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高倉健さん亡くなる

2014-11-19 00:33:15 | 参考資料-昭和(後期)

 

健さんが亡くなられた。

もうとっくに平成も20年以上過ぎているのにそういうのもなんだけど、ああこれで本当に昭和が終わってしまったみたいな気がした。

長くスターだったので、幅広い年齢層で誰でも知っていて、誰もがそれぞれの思い出を持っている映画スターさんだったなぁと改めて思う。

映画界、広がる悲しみ 「最後のスター」高倉健さん逝く
http://www.asahi.com/articles/ASGCL4RGYGCLUCLV009.html?iref=com_alist_6_04

まさにそういう感じ。私はいわゆるやくざ映画時代や網走シリーズの頃はまったく実体験できない、健さんの活躍の後半からしか一緒じゃない世代なので、健さんと日本というか健さんと時代みたいなことは総括できない。しかし、子どもながらに、あるいは少女ながらに、何かものすごい情熱を傾けて高倉健という俳優さんを語る人が世の中には多数いるということは知っていた。

日本中が、背中で泣いています 高倉健さんを悼む
http://www.asahi.com/articles/ASGCL5HPDGCLUCLV00M.html?iref=reca

このタイトルで「はっ」とする世代というものがあって、その人たちはだいたい団塊の世代のあたりなんだと思うけど、私が気が付いた時には既に私には理解不能ななにか塊として存在していて、男は寡黙でなければならず、男は背中で泣くものだといったことを健さんのイメージと共に熱く語るのだった。

上の記事の中でイラストレーターの横尾忠則はこんなことを言っている。

もともとは、僕が健さんのファンでした。1960年代、夜の新宿の映画館で「昭和残俠伝」などのやくざ映画を見ると、周りも似たような連中ばかりで、客席とスクリーンが一体になる。そこに、「背中(せな)で泣いてる 唐獅子牡丹(ぼたん)」という主題歌が響く。あの感じは、健さんの映画にしかなかった。

 秘めた力を押し殺していた健さんが、突然感情を爆発させて長ドスぬいて殴り込んで行く。義理と人情、かつての昭和の日本人を背負っていました。日本人が忘れかけていた情念のようなものなのに、近代を乗り越えようとする姿にも見えた。そこに「現代」を感じた。だから、全共闘の連中も感動して、健さんの映画を見て、ゲバ棒を振り上げていたのだと思う。

全共闘とやくざ映画の奇妙な同期性があるらしいというのは知っているが、私は実のところ今もよくわからない。

しかし、横尾さんのこの考察は、実のところ世代を超えて信じられていると思う。秘めた力を押し殺して、果てに突如感情を爆発させるのが日本人だ、という感じ。

しかし本当なのだろうか? 全共闘世代もその前の60年安保の人たちもよく議論していたではないか。そして、全然我慢なんかしてない。むしろ放縦さが目立った。説教はするし偉そうだし、なんて迷惑な人たちなんだと私は思ったものだった。それなのに、なんでスクリーンに描かれる我慢に我慢を重ねた寡黙な男を自分と重ね合わせられるのか。今もよくわからない。わからないのだが、こういう、私には認知の不調和としか思えない状態の人々が実際私の人生のすべての時間において、上の方に固まって存在しているのは知っている。それはしかし、健さんのせいではない。

■ 情 vs 理性

そういうわけで、私の人生にとっての健さんの映画は、認知的不協和の人々の「背中で泣いてる」的なイメージを押し付けられるのを避けるように、あまり語らず、黙して耽溺するアイテムになっていたような気がする。

私は、心の中で結構めそめそしている健さん、義理と人情とか情念というより実は非常に情にもろい、かなりナイーブなところさえある、脆さがあるからこそ心の中で迷って迷って、最終的に意志を固めて結構ぶっきらぼうに行動に移るというキャラクターの健さんが好きだ。そして、「黙して語らず」は自分のそのぶっきらぼう及びその結果に言い訳しないという意味で、実は最後に来るのだよ。わかるかね、団塊の人たちと言いたいものがある。

団塊の人たちへの苦情はともかく、こうやって並べて書いてみるに、健さん演じる男への憧憬というのは、つまりこういうことじゃないのか。とかく情がある、義理や情で動くと言われるその裏側は何かといえば、理性や合理性で動くこと。設定された人生の目標に対して合理的に行動する自分に対する何らかの罪悪感、気の済まなさの代償行為としての健さん体験、健さん憧憬、ということだったのではなかろうか。

 

■ 個人的に好きな映画

以下は、今思いついた私のベスト3.気がついたら全部1980年周辺だった。昭和五十五年あたり。

  • 動乱(1980年)

226事件の話。話自体の出来もいいけど、吉永小百合、桜田淳子という女優陣がとてもきれいでそこで+点が大きい。また、軍服を着せたら日本一の俳優ではないかと密かに思う永島敏行さんも出ていて、お得感満載。

動乱 [DVD]
高倉健,吉永小百合,米倉斉加年,桜田淳子,永島敏行
TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)


健さんの映画というより、倍賞千恵子、山田洋二監督による松竹映画という趣が色濃いにもほどがあるほど色濃いのだが、それにもかかわらずこれは良くできていると思う。人間ってみんな心があるもんなのだ、みんないい人なんだとラストで大泣きする映画。ハナ肇、鈴木瑞穂、武田鉄矢、みんないい。

あの頃映画 「遙かなる山の呼び声」 [DVD]
高倉健,倍賞千恵子,吉岡秀隆,武田鉄矢
松竹


  • 駅 STATION(1981年)

率直にいって健さんがとてもカッコいい。作り物でない何かジンワリとした体温が伝わるような中年の男の映画。八代亜紀の「舟唄」がとても上手に使われている。この歌といい風待食堂の桐子(倍賞千恵子)の風情といい、今にして思えばいずれ過ぎゆく昭和的なるものを温存したかのような映画だったように思う。いい、すごくいい。

駅 STATION [DVD]
倉本聰
東宝

 

スターバックス オリガミドリップコーヒー 3種 各2個セット(合計6個)
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