かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

馬場あき子の外国詠 345(スイス)

2019-10-04 18:41:35 | 短歌の鑑賞
 馬場あき子の外国詠48(2012年2月実施)
   【アルプスの兎】『太鼓の空間』(2008年刊)173頁 
    参加者:N・I、井上久美子、崎尾廣子、曽我亮子、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
    レポーター:渡部 慧子 司会とまとめ:鹿取 未放
    

345 戦争を逃がれてスイスに棲まんとせし強き肩弱き足思ふ雪の峠に

       (レポート)
 ヨーロッパ中央に位置するスイスは、他民族・他国との利害、野望の中の歴史であった。それにともなう人、物の動きは、地理的にアルプス山脈(すなわち峠)を越え、繰り広げられた。ハンニバルのアルプス越え、ローマ皇帝カエサルの峠越え、ナポレオンの第2次イタリア遠征の為のサルベルナール峠越えなどは歴史に名高い。この他にも闘いが多く、そのたびに峠は戦略的に重要になり、また「戦争を逃がれてスイスに棲まんとせし」人々が峠を越えたと思われる。
 作者の旅は、その地の負う歴史に心を寄せるものであるが、掲出歌は闘いのどれとは特定せず、現代風に言えば難民であろう「強き肩弱き足」の民を「雪の峠に」「思ふ」のである。峠とは逃避、野望、憧憬など様々な想念の行き交うところ、そこへ「雪の」と形容する作者の思いは、遙かな過去に及んで抒情を添えている。(慧子)


      (当日意見)
★老若男女では動きが出ない。大人、女人、子どもを思わせ、具体を詠むことで実感が出ている。
 (鈴木)
★そうですね、強い肩を持った男性も、弱い足を持った女性や子どもも難儀をして峠を越え、スイ
 スに逃げてこようとしている様子を思いやっている。確かにどの戦争と特定していませんけど、
 「スイス」という国の名から考えると古代のことを言っているとは思えません。今は鉄道やバス
 で比較的簡単に国境の峠を越えられるけど、逃避行だからそういう交通手段は機能していても使
 えなかったでしょうね。島国の日本ではできないことですが。作者は今立っている峠の雪の深さ
 に驚き、難民達はこんな雪深い峠を徒 歩で越えてやってきたかと言葉を失っている感じがしま
 す。(鹿取)


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