たそがれ時のつれづれに

人生のたそがれ時を迎えて折々の記を・・思うままに

裁判傍聴記

2013年02月19日 | その他

高校生の孫が寝坊したので送ってと頼まれたので19日朝岐阜市の高校へ送って行った。
今日は、岐阜地方裁判所の裁判員制度が始まって以来、裁判員の拘束時間が最長となっている、裁判を傍聴しに行こうかとも、思っていたので帰りに中心部にある岐阜地裁へ行った。
新しい建物を建築中なので駐車場が無いかなと心配して行ったら、そのとおりで裏口の柵のところでガードマンと裁判所の職員が出迎えてくれ、傍聴者が5、6人並んで開扉を待っていた。

借り上げ駐車場を案内してくれ仮駐車した場所からそこへ車を移して行ったら行列は皆中へ入ったらしく誰もいなかった。
裁判の傍聴はいたって簡単で、入り口へ入ると本日の裁判予定が掲示してあるので、何の手続きも署名も案内もなく指示してある法廷へ行き傍聴人入り口の扉を勝手に開けて、中へ入り椅子に掛けて開廷を待てばよい。
これは10年ほど前岐阜地裁では珍しい死刑判決を傍聴に行って経験済みです。そのときはネットで裁判日を知り前の日に裁判所へ電話し、開廷時間などを聞き、抽選になるかも知れないと言われた。

今日の裁判は当方の郷里高山市のコンビニ女性店員「傷害致死、死体遺棄」、豊川市のベトナム女性「住居侵入、強姦、殺人」事件公判である。
9時半からの開廷で9時少し過ぎ法廷に入った。プレスが数人、一般傍聴が数人と少ない。
そのうち法廷の進行係の黒スーツの若い男性が開廷準備を始めた。15,6分前になると傍聴者もプレスも増え40人くらいになった。
この地裁では大法廷の301号法廷の席は84席ほどあるが、着席お断り席が5つほど張り紙してあるし、入り口には一般は68席で、法廷をビデオに撮るので傍聴者も画面に記録されると張り紙してあった。右が弁護士、左が検事である。裁判官席は1メートルくらい一段高い。
若い女性書記官が黒の法衣を羽織って入場し、進行係と打ち合わせ法廷の準備をした。

次いで男性弁護士4人が、国会質問くらいの大きなパネルを持って入場し、手提げバッグから関係書類のファイル4冊ほどを取り出して机においた。ゆうに10センチはある厚さ全部で40センチ以上の書類の束であった。3人は丸い大きな弁護士バッジをつけている。

そのうち検事が入場した。検事は若い女性が1人、男性が2人でやはり相応の幅の書類ファイルを持って入った、バッジは四角い、双方とも開廷準備に立ち居振舞っている。
時間が来て書記官席の両側に若い女性1人、若い男性2人が入場し着席した。バッジは橘か斜めの細い形で司法修習生だろう、終始一言も発しなかった。
法廷が落ち着いたところで、書記官が受話器を取り2ヶ所へ電話して開廷準備完了を告げた。

やがて横扉から被告人が3人の衛視に腰縄、両手、前手錠で入場し弁護士席の横に座った。そこで腰縄が解かれ手錠が外された。被告人は薄いブラウンの背広に青のネクタイ、陽に当らないので顔色が青白いのが哀れだ。前に死刑宣告を聞いた被告人も普段着ながら履物がつっかけ草履だった。

上段正面の扉が開き裁判官が入場した。進行係の「一同起立」で傍聴者もプレスも法廷内全員が起立する。
裁判官は裁判長が年輩の男性、陪席は中年男性が1人、若い女性が1人の3人、黒い法服を羽織っている。
その後がビックリ大勢の裁判員で、裁判長を挟んで右3人、左3人、後ろに4人の計10人の大所帯に驚いた。老年男性2人、中・若男性が3人、女性の高齢2人、中・若女性3人が裁判員だった。皆それぞれの普段着だった。

