(2017年2月1日:加筆編集、2017年2月2日:編集)
九州など四国以外の各地でも講演会を開かれ、YouTubeにアップされている動画でのその模様が紹介されているものを拝見し、その他にも著作を出されてもいる、阿波古事記研究会副会長・三村隆範氏や、邪馬臺国研究会会長・土佐野治茂氏は、各講演会での前置きの話としてされている、物事の捉え方や考え方、判断の仕方等に私は共感している。そして本題の内容も、古代支那(中国)の文献や日本の古事記等の「一次資料」に書いてある通りに忠実に捉えて解釈している事から、矛盾がなく、辻褄が合っており、私は納得している。
他にも、倭国(いのくに)研究会代表・大杉博氏の著書も読んだが、同様に>古代支那の文献を「一次資料」として検証に用い、同じく書いてある通りに捉え判断されている結果は大いに納得させられる。
古事記で天地開闢(てんちかいびゃく:天地に代表される世界が初めて生まれたとき)の際に高天原に最初に出現した神である天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)の名の意味は、全ての人や自然の中には主(ぬし)が宿るということ。
私が思う事として、此の事は、父と子と聖霊の三位一体であり唯一神である創造主が聖霊の格で、特に主(しゅ)であるヤハウェへの信仰を持つキリスト者である全ての人の心の中に存在する事と共通している事である。
また実際、天之御中主神に続いて現れた高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、神産巣日神(かみむすびのかみ)と共に造化三神とされ、造化三神が天孫降臨以前の万物の創造が成されたと、当時禁書であったキリスト教関連書籍を読んで影響を受けた平田篤胤(江戸時代後期の国学者・神道家・思想家・医者)によって位置付けられた。(参考文献:ウィキペディア「天之御中主神」)
卑弥呼の後を継いだ臺與(とよ)と同じく、「臺」を「と」と読んで「邪馬臺国」(やまと国)であり、「邪馬臺国」(邪馬台国)は阿波から奈良に遷都した。
「葦原中国」(いのはらのなかのくに (なかつくに))は伊国(いのくに)の玄関である伊津面(いずも:出雲)であり長国(ながのくに)である。現在、徳島県に那賀郡(なが郡)が存在するが、旧那賀郡は現在の阿南市、那賀郡、海部郡を含んでいた。那賀=長=中である。
金印「漢委奴国王印」(かんのいのなの国王、かんのいのながの国王)。
古事記で淡路島の次に創られた伊予の二名島(いよのふたなじま)。予国(よのくに)は西側・愛媛、伊国(いのくに)が東側・徳島(阿波)。
北に粟国(あわのくに)、南に長国(ながのくに)。
阿波の忌部神社と天村雲神社から伊勢神宮へ遷宮した。伊勢神宮の神主を代々務める度会(わたらい)氏。
天皇が即位の礼の後に初めて行う新嘗祭である大嘗祭に、大麻で作られる麁服(あらたえ)が、先祖代々、徳島・木屋平の忌部氏の末裔である三木家が献上している。
邪馬臺国(やまと国)の存在した2~3世紀頃、朱の産地は徳島県阿南市に全国でただ1ヶ所しか確認されていない弥生時代の丹(辰砂、朱(硫化水銀))の採掘跡である若杉山遺跡が存在し、同時に阿波の美しい青石は有名である。邪馬臺国の在る倭(い)の地には青い玉と丹(丹砂)が在ると古代支那の文献に記されている。
徳島県鳴門市の大麻山南麓の萩原墳墓群の内の2号墳が、国内最古の積石墳丘墓であり、奈良のホケノ山古墳の原型である。
徳島県徳島市国府町矢野神山にある天石門別八倉比賣神社の祭神は天照大神で卑弥呼の事である。
名方郡(なかたのこおり)には大1座の天石門別八倉比賣神社の他に延喜式内社が9座存在している。寛平8年(896年)に名東郡と名西郡に分割された。
長国である伊津面(出雲)の大国主命の次男・建御名方命(たけみなかたのみこと)。兄(大国主命の長男)は事代主命(ことしろぬしのみこと、エビス)、妹は下照比売(したてるひめ)。3人は異母兄弟妹。
天岩戸別神社は、旧・名方郡の名東郡佐那河内村上字牛子屋に存在。佐那河内は佐那県(さなのあがた)。
石見国那賀郡(島根県浜田市)鎮座の大祭天石門彦神社は、主祭神は天岩戸を開けた手力男命(たぢからをのみこと、配祀神は建御名方命)で、由緒に「阿波忌部族が第15代応神天皇の朝石見の山守部となった時に勧請」と書かれている。
