お仕事で単身ですか・・・この辺りは1DKは無いからねえ―――3LDKでN町に
築後2年のアパートが半年前から空いていますが、如何ですか?・・・」 

N町がどっちに向いているやら分からないが、現場の住所を告げるとそんなに離れては
いない所だった。

台所は不要だが自炊と言うよりお湯くらいは沸かせて、インスタントにせよラーメンを
作ったり・コーヒー等を煎れる事もあろう。
配属員によって寝泊りする準備(共同生活)も必要である。

建物や室内を見る迄も無く、借りるつもりで契約用の書類を頂き、後は支店で決裁を
上申する様に、事務担当の山下君に手続きをお願いした。

それにしてもE市は遠い。冬は雪に悩まされる所だ。 
(まァここで来春の桜が散る頃迄仕事が有るのだから、気長に考えよう・・・。何から
手を付けて行けば良いのやら・・・) 
とアレコレ思案しながら、再び高速道路をひた走りして、支店に帰った。

本日の走行距離187㎞。通勤は不可能ではないが、単身赴任の覚悟をする事となった。

                           (続く)

 

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現場勤務最終日

2024-10-28 09:02:49 | 建設現場

 一月三十一日(水) 曇り

 今日でKビルと『さようなら』だ。
  N子とも『さようなら』だ。

お隣の自治会長さんにも別れの挨拶となった。
設計事務所とも喫茶店のママともオーナーさんともひとまずの『お別れ』だ。

今年になって今日の日が来るのを楽しみにしていた反面、寂しさが募(つの)ってくる。本当に
『嫁に出す』というのはこういう、これ以上の心境なのだろう。


私には娘が二人いる。
その時きっと泣かずにはいられまい―――と思える。

Kビルとは『さようなら』でなく、《また来るよ》の軽いオワカレでOKだ。
協力業者とはまた次の現場で、
「あれーっ!?、所長!!また今度も・・・」 
という顔が出て来るだろう。

N子、彼女はこれで退職する。   

                                                           

私が連れて行ける現場ならば、事務補助員として私も置いておきたいが、私の現場がどこに
決まるかによって、事務補助員を変更の場合もある。
私も次が市内の現場とは限らない。

そうなるとN子の通勤範囲の中で、他の現場所長の所へ勤めてもらう事になる。
だから、
「ここは楽しい職場(現場)だったので、この思い出を持って辞めたい……」
と年末頃から時々、話に出ていたものだった。

そんな時にN子の自宅のすぐ近くで、事務員兼務のトレース女性募集の話が来たのだった。
「私の所より給与もいいみたいだし、現場が終われば次の現場のアテも無い(自宅待機)の
場合もあるし、自宅から会社がすぐ近くというのもいいじゃない、N子なら出来るから
やってごらんよ」
と後から『背中を押した形』の助言をした。

これで一歩前に踏み出せなかったN子もその気になって、それ以来私も図面トレースを少しで
も練習出来る様な仕事をさせていった。
製図道具の使い方、図面の便利な書き方、テクニックを短期間で『伝授』したつもりだけれど、
これからは頑張って欲しいものだ。

 Kビルの私のいた部屋にあるもので、最後までポツンと残ったのは電話だけになった。

椅子も机もなく、床カーペットの陽当たりのいい所でN子と二人座って話になった。
「とうとう終わったなあ、全てが終わったね」
「本当ね、嘘みたい・・・」
「この部屋に長く居たから、仮設事務所の騒ぎとか、シート看板とかは、遠い昔の事みたいだね、
覚えている?」
「看板作らされている時、成功しなかったら何と言って……」
と思っていたそうだ―――が、結構楽しそうに作っていた様な気がしてたけれど……ネ。

この三階へ引っ越して来てからは、N子もホーキを持って全館掃除に行ったものだったネ。
その度に(三度に一度かな)バイト料代わりに昼食をしゃぶしゃぶのKとか中華レストランCへ
スタミナ回復に出かけたものだったね。(高いバイト料だったぜ全く)

それから左官工のOさんから、
「所長、仲のいい若い―――キレイな奥さんですね?」
と言われたのは傑作だったね。
俺も「N子、N子」と人の奥さんの名前を呼び捨てにしていた分、罪はあっただろうけれど、
仲のいいのは本当だったね。

N子の誕生日に花束プレゼントして、パパが焼きモチをやいた話、これも傑作だった。
「蟹を食べに行こう、あの蟹屋さんウチが作ったんだよ」と言ったら、
「あの、動く蟹さんも……?」
と言ったのも、何となく面白語録だった。
看板好きな私(会社)でも動くカニは作らない。

ホテルでの社内のクリスマスパーティはN子と子供まで連れ出して(時効だよ)好きなだけ食って
家族ゲームで遊んで、今年も内緒で招待してやっからな、子供をね。

「色々楽しかったなあ・・・Hな話とか馬鹿な事も沢山教えたしねえ」
「楽しかった想い出がいっぱいです―――所長」
と何だかセンチメンタルな気分になりそうだ。

ここで肩でも抱けば絵になるのだろうけれど、
「さあて、コーヒー飲みに行こうか、ここにはもう何もないから………」
立ち上がりながら、
「所長、次はどこですか?」
「まだ何も聞いてないよ、ホラあの電話が今度鳴ったら『支店へ来い、次は○○だよ』と言う
電話だろうよ、多分・・・」