開廷直後、何の前置きも無くいきなり弁護人の被告人質問から始まった。被告人が名古屋の勤めから郷里に帰ったとき、兄弟の争いがあったらしく、前の法廷で兄が証人台に立ち、その際の証言の確認で肋骨にひびが入った。兄や弟の暴力の程度を質問し、殴る蹴るだったと被告人は答えることから入り、遺体発見時の調書を基にパネルを2枚使って、微細に質問を進めて行った。

この事件は奇怪で、コンビニに勤めていた被告人と同僚の女性の遺体が、下呂市小坂町の山上の濁河温泉へ通じる山道の道路下で発見された。
その発見者であり、警察への通報者が被告人とされる。電話通報では警察は発見できず、その後道路わきの道路に「ここに死体あり」と三角停止板とコーヒーファイルターに書いたメモが置いてあり、通りかかった地元の女性が遺体を見つけ警察に届けたとこから事件は始まった。

被告人は犯人なら通報やメモは置かないと否認している。警察は通報で見つけられず、ガードレールが邪魔して通常では発見できない、地元の人もメモを見なければ下へ降りて発見はできなかったと証言しているので、被告人以外の犯人はあり得ないと検察は追求している。

被告人が逮捕され所持していたビデオカメラ(デジカメ)に別の女性の死体写真が写っていた。それが豊川市ベトナム人女性殺害事件の被害者だったということで大事件になった。

今日は、その初期遺体発見時の詳細を弁護士の反対質問、ついで検事質問とつづいた。
9時半から始まり10時少し前に20分ほど一時休憩し、10時15分から再開され冒頭弁護人から、「遺体発見場所の絵図面は捜査官が書いたものに被告人が答えたもので、被告人本人が書いたものではない」と裁判長へ訴えた。大きな声で検事が「異議あり」と裁判長に訴えて始まった。

次いで裁判官質問で、裁判長は裁判員に質問をうながすと、高齢の男性が「4番です」と名を告げいくつかを質問した。燐席の女性陪席裁判官からメモが渡されると、一目見て丸めて足元に投げ捨て質問をつづけたのでビックリした。
次いで5番の若い男性、次いで6番の若い女性が質問した。長い審議で慣れてきているのか、かなり核心を突く質問をしていた。
次いで本職の女性陪席の質問が長くつづき、その次に男性陪席が長く質問した。供述の内容と失踪時の時間帯が整合しないのだと、一部活字にはしにくい性関係の内容の質問もした。

マイクはそれぞれ前に立ててあるが、ボリュームは絞ってあり、プレスや傍聴席には聞きづらかった。法廷ではすべて証拠書類は全員の前に平置きしたプロジェクター画面に写る、要求される度に書記官が操作した。画面は傍聴席には見えない。午後は1時15分から再開を告げられ閉廷した。

近くの名物そばやで昼食をとり、3時から歯科の予約があり帰宅した。


哀悼

2013年02月19日 | 日記

グアムの無差別殺人の3人目の犠牲者が無言で帰国された。奥さんも重症でストレチャーに乗せ現地医療関係者が同乗しての帰国とか。お気の毒でならない。
先に無言で帰国された杉山利恵さん(28歳)と祖母上原和子さん(81歳)の犠牲は言葉もない。利恵さんはおおいかぶさるように子供2人を守ったとか、長女(3歳)と次女(8ヶ月)も顔を切られたという。無言の母と共に帰国した。この幼い2人を誰が慰め育てられるのかと思うといたたまれない。こんな非道な犯罪は許されない。お悔み申し上げる。合掌。
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市長や市議の海外旅行に悪態ついて記事にした朝から、選挙戦に入ったようだ。街宣車がうるさくてかなわない。
日曜日は寒く、昨日も今朝も寒い、月曜日の朝は寝ていたら孫に起こされ中学校へ送ってと起こされた。
うすら雪が降って後は氷雨になった。下校も迎えの約束をして5時頃電話をすると言っていたが4時頃電話が来て「モシモシ・・」で切れてしまった。
孫の声だとは分らなかったので受話器を置いたがその後がかかってこない。間違い電話かと国会中継を見ていて念のため、受話器の子機を見ると充電器から外れ受話器外れになっていた。置きなおすと直ぐベルが鳴った。やはり孫だった。「ごめんごめん」と迎えに行った。

