日々のできごと。生物準備室より

理科教育、生物教育に関して考えたことをぼちぼち更新。たまに授業実践報告をします。

校種はあまりカンケーないよ、授業づくりの考え方(No.3)

2019-01-26 11:38:15 | 最近読んだ本
授業づくりの考え方 ―小学校の模擬授業とリフレクションで学ぶ
渡辺 貴裕 (著)
くろしお出版


われらの師匠、渡辺先生の最新作です。
読んでいると、
私にとっては実践よりの理論を追求する研究者、
渡辺先生の語りがそのまま、
正しくは、頭の中で関西弁に変換されて届きます。

真っ当な?レビューはこちら
いくぼんさんのブログにお進みください。



流れとして、
「試みる」まずは学生が模擬授業をやってみる。
「かえりみる」模擬授業について生徒役の学生と感想を言い合う。
「深める」著者が振り返りを深める視点を学生(&読者)に語る。
「広げる」著者の話を受けて、授業の改善案や発展方法について話し合う。
をいくつか繰り返し、
間に著者のミニレクチャーが入ります。

 

「試みる」で描かれる模擬授業のエピソードは、
あぁ、かつて自分も同じようなことしてたよね、と
記載内容よりもイタイ思ひでとして蘇ります。
そのイタさから今につながるので、無駄な経験だとは思いません。
でも、いきなり実践の場で挑んでいた初任の頃を思い出すと、
安心・安全な場、模擬授業で体験することのメリットを感じます。

 
1回の授業経験で何かが大きく変化するのではく、
何日も何か月も何年もかけて、
経験で得た知識や技術が、
その授業者にとって意味のあるものとして再構成されていきます。

その再構成を促すために、
対話を通した模擬授業検討会の実施は効果があるんだろうなと、
一連のエピソードを読んで初めて思いました。
一部ではなく、全体を読んで、です。

初任者研修の一環として行われる研究授業&検討会で、
講評者が何か伝授した時と同じく、
たった一回の検討会で何か教えられたからといって、
劇的に変わるわけではないのですから。

 


p163

 教室を子どもが共に学ぶ場にしたいのであれば、教師自身がまずそうした共に学ぶ場を仲間の教師たちと実践できていなければなりません。教師の学びと子どもの学びの「同型性」です。

 結局、ここだと思います。


「共に学ぶ場にしたい」

この思いがなければそもそも成立しません。
「教えるー教わる」の関係性は、結構、根深い。

そして世代は関係なく主流であると感じています。
「共に学ぶ場にしたい」と思わせるような場作り、
こちらの方が何倍も困難を極めるだろうな、、、、

なんか、気分が沈んできました。






気を取り直して。

 

これまで何回か参加した模擬授業検討会では、、
教科内容と教材の検討に関して、
いつも多少のフラストレーションを感じていました。

文中には登場する学生5人が教科内容について調べて話し合うシーンがありますが、
やはり、生ぬるさを感じます。
しかたありません。
模擬授業検討会ではこの部分を焦点化しているのではないこと、
自分には、熟達者と教科内容と教材の検討をがっつりできる日常がたまたまある、という理由です。
比較したら当然、満足できるわけがありません。


枝葉の内容になりますが、
素朴概念について気になりました。
動物の分類を例として挙げ、
「子どもが生活経験に基づいて自然現象などに対して抱く自分なりの理解のことを、特に理科の分野では『素朴概念』と呼んでいる。」
と説明があります。
正しい「動物」概念って、さて、何だろう?アメーバとかミドリムシは?巨大ウイルスはどう説明する?
素朴概念の例が、自然現象でなく人為的な分類なのは何でだろう?
もう一度、素朴概念について調べてみたくなりました。

 

 


当たり前を疑ってみる(No.2)

2019-01-24 20:57:41 | 最近読んだ本

ヒトがいまあるのはウイルスのおかげ! ―役に立つウイルス・かわいいウイルス・創造主のウイルス

クリエーター情報なし
さくら舎

インフルエンザウイルスが流行するこの季節。
勤務校も例外ではなく、学級閉鎖も。

インフルエンザウイルスに限らず,
ウイルスには良いイメージがありません。

「ウイルスは病原体」
「ウイルスは小さい」
「ウイルスは生物ではない」などなど。


そんな前提となる認識に対し、
ホントにそうなの・・・?と疑問を持つきっかけとなる一冊です。

 

