………………………(閑古鳥の四月)…………
年度変わりの節目に合わせて建物の竣工引き渡しをせねばならず、深夜まで
時間外労働の連続だった三月から暦を一枚めくっただけで、スローモーション、
まるで時間が止まっているように見えるのが、建設現場の宿命とでも言える
《閑古鳥の鳴く四月》である。
一年の内でお盆前の8月・師走の12月・そして竣工日と重なった年度末の3月は
特に阿修羅(あしゅら)の如く働く月として覚悟は出来ている。
そこを乗り越えた時の四月には現場の作業はひとかけらも残ってなく、虚脱状態
に陥るものだ。
造船所にて進水式で船が出て行くのを見送っている人も似た様な気分だと思え
るものの、造船所から人は離れる事はないが、建設現場は竣工させた我々がその
場を去って行くのであるから、次の赴任地が決まる迄は魂は飛んで行き、頭は
空白になってしまうものだ。
四月という響きが心地よい中で、知らずしらずに幾日かが過ぎようとしている。
桜の花も散り、時の流れが平凡になったが、こういう平凡な時をどのように
過ごすかによって次の現場が何であれ、動じる事の無い《男の器》を磨いておく
時でもある。
次の現場がまだ決まっていないから『対策のしようがない』とは言わせない。
設計図を開いてからの動きは誰でも出来るが、仕事が手元に無い期間には建設
業全体を見渡せる絶好の機会なのだ。
若者の夢・業界の未来・不況打破・・・現場稼働中は目の前の出来事に忙殺されて
とても考えるゆとりが無かった《建設業の舵とり》を今、前を向いて考える時間
を天から与えられたのである。
花形産業であると信じて建設業界に飛び込んで来た我々の世代から、最近の世
の中を見れば不安を消せないモノである。
「不況のせいで仕事が廻って来ない」
と上司の言葉を聞かされれば、安全監理あるいは安心作業から遠のいてしまう
のが分る。
不況風を受けるのは今に始まった事ではないし、私自身も不況の風にあおられて
リストラの経験を踏まえて言うならば、閑古鳥が鳴いている時が前向きに考える
タイミングであろう。
そこで思うには―――
建設業を志した人達はホワイトカラー族に対して、頭脳よりも技術の分野で人生
を切り拓く道を信じ、信念に基づいて《モノ創りに生き甲斐》を感じているの
である。
赴任先が海外になろうとも、建設現場がある限り自分の技術で
《モノを創り出す》
という仕事に誇りを持っているからです。
私は現場が竣工する度に次の現場が何処になるのか、単身赴任や海外勤務を覚悟
する期間があった為か、リストラを宣告された瞬間に、どうしても会社に残りたい
とは思いませんでした。
リストラ宣告の場面は《建設現場の玉手箱》―青天の霹靂―にも書きましたね。
――― 建設現場を任されている以上は会社組織の一部分であっても
《歯車の軸》
であり、現場の仮囲いの中が《自分の居場所》であり役割だから、軸さえしっかり
していればどこででもかみ合う歯車を創って現場を動かせる―――と思えた時に
次の道も見えて来たものです。
受注が激減しているのは現実でしょうが、
「この不景気時代に再就職先がない……」
と不安になる人と比べる迄もなく、建設作業が人の手で創る限りは一時的に人の
流れが変化するものの、この業界に終点はなくて未来が有る世界なのです。
平成のこの時代、各種の製造業が発展し、便利なモノが多く出来て生活が楽に
なりました。
しかし、生活上での「便利なもの」は必ずしも必要品ではなく
「贅沢品」の言葉に置き換えれば、
我慢することも出来るモノに対して、建設業の世界は便利さよりも、
『必要不可欠』
なモノを創っているのです。
建設というモノ創りの現場は多くの仲間と共に支え合って完成するものであり、
その上職人さんの技術も必要な世界であるのは誰しも知っている。
そこを振り返ってみれば職人さんは高齢化し、若手職人不足のみならず若手現場
マンも極端に不足しているのを実感しながら、どのような手を打っているのか、
打つのか…と考える時である。
建設現場の中で、目前の工程監理に没頭し続けている間は、
「世間に眼を向けても仕方ない」
と考えようともしないで過ごしていたのだったなら、尚更、建設業界を考える時
なのです。
若者の悩み・相談に答えが言える準備をするのにも、十分な時間をつぎ込めるで
しょう。
『古池や 蛙(かわず) 飛び込む 水の音』
我々は時代に乗って、建設業界に音を立てて飛び込んだのであるが、
「古池や その後飛び込む 蛙(かわず)無し」
と蛙君たちが古池に近づかないのを、時代の勢にしてはいけません。
建築という伝統をこの先も守って行く為にも、熟慮断行するのに最適なのは、
閑古鳥が鳴き舞い降りると言う四月の建設現場です。
建設業を他産業にならって、人手不足とか不況の勢(せい)にしたくはないものだ。
建設工事の受注営業が不振なのは背広組の責任範囲ではないにしても、工事物件
が減り現場技術者を解雇するのでは、まるで生コン車を売り払って生コン工場を
増築するように思えます。
数年前から現場に若手がいないのが建設業の重要問題だと言われながら、人手
不足から突貫工事・長時間労働を余儀なくされても現場マンは頑張っています。
バブル以前には土休・祭日の言葉は他人事のように思い、風雨降雪に立ち向かい
働き廻っていたのが異常な環境だとも思わず、遊ぶお金はあっても遊ぶ時間が無
かったものだった。
最近の若手現場マンにとっての日曜日は、
「とにかく休む」
の方針を打ち出して人生に《ゆとり》を持てるご時世の到来と思えば如何で
しょうか。
一途に竣工に向かって走るのも現場マンの生き甲斐ではあるものの、閑古鳥が
鳴いている今ならば今までの忙しさで遠ざけていた
《感性に触れる機会》
とか標準仕様書を『完全読破』出来る等、
天から与えられた時間なのだと私には思えるのです。
施工物件が多くて走りに走った時代から抜け出せない人ほど不況打破に苦慮され
ていて、建設業界を心配されているようです。
与えられたモノ創りを手順良くこなす能力は経験で培(つちか)ったものですが、工事計
画書のようにこれから先の建設業をいかに創り、若者に夢を描かせるのか……を
真剣に考える時になっている。
不況風には終りがありますがモノ創りの世界にいて必要なモノを創り続けて来
た我々には夢があり信頼もあり、そこには無限の可能性があるのですから・・・
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久々に
じっくり仕様書
めくる 日々
不況風にも 憂(うれい)なし
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―――5月のエピソードへと続く