だから電話線を差し込みのジャックから外しておいた。
今、N子と最後になって、ゆったり当時を語っている時に電話は邪魔だった。

 喫茶店でN子とさようならして、Kビルでは遂に一人になってしまった。
電話の線を繋いで、見つめていた。
もうすぐかかって来るであろうけれど・・・。

十分後、リーン、リーン、リーン、リーン。
寂しい音色だ―――取らなかった・・・。
リーン、リーン、リーン、リーン・・・。   

                        

                                                                                             (kビル・ドラマ 完結)

*****************   ***************   *****************     *************** 

  ―――飛び立って行った若者たちの
           最後の言葉に秘めたものとして―――――

T.S君 
  「考え込む前に電話します。今回で自信がつきました。次を見てて下さい」

M.H君 
       「現場が替わっても会いに行きます。楽しく仕事を覚えられました」

H.G君 
      「次の現場にも引っ張って行って下さい、回の教訓の成果をみせますから」

そして

T.F君 (Kビル)
    「とにかく最後迄やり通す事ができました、次は自信を持って挑戦します」

私から―――
   皆んなっ元気でやれよ!
    夢に自信を重ねて―――さあ
      「君たちの時代」
        今からスタートだ!!

                               (終り)
                                   

 

 

 

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竣工引き渡し日

2024-10-15 08:26:08 | 建設現場

  一月 十八日(木) 曇り

 官庁関係の検査は全て完了した。
エレベーター検査済証、使用開始、土木事務所道路乗り入れ復旧完了届、建設省借地完了・・・。
 確認申請検査の完了が1~2階テナント内装工事完了後に統一して行われるので、これが未決
のままとなった。
この件は設計事務所からオーナーへ連絡が入っているので、問題はなく引っ越しが行える。

 午後から昨年春に竣工させたAマンションのアフターケアー巡察に出かけた。
―――私は来週にはKビルを『さよなら』するだろう。
(次の現場はまだ未定だから、今の内に前オーナーへ挨拶に出向いておこう)
    という気持ちを、ここ数日持ち続けていたものだった―――

相変わらず花壇に散水しながら、何やら一人言を言って草を抜いておられた。
「おっかさん、来たよ。お元気そうだね」
「あらー、明けましておめでとうでもないわねエ」
「今日はネ、向こうのビルが終わったのでネ、こっちもどうなってるか見ておきたくてネ、何
か困った事はないですか?」
「建物はしっかりしててエエんじゃが、中の人がたった1年で二度も替わった部屋があってね
エ、あの部屋はオハライをしようかと思ってるのよ・・・」

「今はもう入居されてるのでしょ?」
「出たら次の週にはもう違う人が入っていますよ」
「ならいいじゃあないの家賃は入ってくるのだし……」

「出入りの度に畳やクロスを直しにいかねばならんので、キレイなのにモッタイナイ、バチが
当たる・・・」
「まあまあ―――そんな風に考えずに、気楽にいこうよ、おばーちゃん」

 来たついでに屋上に出て、ドレーンの周辺に飛んで来た枯れ葉とビニール袋を降ろしておい
た。
 私鉄沿線近くなのでレールの鉄粉が屋根に飛び込んで来て、錆が出た様に粉が集まってい
て、錆色の汚れも出ているが、これは仕方ないか―――。

 AマンションとKビルの二つの責任ある建物を終えて、比較している。
Aマンションの時は工期に余裕があったけれど、心の余裕は全くなかった。
途中で2週間ワケの分からない頭の病気で(失明か命を落とすか)という変な入院もした。

 Kビルの方は入院こそなかったけれど、11月中頃から今まで、ずっと風邪をこじらせてい
て、これもまともな健康体ではなかった。

 4階建てと6階建て、マンションとテナントビルの違いはあったものの、同じ様な請負金額
と、似た様な施工内容だった。

Aマンションでは工事中にも、F工事部長と言い争って、クソッと思ったり、ホロッと涙し
た事もあったが、Kビルではそこまで感情が入らなかった。
 しかし、電話ではかなりカッカと来て『怒り心頭に発す』となってはいたが、施工の難易度と
しては同じ程度のモノであった。

 それに毎週定例打ち合わせにオーナーが出て下さって、コミュニケーションとしては合格だ
ったのもよく似ている。

AマンションからKビルへと同じ協力業者の契約先もあって、工事もスムーズだった。
女子事務員はAマンションの時(Sさん)には遠慮勝ちに指示していたけれど、Kビル(N子)
は色々と実によく気の付く奥さんだったので、私は楽だった。

 配属員はAの時のG君、KビルのF君も、かなりの技術屋として成長してくれた。
多分、次の現場では私のシゴキコダワリに耐えた成果を発揮出来ると思う。
私自身の成長はないのか―――とまた、考えてみたくなった。

