――――――――― 《遺 形 (やりかた)》
『遺形』―――《やりかた》これを読める人は建築屋さんとしては年期の入った人のグループ
である。
昔風に言うと丁張(ちょうはり)であるが、さて何の事なのか少し説明してみよう。
これから工事を始めようという全くの初期と言うよりも、手始めの工事の前の段取りとでも
云うべく、慎重に且つ重要な作業である。
敷地境界自体が長方形ならまだしも多角形であり90°の部分は無いといっても過言ではない。
その敷地の中に長方形XY方向のポイントを決めて、地盤の高さを確定させる水平ラインを
設定させることからはじまる。
簡単に言えば足元の地面の上空50㎝あたりで建物の位置の水平を決めて、その空間において
建物の外壁四コーナーの直角を求める作業である。
ちなみに測量機械(トランシット・レベル)のなかった古代にXY軸の直角をいかにして
地面に印をつけていたのか・・・と。
50㎝の定規1個で30㎝の正方形を地面に描けますか?
机上でA3用紙の端の直角を利用しても30㎝未満で・・・
対角線を測ってみたら長さがの違う四角形は90°になってない平行四辺形であり・・・
ピラミッドは底辺220mの正方形であっても、2本の対角線の違いが20㎝以下の誤差である。
現代、測量器具を使用せず、50mの巻き尺を使って仮に野球場を作るとした時、直角が必要と
されるホームベース上でいかにして直角を決めるのか・・・(直角の証明方法は?)。
算数から数学と学術的に詳しくなった時、初めて習った『ピタゴラスの定理』の名前は憶えて
いても、定理までは・・・と算数の苦手な人はそっぽを向く事でしょう。
三角形は底辺4m 高さ3mを描き、交点を結んだ斜線の長さが5mになると『直角三角形』
になることを、学問の無い昔々の時代から職人さんはご存じだったのである。
「3・4・5を獲れ(計れ)の一言(隠語)で直角になる!」
私も最初に聞いた時
「何で?・・・直角になる!?」
としか答えられなかった。
(この場で説明は致しません《ピタゴラスの定理》をネットで検索してくださいませ。)
さて、―――話を現場に戻そう。
型枠大工2人とH君、K君と私の5人で、建物の正確な位置を出した。
敷地境界杭をきれいに掃除してポイント上にトランシット(測量機械)を設置する。
敷地形状が設計図の面積求積表どおりか、境界線の角度及び長さのチェックを行なった。
それから建物の位置を出す。
外周の通り芯(基準になる壁中心線)を出して、公道から、隣地から何メートル離れて
いるのかを別図に記録しておく。
この距離が建築基準法上で余裕が無い場合も有り、日影線に隣家が影響を受けるので、実
測値に依っては設計図より更に〈南東に15㌢移動せよ〉と云う指示を受ける場合もある。
今回は東側に余裕がなくて、逆算すれば境界迄の有効最小値は60㌢以上確保の事と設計図
に記載されていたが、実測値は72㌢有り一応誤差を考慮して〈70㌢の位置で可〉と承諾を
得た。
これで建物の位置は決まり、杭の位置を出す事も出来る。
時刻は11時20分であったが、早昼飯を食べて昼から早めに仕事をしようと言い一応休憩
タイムとした。
昼からは建物のGLライン(設計図でいう地盤の基準高さ)の確認だ。
それから先日、30㌢掘り下げて鋤(すき)取ったつもりの部分を念のため深さのチェックをした。
何とただ見た感じだと別に支障は無さそうだが、測量機械でチェックするとGLより60㌢
の所がある。
予定ラインよりさらに30㌢も掘り下げてしまっていたとは後の祭り話になってしまった。
「周囲の道路面からは確かに30㌢あるが、道路は水平になっていなかった」
というこの簡単なミスを掘り終わってからチェックするとは・・・。
今チェックするのなら掘削中にレベルセットしておくのが常識だと今更言っても遅い。
何故周囲からの《目検討》の深さで掘削したかといえば、取り敢えず盛土を除去するのだ。
その深さは周囲の道路から30㌢位下げておくと、杭打時のヘドロ(残土)が道路に流出