瓊々杵命(ににぎのみこと)が高天原から伊津面(出雲)へ天孫降臨した時に先導したのが、久米部の祖・天久米命(天津久米命、あめのつくめのみこと)と大伴氏の祖・天忍日命(あめのおしひのみこと)。
伊勢神宮「豊受皇太神(宮)御鎮座本記」に、「天村雲命 伊勢大神主上祖也。神皇産霊神六世之孫也。阿波國麻植郡座 忌部神社、天村雲神社、二座是也」と書かれている。
ところで先日1月18日付・毎日新聞で、卑弥呼の邪馬臺国(やまと国)の存在した時期から大和王権が成立する時期に朱の入手先が変わった事から、朱の産地の推定がその頃の様相を探る手掛かりになりそうであるという記事が掲載されていた。
本ブログ過去の関連記事
・2012/11/25付:「古事記・天孫降臨、イザヤ・ナギード(イザナギ)」
・2013/05/07付:「日本人のルーツを取り戻す(1)・・・著者の予見力・洞察力・情報収集力・「聖書」を根拠とする発想・・・「古代ユダヤは日本で復活する―剣山の封印が解かれ日本の時代が始まる」を読んで」
・2014/01/26 付:「679年の『吉野宮の会盟』により、大和朝廷発祥地・阿波の隠蔽を行なった『大秘密政策』・・・『古代ユダヤと日本建国の秘密―消えた『ユダヤの秘宝』と四国・剣山の謎』を読んで」
・2014/01/26 付:「多くの中国史書を根拠に、その邪馬台国についての多くの『特徴』が四国山上の天然自然と一致・・・『邪馬台国の結論は四国山上説だ―ドキュメント・邪馬台国論争 』を読んで」
・2015/01/01付:「出雲系と天孫系の融合、そして皇族の聖書・創造主への回帰か、それともグローバル化・フリーメーソン」
・2015/03/22付:「阿波・徳島の邪馬台国と中国・河南省との古代ユダヤ人の繋がりを想う」
・2016/05/08付:「戦後米国的民主主義、経済至上主義により失われた日本の美と、阿波・祖谷・・・『美しき日本の残像』を読む」
・2016/10/16付:「皇胤としての生涯は天命である・・・天皇である事の根拠である血統に含まれる重大な意味、国体としての伝統・独自性と『男系男子』を守り続ける事の重要性」
・2017/01/30付:「徳島・阿波に存在した邪馬臺国(=やまと国、俗称:邪馬台国)は後に奈良・大和国へ移った・・・『一次資料』に忠実な古代史や近現代史の検証により真実が見えてくる。そして主キリストについての一次資料は『聖書』」
・2015/11/29付:「精神的に自立した本当の大人は自分で勉強する・・・セックスを基準に大人と判断する世間の低レベル」
・2016/05/08付:「自ら考え学ぶ高い道徳感と真心から健全財政に戻す為の消費税導入を決心・・・『大平正芳の人と政治』を読む」
参考・関連文献
・ウィキペディア「天之御中主神」
・2017年1月18日付・毎日新聞:「歴史の鍵穴 朱の入手先 大和王権の成立が画期=専門編集委員・佐々木泰造」
・「邪馬台国の結論は四国山上説だ―ドキュメント・邪馬台国論争 」(著者:大杉博氏、出版社:たま出版、出版日:1993/9/10)
・「古代ユダヤと日本建国の秘密―消えた『ユダヤの秘宝』と四国・剣山の謎」(著者:大杉博氏、出版社:日本文芸社、出版日:2000/6/25)
・「古代ユダヤは日本で復活する―剣山の封印が解かれ日本の時代が始まる」 (著者:宇野正美氏、出版社:日本文芸社、出版日:1994/11/25)
上図:出典:大杉博著「四国は死国にされていた」
(経由:宇野正美著「古代ユダヤは日本で復活する 剣山の封印が解かれ日本の時代が始まる」)
・・・クリックにて拡大
参考動画
YouTube: 中国史から阿波古代史を読み解く!「出雲が解ると?阿南は帝都だった」邪馬壹国(やまと国)研究会 会長 土佐野治茂氏 第4回出雲フェスティバル
YouTube: 講話:失われた倭國 邪馬臺國研究会 土佐野 治茂氏
YouTube: 阿波古事記研究会 土佐野 治茂
YouTube: 卑弥呼の朱 講師 土佐野 治茂氏
YouTube: 出雲の神々 三村 隆範
YouTube: 阿波にいる「古事記に書かれる出雲の神々 阿波古事記研究会 副会長 三村隆範
YouTube: 『天照大御神は阿南で生まれた』阿波古事記研究会 副会長三村 隆範様
YouTube: 『古代阿波には、二つの祭祀族が存在した』 宮本 雅司氏
