六月 十二日(月) 晴れ
日曜出勤『墨出し』の甲斐があって、月曜日の朝一番から鉄筋の組立作業が始まった。
圧接工も度々の雨で一気に休みの期間の出面(でずら=出勤日当)を取り戻そうと頑張っている。
あれほど丁寧(ていねい)にコンクリートを押さえ、精度良く仕上げた筈なのに、雨水が溜(た)
まっている所がある。
広さ2m角までもないが、深い部分で500百円玉が2枚重なる厚さだった。
実質今日からが2階の躯体工事だ。
これから約2週間後に打設する計画は、1階のデータにより無理なく出来る事が判明した。
後は圧接時に限って雨さえ降らねば6月27日が打設予定日となるはずだ。
外部は足代上の作業となり、1階の時より上下作業が増える。その分能率は落ちるし、危険
度は増す。
足元さえきっちりしていれば、そこが1階だろうと10階だろうと同じだ。
でも何故か地面より2m以上に付『高所作業だから命綱を着用しなさい――』が厳命也。
Kビルは1~2階は意匠(デザイン)的にも間取り(平面)にも共通部分は少ない。
EVと階段室は同じだけれど1階アプローチは2階部分で部屋になっていたり、屋根になっ
たりしている。
3~6階はほぼ同一だ。
仕上げ内容は一緒だけれど、上階に行くほど柱も梁も少しずつ小さくなるのが、変わってい
る位だ。
今、現場事務所で最もポイントを置いている事は、カーテンウォールの承認決定を急ぐ事だ。
製作にサッシュより多い日数がかかるのを45日に頼み込んでいるし、お盆の後には納入させ
るつもりでいるから、今週中にはA設計事務所の承認を受けなければならない。
(カーテンウオール=壁がコンクリートでなく特注サッシとガラスで組み合わせた外壁)
しかし、施工図チェックは神経のいる仕事だ。
特にKビルは曲面部分を多角形にして、嵌め殺しの総窓ガラス形式にしてある部分が、台風
や大雨に対しての不安材料だ。
一般的な窓、出入口扉等は一週間もあれば私はチェックOKサインが出せるれけれど、この
カーテンウォールは少し慎重にならざるを得なかった。
じっくり考え込もうとしていたら、
「所長、階段の手すり壁が納まりません、どうしましょうか?」
と鉄筋工事職長の大島さんがやって来て言う。
「一階はOKだったのだから、そのまま上に上がるのに何でだ?」と私。
「そう言えば、コンクリート打設中に左右の突っ張り材の長さが違っていた様な………」
と聞いたが、それだけではなくて、
「打設中に支保工がはずれて大工が直してた様だったけれど、多分直らなかったンだよ、あれ
は、きっと………」
と『延髄切り』なみの衝撃をくれた。
型枠の根元は動いてなくて頭部(最上部)部分で15㍉(ズレ)ている。つまり傾いているのだ。
このまま傾いた所を正として上階を作るか、1階を直すかの二つに一つだ。
1階の階段室はモルタル塗りを行おう。
それでも納まり不良の所は斫(はつ)り取る(壊す)のだ。
悪ければ何にも考えずに斫り取れば良いのなら簡単だが、
《型枠の不備による斫り代金は、型枠工の責任に於いて精算する》
と言う事だから、大工さんの儲け予定がその分減っていく。
コンプレッサー1台に斫り工2人で一日合計5万円弱だ。
これに斫りガラの片付け費、場外産廃処分費、左官の補修等を加味して型枠工の請負金額から
差し引くと―――型枠大工なんてやってられない職業だと聞こえそうだ。
大工に言わせれば
「土工か誰かが支保工をはずしたんだ(手を下したンだ)」と言い張り、更に、
「俺たちは型枠検査も受けたではないか、OKしてくれたではないか、打設の方法が悪かった
のに何で俺たちの責任なンだ!どうして?」
これは最もな言い分だし、もし私が大工だったら更に、
「その為に監督さんが現場にいるのでしょ!!」
と厳しく言うだろう。
今日の場合はそんなに驚く様な問題迄には、発展しなかった。
第一回目の打設後のチェックだから、話題になっただけで他は大丈夫という事だ。
これが上階へと慣れると、私の耳には入っても目には達せない様に福原君が調整つける筈だ。
《失敗部分は早く直せ!》
が鉄則だ。
ブサイクなまま何日も手を加えない神経になっていると私の雷が落ちる。
自分達で内緒に手直しをしても、月締め時に請求書に現れてくるものだ。
「こりゃ何じゃい!?」
という事もよくある。その時笑って、
「失敗したのバレちゃったの?……か」
なんて言う様になると(この業界より足が抜けられなくなった)と自覚するだろう。
皆、失敗して勉強しているンだから、私も厳しく追及はしないけれど福原君のみならず、
(次から頑張って気をつけるぞ)
と言う気持ちを若い職員達が持ち続けていてくれれば、私の役目は終わりだ。
2階の工事が始まって早々に「ドキッとした」という事はこの階にはまだまだ何か起こる予
感がする。
決して悪い事は起こさないぞー。