どんな対象・分野でも、
当たり前と思っていることを、一度、疑ってみる。

その気づきから前進する。

進んだ先はそれぞれかも知れませんが、
まずは疑う、からスタートすることは共通するのですね、多分、
物事が進むときには。

 

帯にある「ウイルスを知ると世界の見方が変わる!」は、
ウイルスの見方を知るとの方がフィット感あり。
見方、大事です。


1年のはじまりはWHYから(No.1)

2019-01-06 22:32:20 | 最近読んだ本
WHYから始めよ! ―インスパイア型リーダーはここが違う
クリエーター情報なし
日本経済新聞出版社


大雑把に読んで終えていた一冊。
気になるところだけを記録します。

第2章 飴とムチ

Pp21.L4
人間の行動に影響を及ぼす方法は、ふたつしかない。

操作(マニピュレイト)するか、鼓舞(インスパイア)するか、だ。

L21
ビジネスから政治まで、あるいはセールスからマーケティングまで、どんな世界でも操作がはこびっている。なかでもよく見られる例を紹介しよう。価格を下げる。プロモーションをおこなう。恐怖心を利用する。周囲と同じ行動をとるよう仲間集団から圧力をかける。上向志向のメッセージを送る。あるいは、あなたが行動を変えればイノベーションが起こると訴える。(略)操作にすっかり依存してしまうのだ。無理もない。操作には効果があるのだから。

 

 

 

人間の行動に影響を及ぼす私たちの職務。

“操作”と“鼓舞”にあたる振る舞いを、どれだけ意識しているのだろうか?
とふと疑問に感じました。
“操作”することこそ教員の本務、と本気で取り組んでいる方々、沢山いらっしゃるような気がしてなりません。

 

 

第3章 ゴールデンサークル

 

P60,L5
はたしてWHATで自分を定義してきた多くの企業や産業は、長きにわたって生き残っているだろうか?あまりにも長いあいだ同じ手法をとってくると、新たなテクノロジーに対抗したり、新たなものの見方を獲得するのが、ますますつらい任務となる。

 

 

 

 

 

現場にいると、山のようなWHATリストが降ってきます。出処はいろいろです。
HOWまで細かく指定され工夫の余地もないことも多々あります。
さらに、個人レベルでWHATを定義して苦しむことも。
「○○科は××だから~」や
「校種が違うから」
「偏差値が違うから」等、
バージョンは多数あり。
結局、視座をどこに置くかで見え方が変わってきます。
自分がどの位置で感じたり考えたりしているのか?
自由に動く余地があるのか?
自問自答です。

 

P64,L6-

(略)このように、私たちはどこに行こうが、価値観や信条を分ちあえる相手を信頼する。

 

 どこかに帰属していたいという願望は、非常に強力だ。だから私たちは、どこかの一員になるためなら苦労をいとわない。

 

 

 

今となってはありがたいことに、
自分自身の価値観や信条に相当するものに対して、
理解を示されないだけでなく、
問題ありとジャッジメントを受けるという経験があります。
経験不足や興味関心の方向性の相違いなど、
相手にも少なからず要因があったと、
今では分析できます。そして、分ちあえない時の不信感も痛いほど。

 

価値観、はいつごろから身につくのでしょうか?

 

仕事で接する中学生は、立派にそれぞれの価値観があります。

 

3兄妹の成長を思い返すと、
生まれてすぐの授乳時から、それぞれの主張があったように思います。
生まれた瞬間から、1個体のホモサピエンス。

 

尊重すべき存在。

 

第5章 明快さ、厳しい指針、一貫性

 P82,L4-

終始一貫したWHATには「本物であること」(オーセンティシティ)が求められる。「本物であること」「真正であること」を意味する「オーセンティシティ」は、企業や政治家がよくまき散らしている言葉だ。本物であることが大切ですと、だれもが熱く語っている。(略)本物であることは、成功の必須条件ではない。だが、永続する成功を望むなら、必須である、ここでもまた、もとをたどればWHYにたどりつく。自分が心から信じていることを言い、行動に移す。それがオーセンティシティだ。だが、自分のWHYがわかっていなければ、志や理念を言葉であらわすことなどできない。自分のWHYと行動が矛盾せず、終始一貫していなければ、本物にはなれない。WHY抜きで本物になろうとするのは無駄な努力だ。そんな真似をしても、結局、ニセモノで終わるのだから。