学校の公衆電話のコインが切れたとか、「10円でも3分は話せるはずだがなぁ」と、お互いが軽率者なのだ。中学生では携帯は持たせないようにしているらしい。
昨年10月から塾へ行き始めて少し遠いところへ母が送っていく。7時から9時50 分までの授業で、小さな地元塾らしい。孫が言うには「60年もやっている塾で先生は2人、メチャ良い塾だ」と言う。
今冬は格別寒い。この寒空に選挙運動も大変で登校へ送る途中、氷雨のなか傘をさして、緑のジャンパーを羽織って街頭に10人ほど並んで手を振っていた。


医療費

2013年02月18日 | 日記

お盆の最中に歯痛を起こし、朝日大学歯科の救急医療にお世話になった右上2本の虫歯治療はようやく終わりました。3番は硬質ビニル前装鋳造冠、4番は12%金パラジューム合金の冠を被せてもらいました。
残る歯は右下4番で同じ治療です。元のままの歯は上下左右計28本中、上が5本、下7本で一部詰め物があります健在です。抜いた歯は親知らずのみ、「歯無しにならない話」では80歳で20本を残すでしたか?喫煙者は虫歯になりやすいといわれます。

後期高齢者医療連合から医療費のお知らせが来ました。任意の3ヶ月を選んで後期高齢者医療の理解を深めて通知するものだと案内されています。中途半端な行政で送るのなら国保のように毎月送ってほしい。主目的は医療機関の不正請求・牽制でしょう。手元の領収書と突合して医療機関が請求した額と一致しているか確認せよと案内すべきでしょう。年2回半年遅れで送ってくれても何の意味もありません。残りの半年分治療費は個々の領収書を合計しないと分りません。合計額も手計算しなければなりません。

平成24年3月~5月分は計48,770円
平成24年8月~10月分は 計702,950円
内10月分の542,110円が甲状腺片葉切除で大学病院へ10日間入院し手術を受けた治療費となっています。がんの定期検診のCT検査を受けると治療費が高いです。

”心理学者スタフォード大講師・マクゴニガル女史が教える(2013.2.10朝日)
禁煙の手順(拷問テスト)
1、タバコの箱を手にとりながめる 2、セロファンの包みをはがす 3、箱を開ける 4、香りを深く吸い込み、1本を取り出してじっ見つめ、臭いをかぐ 5、タバコを口にくわえる 6、ライターをタバコに近づけるが、火はつけない
手順1つ進めるたび、数分間待たなければならないのがミソだ。「欲求を乗り越える」テクニックだ。
意志力を鍛えるコツ
・8時間以上の睡眠、ゆっくりした呼吸、公園を5分以上歩く、など適度な運動
・自分を責めない。自身に興味をもって「科学者の目」で観察
*罪悪感が何の役にも立たないことは研究結果からも明らか、思いやりをもって自分を見つめることが大事。罪悪感からストレスを感じる。反動で気晴らし、悪循環する。
・筋トレのように小さなステップを重ねる。
・本当の望みを思い出す。将来なりたい自分を想像する。” というものです。
市長や市議の海外旅行の一部とか、国体に250億円も大判振る舞いする税金に、命をけずって喫煙しているようなものなのに・・どっちもどっちああ情けない。