Kビルへ戻る途中、運転しながらそんな事をなんとなく……思い考えていた。


 一月 二十日(土) 晴れ

 大安吉日。今日は引き渡しだ。

 これでやっと私の仕事は終わりだ。
昨年2月28日に起工式を行って、今日竣工だ。

 長かったけれども、短かった様な一年間だった。
年末に製作していた、引渡し関係書類には全て社印が押してあり、後は引渡すだけとなって
いる。
最終請求書、追加工事請求書も提出準備が整っている。

 特別に引渡しだからといって、儀式的なものはない。
鍵(カード)のチェックとこれからの管理方法、2月1日から第一番目のテナントが引っ越し
て来る迄の管理、及び各社の入居に伴って電気、水道のチェック等をどの様にコンピューター
入力するかがポイントである。

 これから1週間は私もここへ残務整理に来るので、鍵、カードの管理はオーナーに替わって
行いましょうとなった。

「当分の間、全館クリーニングは毎日行わなくて可としましょう」
とオーナーとメンテナンス業者の打ち合わせ内容を、私はまとめているだけだった。

 私はもう残務整理、下請けとの精算払い打ち合わせと支店内への報告、それにこの仮事務室
の引き揚げを、ここ一週間で行えばいい。

今日はもう土休したい気分丸出しの休日感覚だ。

午後からM店舗と同じ様に機器の取扱い説明会を行った。
インテリジェントなだけに、使い方よりも感心する方が多くて、取り敢えずの説明で終わって
しまった。

「やっぱり何かあったら、私の所か緊急連絡先へ知らせて下さい。私の家には、例え深夜でも
結構ですから、飛んで来る時は飛んで来ますから」
と言ってオーナーに念を押しておいた。

引き渡しは終わった。
とにかくぐっすり眠りたい、今は・・・。

 

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1階コンクリート打設日。

2023-02-14 09:05:46 | 建設現場

六月  八日(火) 晴れ/曇り  

 1階のコンクリート打設日だ。天気は晴れ後曇り。
この一週間の何と早かったこと、慌(あわ)ただしかった事だと振り返ってみている。
久し振りに現場に長く足を留められる。

 Kビルはコンクリート打設前の、そうね《王手飛車取り》位の段取り以後、どうなったかを
じっくりチェックする間もなく、今日の日を迎えてしまった。

 型枠が斜めになっていたら、そのまま斜めのコンクリート壁が出来るだけの事だけれど、窓枠
や配管用穴が間違って付けてあるとどうしよう・・・という不安もある。もう腹をくくって、
「打ってしまえ!」
と言ってはいるものの、私のハートはストップモーションだ。

 朝の7時には土工が型枠に撒水(さんすい)を始めている。
型枠面にイヤダと言うくらい水を含ませておくと、濡れた型枠に生コンの水分が吸い取られな
くて、キレイな表面のコンクリートが出来る。

 だから私は撒水本来の目的は《表面重視の為の水洗い》だと土工にはウルサク言う。
生コンは水平に打つ事(プールに水道から水を入れる状態)を原則としているが、鉄筋という
邪魔物がある。
バイブレーターで振動を与えるか型枠を叩いて生コンを水平にさせるかだ。
気を抜いていると生コンは《おむすび》の如く山になるので、土工も気合を入れねばならない。

8時から打設開始だ。
朝礼もラジオ体操も10分前には行って生コン車を待つだけになった。
「所長は雨男だから心配したヨ、晴れてよかったネ
と伊藤組の高田さん(土工の世話役)がわざわざカッパを着て、雨降りのスタイルで来た。

「俺は運だけの人間だから、大丈夫だ、降りはしない」
曇って来たが雨の心配はなく、1階のコンクリート打ちが始まった。

バイブレーターがビービー音を出す。
土工が型枠を木のハンマーでドンドンドンと小刻みに叩く音が、いかにもコンクリート打ちだ
という気分を盛り上げてくれるものだ。

「ここだぞー」
と言う声を聞いてドンドンドンと小刻みに叩(たた)いていると、コンクリートが入って来ると
音が変わる。
変わりかけた所を集中して叩く、一日中叩くのはまるでキツツキみたいだが、この壁、柱は叩き
かたの能力によってコンクリートの仕上がり表面が随分違う。

バイブレーターに頼ってスラブの上からだけだと、型枠内へ入っているのか、詰まって下へ
流れないのか分からない。
昔のように『竹』で上から突くのが良いコンクリート打ちなのだが、今の時代は電動となった。

                                   
コンクリートの汁がポタポタと型枠の隙間から落ちて来る。
体が濡れて乾くとセメント分が作業服に白く現れて来る。(だから合羽(かっぱ)を着るのだ…)
建築現場を嫌う項目の一つのK『汚い』がここに有る。

 躯体工事として節目としてのコンクリート打設工事だから、各階へ打ち上がって行くとき、
昔はお祭り騒ぎにも似た『華やかさ』があったけれど、今は打設そのものを最重要視する感覚
は無い。

 ポンプ車圧送、生コン購入となってからは『現場練り』の必要がなくなったのは最も進ん
だ工法の一つだが、これからの時代、今の体力勝負の重労働状態が続くと若者はこの業界に
入らなくなる気持も理解出来る。
が、今日は打設中だから余分な考えは持たない事にした。