しない・させない為だけのものだ。
やがてはGLより1.8㍍の基礎下まで掘るのだから、取り敢えずは見た目で水平に掘って
おけば・・・という仕事をしてしまった訳である。
別に大した問題ではないが杭打機械をなるべく水平に移動させないと、杭打精度も悪く
なるし、地盤が傾いていると杭打機の転倒も有りうる。
地盤が軟弱だと杭打重機の自重(約80㌧)だけで埋まり始め傾き出し、転倒する場合も
有る。
杭打重機を安全に場内走行させる事も考慮し、水平に地盤を均すのが目的ではあったのに、
大雑把に仕事をしてしまった。
杭打工事中は敷地内部や周辺にものがない状態が多いが、市街地の場合には傾いた重機が
隣家の外壁へ当たって止まったと云う事件もまま有るので気をつけよう。
―――――――――《杭 芯 出 し》
建物の位置が決まり、今日は杭を打つ為の『杭芯出し』を行なった。
杭の中心点の目印用に鉄筋棒を打ち込むのだが、地表面を少し鋤取ったものの瓦礫(がれき)
や石ころも有る。
建物の位置となる〈通り芯〉のポイントは、杭を打ったり基礎を掘ると無くなってしまう
ので、建物から20㍍程度は逃げて(離れて)大切に残して有る。
柱の通り芯(X・Y方向)全てに『逃げ杭』を打ち、そこから再び本設の杭を打つべく
位置を印す為に、測量を行なう。
この杭芯は杭直径の40㌢にこだわる事なく杭の中心点をマークするのだが、50㍍のテー
プを使って距離を測るが、引っ張る強さで5~6ミリの違いはあるし、精度はイマイチで
ある。
通り芯は、逃げ杭(ポイント)間を水糸で結べば一直線は正確に出るが、この水糸上に
杭が有るのは稀(まれ)で有る。
コンクリートの柱(80㌢×80㌢)の下に杭が4本とか5本(サイコロの目の様に配置し
て)構造計算により杭を太くしたり3本になったりして、経済的視点から設計されている。
一つの建物の中で計算値通りに直径を変更していたら数種類の杭になり、杭打機械迄取り
替えねばならない場合も出るだろう。
平均的に直径を決め、後は一つの柱に杭の本数で、建物の荷重を受ける様にするので、
部分的には1本の柱の下に5本杭、6本の杭になる場合も有る。
一つの柱の下に大きな基礎(2㍍×3㍍程度)があって、そこに杭が6~8本も有るの
だから一本の杭が仮に5㌢ずれていても他の杭でカバー出来ると思えるが、一つの柱に
一本杭の場合は問題で有る。
この杭がズレると『偏芯』といって柱の荷重が杭に計算値通りに伝わらず、基礎を補強する
事態となる。
『営繕協会共通仕様書』によると、杭の偏芯は杭径の4分の1且つ、10㌢以内で納る事が
《望ましい》と明記してある。
つまり、直径40㌢の杭で10㌢ズレると《望ましくない》がダメと決めつける訳でもない。
杭穴は杭より8㌢程度大きい錐(きり)で、地中深く掘り進んで行って、つまり48㌢の
杭穴の中に40㌢の杭を入れた時、中心点が合っていれば問題は無いが、20㍍も掘った縦穴
の先端でしかも中心にピッタリ合致出来る程の精密な機械ではない。
この中心点のズレはX方向にもY方向にも、更にZ方向(斜め方向)へもズレる。
と云っても偏芯が分かるのは杭打機も現場を去り掘削も終わり、後の章で出て来る
『ステコン打ち』
を行なって、そこに基礎建物の墨出しをして初めてズレの数値が確定される。
更に、杭が〈高止まり〉と云って、所定の深さ迄沈まなかったり、その逆の場合もある。
掘削中に杭と杭の間が少し狭いかなとか、広いなと感じながら土工事を進めている時に、
3本杭のはずが〈1本出て来ない〉とか云う騒動も出て来る。
3本が一列に並んでいればそう間違いはないが、えてして3本杭は基礎が長方形か正方形
に対して、三角形に3本配置する様に設計されている事が多い。
この3本は杭芯出しの時に方向が逆という単純ミスを引き起こす危険性がある。
(実際に反対側に杭を打ったと聞かされた現場は数知れず・・・)
だが、杭打工事で間違えたのか (続く)