トホホな市長・アハハの市議

2013年02月17日 | 日記

数日前共産党市議の折り込みが入った。我が岐阜県各務原市の国保料は、平成21,22年の値上げで4人家族・所得3百万円で負担額50万円を越すケースもある。国保会計は23年黒字分15億円、貯金とあわせ18億円もの黒字で1人2万円の引き下はすぐできると主張している。
3日前の新聞報道は市長のロンドンオリンピック観戦応援を巡り、市民33人が費用440万円を返還するよう住民監査請求したが棄却されたので、住民訴訟を地裁に起こした。共産党折込みでは費用の内訳はホテル代1泊10万円、通訳代170万円、車の借り上げ60万円だそうだ
そのほかに市長は2009~2012年に税金で旅した国は、チェコ、ドイツ、スイス、スペイン、エジプト、モロッコ、ブータン、イギリスの国々で、4年間で1千万円以上だという。
これらの国名はとても行政視察とは程遠く、我輩には観光旅行に思える。
市議も前期の2005~2009年に、当時の自民、公明、民主、無所属市議19人が936万3510円も使い市民の怒りを買った。2009年は4人で市議の氏名と費用の一覧、2010年も4人で同じ一覧表が公表されていた。2年計で4,465,980円である。
2011年がゼロなのは東日本大震災のための自粛、2012年は申し込み者がゼロだったそうだ。さすがに「血税で海外旅行は」は時期が悪いということだろうかと。

ハハー!市議の海外視察は申し込みなのか、アハハと呆れて笑ってしまう。我輩は特定支持政党のない無党派であるが、この共産党の主張は正しいと思う。
市長とか市議はなんと美味しい職業だろう。サントリーの斉藤由香さんなら「トホホな朝・ウフフの夜」と呆れるだろう。最近、市議選が近いのかパンフや後援会の申し込み案内が盛んに送られてくる。我輩に送られた民主党市議も新人ながら2010年に540,920円の血税を使って、豪州、ニュージーランドへ海外視察している。労働組合退職会がこの市議の支援を要請して郵送費まで会費で負担して送ってくる。トホホな市長、アハハな市議達、バカバカ労組ではある。


テレビ番組

2013年02月16日 | 日記

昨日はBSプレミアム・映画「チャイコフスキー」を、始まってほんの少し経ってから何となく観た。
途中軽いお昼寝でコタツで横になり、うとうとしパソコンもやりながら、スジを追うまで熱心にではなかった。ロシアの冬景色と妙なる音楽はそこそこに堪能できた。
いい映画なのになんとなくBSにスイッチを切り替えたら放送中の映画なので惜しいことをした。
富豪の未亡人メック夫人から莫大な資金援助をされ、13年に1200通の手紙を交換しながら一度も顔を会わせていない、世にも希なプラトニックラブに驚いた。映画の中のバレリーナの「白鳥の湖」の舞いの華麗さに目が点になった。

夜の映画・金曜ロードショー・「ALWAYS 三丁目の夕日」は、昨年映画館で見たし、ブログにも書いたが、これは録画した。日曜日はドラマ「蝉しぐれ」を見る。

テレビは映画もいいが毎回見る番組は日曜「ダーウインが来た」、生き物のけなげさにいつも感動する。小泉元首相も動物ものは好むといっていた。

歴史秘話ヒストリアもよく見る。着物の柄がゆらゆら動き出す渡邊あゆみアナのナレーションもいいし、先週の「魅せます大奥」はよかった。殿様の夜・側室と愛の交歓を寝ながら見張る「夜伽小坊主」という職務に笑った。

今週の「悲劇の皇女和宮」もよかった。当方が住む美濃地方は中山道が通っているので、和宮が将軍降嫁された旧跡がいたるところにある。

BSスペシャル「6千万ドルの拳を持つ男 パッキャオ」約52億円を稼ぐ、世界プロスポーツ界第2位の男、フィリッピン人ボクサー・パッキャオがよかった、再放送と2回見た。ミンダナオ島の出稼ぎ国家フィリピンの貧しさを抜け出すため、闘うしかない男、パッキャオの人間的魅力と地元に尽くす男素晴らしい。

