サントリー美術館「西行物語絵巻」でみる西行法師の旅 5分3秒
「願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月の頃」と自分の死を予期して詠み、その時期に死亡した武士から僧侶・歌人となった西行法師が奈良県吉野山に「西行庵」があることから2月15日を「西行法師の弔日」としました。西行法師といえば我が故郷白河にも縁があります。枕詞の旅に出た西行はまず、能因法師の歌「都おば霞とともにい出しかど秋風の吹く白河の関」の歌に魅せられ、白河の関から奥は陸奥であり、そこに立った際の感慨を西行は次のように記しております。「みちのくへ修行してまかりけるに、白川の関に留まりて所柄にや、常よりも月おもしろくあはれにて、能因が秋風ぞ吹く、と申しけん折、何時なりけんと思ひ出でられて名残多くおぼえければ、関屋の柱に書きつける・・・「白川の関屋を月のまもる影は人の心を留むるなりけり」と詠んでおります。昨年は夏の甲子園の高校野球で仙台育英が優勝し、初めて白河の関を優勝旗が超えたことが大きな話題になりましたが、西行法師も白河の関を越えたら急にホームシックにかかったようで
都にて月をあはれと思ひしは数にもあらぬすさびなりけり
月見ばと契り置きてし故郷の人もや今宵袖ぬらすらむ
の歌を詠んでおります。故郷に契りを置きて来た人はどなたでしょうか 西行さんも一人寂しくなりましたね、この白河の関越えて💛💛