九月 十六日(土) 晴れ
今日からは当分Kビルに専念する。
M店舗は昨日滞り無く引渡すことが出来て、テナントやオーナーから逆に感謝されてしまった。
オープン迄に別途業者の内装工が、天井とか壁に穴を明け間違った場合には緊急仕事になる
けれど、ここ二週間の忙しさから考えても、取り戻す二週間が必要だ。
気が付くと9月も半分済んでしまっている。
今月度の出来高は、お盆前に頑張ってた貯金をお盆明けから今までに使い切ったのではないか
と思う位、出来高は増えていない。
確かに6階のコンクリートは8月末だったし、今月はEV室の塔屋だけだ。
鉄筋工の姿を見なくなったと思うと、型枠工もいなくなっていた。
マイクロバスでKビルの前を通勤しているのはチョクチョク見るけれど、
「オーッス、元気?」で終わり。
今、Kビルは内装工のトップを切って、サッシュ工が溶接火花を飛ばして頑張っているが、
場内を片付けてばかりいたので、サッシュ取り付け用の《不要残材鉄筋》が無い。
短い鉄筋屑を集めてサッシュ工に渡すのも一苦労になった。
ワザワザ買うのもバカらしい。
鉄筋クズ置き場へ行ってもクズ鉄処理業者が回収済でアウトだった。
近くの現場へ掃除片付け兼用に雑鉄筋を回収に出向くハメになってしまい、鉄筋加工台の下
へ潜(もぐ)って切れ端を拾う。
長さ40㌢前後の鉄筋を約50本袋に入れて持って帰って来た。
「所長、そこ迄しなくても他の現場で余ったのを、ここで使うからいいよ、何とかするから」
とサッシュ工の松村さんが助けてくれた。
躯体の時は踏んづけて通った鉄筋も、無いとなった途端に手配する。運命とは皮肉だ。
今日でもう3階迄のサッシュは取り付いた。
サッシュを取り付ける前の仕事として、コンクリートチェックがある。
苦労して打ったコンクリートが傾いていたり、湾曲(わんきょく)したりしているのだ。
ハラミとかソリとかタレとか言って垂直水平の原則からはみ出している所のチェックだ。
(通称開口チェックと言う)
窓を付ける開口部の上枠部分はコンクリートの自重でよくタレ下る。
サッシュが入らないのだ。
サッシュとコンクリートの隙間はコーキングを打つ巾10~15㍉しか余裕がない。
『その精度を保つ様に躯体工事中にチェックしろ!』
が会社や設計事務所の監理方針だ。
腕のいい職人達ならそれでも納るが、工期に追われたり、応援が入って一気に作ったり、
雨が降っての室外作業だったりすると、とても精度迄かまってはいられない。
「後で斫(はつ)るか塗るかで何とかする」
のはいいけれど、
「その費用は誰の負担なんだ」といつも言う。
「急がされて雨の中、作らされたから、当然そうなった」
と型枠大工の親方は言い逃れるだろう。
窓枠の位置を5㍉違えて付けるとタイル目地とズレてしまう。
サッシュ工は設計図の枚数よりも多い『サッシュ取付図』というものと首っ引きで取り付け
作業を行う。
このサッシュ工の取り付け精度で室内はほぼ決まりだ。
『斜め真っ直ぐ』が得意(?)な人もいるけれど、サッシュに合わせて物を付けたり測った
りする。
サッシュから40㌢上が天井だとか90㌢下が床の仕上がりとなり、基準のモノサシになってい
るのも事実だ。
1階と6階では壁の厚さが違うと、取り付け位置は一直線上にあっても、寸法書きは値が違
う。
柱面から1階では900㍉でも、6階の柱は小さい分だけズレがある。
柱のすぐ横から隣の柱の間にピッタリ納るサッシュは上階へいくほど、柱が小さく開口部が
広くなり、サッシュの間口が当然違うという事だ。
開口寸法が間違えているのはサッシ屋さんの責任ではなく施工図チェックミスなのだ。
