ツール・ド・フランスの第11ステージは誰もがポガチャルの逃げ切りを疑わなかった展開から、途中で追いついたヴィンゲゴーがゴールスプリントでポガチャルを下すという驚きの結果となりました。1級山岳の頂上付近でアタックを決め、下りで30秒以上の差を後続につけたポガチャルでしたが、最後の短い2級山岳でヴィンゲゴーに追いつかれてしまいました。暑さのせいなのか、春先の爆発的な力が影を潜めてしまっているようです。ガリビエでもそうでしたが、ポガチャルがしきりに後ろを気にする仕草を見せるようになっています。
あのガリビではタイム差を付けて勝利したポガチャルですが、徐々に調子を上げて来ているヴィンゲゴーに追いつき追い越されることになってしまいました。まだツールは2週目が始まったばかりですが、調子が悪く無いはずのポガチャルが、調子の上がって来たヴィンゲゴーに負けるシーンは衝撃的でした。ゴール後、ちょっと首を振った後、自ら手を伸ばしライバルを祝福したポガチャルでしたが、レース後の表情にはむしろすがすがしさがありました。
最強のライバルが戻って来た、さあ、ここからが本当の勝負になることを、心の底から喜んでいるのかもしれません。ポガチャルには少し疲れが見られますので、今後のステージではアシストの役割が大きくなると思いますが、ガリビエでは完璧に見えたUAEのアシスト陣が今日は崩壊していました。アユソとアルメイダの調子が悪過ぎました。最後はアダムが頑張ってはいましたが、これから来るピレネーとアルプスに向けてアユソとアルメイダの出来が勝敗を分けることになるかもしれません。
一方のヴィンゲゴーはファンアールトの落車もあり、圧倒的な不利な状況から自らの脚でポガチャルを破る強さを見せてくれました。最後の登りと下りで遅れたエヴェネプールとは25秒のタイム差を得、ボーナスタイムを含め1分以上の差を付けることには成功しているので、やはり最後はヴィンゲゴーとのマッチレースに持ち込まれる公算が大きくなったと思っています。昨年の個人TTでの圧倒的な勝利を見て、この選手はどこまで強くなるのだろうと思っていましたが、パワーウェイトレシオはポガチャル以上かもしれません。
ログリッジは落車もありましたが、ヴィンゲゴーとエヴェネプールの下りのアシストをしただけで、またタイムを失ってしまいました。4強から3強、そして2強の対決へと向かっているようです。2週目でヴィンゲゴーの調子がここまで上がって来るとなると、ポガチャルのWツール制覇の難度はかなり高いものとなるでしょう。それは、ジロの疲れ云々ではなくヴィンゲゴーというライバルの強さです。
それにしても、登りで追いつかれたばかりか、ゴールスプリントでもヴィンゲゴーに負けたポガチャル。ヴィンゲゴーが進化しているのか、ポガチャルが疲れていたのかは不明です。確かに、1級の下りを攻めたポガチャルに対し、ヴィンゲゴーはログリッジを上手く利用し脚を残していた可能性はあります。また、ポガチャルは最後の2級山岳の頂上でのスプリントでももがいていたのが応えたのかもしれませんが、ゴールスプリントでヴィンゲゴーがポガチャルに勝つことを予想した人はいないはずです。
落車の影響でこの3ヶ月どん底を経験してきたヴィンゲゴーのメンタルはさらに強いものになっているようです。魚屋で働きながら這い上がって来た遅咲きの苦労人ですが、流石にレース後のインタビューでは言葉に詰まるシーンもありました。自分も2月に骨折し、ようやくロードバイクで違和感なく走れるようになりましたが、自転車に乗れない時間は耐えがたいものがありました。プロのロードレーサーの回復力は常人では測りしれないものがありますが、肺気胸迄あって3ヶ月前はベッドの上にいた人とは思えない熱い走りでした。
これまで1強でツールを何勝もする選手はいましたが、2強対決でのマイヨジョーヌ複数回獲得はまさに偉業といえるでしょう。一昨年から続くポガチャル対ヴィンゲゴーの戦いは果たしてどちらに軍配が上がるのでしょう。前半で稼いだ貴重な1分をポガチャルが守り切れるのかが焦点になって行きそうです。ジロが終わった時点ではポガチャルはエディ・メルクスの再来になると思っていたのですが、強力なライバルがいるのを忘れていたようです。
将棋の藤井聡太8冠が初めてタイトルを失った時、師匠の杉本8段は勝った伊藤匠7段に対して「ありがとうという言葉を贈りたい」と答えていました。まさにライバルが藤井をさらに強くするという確信があっての言葉でしょう。ヴィンゲゴーはポガチャルに負けて強くなりました。ポガチャルもヴィンゲゴーに負けてさらに強くなってもらいたいと思っています。これまでは、ヴィンゲゴーの強さはチームの力だと思っていましたが、この日の走りは明らかに個の力でした。
エヴェネプールは山岳ステージ毎に30秒ほどタイムを失っているので、最終的には2分から3分は離されるでしょう。このまま走り切ればマイヨブランと総合3位は確実かもしれませんが、マイヨジョーヌ争いはポガチャル対ヴィンゲゴーの構図になるはずです。
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