午前中、あるプロのオーケストラ奏者がレッスンして欲しいと名古屋までいらした。
近々行われる他の待遇のいいオーケストラのオーディションの為だ。
普段からオケ活動をやられている方なので楽譜を忠実に吹くことは問題ないと思った。
オケのオーディションのオケスタでは楽譜に忠実であるという事が大前提である。
それが実に難しいことでもあるが。
書いてある速さ、アーティキュレーション、ダイナミクス、時代のスタイル、アナリーゼ、音の良さ、音程の良さ、そして舌の速さ 笑
広響時代、オーディションで完璧に演奏されたオケスタを何人も聴いてきた。
ある時、印象に残ったオケスタを吹いた人がいた。
彼が田園の2楽章を吹いた時だった。
1人で吹いているのにも拘らず彼の周りに弦楽器が聴こえてきた。そして木管が聴こえてきた。
幻聴ではあるが、いい幻聴である。
彼は20年近くフリーランスとして色々なオケを経験してきていた。
広島出身であったので何度も広響にエキストラとして来てもらってもいた。
おそらくそういう生活が染み付いてか知らず知らずのうちに1人で吹いているのにオケ中で吹いている感覚を身に付けていた。
「ガラスの仮面」の北島マヤが何もない倉庫で1人演技の練習をしているのに街が人々が川が見えたのと同じような光景である。
吹き手が他に何の楽器が鳴っているか感じないとそういうオーラが出ないのであろう。
最後に残った5人は素晴らしい演奏で甲乙つけ難く、5人共オケに欲しいくらいの奏者であった。
5番目最後に演奏した彼のオケスタは我々が一緒に仕事をした気持ちになった。
彼は40を過ぎてもプロのオケマンになる夢を捨てずコツコツやってきた甲斐があった。
40半ばでオケに入ったという事で全国のフリーランスの星とまで言われた。
オーディションが終わってしばらくして同僚の高尾さんと彼と3人で飲みに行った。
合格したと聞きホッとしたのか彼の目は潤んでおり、こちらまでがジーンときた。
あれから5年、品川は今も元気に広響を守っている。