話は飛ぶが今週ゴルフを一緒に回った後輩がプレーしながら、現職時代の思い出を語った。
「俺は現場の3K仕事が嫌で嫌でしかたがなかった。デスクへ上がるのに、高校も出て俺の方が頭がいいのに同輩何人かに先を越された」。「俺は私生児なのでそのせいかとひがんだ」、「何、いま何言った、私生児と?」、「そう俺は父がいない」、「認知の非嫡出子か、A、B、C達等もそうだと聞いている、珍しくない」、「いや、隠してもいないし人にも言っているが、戸籍は父の欄は空白、母とは養子縁組となっている、私生児、捨て子と同じ」。
絶句してそれ以上聞けなかった。何かの事情で父は認知できず、母も何かの事情で実子にできなっかったようだ。母の愛情の元で育ち成人して畑も同じ当方とも同僚で過ごしたが、後輩で職場を共にしなかった。日頃の彼の人柄からからは想像できないギャップでいたく感動した。
彼は深い海の底をみつめるような思いを抱いて70年の歳月を過ごしてきたのか。いまは2人の娘は嫁ぎ、妻と過ごしている。「おっかぁは、そのせいか俺に人に甘える傾向がある」とも言った。


感激・感動

2013年02月15日 | 日記

昨日の朝日新聞・投書に「どうか幸せになって・・」と題する一文が載った。
“コンビニに並んだ前の客はホームレスだった。パンを1個手づかみで持っていて、レジにパンをそっと置きました。レジの女性は驚いてパンをポリ袋に入れ、お釣りを渡した。その後に「チャリン」、音の方を見るとその人は募金箱にお釣りのいくつかを入れたのです。・・今は不遇かも知れないが、その人は常識のある心の豊かな人だと思いました。どうか幸せになってください。”
という投書です。なかなかいい文章ですね。
さて投書子はこのホームレスの行為に感激したのでしょうか。感動したのでしょうか。

「書くことが思いつかない人の文章講座」近藤重勝 (2011・9刊 幻冬社)
[第2章 伝わる文章の秘密 感動体験を生かす] には、
”感動したことは忘れない。感動とは心を動かされること。英語で言えば「be moved」です。感動体験は最上の題材です。感動体験は脳に長期間保存される。と、教えます。
「感激と感動はどう違うのでしょうか?」と質問が出されています。
答えは 入試に合格した、あこがれのスターと握手してもらったなどもっぱら自己にかかわるもの(何かに挑戦して得られる感動)を感激ととらえることができる。上の投書子のように他者に向けられるもの(外から得られる感動)を感動と書くべきでしょうといっています。
感激と感動の区別、両者の違いは、はなはだ微妙だ。” と、教えます。

1年ほど前、スーパーの自販機でタバコを買いつり銭だけもらって、肝心のタバコを取り忘れ、数時間後思い出し電話した。受付はタバコの銘柄を聞き、「お客さまが届けられて預かっています」と言われ、喜んで2キロほどの店へ貰いに行ったことがあります。わずかなタバコ1箱でも正直にフロントへ届けてくださった、見知らぬお客さんの行為に、そのタバコの味がひと味違いました。
またその頃、別のスーパーで買い物し、マイバッグに駕籠から買い物を移して、その場に財布、カード、免許証入りショルダーバッグを忘れてきてしまった。途中で気がついて戻りましたが、やはりお客さんが届けてくれていて無事戻り(他者から得られ)感動しました。

また、あるときはコンビニの出入り口付近に財布を落とし、お客さんが拾ってレジに届けてくれたこともあります。家へ帰ってしばらくして、コンビニから電話があり気がつく始末で貰いに行きました。財布の中にかかりつけ皮膚科の診療券が入っていて、そこへコンビニが電話され、医院はパソコンの電源を落としていたのを再入力し、私の電話番号を調べてコンビニに教えてくれたのです。コンビニでは募金箱へ千円とコインを少しお礼代わりに入れ(他者から得られ)感動しました。