だから、このサッシュ図のチェックが建築屋、特に責任ある副所長クラスの仕事になる。
工場製作物(金属工事、手すり、石、家具・・・等)は特にチェックミスが命取りになる。
現場で取り付けるその日になってみて、長いの短いの言っても始まらないのだ。
これをメーカーの責任者に強く文句を言う人もいると聞く。
チェックミスを棚に上げて、
「作り直して来い、お前のところが間違えてンだ。承認印は押したけど、納る図面を書いて来
たと言ったから印を押したんだ………」
と聞くに耐えない話を電話機の向こうで、怒鳴り合ってるのを聞いた事も何度かある。
何故現場には各種の施工図が氾濫しているのか――(施工図が何だってんだを再読してみよう)
九月 十七日(日) 曇り
8月に新車に替えて《初めての家族ドライブ》に出て、稲沢市のO美術館へ寄ってみた。
『美術館』という建物そのものに目が行ってしまう。
館内に展示するにふさわしい雰囲囲気のアプローチ、エクステリア(外観)を現すいい建物だ。
―――余談として―――――
建築屋として『館』の付くモノを創る時は充実していると私は思うし、私は
創りたい。
『館』の付くモノ、公民館、図書館、美術館、総合体育館、映画館、科学館、
博物館、○○記念館、△△会館・・・とにかくデザインもかなり凝っている
のが特徴だ。
不特定多数、かなりの人が出入りするし、目に映る部分には厳しい精度もい
るし、入念な工事施工計画もいる。
鉄骨スレート葺(ふき)の倉庫、工場を創る気分とでは、とても《真剣味》が違
うし、現場の考え方も建物には現れて来るものだ。
デザイン先行した設計から
(どうやって創るんだ?―――)
と悩んで勉強出来る事とか滅多に使わない製品を特別注文で作るとか、色々と
経験させて頂けるだけでも『館』の付くモノを創る人には嫉妬?を感じるみた
いだ。
私が今迄に創った『館』の付くモノとしては図書館、記念館、文化会館等の
『館』だったが、その間は苦労だと思いつつ《気力は満タン》だった。
施工図を書くにしても、表現方法にフリーハンドでこういう風になるんだと
スケッチ迄入れたりして、建築屋としては内容のある悩みと忙しさを覚えたも
のだった。
やはり、いくらデザインがよくても、博覧会場の建物の様に
「人目を引きつけるけれども壊してしまうもの」
よりかは、確実に後世に残し伝えていける建物の方が満足感は違う。
建物を築く事、これが建築。
自分の財産で自分の好きな様に建てれる事が出来ない建築屋さんは、施主と
いうお客の要望に
「いかに添わせて創って行くか」の腕を見せるのも、生き甲斐の一つだ。
設計の方とデザイン専門の方、インテリアコーディネイターとか、表面しか
見えない方、図面通りの監理の事しか考えない方、色々な人とのプロジェクト
で、好き勝手な注文を処理していく現場は『男らしい絵になる仕事場』だ。
美術館などはその最たるものだろう。
『館』自体がインパクトのある建物になっているし、似たようなモノさえなく、
まさに世界に一つしかない建物だ。
建築雑誌にも載るし、TVのニュースにも出る。衆目の気にする中での仕事
には、人に言えない気苦労もあるけれど、これを竣工させた時の気分を若者に
も味あわせて上げたいものだ。
(一皮ムケた技術屋にも成長している筈だ)
やり甲斐というか、やったのだ。
(それが仕事だと割り切らない)という男のロマンなのだナ。
山に登る、太平洋をヨットで渡る・・・
そう、『男の何かが』そこにはあるのだよネ。
―――日曜日。たまの休日なのに、建築が抜けきらない建築馬鹿がここにいた―――という話。