鶴岡善久氏による追加版
※(鶴岡善久)とあるものは「森、または透視と脱臼」(「かりん」2000年2月号)
より引用
渡辺松男研究2の16(2018年11月実施)
【樹上会議】『泡宇宙の蛙』(1999年)P80~
参加者:泉真帆、岡東和子、A・K、T・S、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
レポーター:泉真帆 司会と記録:鹿取未放
123 あっけなき鳥の交尾を空に見て羽毛ほど吾はかるくなりたり
(レポート)
福岡伸一著『新版 動的平衡2』(71頁)に興味深い文章があった。少し長いが引用させていただいた。
「一方、大絶滅を生き延びて繁栄したのは哺乳類だけではない。翼をもち、空を飛ぶことができ た鳥たちも成功者だった。彼ら彼女らは、飛ぶために特化された身体を持つに至った。吸うだけで なく息を吐くときですら、肺に酸素が送り込めるよう、気嚢(きのう)という空気袋を肺の後方に 備えた。
何かを溜(た)めて体重が重くなることを極力避けるため、膀胱と大腸のほとんどをなくした。 だから、鳥はうんちとおしっこが同じ穴からたちまち出てくる。それだけではない。メスなら卵を 産む管、オスなら精子を出す管も、この同じ穴と合一している。だから鳥はすべてのことを単一の 穴で行う(総排泄口)。そしてほとんどの鳥にはペニスがない。交尾は、オスとメスが協力して総 排泄口をくっつけ合う行為となる。」
一首を読むとその交尾も「あっけな」いのだとある。愛欲まみれの人間世界とくらべて鳥はなんとシンプルなのだろう。「羽毛ほど吾はかるくなりたり」に、快楽もふくめた性愛の煩わしさから解放された作者の心情が「羽毛ほど」に現れているような気がする。(真帆)
(当日意見)
★福岡伸一さん、私も大ファンですけどものすごく文章の上手な人ですね。川上和
人さんの『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』というのも面白かっ
たです。お二人とも、鳥が軽くなった進化の過程を書いていて、今の引用部分も
そこの仕組みの説明が面白いですね。羽毛ほど軽くなるって、ほとんど軽くなっ
いないけど、これは人間からの視点です。もし、主体が鳥だったら「羽毛」では
なく別の表現になりますから。この歌、好きです。(鹿取)
★鳥の交尾ってわからないんじゃないかな。(T・S)
★アマツバメだったかな、飛びながら眠るし、飛びながら交尾するんですね。だか
ら一瞬なんでしょう。それを見て、〈われ〉は何かとってもサバサバした感じに
なったのでしょう。(鹿取)
(後日意見)
余談だが、アフリカからスウェーデンなど欧州に渡りをするヨーロッパアマツバメは、10ヶ月間着地しない個体もいるという。雛を育てる約2ヶ月間以外は食事も空中で済ます。飛びながら眠るそうだから、交尾も飛びながらするのだろう。(鹿取)
(後日追加)2019年5月
…実景を目撃したというより、むしろ青い広大な空に交尾する二羽の鳥を幻視したと理解したい。そのことによって自らの存在することの重さはかぎりなく軽く自由になるのである。「透視、すなわち愉悦」とでもいうべき原理が渡辺松男の歌にはあるのである。(鶴岡善久・2000年)