そのほか、旅先でショルダーバッグを失い、3ヵ月後届けていた奈良県の吉野の警察から電話があり、町内清掃で路端の草むらで拾われた役員さんが届けてくれた。役員さんにはお礼に日本酒1本を下げて行き書類にハンコをもらいました。ビニ製バッグはベトベトに濡れ、財布のお札はくっついて離れず、帰宅して近くの銀行へ持って行き、日本銀行へ送られ新札になって帰ってきました。その新札数枚はお守りにしています。(他者から得られ)感動しました。
ゴルフ練習場でバッグを忘れ、3時間近く経って行ってみたら、そのままに置いてあったことも。お客さんが多く近くの席の誰かが承知で置いていると思われたのでしょうか。これは感激でしょうか。
とにかくここ15年ほどの間馬鹿ばかりして、見知らぬ人々の善意の行為に感謝・感激・感動ばかりです。


イルカ 「なごり雪」

2013年02月14日 | 日記

イルカ 「なごり雪」

「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤勝重(幻冬社2011・9刊)
著者は毎日新聞の元名コラムニスト・早稲田大学等で文章表現を教えている。
昨日の記事はこの本の[第3章そもそも書く手順とは
16章 「現在・過去・未来」の順に書く] を参考に書いたつもりです。

“テンス(時制)は現在・過去・未来、・・・すなわち時間、文章は現在の状況を書きつつも、近過去、近未来を行ったり来たりできます。またそうしないと文章の強みは発揮しません。・・伊勢正三作詞の「なごり雪は」など、まさに現在の状況に近過去、近未来が入り込んで、「東京で見る雪はこれが最後ね」という「君」のつぶやきの切なさを感じます。
 やはり伊勢正三さんの「22才の別れも「今日だけとか」とか、「明日になって」というようにとか、「昨日のことのように」といった言葉が、誕生日のローソクの周囲を彩るようにちりばめられて、時の流れが胸にくるんですね。文章上のテンスを勉強するにはともにいい歌です。“

と、教えられています。とてもこんな立派な文章はかけません。
上記と下記の下線の表現を

”比喩といって「伝え、伝わる文章」の代表格です。村上春樹作品「IQ84」などは完璧な比喩、多彩を極める表現で・・・・例えば「陰毛は行進する兵隊に踏みつけられた草むらみたいな生え方をしている」などと・・・。これなどただ舌をまくばかり。
比喩はなぞなぞでつけよとも・・。この本は章ごとに問題が出されています。
Q:「使い方」一つでナイフにも爆弾にもなって、包帯にも接着剤のもなるもの、なーんだ?」
A:言葉です。”

なるほど!(最近のテレビマンの流行語)、言葉はナイフや爆弾、包帯にも・・は日常の生活や人との交流にも十分当てはまりますね。明日は感激と感動を勉強しましょう。


体罰・いじめ

2013年02月13日 | 日記

大阪の高校生が部活の体罰を苦にして「自分だけがどうしてシバれるのか・・」と遺書を残して自殺した体罰事件は、日本中の教育現場で大きな教育問題と化した。
昨晩のニュース7でも体罰をテーマに放送したし、愛知県では全高校の校長を集めて県教育委員会が体罰で会議を開いたと放送していた。

ときどきのぞくイタリアから発信される日本人のブロガーは、イタリアではこんな体罰があれば即暴行罪で逮捕だと書いていました。柔道の国際競技強化選手がオリンピック連盟にコーチの暴力を訴えたり、日本人は野蛮人だと世界に宣伝したようなものです。

自らの体験では昭和19年当時入学した国民学校は、戦争末期で国内は戦時一色の時代でした。当然軍事教育で可愛い1年生にまで、よくないことをするとしつけで、担任の女性教師は誰にでも額を指でつんと突く体罰をされました。
嫌な想い出で今でも鮮明に覚えています。翌年夏終戦になりマッカーサー元帥が統率するアメリカ軍が駐留することになり、教育も民主教育に塗り代わりました。
村の掲示板には「止まれ、見よ、考えよ」という表示が板の頭に墨痕あざやかに書き込まれました。校長先生は全校集会で今までの教育は間違っていたと全生徒に謝罪されました。