九州など四国以外の各地でも講演会を開かれ、YouTubeにアップされている動画でのその模様が紹介されているものを拝見し、その他にも著作を出されてもいる、阿波古事記研究会副会長・三村隆範氏や、邪馬臺国研究会会長・土佐野治茂氏は、各講演会での前置きの話としてされている、物事の捉え方や考え方、判断の仕方等に私は共感している。そして本題の内容も、古代支那(中国)の文献や日本の古事記等の「一次資料」に書いてある通りに忠実に捉えて解釈している事から、矛盾がなく、辻褄が合っており、私は納得している。
他にも、倭国(いのくに)研究会代表・大杉博氏の著書も読んだが、同様に>古代支那の文献を「一次資料」として検証に用い、同じく書いてある通りに捉え判断されている結果は大いに納得させられる。
古事記で天地開闢(てんちかいびゃく:天地に代表される世界が初めて生まれたとき)の際に高天原に最初に出現した神である天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)の名の意味は、全ての人や自然の中には主(ぬし)が宿るということ。
私が思う事として、此の事は、父と子と聖霊の三位一体であり唯一神である創造主が聖霊の格で、特に主(しゅ)であるヤハウェへの信仰を持つキリスト者である全ての人の心の中に存在する事と共通している事である。
また実際、天之御中主神に続いて現れた高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、神産巣日神(かみむすびのかみ)と共に造化三神とされ、造化三神が天孫降臨以前の万物の創造が成されたと、当時禁書であったキリスト教関連書籍を読んで影響を受けた平田篤胤(江戸時代後期の国学者・神道家・思想家・医者)によって位置付けられた。(参考文献:ウィキペディア「天之御中主神」)
卑弥呼の後を継いだ臺與(とよ)と同じく、「臺」を「と」と読んで「邪馬臺国」(やまと国)であり、「邪馬臺国」(邪馬台国)は阿波から奈良に遷都した。
「葦原中国」(いのはらのなかのくに (なかつくに))は伊国(いのくに)の玄関である伊津面(いずも:出雲)であり長国(ながのくに)である。現在、徳島県に那賀郡(なが郡)が存在するが、旧那賀郡は現在の阿南市、那賀郡、海部郡を含んでいた。那賀=長=中である。
金印「漢委奴国王印」(かんのいのなの国王、かんのいのながの国王)。
古事記で淡路島の次に創られた伊予の二名島(いよのふたなじま)。予国(よのくに)は西側・愛媛、伊国(いのくに)が東側・徳島(阿波)。
北に粟国(あわのくに)、南に長国(ながのくに)。
阿波の忌部神社と天村雲神社から伊勢神宮へ遷宮した。伊勢神宮の神主を代々務める度会(わたらい)氏。
天皇が即位の礼の後に初めて行う新嘗祭である大嘗祭に、大麻で作られる麁服(あらたえ)が、先祖代々、徳島・木屋平の忌部氏の末裔である三木家が献上している。
邪馬臺国(やまと国)の存在した2~3世紀頃、朱の産地は徳島県阿南市に全国でただ1ヶ所しか確認されていない弥生時代の丹(辰砂、朱(硫化水銀))の採掘跡である若杉山遺跡が存在し、同時に阿波の美しい青石は有名である。邪馬臺国の在る倭(い)の地には青い玉と丹(丹砂)が在ると古代支那の文献に記されている。
徳島県鳴門市の大麻山南麓の萩原墳墓群の内の2号墳が、国内最古の積石墳丘墓であり、奈良のホケノ山古墳の原型である。
徳島県徳島市国府町矢野神山にある天石門別八倉比賣神社の祭神は天照大神で卑弥呼の事である。
名方郡(なかたのこおり)には大1座の天石門別八倉比賣神社の他に延喜式内社が9座存在している。寛平8年(896年)に名東郡と名西郡に分割された。
長国である伊津面(出雲)の大国主命の次男・建御名方命(たけみなかたのみこと)。兄(大国主命の長男)は事代主命(ことしろぬしのみこと、エビス)、妹は下照比売(したてるひめ)。3人は異母兄弟妹。
天岩戸別神社は、旧・名方郡の名東郡佐那河内村上字牛子屋に存在。佐那河内は佐那県(さなのあがた)。
石見国那賀郡(島根県浜田市)鎮座の大祭天石門彦神社は、主祭神は天岩戸を開けた手力男命(たぢからをのみこと、配祀神は建御名方命)で、由緒に「阿波忌部族が第15代応神天皇の朝石見の山守部となった時に勧請」と書かれている。
瓊々杵命(ににぎのみこと)が高天原から伊津面(出雲)へ天孫降臨した時に先導したのが、久米部の祖・天久米命(天津久米命、あめのつくめのみこと)と大伴氏の祖・天忍日命(あめのおしひのみこと)。