 10時現在打設数45㎥だ。
ペースとしては順調だ。階高の半分迄はほぼ水平に打ち込んだ。

スラブ(2階の床になるところ)を均(なら)す左官工も到着した。
彼達は昨夜も残業でコンクリート直押さえをやって来たと言う。
まだ今日はスラブを押さえる迄時間があるので車の中で休んでいる様、指示した。

しかし、左官工も現場内へ入ったら職人魂が丸出しとなって、コンクリート打ちを手伝って
いる。
バイブレーターのコードを鉄筋の引っ掛かりから解いたり、足代上の通行の邪魔になるもの
を片付けたり、何かとこまめに働いていた。

11時にはもう2階スラブ(2階から見た床)の上にコンクリートが上がって来た。
土工は壁の叩きが終了し、『目鼻が付いた』という気持ちだろう。

1階内でコボレているコンクリートや流れ出たノロ(モルタルの水分の多い不良品)をバケツ
で処分したり、高速洗浄機で洗っている。
所々打設中に抜け落ちた『さし筋』を拾っては差し込んでいる気のきいた土工もいた。

 左官工はコンクリート直押さえだから、レベルを足代上にセットして高低差を3㍉以内に仕
上がる様に監視をしている。
何分にも固まる迄本当の水平精度は測れない。

押さえて仕上がって行く段階で、コテの力によっても表面の厚さ3㍉程度は誤差が有るものだ。
2時頃になって残り1台分の5㎥以内で終わる所迄になった。
 スラブ上で皆がザッと見渡してみて追加が4㎥だの4.5㎥だの5㎥あれば余るだのドン
ブリ勘定が始まる。

それより1台前の生コン車が打ち終わる迄にラストの車は何㎥必要かが計算のしどころ、
監督の腕のみせ所だから、素早く計算して、工場へ連絡する。
余分に購入してもいいが1㎥1万円以上もするのだから0.5㎥単位で発注し、余ったコンクリート
分はムダ金支払いになってしまう。
打設事に毎回0.2~0.3㎥は生コン車に残り処分するのだから生コン予算からオーバーするのも
致し方無いが、積算通りに数量は収まらない。

 最終の生コン車が到着する間、左官工は押さえ仕事をしているにしても、土工は片付けも
出来ず、(下階はもう片付いているし)酒もまだ飲めないし、疲れを癒(いや)すのにただ座
って待っている・・・。

この無駄な時間は雑談には都合がいいけれど、手待ち時間を金額換算すると……。

 やっと落ち着いた気分となったのは5時を廻ってビールを飲んだ時だった。
 左官工は直押さえが一通り終ったけれど、夜10時に再来してもう一度頭を張る(表面の押さ
えを仕上げる)事を約束して、ひとまず帰って行った。

 照明設備の水銀灯と投光器をセットし、我々も事務所で『御苦労さん』の乾杯だ。
早出して深夜迄、長い時間働いた気持ちよりも、1階を打設完了した充実感で一杯である。

《建築屋》としての気持ちのいい一日であった。

 

 

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起工式とパトロール

2023-02-01 09:17:40 | 建設現場

六月  七日(水) 晴れ 

天気も良くM店舗起工式が九時半から始まった。
式には施主、地主、入居予定のオーナーと担当者、設計事務所所長、銀行関係、地元の世話
役、わが社からは支店長他………かなりの賑わいをみせた。

 これだけの『役付き』が集まるのも、最初で最後だろう。竣工式があったとしてもここ迄は
(そろ)わないだろう。

起工式が始まる前には相変わらずの名刺交換が繰り返されていた。
(日本人だなあ)
と思うのは頂いた名刺ですぐに相手の名前を言えない事だ。

「所長の福本です」
とは常々言ってるけれどすぐに、
「○○設計事務所○○さんですね」
と言い返す時がない。

 名刺を一方的に出して、又頂いて、名前と顔を一気に覚える術に私は弱いのだ。
フルネイムで一度は施主なり設計者と話をしてみたい。

 そんな中で式の始まる前に支店長から、
「今日は昼から(確か・・・帰りに)君のKビルに立ち寄るけどいいネ?」
と言われた。
驚きよりもマサカ―――だった。

 何を隠そう事か、支店長は今日私のKビルには労務安全部の安全パトロールが巡察に来る事を
御存
知だったのだ。
そのメンバーに当初(先月20日頃) から入っていたもので、予定表はまだ生き残っていたのだ。
支店長の予定表を考察すると、午前は起工式で午後はパトロールとインプットされていたのだ。

私、私の頭の中には――― 
(その日は遠慮してくれよナ)
と儚(はかな)い望みで労務部に打診したけれど、
「変更はしない」と掛け持ち辞令の時に却下されて―――少しは記憶に残っていた。

「行く」という人に「来るな」とも言えず、今日はありのママを見てもらうつもりだった。
だが支店長が実際に立ち寄るとは計算外だった。
今更バタバタしても始まらない。明日はコンクリート打ちだから、現場の状況としてはあまり
不備な点はなく、A90点は頂けるだろう。

