まちみちふうけい

間もなく10年目も通過点

No.1382 万葉歌碑巡り・・・交野市編

2020-07-20 07:08:36 | 万葉
よろしくお願いします。























「2020年星の旅」と題して交野市にある星田妙見宮を巡った記事をお送りしたのがもう1ヶ月前のこと、その時は次回は違うテーマで町巡りをお送りしますと書いたのですが随分間隔が空いてしまいました、やっとのことで今回その続きの交野市巡りを行ってみようと思います。前回は星の旅と言うことで星に因んだ地名や場所を巡りましたが、今回まず訪れたのも星が付いた地名の星田の町並、JR星田駅前の府道から一歩入った所には旧街道の雰囲気が漂う町並があって、その中ではいくつかの小さな寺院に出会います。前回の最後に訪れた星田寺、その後に訪れている上の写真にある小寺院、どれも観光目的の寺院ではなく地元の人達の心の拠り所と言った感じ、静かな雰囲気の境内によそ者が足を踏み入れるのは無粋な気もするが、その辺りはご勘弁を。














場所は変わって逢合橋へ、橋が架かっているのが天野川と言うこと、しかも少し先に言った所には砂子坂交差点と言うことで、まるでここは七夕の世界。京阪交野市駅が近くにあってこの辺りが市の中心部と言った所、しかし線路を越えた東側は雰囲気が一変して細い道に古い町並が展開している。まあ雰囲気のいい所なのですがイマイチ話が膨らまないですねえ~って今回のタイトルが万葉歌碑巡り、ここまでそのテーマが全然出てきてないのですが・・・ちゃんとやりますよ、この次のゾーンで↓↓↓↓↓↓













やっと今回のテーマである万葉歌碑巡りです、まずは星田妙見宮前に立つ写真1枚目、2枚目にある歌碑から↓↓↓

「織女し、舟乗りすらし、まそ鏡、清き月夜に、雲立ちわたる」(大伴家持・巻17-3900)

「織女」は「tanabata」と読む、七夕伝説は中国が起源とのことで遣唐使の頃に日本に伝わってきたとのこと、伝説の主人公となる織姫と牽牛が1年に1回しか会えないと言うのもこの頃からあった話だと言うことです。写真1枚目にあるこの歌の説明看板には「十年七月七日の夜、獨り天漢を仰いで聊かに懐を述べる一首」との題詞がある、「天漢」とは天の川とのこと、天野川を織女が船に乗って行ったことが七夕伝説になぞらえて歌われた感じですが、でもこの「織女」って何者なんでしょうか?それについては次の写真3枚目~5枚目にある歌碑、逢合橋の袂に立っているものです↓↓↓

「彦星と 織女と 今夜会う 天の川門に 波立つなゆめ」(作者不詳・巻10-2040)

ここでの「織女」は「tanabatatsume」=「棚機津女」と読む。「棚機津女として選ばれた女性は村の災厄を除いてもらうために、7月6日に水辺の機屋に籠もり、神の着る布を織りながら神の訪れを待つ。 そしてその夜、女性は神の妻となって神に奉仕する」とのことだが、この伝説と中国から遣唐使が伝えた話が相まって日本での七夕伝説が作られたようです。説明の看板にはこの歌が一番この逢合橋にふさわしいとある、天野川に逢合橋、いかにも後付けな感じがしてならないが、奈良県内にもいろいろと出処が不明な伝説が多いから、ロマンに思いを馳せて伝説の地をアピールするのもまあいいことでしょう。
最後の歌碑は機物神社のあるもの↓↓↓

「織女の 五百機立てて 織る布の 秋さり衣 誰れか取り見む」(作者不詳・巻10-2034)

やはりここでも織女が登場します。この付近には「hata」=「秦」と言う字がつく地名が多いことから神社の名前に由来しているとのことだが、そこに機を織る女=織姫と結び付けられて七夕伝説の神社とされているようです。前回は星に関する地名が多いだけで交野市には七夕伝説が・・・と言うことだったが、万葉歌碑巡りを通じて案外古い時代からあったものだと知ることができました、今回もご覧いただきましてどうもありがとうございました・・・・・・・・・・・まちみち