 

 

 

第6章 危機に瀕する信頼

 

P98,L3

 

会社が従業員を酷使すれば、それは次に、客にたいする従業員の態度にあらわれる。山頂から土石流が落ちてきて、ふもとに立っている人間がまともに一撃を食らうようなものだ。

 

 

 

P192,L8

 

勝ちたいという欲望は、本質的に悪いものではない。ところが得点だけが成功の基準になると、問題が生じる。そもそも、最初に動機としていたはずの自分のWHYを忘れ、得点稼ぎだけに夢中になってしまうからだ。

 

P124,L8

 

内部の人間が守られていると感じるからこそ、すばらしい組織が生まれる。企業文化を強く意識するからこそ、帰属意識が生まれ、それが安全ネットのような役割をはたす。上司や同僚が、そして組織全体が、自分のことを見守ってくれているとわかっているからこそ、社員は安心して出勤する。その結果、全体のために働こうとする意欲が生まれる。個人の決断、努力、行動が、組織全体に長期的な利益をもたらす。そしてまた、その利益を守るようになるのだ。

 

 

 

同型性。

 

どれだけ気づけるか。
どれだけ気づく人を増やせるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第12章 WHATとWHYの乖離

 

P220 数値化できないWHY

 

 


一条校に勤務しているから読んでみた

2018-08-14 11:23:57 | 最近読んだ本

深い学び
クリエーター情報なし
東洋館出版社


気になった部分だけ忘備録

p26 第1章 知識が「駆動」する
知識を4つのタイプに分類
①宣言的な知識につながるタイプ
②手続き的な知識につながるタイプ
③知識が場面とつながるタイプ
④知識が目的や価値、手応えとつながるタイプ

①~③はすんなり入るのですが、
④が入りません。
「望ましい態度」等、言葉だけが独り歩きしそうな感じです。



p72「駆動する知識」と「考えるための技法」

・具体的な技法と思考ツールの紹介
・現況の仕方(学習方略)の紹介、「探究モードへの変革」を意識することの大切さ

簡単な紹介なので、この部分を読んだだけでは内容不足ですが、
手法検索のきっかけ?にはなるページ?


P201 第3章 「深い学び」を具現する授業デザイン

3 「学び合い」が充実する教師力
子どもの学びを受け入れ、つなぐ姿勢
・見取るための尺度、いわゆる評価基準をもつこと
・時間軸で子どもの姿をつなぐこと
・空間軸で子どもの姿をつなぐこと


P208 1「振り返り」の重要性
3つの機能
①学習内容を確認する振り返り
②学習内容を現在や過去の学習内容と関係付けたり、一般化したりする振り返り
③学習内容を自らとつなげ自己変容を自覚する振り返り

この辺りを丁寧に実践しようと思ったら、
「チョーク・アンド・トーク」前提の授業時間割では、
正直、厳しい気がします。
工夫で何とかなる次元?



P222 第4章 「深い学び」を支えるチーム力
5つの教師力(捉える・解釈する・照合する・判断する・振る舞う)
授業研究の質的転換
子供を見取り、授業を描く

異動して4か月、
今はまだ、ここまで考えられない・・・。

 

 

 


しなやかマインドセット、を受け入れた上で

2018-08-11 06:02:54 | 最近読んだ本

ここ数年、取り組んできた「評価」のシフトチェンジ。

 

振り返りながら読んで、

フィードバックに課題があること、

ミニレッスンが必要なこと、

そしてステークホルダーとの関わり方に工夫が必要なこと、

 

そして何と言っても、

授業者自身のマインドセットが大きく影響すること。

 

を確認しました。

 

そういえば、某自治体で、

学力調査の結果を教員評価に関連付ける発言が飛び出ました。

 

マインドセットを説明する際の例になりそう、、、、。

 

 

成績をハックする: 評価を学びにいかす10の方法

クリエーター情報なし
新評論

先は長い。

2018-07-26 16:33:18 | 最近読んだ本

 作家の時間―「書く」ことが好きになる教え方・学び方(実践編) (シリーズ・ワークショップで学ぶ)

クリエーター情報なし
新評論


のびのびと学ぶための環境って何だろう。

3年前、化学基礎を担当した時の学習者はのびのびと、
そして生き生きとしているように見えた。
もちろん、
それ以前・以後に自分自身が関わった授業と
比較でしかない。

でも、
公開授業や個別に見学に来ていただいた先生方にも同様に映ったらしい。

  

何故、「のびのび」が可能だったのか?