伊勢神宮「豊受皇太神(宮)御鎮座本記」に、「天村雲命 伊勢大神主上祖也。神皇産霊神六世之孫也。阿波國麻植郡座 忌部神社、天村雲神社、二座是也」と書かれている。
ところで先日1月18日付・毎日新聞で、卑弥呼の邪馬臺国(やまと国)の存在した時期から大和王権が成立する時期に朱の入手先が変わった事から、朱の産地の推定がその頃の様相を探る手掛かりになりそうであるという記事が掲載されていた。
本ブログ過去の関連記事
・2012/11/25付:「古事記・天孫降臨、イザヤ・ナギード(イザナギ)」
・2013/05/07付:「日本人のルーツを取り戻す(1)・・・著者の予見力・洞察力・情報収集力・「聖書」を根拠とする発想・・・「古代ユダヤは日本で復活する―剣山の封印が解かれ日本の時代が始まる」を読んで」
・2014/01/26 付:「679年の『吉野宮の会盟』により、大和朝廷発祥地・阿波の隠蔽を行なった『大秘密政策』・・・『古代ユダヤと日本建国の秘密―消えた『ユダヤの秘宝』と四国・剣山の謎』を読んで」
・2014/01/26 付:「多くの中国史書を根拠に、その邪馬台国についての多くの『特徴』が四国山上の天然自然と一致・・・『邪馬台国の結論は四国山上説だ―ドキュメント・邪馬台国論争 』を読んで」
・2015/01/01付:「出雲系と天孫系の融合、そして皇族の聖書・創造主への回帰か、それともグローバル化・フリーメーソン」
・2015/03/22付:「阿波・徳島の邪馬台国と中国・河南省との古代ユダヤ人の繋がりを想う」
・2016/05/08付:「戦後米国的民主主義、経済至上主義により失われた日本の美と、阿波・祖谷・・・『美しき日本の残像』を読む」
・2016/10/16付:「皇胤としての生涯は天命である・・・天皇である事の根拠である血統に含まれる重大な意味、国体としての伝統・独自性と『男系男子』を守り続ける事の重要性」
・2017/01/30付:「徳島・阿波に存在した邪馬臺国(=やまと国、俗称:邪馬台国)は後に奈良・大和国へ移った・・・『一次資料』に忠実な古代史や近現代史の検証により真実が見えてくる。そして主キリストについての一次資料は『聖書』」
・2015/11/29付:「精神的に自立した本当の大人は自分で勉強する・・・セックスを基準に大人と判断する世間の低レベル」
・2016/05/08付:「自ら考え学ぶ高い道徳感と真心から健全財政に戻す為の消費税導入を決心・・・『大平正芳の人と政治』を読む」
参考・関連文献
・ウィキペディア「天之御中主神」
・2017年1月18日付・毎日新聞:「歴史の鍵穴 朱の入手先 大和王権の成立が画期=専門編集委員・佐々木泰造」
・「邪馬台国の結論は四国山上説だ―ドキュメント・邪馬台国論争 」(著者:大杉博氏、出版社:たま出版、出版日:1993/9/10)
・「古代ユダヤと日本建国の秘密―消えた『ユダヤの秘宝』と四国・剣山の謎」(著者:大杉博氏、出版社:日本文芸社、出版日:2000/6/25)
・「古代ユダヤは日本で復活する―剣山の封印が解かれ日本の時代が始まる」 (著者:宇野正美氏、出版社:日本文芸社、出版日:1994/11/25)
上図:出典:大杉博著「四国は死国にされていた」
(経由:宇野正美著「古代ユダヤは日本で復活する 剣山の封印が解かれ日本の時代が始まる」)
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参考動画
YouTube: 中国史から阿波古代史を読み解く!「出雲が解ると?阿南は帝都だった」邪馬壹国(やまと国)研究会 会長 土佐野治茂氏 第4回出雲フェスティバル
YouTube: 講話:失われた倭國 邪馬臺國研究会 土佐野 治茂氏
YouTube: 阿波古事記研究会 土佐野 治茂
YouTube: 卑弥呼の朱 講師 土佐野 治茂氏
YouTube: 出雲の神々 三村 隆範
YouTube: 阿波にいる「古事記に書かれる出雲の神々 阿波古事記研究会 副会長 三村隆範
YouTube: 『天照大御神は阿南で生まれた』阿波古事記研究会 副会長三村 隆範様
YouTube: 『古代阿波には、二つの祭祀族が存在した』 宮本 雅司氏
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