 タイミング的には良い方だろうが、午後には配筋検査もあり、確認とか打設直前手配チェッ
クとかプレッシャーの掛かる時に―――取り合えず公衆電話に飛びついて現場に連絡だ。

(そんなこと勝手にやってくれ、何考えてンだこのクソ忙しい時に・・・)
と聞こえそうで聞けなかった福原君の声だった。

今、オーナーには悪いけれど起工式の気分はさめていた。
一刻も早くKビルへ帰り、受け入れ準備を点検しておきたい……。

 現場をおおまかに一廻り点検出来ない内にパトロール隊が来て、支店長も到着された。
めったに揃わない豪華メンバーの安全パトロールだったので記念に名を残して置くと、
K支店長、I建築部長、K工事部長、N所長、N機材センター課主任、協力業者は木工事の
T専務、電気工事のK部長、そして当社労務安全部S課長の合計8名也。

支店長の出席情報をキャッチして、義理(やむなく)的に参加したような顔ぶれでもあるが
寄ってたかって私の現場を見たいものでもなかろうに・・・と私の心はつぶやいてもいる。
多分、支店長の手前かなりキツイ意見も出るだろうと覚悟を決めて現場を見て頂いた。

「ありのママを見て頂いた今回だから忌憚(きたん)なく言って下さって結構です」と私。
「言わせてもらえば―――」
とパトロール隊は私の見過ごしていた(この位はいいだろう)という事を追及して来たので、
弁解の余地は無しだった。

来月はM現場もあるので御苦労さんだが、頼むよ」
とK支店長から慰められてるのか、誉められているのか言われて返答に困ったものだった。

朝の予想に反して評価は悪かった。
88点、減点項目6カ所、評価B。特記事項、月内再パトロール実施のこと。

是正報告書には写真を添えて『一週間以内に支店へ提出して下さい』との事だ。
毎度お決まりの書類だけれど、是正ヶ所の写真まで添付して誰が喜ぶってモノなのかネ。

 事故が起きては遅いし、その責任を所長全てに背負ってもらわなくてもという《親心》かも
しれないが、検挙されるのは『統括安全衛生責任者』なのだ。

 来月は掛け持ち故(Kビルも安全注意が手薄になり)もっと指摘事項が増えるだろう。
それがイヤならば
「今からもっと安全点検に注意を払え!」という事なのだ。

掛け持ちだから、安全監理の質が落ちるという様では
《その器(うつわ)でない》
と査定される事だな。

(多少の危険ヶ所には目をつぶっているから、とにかく掛け持ちでやってくれ)
という様な会社なら何とかなりそうだが、現場の大小を問わず一様な監理書類も、期日提出
を求められているのは何だか変だ。

10億でも5000万円の建設現場でも、統一様式の画一的な安全監理を押し付け?るのは何故だ。

「小さい現場ほど安全監理費も少ないけれど、危険カ所は予算に合わせて減少しない
と本音をズバッと言ったので、来月はM現場とも厳しいモノ(ジュンサツ)になりそうだ。

安全パトロール中にA設計事務の中島さんが来られて配筋検査が行われた。
今日は何と色々な事が重なっている日なんだろうか。

「後は所長に任せます。よろしく………」
と今日一日で何度聞いた事かね。
そんなに私、責任とやらを担(かつ)いで歩く力は有りません。

誰も助けてはくれないし
「助けを呼んでも太平洋のド真ん中、サメに食われない様に泳ぐだけ
が今日の私の心の叫びだった。

明日のコンクリート打ちの天気は「晴れ後曇り」を聞いて大分気持ちが救われた。
疲れたとは言わない、色々あったが明日はコンクリート打設だ。頑張ろう。

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仮囲いに遊びの絵でも

2022-11-05 12:29:00 | 建設現場

  五月二十二日(月) 曇り

 道路に沿ってのバンノー板仮囲い(高さ3m、鉄板製)の塗装をしている。

 鉄板に各々の現場で何度も塗りたくっているものだから、塗料にも厚みが出ている。
ハンマーで叩くとパリパリとペンキが剥(はげ)落ちる部分もある。
弋工が組立中にも塗料の破片が剥がれて、側溝に落ちたので泥の片付け兼用に掃除をした。

仮囲いの色は各ゼネコン(建築会社)も各社独自のカラーを守っている。
私の所も、
色はいつもの通りだよ、面積は210㎡だよ、よろしくね」
とだけで、清水塗装店の原田さんは一切を仕切ってくれた。

『名古屋デザイン博』があるのに、この仮囲いに所長のセンスで色を塗ると街もキレイに
(にぎやか)になれば、少なくとも現場お決まりの殺風景さは少なくなると思いませんか?