誰からも、何の期待も要求もない授業を担当することをきっかけとして、
私自身のシフトチェンジが起こっていたことが一つ。
学習者のペースを優先させたことが、
「のびのび」を可能としたもう一つの要因だったと思う。

しかし、
体系化せず、学習内容を削ることでカバーしていたという
課題を残している。

 

 

「作家の時間」に求めたことは、

のびのびと学びに向かうためには?
自分自身を表現すること、表現を通して学習内容を深めるためには?
この2つの問いの手掛かりを得ること。

 

「作家の時間」では小学校での実践例が紹介されている。
小学校に比べたら、
中等教育では教科担当制で生徒との関係性が希薄、
発達段階も異なるうえ、
1年間で担当する生徒が200人以上になることも普通の状態。
そして基本的に私は「理科」の授業のみのお付き合い。
学習者にとっても、数多くいる教員の一人でしかない。

自分が置かれている状況とあまりにも異なるため、
ノウハウ本として読んだら最後だな、と思っていたのに、
意識しないとノウハウ本として読んでしまう習性が私にはあるみたい。
案の定、一回目の読書は「素敵な実践だけど、、、、、」で終了。

 

 

 

2回目はもう少しイメージを具体的に。
「のびのび」と「自分自身を表現」している、の間、を膨らませてみた。

 

創造的な活動をしている姿、
探究している姿、
そして他者の中で楽しんでいる姿。
浮かぶ姿は経過であって成果ではない 

あぁ、一つ目の「溝」発見。
経過を見たいのに成果に焦点を当てている。


継続して実施している単元ごとのパフォーマンス課題。
そのものは学習の方向性として不適切ではない。

でも、現状のようにパフォーマンス課題を仕上げることが
最重要課題なのか?と聞かれたら、
最重要ではないはず、と答える。

 

最重要とすることでのデメリット、
「焦らせる」「せかす」に大きく影響している。
とにかく時間がないから、失敗できる場になっていない。

 

経過に焦点を当てることを考えた時に必要となる
「カンファランス」や「ピア・カンファランス」、

この辺りは、学年・年齢を越えて通用しそう。

うーん、もう一回読みたい。




二つ目の溝は、

身につけさせたいコンピテンシーが何なのか
授業の中で具体的に提示できてないこと、
そして自分の中にある優先順位に疑問がふつふつ。


そもそも、コンピテンシー習得のためのお作法レッスンがないことは、
今更ながらどうなんだろう。

 

「丁寧さに欠けるかも、、、」
そんなことは薄々感じていたけれど、やはりレッスンは大事。
では、理科の時間に必要なミニ・レッスンは何なんだろう?




結局、
いかに自分の言葉がふわふわしていて具体性がないか、
そして遂行目標になっているのではないか、
という、突き刺さるような現実に気づいただけかも知れない。

 

先は長いな・・・。


まずは授業者から。ー自己調整学習ー

2018-07-22 09:37:04 | 最近読んだ本

学生を自己調整学習者に育てる:アクティブラー二ングのその先へ

北大路書房

 

私自身のレセプターが反応した部分だけをピックアップしました。
もし、3ヶ月後、半年後、1年後に読み直したらまた読み方も変わってくるはず。
その時にゼロから読まずに済むように読書記録を残します。

 

早速。

自己調整学習者とは?

 p1 L1〜  「自ら新しい知識を獲得、保持、検索できる、意図的、自律的、自己主導(self-directed)的な学習者を意味する。そうした学習者だけが、職業生活のなか拡大する知識とスキルに習熟し続け、仕事がなくなってしまったあとも新しい職業に適応できる。新しい職業に適応する必要性は社会で実際に生じている。」

 「一度身につけたら安泰の知識とスキル」なんてないんだよね、
を導入から確認。

何か大きな壁を我慢して苦労して乗り越えれば、
学ばずとも極楽な世界が待っている訳ではないのです。
刻々と変化する社会の中で、
生き生きと過ごし続けたいと思ったら、
自己調整学習に焦点を当てることは不可欠なのでしょう。