自らの反省では十数年前の同窓会で、国民学校1年生に入学して、ひとつの机に女の子と男の子が二人組で学びましたが、私と組になった女の子、今では白髪も混じるこの女性から「あんたは、私を蹴ったよ」と抗議されたことがあります。何度も蹴っていじめたと言うのです。女の子と一緒なんて初めての経験で、馴染めなかったのでしょう、そう言われれば何の理由もなく意地悪したなぁと、かすかに記憶が残っています。

4、5生になった頃は、ある男の子が自分の登下校グループの途中まで一緒の、隣の集落の子で、その子の振る舞いが気に食わないというグループの常々の話題から、制裁を加えるということになりました。下校中の砂利道の往還(主要道路をおうかんと言っていた)で、足が速かった自分がその子を追っかけ、追いつき、逃げる彼の背中をつんと押したら、彼は、倒れはしなかったが前へつんのめった。その彼が同窓会で「お前は番長で怖かった」と言うのです。
今ではこの女性初コンビの彼女も、前のめりさせた男性とも良き同級生で他の級友より仲良しです。

暴力も、体罰も、いじめもよくありません。歳とって80歳に近くなっても記憶の底に残るからです。体罰の部活なんて何の教育的効果もありません。教育当事者の尊大な思い込みにしか過ぎないと思っています。

あっ・・昨日のゴルフどうだった?ですって・・。やはり駄目の10Xでした。でも楽しく遊べて同組の名手はグロス86の好スコアで優勝しました。花嫁の介添え役でした。


フィッシング詐欺

2013年02月12日 | パソコン

昨年6~9月、他人様のパソコンを踏み台にして、よからぬ書き込みやメールを送りつけ、捜査機関や報道機関などを挑発し、4人の誤認逮捕事件を出した容疑者が逮捕されました。

わたしは、ネットの買い物、ゴルフ中古クラブのオークションなど、数は多くありませんが利用しています。
そこで、ネット詐欺に引っかからない心得はどの程度やっているか、セキュリティ会社、ウイルスバスターの最低限の注意事項を、確認してからクレジットカード番号とか、銀行預金カード番号をネットに投入しています。

さて、それは何でしょうか、トレンドマイクロの注意文書フィッシングサイトの見分け方 の三つです。
このページの下の方、「あなたのだまさレベルをチェックしてみましょう」で、みなさんもテストしてみてください。
どうでしたか。満点でしたか。

先週、ただひとつになったメールマガジン、NECの「121ware」の、「あなたはパソコンマスターになれるか!?」「121Wareパソコンクイズにチャレンジ」に挑戦して10問のテストを受けました。当方は残念ながら80点でした。みなさんもテストに答えてください。
どうでしたか。満点でしたか。
ブログをアップされている方は、先々週号の「基礎から学ぶ著作権」も参考になるところです。
日経パソコンは年間購読料もさることながら月2回の配本で、読みきれない、置く場所がないと、昔1年購読し、いつもDMがきますがその後購読していません。私の著作権は危ないものです。できるだけ出典を明示してアップしています。