サイケディリックな絵も良いし、デザインだと言う絵も面白いのだが、塀(へい)があると落書き
したくなる《イタズラ心》はどこに行ったのでしょうか。

―――昔―――――
    K小学校の増築工事の時。
               長々と運動場を区切る仮囲いを設置して、塗装は剥げたままをグランドに
    向けて、子供達には うっとおしくなる境界を作った。
     子供達のサッカーボールが飛び越えて来たら・・・との配慮もあるが、
    仮囲い付近からはよくボールが当たっている音が聞こえていた。

     私はチャメッケを出した。
    約5mの区間をワザと
    『落書きコーナー』
              と看板に書いてみたら、目ざとい子供はその日の内に塀にくっ付き始めた。

     最初は絵を書いていたのが、何時の間にか「バカヤロウー」「××死ね」等、
             私の昔の時代と同じ下手な落書き文になってしまった。

     落書きの楽しさは変わっていないのだネ。
              人が書いた所へ『遠慮なし』に書き加えるものだから、迫力はある。

             下塗り用の塗料と小さな刷毛で遊んで、服にペンキを付けて帰宅した子供を
          親様達はどの様に見たのでしょうか?

    約一週間そのままにしておいたけれど、現場内に何故かボールの飛び込みは
          殆どなくなった。
           一騒ぎが終わった頃に塗装工が仕上げ塗り(指定色で上塗り)を行った。
         だんだん消えていく『下塗りの絵、文字』を見ていると子供たちの声が耳に
       に残った。

       「塗らなくて(消さなくて)もいいじゃん、このままで・・・」
         私もそう思うが、やっぱり大人にも現場にも常識というモノが―――だ。

        もし、今度学校の増改築のチャンスがあれば
      『仮囲いデザイン展』
         と称して自 由に描いてもらう案を校長先生に提案しよう。
   塗装職人に代わって先生が刷毛を使うのも面白いだろう。

   塗料を支給して学年別とかクラス別に図案を考えて図工、美術の時間に
       仕上げていく。
   この夢はいつか実現させてみたいものだ。
       父兄会時には親が高い所を手伝ったり、文化祭には他校にも見せるとか
                                                       面白いだろうなア・・・ ――――――

 何の変哲もない仮囲いに昔どおりの《決まった通りの塗装》をする事を当然だと考えて、ただ塗
る事を指示しているのは、全くセンスが無いと私は思っている。
 思いつつも今日は仕方無いが、いつかチャンスを狙っておこう。

昼から土間の配筋検査が行われた。

縦、横共@200㍉シングル筋なので問題はなかった。
地中梁の天端に多少土が残っていたのを『よく水洗いしておく様に』という事で、手直し事項
は一応「無し」と打ち合わせ簿には書いておいた。

 しかし、空模様がどうもいただけない。雨は決定的だ。
土間の仕上げはコンクリート一発押さえ(直接コンクリートを金ゴテでならして同時に仕上げ)
なので雨は喜ばしくない。
後日手を入れて雨に打たれてザラついた所を直さないといけない。
一応はカーペットを貼る為の下地程度に仕上げておけばいいのだから、雨が降ってたらダメ
だとは限らないが、降らないのに越した事はない。

  明日天気になあれ・・・。私は雨男ではない―――筈だ。

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雨降り時には麻雀が

2022-10-09 11:36:57 | 建設現場

五月 十二日(金) 曇り

少し風邪を引いたみたいだ。
昨日、生コン打設した時の梁天端に掛けていた雨対策用の養生シートを回収した。

コンクリートの表面は思ったより雨に打たれていなくて安堵した。

 それにしても、昨日の生コン打設は正しい方法(教科書通り)ではなかったけれど、
頑張った甲斐はあった。

今日弋工が足代を解体しておかなかったら、
「他の現場が遅れた上に昨日の雨で大幅に予定が狂ってしまい、Kビルへは水曜日に
ならない
と来れなかった」
と弋工の世話役の武村さんが胸の内を言ってくれたのは、10時の休憩の時だった。

私の工程表では水曜日は埋戻しの重機とダンプの手配がしてあって、それを遅らせる事は
く考えていなかった。

 私の自分勝手な都合のいい工程表ではあるが、これを書いた時点で総て予約を取りつけ
てい
るし、私の方から『遅れたなんて言わない性格』を知っている親方達も、一応それ
なりの心づ
もりで手配(下準備は済んでいるのだった。

 強引に打ったお蔭でもう一つ助かった事がある。

 昼前に掘削時に残しておいた土(邪魔になってた土)の一部が崩れた。
 土量にしてネコ車10杯はあるだろう。
 コンクリートが打ってあるので、型枠はビクともしな
いし被害は出なかった。
 打設していなければ型枠は壊れていただろうし、土で押されて鉄筋も
ろとも曲がっていた
ことだろう。

 崩れた土は埋戻しがもう始まったのかと思う余裕の解釈にし、埋まった型枠部分は
解体出来る範囲以外は『埋め殺し』にした。
足代解体後の山崩れだったので足代の材料関係には全く被害が無かったのも助かった。

昼過ぎてから力が抜けて来た。
場内が静か過ぎる。
物を創(つく)る気分でなくて、弋工と土工と一時的な足代の解体だけしか現場では作業して
いないが、眠くなって来たのは風邪薬のせいだけではないと思う。

(今日は久し振りに早く帰ろう)
と支度をしていたら、刑務所の現場時代の同僚(通称役満のケン)から電話があった。

「雨降りにコンクリート打った人は今日はヒマだろ?明日は土休だし・・・」
と思わず生ツバゴックンとなる麻雀の誘惑だ。

「今日は勘弁してなンて言わせンぞ」
と私は自分の体調も省みないで、承諾してしまっていた。

今日は負けるだろう。
でも、このメンバーは二年近くも一緒に単身赴任の苦労をして来た間柄なのだから、
私供四人にとっては他の職員よりは最良、最強の絆だろうと思っている。