それでは、その自己調整学習の効果はというと、

 

p13.L161〜 「自己調整学習によって以下が高められることについて多くの証拠が蓄積されてきた。

1.授業や授業の単元における学生のパフォーマンス/達成度

2.学生の思考の量および深さ

3.自分の学習に対する意識的な集中

4.内省的で責任感をともなう専門意識(professionalism)」

といった抽象的な、、、、ふわっとした感じです。
この書籍以外で重要性を感じ、
でも、個別の事例に落とし込んできる訳ではなく、
見よう見まねの導入によって、

様々な問題?様々なつまずきが多数、起こっていました。

 

p13 L23〜 「自己調整学習において主要な役割を果たす1つの心理的な過程である自己評価と学習との関係を見てみよう。不正確な自己評価は自己調整の低さと関連するということは理解できる。しかし、不正確な自己評価はパフォーマンスの低さとも関連するのである。(略)学生に自分自身の成績基準を作らせるという解決法は効果がないということがわかっている。その方法では、解答の質を区別することや、彼らが予測した成績と教員やたの学生がつけた成績の一致度を高めることができなかった。唯一希望の光があるとすれば、成績が低い学生の自己評価は歪んでいるものの、その自己評価に対する自信は、より自己評価が正確な、成績が高い生徒に比べ低い、という結果が得られていることだろう。」

 

実際に自己評価を授業に導入した時感じたハードルとして、

・  評価=総括的評価のみ、と認識している同僚とのギャップ。

・  評価内容と基準が使用されず、同一の評価(全てA、全て普通など)の自己評価がなされる。

があります。後者はやはり、「成績が低い」とされる生徒に多いのではないか、という実感はありました。
本人のやる気の問題?と片付けてしまえば、それまでなのですが。



p14 L18 自己調整と自己効力感は互いを強めあうというバンデューラの知見を思い出そう。結果として、うまくいっている学習者は統制の所在を内的に位置づけ、学習の成否を自らの学習習慣や努力に帰属することができる。

 

やっぱりここで出てきたか、バンデューラ。

どんな場合に自己評価が機能しないのか?
ついつい、欲が出てしまい、これぐらいできるのではないか?という過剰な期待と、
足場かけもなしに課す課題。
これは自分自身の手抜きの傾向?粘り強さ不足?

期待と手抜きで、
学習者の自己効力感を奪っていく感じなのかも?

 

ヴィゴちゃんとバンデューラ。
意識して意識しようとしないと流れていくね、やっぱり。

 

 

P35. 第3章 読む、見る、聞くことの自己調整
L10 「生涯学習のより多くの部分が読むという行為に依存するため、読解力、効率性、持続性や記憶保持力を強化するために、学生たちを支援することが必要である。

P36 L5(動画や音声による反転授業について)「しかしながら、プラニングやモニタリング、学習の評価なしに、人は何でも見たり聞いたりすることができてしまう。そのため、いくつかの制約のなかで、読むことを高める自己調整学習の課題と同様のものを、聞いたり見たりする宿題に対しても適用すべきである。」

 

自分で読んで知識やスキルを得るよりも、
要点がまとまっているものを教えてもらって習得した方が、早い&楽。
自分で読む、見る、聞く、という力がなくても、
動画や音声によるコンテンツが充実していくだろう世界でこれから生きていく。
だから、自分で求めていかなくても良いのか。
時間はかかる&楽じゃない、は、当然、授業受け悪いし、、、。

それでも自分から求めることに価値があると考えるのならば、
覚悟して臨む活動なのでしょう。

制約は付き物なのです。

 

p81 第6章 試験と小テストによる自己調整学習

L1 小テスト(quizzes)や試験(exams)は、学生にとって学習経験となるようにすべきであり、それらは効果的に行うことができる。しかし、小テストや試験を単なる総括的評価として見なしている限りは、それは実現しないだろう。

 

このタイミングで読んで、一番ハッとさせられた章かも知れません。
定期考査なんて無くなってしまえば良い、

何となく、そんな気持ちでいたので。

もちろん、業務が面倒だからではなく、

テストに出るから勉強するという動機付けに嫌悪感があっただけです。

黙っていても実施の日程が組まれる定期考査を
前向きに活用しない手はないな、と思うようになりました。

 

 

