一月 十二日(金) 晴れ
最後の打ち合わせ会というよりも『竣工施主検査』として集合して頂いた。
支店からはT工事課長、営業のO主任、設計事務所のA所長も来られた。
皆で検査と言うよりも、新築建物見学会の雰囲気になってしまった。
「気に入らない所がございましたら、この赤札付箋を遠慮なしに貼って下さい」
とA設計事務所の方々とオーナーの御家族にもお渡しした。
後から手直しする場合に、一目で分かる様に目印代わりに赤札(コメントも記入)を使うのが、
私の検査のスタイルである。
いつぞやの検査時、ここに「汚れ」でベタッ、ここは「傷」でベタッ、これは「曲がってい
るみたい」でベタッ・・・と何でも、そう文字通り遠慮なしに貼られたお方もいらっしゃった
ものだが、さてさて今日はどうなる事やら―――と思って黙ったままで眺めている。
とあるデパートの部長さんの話で、
「1階から順番に見て行く人は、買わないけども、じっくり見る。エレベーターで最上階迄行
って降りながら見る人の8割は、単に見るだけで終わり」
この言葉を検査の時、私は有効に使わさせて頂いている。
スタート場所が1階でじっくり見られると検査のペースは確かに遅い。
最初の部屋だから全てのモノに手を触れてみて、どこを検査しようかという不安もある様だ。
私の使う手としては、建物の最上階へ一気に集合させる。
エレベーターに乗って上がると、室内の検査よりも、外の景色にばかり気を取られるのが、人間
の感性というものだ。
別に検査を簡単に済まそうと言うのではなくて、あくまでスピードアップの方法として、使
っているだけの事だ。
私は仕事上チェックの時は当然下から上の階へ順番に見て、更に降りながら確認する性格だ
けれど、竣工検査時に於いて上る時も見て、降りる時も調べてたら、とても一日ではチェック
が終わらない。
今日迄全く何も見てないオーナーならば仕方無いだろうけれど、今までにも変更打ち合わせ
を行った部分は、その都度確認して頂いているので、別段目新しい事も出て来なかった。
流石(さすが)にA設計事務所所長は、
「ここは私が描(か)いた設計図と違うね、変更したの?」
というポイントはしっかり見て下された。
「はい、変更指示を頂いて、その様になったのです」
「この方が、機能的に良かったのだろうか?」
「テナントがレイアウトの関係で△△を置くから、変えて頂ければという事でした」
「そうか、中島君は承諾してるんだネ」
「はい」
こんな会話が三度あった。
私自信も遠い昔に変更していて、それが当たり前(設計図通り)だと思い込んで創(つく)って
いたので『違うネ』の一言には
(えっ?・・何が?・・どう?―――)
と一瞬背中が凍り付いたのを、感じた。
建物の外観チェックとなった。
「やっぱり手すりはアレで正解ですネ」
「良くなったわね」
さあて、アレとはステンレスかアルミか、又は着色塗装の件か・・・。
「アレで良かったんですヨ」と答えたが―――。
立体駐車場の取り扱い操作方法も私の車で、出入りのテストを行った。
機械自体は良いのだが、点検用出入口の為にオープンになっている所から、子供が誤って入
り込む危険性がある。
一般使用の部分には赤外線センサーで緊急停止装置があるので問題はないが、この部分は
点検者用なのだから除外されている。
「ネットフェンスで高さは1.5m位の仕切りを作ったらどうか?」
とT建築課長。
「付けましょう。もうこの際サービスでネ」と私。
この際とは、何故なのか一つ言っておく。
追加工事を12月に決めて頂いて、今後は追加はない(と思う)との取決めを行っている。
私も2000万円近くの追加工事の後で、20万とか30万円の第2回、第3回目の追加工事
見積書を作りたくない。
1回目の決定金額査定の時、後から多分50万円はサービス工事が出てくる雰囲気だったから、
それなりに含みのある金額で決定しようと約束してたのに、予想金額が下値でギリギリだった
から、今後追加工事は出ないものと信じていた。
その直後に3~4件追加を頼まれて、見積もれば合計80~90万円になっている。
これは予算内消化工事にしようと努力していたし、追加工事と本工事での減額工事のバランスを
丸く納めれば、オーナーも理解して頂けると思う。
この場に来てネットフェンス代は『最後の一枚』を取られたかの如く、丸裸になってしまっ
た。
官能小説風に言うと、
「○○子は明りを消しベッドに横たわり下半身に手を伸ばし、最後の最後まで女として大事に
残しておきたかったこの、白くて薄い一枚の・・・・」
となるのだ。
うん、私は次はポルノが書ける。ヘヘヘッ。
ネットフェンスの追加工事の件は、頭の中でソロバンの珠が激しく揺れ動くけれども、最終精算
見通し報告に赤字が出て来たら出たで何とかするしかあるまい。
検査は手直しと言う項目は出て来なかった。
フェンスもサービスで取り付けるという約束なので、残工事としては一応何もなかった。
手直し項目なし、残工事なし。
立派なものだ。
A設計事務所の所長から、
「引渡し前にカーペットのクリーニングをもう一度お願いしますね」
と頼まれた。了解。
『検査としては一体どこを検査したのだろう』
という感覚で終わってしまい、打ち合わせ室でN子の入れたコーヒーはことのほか美味かった。
これで現場担当者として、所長としての責任を果たせた事にもなるだろう。
無事故無災害で竣工出来た幸せを含め、
『生き甲斐』
を今頃やっと―――感じ始めている。