 理屈はどうであれ、私は元気が出て来て、また出かけてしまった。


五月 十三日(土) 雨

また雨が降った。
昼前には上がったけれど、ここ数日よく降るものだ。
コンクリート打設後の撒水養生としては非常にいいのだけれど、全くの開店休業と
なってしまった。

土曜日で朝から雨だと気分は乗らない。
建設業として大義名分で休めるのは「雨降り」位の
ものだ。
友人の結婚式だとか近所の葬式とか、法事だとか免許の更新とか結構休める様な言葉

あるし使ってもいるが、全員揃って休めるのは「朝からの雨降り」が一番だ。

今日は土曜日だし、職人はいないし、コンクリートは打ったし、水替えはもう気にしなく
いいし、土が崩れても態勢に影響がなくなってホッとしている。

そうだ!!昨日は体調不調ながら麻雀は好調で、F君とN子と私でステーキが食べられる
資金
が出来ている。
(持つべきものはお友達)
と感謝し、久々の半ドン(もともと土休指定日なの
だが)を味わう事にして早速
『しゃぶしゃぶのK』に食事に出かけた。

 戸締りをしに現場へ戻ってフト電話機を見ると『留守録有』のマークが点灯している。
「何やってんだ三人揃って待っているヨ、二時半集合だよ、例の所で・・・」
と、またまた麻雀のお誘いだ。

(たった今、美味(うま)いモノを喰(く)ったのに又、喰わせてくれると言うのかい!)

しかし、刑務所現場のこのメンバーは単身赴任で二年間の借家生活を過ごし、自炊こそ
しな
かったけれど、いつも同一行動していて、沢山ビールを飲んだし麻雀もしたものだ。

冬、部屋のすきま風に目ばりをし、ストーブを持参、夏には扇風機に蚊取り線香と段取
りよ
く一室を『雀室』に迄してしまった。
思えば雀台はゴムマットに合う様にして点棒入れまで作
り、灰皿、ビール、カップラー
メン置き場用のサイドテーブル二台も雀室に収まる様に設計し、
休み時間に大工の
真似事(まねごと)で作ってみたのは―――まぎれもなく私だった。

雀狂の記録帳も作っていたけれど、土・日曜を除いても月にそうね(宿泊した日の九割)
麻雀を楽しんでいた様な『記録』も《記憶》も残っている。

風呂からあがっての9時頃からワイワイと卓を囲み、明日の予定を打ち合わせ(ウワの
ソラ
だが)しながら、
『12時を過ぎたら新しいイニング(半荘・ハンチャン)に入らない』という寮の規則も作った。

『単身赴任もこんなのだとイイね……』と誰かが言ったね。

―――雀狂の記録帳には――――――
雀鬼のオカ、役満のケン、恐怖のヤス、ウラドラのフク、新入りのミツ、という私が
付けた
アダナで精算記録が残っている。

何だか今日も勝てそうな気分になった。待ってろヨー。

 

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九月の虫の音

2021-09-12 17:31:05 | 建設現場

…………………………(九月の,虫の音)…………

 暦が一枚めくれただけなのに、九月という言葉の響きから暑さも忘れてしまいそう
である。

 この時期はまだ残暑も厳しく残っているが、お盆を含めて8月後半から工事がスロー
ダウンしていたのを一気に取り戻すように、気合いを入れる事から始まる。

眠っていた訳ではないのだが、準備運動もせずして急激に走り出られても困りものだ。

「さあ、気候も良くなったし、稼ごうぜ!」
と張り切っているのは私だけでカラ元気の様でもある。

お盆に故郷に帰り家族団欒を過ごした余韻を引きずったままの職人さん達に、ホーム
シックから抜け出せるようにと、安全大会で―――

「来週の金曜日に『焼き肉大会』をするから……」
この後の工事安全注意事項は右から左に聞き流されていて、大会のすぐ後に、
「所長、鉄板をもう一枚段取りしましょうか?」
「そうだよね、やっと元気回復しそうだね…」
やっと現場に笑顔と活気が戻って来たようで、明るい雰囲気も取り戻せそうになった―――

現在、工程的には遅れてはいないが、7月末には進んでいた工程の貯金日数がどうやら
『お盆休暇』の延長によって、目減りし始めているようでもある。

でも真夏に炎天下の中で休憩をしながら頑張ったような事は、もうさせないつもりで
ある。
これからは陽が短くなるし、台風もやって来るから、工程監理・雨対策に抜かりなく
現場を監理するように気を引き締めるところである。

 そんなところに支店から、
電話を待っているのに、何故して来んのだ!
(えっ?電話!?何それ…)

