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たまにはこんなことを考えてみたくなる

2015-03-13 20:16:44 | アジア情勢複雑怪奇

世の中殺伐としたことばっかりだけど、3月11日の14時46分、サイレンが鳴った瞬間私は無意識のうちに手をあわせて、そうして覚えず涙をこぼしていた。

それから2日して今日ロシアのRTを見ていてたら、今日の一枚という写真が下の天皇陛下、皇后陛下のお写真だった。このセンス、いいなぁと私は思うのだった。

Japan remembers victims of 2011 earthquake & tsunami
http://rt.com/in-vision/japan-anniversary-tsunami/tsunami-national-march-11/

 

やっぱりロシア人は総体としてみれば、「祈る」という衝動がわかる、今も変わらず胸の中に存在する人たちなのよね、と私は思う。


で、西方ローマ教会を中心とした the West というのはやっぱり祈りを忘れさせる、無とするムーブメントなんだろうと私は思うわけですよ。要するに唯物論なわけね。どうしてそうなるのかというと、the Westというのは土着性を完全否定するお宗旨だからだと思うわけです。啓典、文言に高い価値が置かれるのも、土着性を顧みないからであって、文言は持ち運びが可能だから猶更場所性の喪失が加速されていったのだろうとも思う。

といって私は別にthe West というお宗旨を完全否定しているわけではない。そんなことは無謀なことだ。私たちは好むと好まざるとにかかわらずこのムーブメントの上に存在し、「魔術」を脱却し、王権神授説を排除した地平に安寧を得ているのも本当だ。

しかし、多分、ものごとなんでもバランスが重要で、個別の事情を個別のタイムフレーム内で個別の人々が納得するように変化していくことが一番いいんだろうと思う。

2011年3月11日は、私たちはどんな場所に住んでいるのかを改めて思い出させられる事件だったと思う。

 

■ 祈りとアート

そういうことを考えて来ると、この動画を思い出す。震災で日本がフィギュアスケート世界選手権を開催できず急遽モスクワが代替地となって開催してくれた時の動画。

【KSM】フィギュアスケート世界選手権2011 日本人が知らないロシアの好意。 Спасибо, Россия

 

この動画にある部分が日本の地上波で流されなかったので、それを遺憾とされた方がアップしてくださって口込みで現在24万ビューまでいっているもの。私も当時は知らず去年の初めごろ偶然見たのだけど、涙と感謝で心がぐしゃぐしゃになった。

で、こういう真心を日本人に伝えなかったフジテレビはけしからんとネット上で騒がれている。だけど、この開会式はあまりに良すぎて放映できなかったという政治判断も分からなくはないよなぁとか思う。

プーチンの手短なスピーチも素晴らしいし、ロシアのスケート連盟からのメッセージも出色の出来。

地球がいたみでうめき声を発した
自然の強さに全世界がショックをうけ
あらゆるものを水は深海に流した

しかし 何があっても太陽は東から昇る
地震と津波は光には勝てない

という下りで心を射止められ、

桜が咲く公園はたくさんあることを
白樺が咲く公園はたくさんあることを
鳥が春の歌を歌えることを(神に祈る)

という連に至っては私はきっと生きている限り3月11日が来るたび思い出すだろう、とか思うぐらい心を揺さぶられている。スケート連盟じゃなくて詩人連盟から来たんじゃないのかと言いたいものがある。

(スケート連盟からのメッセージを翻訳したものとして、「祈る」で受けている部分は、we all know God gives usみたいな、どうであっても神様は私たちにそれらの善きものを授けてくださっていることを私たちは疑ってない、というニュアンスだろうと思う。)

なんというか、真心で日本と日本人を応援する、というモチベーションをこんなに見事に実施してしまうロシアの芸術性の高さが凄すぎる。だから、もしこれが地上波のゴールデンタイムで放映されていたら、せっかく営々と築いた反ロシア感情が一気に軟化してしまうじゃないか、という政治判断があったとしても、それはそれで仕方ないような気がする。(私は悪い人だわ。)

「祈る」という衝動は、慣れ親しんだ自然への畏怖、運命の甘受といったものと同質なんだろうと思う。つまり、徹底的に the West と反りが合わない(このへんで考えてた通り;西側という宗教 (2))。しかし、ロシアも日本も別々の進行スケジュールで既に己にとっての異物でありながら、しかし不可逆的なthe Westという宗旨に染まってはいるし、それを全面的に否定していいこともない。それは頭ではわかっている。が、時々無くしてしまった手足が痛むように、本当はこうではなかったはずの自分の身体を思い出す、といった具合に心が痛む。ロシアと日本はそのバイブレーションが結構合うんだろうと思う。だから、一方が本気で伝えようとすると他方はより深く心を揺さぶられるという関係なのだろう。

愛し合わず、反目しあいながらも尚分かり合えると思える、そういう友人関係になればいいと思う。

 


マックス・ヴェーバー入門 (岩波新書)
山之内 靖
岩波書店

 


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