町のいたるところにあるTATOOの看板。
ニュージーランドの先住民族には刺青の慣習があるそうだが、
オーストラリアのアボリジニにはないようで、これらは伝統というよりは、あくまでファッションの流行りのようだ。
日本語の漢字を彫るのも人気があるみたい。今日見かけたのは、龍。勢いあるなぁ。
映画で見た女の子は、くびのうしろに安って彫ってあったけど、意味わかってるのかな。わたしはチープな女よ。
日本では公共の場にはふさわしくないっていう雰囲気がある。もとをただせば罪の印であるし、衛生面も心配される。
私の会社では、刺青を持っている人はどこの部位にどのサイズであるかを申告することになっている。
整体にかかったときのカルテみたいに、体の前側と後ろ側のイラストがある用紙を配られたときに、余計なお世話じゃないか、とむかついた。
今現在わたしにはないし、入れたこともないけど、
気が向けば入れるかもしれないし、もしそうなっても、誰かに迷惑かけたり、見えるところにあって不快感与えたりするんじゃなけりゃ、ほっといてほしい。
ネイルアートとどこが違う?
二日目担当のガイドが、この国ではよく刺青は見かけるけど、さすがにホテルのカウンターのような職業だと無理かなーとかいってた。
公務員がするのもどうかとおもいますね、だって税金で暮らしてるんだし、だって。
このガイドいろいろダメポイントたくさんあったんだけど、ここがいちばん私にはダメだった。
税金で暮らしてるひとにはそんな基本的な自由すらないのか?
税金で暮らしてるひとは食べたくてもペヤングチョコレート焼きそばは食べちゃいけないのか?
海外旅行だってのにこんなにリラックスしてるのは、
治安がよいことや、車が左側通行で日本車が多いことや、
冬とはいえ過ごしやすい気候であることはもちろん、
いちばんの原因はおおらかで自由で余裕のある国民性だとおもう。
アメリカのへんな大統領に意見してこき下ろされたあげく、
そんならいいよべつに、こっちはなんでも自分のとこで賄えるし、無理に仲良くしなくてもさー、
とかいう態度を取れる恵まれた国なのだ。
自分のところに資源もなく、大国の舎弟にならざるをえない日本とはだいぶ様子が違う。
この国の多くのひとが描く将来の夢は、
持ち家売っ払ってトレーラーハウスを購入し、
オーストラリア全土を巡る旅に出ることで、
それは叶わぬ夢ではなく手に届くところにあるものなのだそう。
もちろん、もっとすごい夢、
たとえばウォーターフロントの一等地に船着き場つきの戸建てを買って
クルーザーをそこにつけて外洋へカジキ釣りにいく、なんてのは
なかなか叶えられるひとは希少だ。
でも残り10年、20年をゆるりと移動しながらさまざまな風景のなかで暮らすというのは、
最高に贅沢な生き方なのではないか。雪に閉ざされたり耐えがたい蒸し暑さと戦ったりしなくてよい、
もっといえば地震も水害もほとんどない国だからこその夢だなぁと羨ましかった。