「済みません、一時間前に設計事務所さんが来られていまして―――」
と焼き肉大会の話題でテン張っていたのを、咄嗟に言い訳をする技も身についている。

「工程の状況と最終益(下期決算益)の見通しを連絡しろ!」
「設計事務所の方が帰られたら報告入れます…」

(何とか時間を稼がなくちゃ・・・)
「お前の所とあと二つがまだだけど、急いでくれ…本社へ報告時間が……」

(そんな事だろうけど、毎度の事でもあり―――)
「工程は順調ですけど、利益はちょっと計算してみますので……」
だんだんと虫の居所が悪くなって行くのが、声からでも分る。

竣工まで半年もあるのに、いま《最終利益見通し》を吐き出して報告するバカはいない。

この先何が起きるかわからないし、お金を頂けない設計変更工事は必ず発生するし、
地震倒壊はなくても台風接近による対策費も直接台風被害も、これから出て来る時期
なのである。

一言でも見通し額面を言おうものならば、最終精算時に目標の達成値が少しでも下がっ
ていたら、何を言われるや分りやしない。

本社に対して支店としての『下半期業績見通し』の報告が必要なのも分る。
でも眠っていた《腹のムシ》の眼が覚めたのは確かである。

今更計算しなくても自分なりの最終目標値は決めていて、それに向かって原価監理を
しているのだから、電話の対応に即答出来るのをあえて言わなかったのは背広族に
対して、
「シッポを振っているのではないからね」
との抵抗でもあろう。

工事予算書を申請した後、予備費も無く、私の含み余裕枠は総て削られていて、
「これでやれ!」
って渡された実行予算書から、やっとの思いで利益を上乗せしている所を、
「報告しろ!」
って簡単に言われて素直に答えられる程、私は人間が出来ていない。

 むしろ、微たる現状利益を全部遣って、

「決められた予算書で精一杯ですから……、赤字には致しませんから……」

といつかは言えるように力をつけようと、今は耐えているところである。

余裕の無い予算書から、協力業者の見積り書の額面を抑え、更に端数を削って契約し、
利益アップさせると出世は早いようだが、私は協力業者の首を絞めてまで利益は出し
たくないのだ。

私も一応、会社人間であるから、予算から収まる金額で契約し、或る程度は首を絞めて
いるようだが、首を吊るす《松の木》まで準備するような事はしない。

無事故・無災害で工事が竣工すれば、ボーナスとして何らかの形(感謝)である程度
職長さんに還元しているから、突貫工事・赤字受注工事でも協力業者からそっぽを
向かれた事が無い。

裏を返せば《業者と癒着している》と勘ぐられていたかも知れない。

利益アップした金額の数%でも個人的に頂けるなら、私も首を絞め《松の木とその枝》
まで手配するだろうが、ポケットマネーの回収能力も無い所長だったから、リストラ
候補の筆頭にもなったのであろう。
催促の電話が入るまで待っていたら、

「おい、なんぼ残るんや!?」
案の定、情けも愛情も感じられない上司の声が聞こえて来た。

(銭しか頭にねえのかよ…訊(たずね)方もあろうに……)

と、ますます虫の居所が悪くなり、暴れ始める。

「五十万円位は何とかなりそうですが……」
「もう少し頑張ってくれ、頑張れるよな?」

(べエ~ッだよ)

舌を出しているのが電話では分らないのをイイ事に《半値報告》の生返事である。

予算厳しき折、現場はギリギリの状態に追いやられても、建物を竣工させ、儲けようと
頑張っているのに、労をねぎらう言葉も出ないでゼニ・銭・利益・頑張れ・・・

全く現場の実態を御存知ないのなら許せるが、電話の主様は数年前までは現場を束ねて
いらっしゃったお方であるのだから、もう少し現場に対してモノの言いようもある筈だ。

支店のデスクからの電話だから周辺に上司の耳もあるし、まあかつては自分の部下だっ
た所へ、単刀直入な会話をして、周囲の視線に力の程を知らせる……とのポーズも見え
隠れしている。

(かつて同じ様な電話が入って、ムカついていた人だったのに・・・)

作業服から背広族に変わって、立場が変われば発言も変わる人を多く見させてもらって
来たが、所長時代の人格・人脈が繋がっている振舞いを見せて頂ける『目標上司』
いらっしゃる。

腹の探り合いなんぞしたくないし、こちらの能力を見越されての話は、会議上の話でも
嫌な雰囲気になるし、結論までも……お互いに見えているものだ。

夜遅くまで現場事務所に残っていて、工程・安全・品質そして原価監理の『現場四監理』
の未熟さに気付かされて、フト月を見上げる事も多くなるのも秋、枯葉が舞う季節に
なると―――

     秋の夜は更けて すだく虫の音に
     疲れた心いやす 吾が家の窓辺
      静かに ほのぼのと 
      倖せは ここに…

石原裕次郎の「倖せはここに」を口ずさみ、虫の音を聞けば腹の虫さんが鎮まって
くれる……
秋の夜長になり、虫の音を聞く頃には何故かこの歌を歌っている。
現場の軋轢(あつれき)に疲れた時、悔し涙で星を煌(きら)めかせた時にも歌ったなあ・・・

   星のまばたきは 心のやすらぎ
   明日の夢をはこぶ やさし君が微笑み
   静かな 吾が窓辺
   倖せは ここに…

    10月へ続く………

 

コメント
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