↑は慈恩寺駐車場と慈恩寺の間にある華蔵院と子安地蔵堂
慈恩寺は事前にガイドブックで見つけたので出掛けたのですが、思ったよりもずっと見ごたえのある素晴らしいお寺でした。
慈恩寺は746年僧行基から遣わされたインド僧婆羅門が聖武天皇の勅命によって寒江山大慈恩律寺として建立したのがはじまりだそうである。
慈恩寺は平安期、寒河江荘の荘園主であった藤原氏の荘寺的性格の寺院であったため京文化の影響を受け、多くの優れた仏像を納めています。鎌倉以降の仏像も中央仏師の手になるものです。
江戸期には幕府の庇護を受け寺領は18か村にまたがり、石高2812石と東北最大でした。
慈恩寺には多くの建物がありますが、本堂(重文)、三重塔、仁王門などが見どころかと思います。
三重塔は少し離れてみると立派ですが、帰宅後写真を見ると落書きが散見され、残念な気持ちになりました。
仁王門と内部の仁王像ですが、部屋と礎石の大きさに比して像が小さくバランスが悪いように感じました。像単独で見るとなかなか味わいがあるように思います。
本堂は古刹という感じのお堂で、内部ではいくつもの仏像を公開していました。
主なものは阿弥陀如来坐像、阿弥陀如来立像、聖徳太子立像、騎象普賢菩薩像、騎獅文殊菩薩像、菩薩坐像などです。特に後者3仏は普段は非公開だそうでこういった象や獅子に乗った仏像を見られたのは幸運でした。
本堂から少し離れた場所に薬師堂と阿弥陀堂が並んでいます。
薬師堂内正面には薬師三尊像があります。薬師如来は京都で作られたそうです。
薬師三尊像(パンフレットをスキャン)
十二神将像(パンフレットをスキャン)
そして三尊の後ろのスペースに慈恩寺の象徴とも言える十二神将像が並びます。これらは鎌倉時代作の重文です。慶派仏師作だそうですが、迫真の表情や力感溢れるポーズは今にも動き出しそうな迫力を感じます。特に表面の彩色がかなり残っているのが素晴らしいです。
ともあれ東北の地方寺院にこのような京都、奈良に匹敵するような多くの優仏が安置されていることに感心して慈恩寺を後にしました。