閑話休題です。
・昨日の記事「蝉しぐれ」に182人とアップしているたそがれ爺本人が驚くような訪問客でした。1月は4日189人、5日188、17日188、20日247、21日203人と多くの閲覧者で驚きです。訪問者よありがとう。
・YouTubeの音楽いいでしょう。昨日の歌ももいいですね。YouTubeの貼り付け共用は著作権に違反していません。単なるアドオンです。アドオンって何?プラグインと違うの?
外付けスピーカーELECOM社製3,000円のスピーカーで聞いていますがいい音です。普天間かおりさんの「遥かな愛」よくとおる声でいい曲、いい画面です。
・今日はゴルフです。前にFaceBookに匿名で登録してました。本来は実名登録です。匿名は意味ないし、ケータイもスマホも持っていないアンデジタルおじんなので削除しました。その登録中旅行日程や外出は書き込まないことと、会社が注意していました。実名なので空き巣に入られるからです。当方は承知で今日はゴルフとアップしたのは、わが家には借金の証文しかないからです。・・ったくもう。
・昨晩Eテレで9時半、2012年のアンコール放送、趣味Do楽「藤田寛之シングルへの道」・第2回を見ました。1回目は見逃し、講座はNHKテキストは買っています。見忘れ防止にNHKが次回放送予定をメールで通知してくれる、NHKネットクラブへ登録(無料)し、マイページが作られました。第1回を見逃したので再放送のメール通知(1年間有効)を登録しました。


蝉しぐれ

2013年02月11日 | 日記

遥かな愛・・・~蝉しぐれ(drama)絵巻~その1

土曜日はテレビ映画を昼は山口百恵と三浦友和の「風立ちぬ」を観て、夜は岩下志麻と仲代達矢の「北の蛍」を観た。夕方の原田美枝子と寺尾聡、柴田恭兵の「半落ち」も観るべきだった。

日曜日はいつも観るのど自慢を観ずに1時からの再々放送か、NHK秀作ドラマ「蝉しぐれ」第1回を見た。もちろん初回放送も観たし、再放送も観て今度が確か3回目である。当然劇場で映画も観たことがある。

それだけ視聴者の再放送の要望が多いこと、ドラマの作りがいいこと、藤沢周平の原作がいいことの三重奏であろう。第1回は
“北の小藩の夏。牧文四郎(40)(内野聖陽)は、前藩主の側室で初恋の女性でもあった、ふく(38)(水野真紀)と20年ぶりに再会し、波乱の青春を振り返る。”・・・・
ことから始まった。そして幼少時代の朝の蛇に画面は展開する。10代の初め頃のシークエンスだ。文庫本(文春文庫)も持っている。書き出しは「朝の蛇」、

“海坂(うなさか)藩の組屋敷には、ほかの組屋敷には見られない特色がひとつあった。組屋敷の裏を小川が流れていて、組の者がこの幅6尺に足りない流れを至極重宝にして使っていることであった。」・・・・
文四郎が川べりに出ると、隣家の娘ふくが物を洗っていた。
「おはよう」
と文四郎は言った。その声でふくはちらと文四郎を振り向き。膝をのばして頭をさげたが声は出さなかった。“ 

洗い物をしていたふくに水汲みに行った文四郎と出会う場面である。流れに乗って泳いできた蛇、やまかがしがふくのゆびを噛む。あっと声を上げたふくに文四郎が駆け寄り、

”「やまかがしはまむしのようにこわい蛇ではない。心配するな。それに武家の娘がこのぐらいのことで泣いてはならん」ふくの指が白っぽくなるほど傷口の血を文四郎は吸いつくしてから、文四郎はふくを放した。"

するするとやまかがしが川を泳ぐ、12歳になって少し色気づいた娘ふくと文四郎、この幼馴染のふたりの朝の蛇の出会いの場面は原作もドラマも本当に秀逸、素晴らしい。
原作の藤沢周平は昭和2年、鶴岡市に生まれる。山形師範学校卒。48年「暗殺の年輪」で直木賞を受賞。主要作品として「蝉しぐれ」ほか多数。確か中学校の教員をしていたが結核にかかり療養中に小説に手を染めたのが本職になったと記憶している。

文章がいいことで有名。わが図書館には藤沢周平コーナーに「あまりに書き込みが多いため、藤沢周平の本は書店でお買い求めください」と、購入してくれない人気だ。

♪ 遥かな愛 
                歌:普天間かおり 曲:小室等
もしも私
生きてるのが一年だけなら
春の息吹をうけたらすぐに
花を抱きしめ躍りだすのよ
あなたと一緒に・・・♪