その他、ほほぉと思ったところ。

 

p59 ミニッツ・ペーパー に書く具体的な内容例
いや〜、例示は必要だよね。

 


p66  真正で「曖昧な」問題
  問題解決の記録・・・問題解決でとった手順を詳細に記述すること。
  質の高い事例とPBL


2回目はもう少しじっくり読む。

 

 

p83.L29〜学生には、内的状態を表す動詞は使わないように助言しよう。例えば、「知る」「理解する」の代わりとして、「識別する」「同定する」「再生する」「説明する」「適応する」「解決する」「分析する」「比較や対比する」「関係付ける」「論じる」「評価する」「創造する」のような能動的な動詞を使うようにする。

 

p95 思考の手本を見せる

・・・だね。

 

P97 学習日記に書く内容例

いや〜、例示は必要だよね(その2)。

 

P147 負担になる?  

量をこなす負担感、授業で教えるべき内容の圧迫

>>授業の内容に焦点を当てている、だからノープロブレム。
そーなんです、でもね、そーもいかないのですよ。の部分。


P107 学生が先延ばしを克服できるように助ける

「ダイエットは明日から。」昔のCM
「明日やろうはバカヤロウ」院生室の入り口に貼られていた文言

を思い出しました。自分自身に重ねることが多い内容でした。

 


p150 始めること

L7 ここで、学生の自己調整学習を生み出す最良のプランを阻害し得る、あるいは、その可能性のあるコースの構成要素に関する問題の例をいくつか示そう。

L22 要するに、自己調整学習を思い切って取り入れようと考えている授業者は、自分がどのように教え、授業を行っているのか、学生の取り組みをどのように評価し、保証しているのかをしっかりと自覚しておく必要がある。

 

結局、TP必要だよね、にたどり着きました。

 

 

 


入り口には向かない、ファシリ本

2018-03-08 07:20:11 | 最近読んだ本

ファシリテーションに必要なスキルとマインドが紹介されています。

タイトル通り、教育に特化。

授業に特化されているわけではありません。

あやふやにせず、

「まずは形式から」と割り切っているから気持ち良い!

同僚にお借りしただけなので、

この後、ポチッと押します、購入ボタン。

 

教育ファシリテーターになろう! ―グローバルな学びをめざす参加型授業
クリエーター情報なし
弘文堂

細胞も断捨離だねー

2018-03-06 20:37:05 | 最近読んだ本
細胞が自分を食べる オートファジーの謎 (PHPサイエンス・ワールド新書)
クリエーター情報なし

PHP研究所

 

お掃除大事だねー の一冊。

受精卵の分裂の時も、
胸腺でのリンパ球の成熟にもお掃除は大事だねー。

読みやすいし、具体的な医療につながる重要な基礎研究だということは伝わってきました。

ただ、ルールなのかも知れませんが、
どこの所属の誰の研究によって明らかになった成果か、
その都度、記載があります。
大事なんですね、この部分。

 

   
 
 

面白いから、活用する。

2017-12-28 00:56:21 | 最近読んだ本


ゲノム解析は「私」の世界をどう変えるのか? 生命科学のテクノロジーによって生まれうる未来クリエーター情報なしディスカヴァー・トゥエンティワン

 

ジーンクエスト代表取締役が執筆した一冊。
ゲノム解析サービスを行っているベンチャー企業です。

研究と事業の両輪をうまく回し、研究成果が社会で活用される未来を作っていくのが私の夢です。(p170)
 


 特に一部の医師の方々からは「占いにすぎず、その上リスクだけ知ってもしょうがない」「医療行為ではないか」という意見が未だに出ています。
 「占いにすぎず、その上リスクだけ知ってもしょうがない」というのは、現時点では確かにそう言えるかも知れません。しかしながら、ゲノム解析サービスの目的は、病気のリスクを知らせるだけでなく、研究に活用することです。(p170−p171)

 よくわからない、今までと違うというだけでの理由でテクノロジーに批判的になると、有用なテクノロジーを活用できない未来になってしまいます。それは、本当にもったいないと思います。(p222)

生命科学は面白いからこそ活用したい(p222)

 

自らの判断で、研究対象としての「ヒト」になるのか。
はじき出されたパーセンテージを「人」としてどう受け止めるのか。

あまり興味がないんだろうなぁ、ということが伝わってきました。