いやしかし、今朝の日経には驚かされた。
「もう堤防には頼れない」 国頼みの防災から転換を
https://r.nikkei.com/article/DGXMZO50958710T11C19A0MM8000?s=4
首都を含む多くの都県に「特別警報」が発令され、身近な河川が氾濫する事態を「自分の身に起きうること」と予期していた市民は、どれほどいただろうか。
近年、頻発する災害は行政が主導してきた防災対策の限界を示し、市民や企業に発想の転換を迫っている。
2011年の東日本大震災は津波で多数の死傷者を出し、防潮堤などハードに頼る対策の限界を見せつけた。
これを教訓に国や自治体は、注意報や警報を迅速に出して住民の命を守る「ソフト防災」を強めた。
しかし18年の西日本豪雨でその限界も露呈した。気象庁は「命を守る行動を」と呼び掛けたが、逃げ遅れる住民が多かった。
堤防の増強が議論になるだろうが、公共工事の安易な積み増しは慎むべきだ。
台風の強大化や豪雨の頻発は地球温暖化との関連が疑われ、堤防をかさ上げしても水害を防げる保証はない。
人口減少が続くなか、費用対効果の面でも疑問が多い。
急流河川と共に暮らす日本人が堤防に頼らないと、どうなるんでしょうか?
頼るといったってそりゃ限度があることは、長い間の歴史で各地方、各地方でそれはそれなりに暗黙の了解を持ちながらやっているというのが実像。
そして、巨大津波というのは相当に特別。
それと毎年必ず来る豪雨(台風由来だろうが)を一緒にするというのは、まったくナンセンス。
なんでこんなことを言い出したのかというと、これでしょう。
堤防の増強が議論になるだろうが、公共工事の安易な積み増しは慎むべきだ。
日本国内のインフラに金を使われたらかなわん!!
今回の台風被害は、首都圏だけだとそんなでもないけど、実は北陸、東北なんかの被害を見ていると道路、水道などで被害を出してる。これはお金が必要。だから、そんな田舎に金なんか使われたらかなわん!ってことでは?
日本の金は、まったく根拠もなにもない地球温暖化を名目としたプロジェクト、例えば新しいタイプの原子炉だの、再生エネルギーのなんかの開発、宇宙開発等々に金を使わせる必要があるからだ、ってところ?
台風の強大化や豪雨の頻発は地球温暖化との関連が疑われ、堤防をかさ上げしても水害を防げる保証はない。
これはもう、言いも言ったりといった趣。仮に地球温暖化と関連して、現在が温暖化して、台風が今後大きくなる傾向があったとして、そこから対策するのは無理だ、無駄だ、って言ってるってことは、そのまま死ね、流れに身を任せろって言ってるわけでしょ? 凄いね、これ。
もう、日本に投資させるな、日本は捨て置け、多くの日本人がどうなろうといいだろう、金持ちだけ「自助努力」で生きたらいいんだから、って発想だね。
しかしまぁ、この人たちの目標を暴露したも同然って感じではあるわけですよ。
つまり、治水灌漑やら民生、社会福祉なんかに企業利益を使わせたら、企業利益を運び出せないだろ!ということもまず心配。
法人税下げさせる都合はどうするんだよ、と。
資本主義って結局はグローバルに進行するわけね。1つの会社が販路を求めて、海外で売れました、喜ばれます、となったら出ていくでしょ?企業の側からも外に出る。
そこでグローバル化する。では、と、その企業機構が、上場形式となって、その株主の国籍が問われなくなる。実は名前もよくわからない人たちがファンド単位で買う。
となると、この人たちにとって、その1つの会社の利益が、どこか特定の国や国民のために使われるなんて、とんでもない!、株主にとっては損だ!!となる。
そこで推進されるのが、法人税を可能な限り下げて、消費税でやればいいんでないの、といった、そこに住まいする奴だけが払えばいいってな発想。あとは目的税で、これも個人ベースでかけていく。
こういうふうに考えてみると域外の株主にとって合理的でしょ?
もちろん、この仕組みをそのままにすると従来の国民生活は成り立たない。
そこで、やっぱり社会を考えるべきだろう、みたいになる傾向がこの不安の中に胚胎されている。
だからこそ、そこを潰さないとならない。そこで社会を分断させるためのヘイトのまき散らしが奨励される。そんな奴ら助けても無駄だ、みたいな。
といったところで頑張ってるんだろうが、そういう仕組みの御大将のアメリカは、インフラが古くなりすぎてもはやここで手を打たんとスーパーパワーとか言っておられへん、というところまで来た。
その上、馬鹿にしくさってるロシアや中国が着々と力をつけ、ミサイル絡みを含む軍事技術、通信技術などアメリカを抜いてる。(ちなみに原発がらみでも実はアメリカの側に問題がある)
両方を自分で追うことはできない。どうしたらいいだろう。そうだ、アメリカはまずインフラで、日本には科学技術と銘打って開発させよう、どうせ奴らのものは俺のものだ、と発想しているのではないのか。
これこれ。
環境技術研究に30兆円=安倍首相
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019100901038&g=eco
だけど日本はリベラルが馬鹿揃いなので、どういう枠組みでこんなことになってるのかにまったく見当も付けられず、まず日本に投資させろ、という発想には多分ならないのではなかろうか?
そうだ自民党の公共事業がダメなのだ~とかで突き動かされそう。
(※ネトウヨや安倍様ウヨが賢いわけではないので念のため)
■ ナチリベラルよりは一般人の方が賢い
で、twitterを見たら、こう書かれていた方がいらっしゃった。
ryot @ryot1204
https://twitter.com/ryot1204/status/1183520152035287040
それは国家レベルじゃなくても、戦国大名だって同じ。インフラ整備してくれなけりゃ農民は逃散し、商工業者も他所へ移ってしまう。
江戸はその逆で、家康周辺が投資をして大きくしていった。しかも基本が農本主義だからごく初期以外は各地の農民は土地にいろ、町に出てくるなといったスタイルが主流。これを奴隷的だといえばそうであると一応は言える。が、それにしたがって日本中でそれぞれのインフラが構築され、それぞれに産業が振興されることとなったのもホント。江戸集中だったら全部後背地になるはずだがそうはなってない。
江戸と治水事業を思い起こす
(ただし、江戸と家康については、NHKなどがテレビ的に語る「関東には何もなかった」ってのは間違いで、ず~っと地場の土豪やら中央軍事貴族の末裔で土着化した諸部族が争いに争っていた場所なので、それはそれなりに人はいたし、商業も秩序はあった。そもそも、毛の国というものがあってだなというあたりももっと追及したいところだがそれはそれ。)
こういう話まで引き戻してものを考える必要があると思うな。
いやしかし、日経には恐れ入った。国民という立場も人としての立場も捨ててるなって感じ。
まぁ土砂災害で泣いてる人が多数いる中でラグビーやっても全然平気なお国柄になってるわけだからならぁ。もうダメかもしれない。
■ オマケ
オマケだが、カナダチームだかが被災地で手伝いをしたってのがニュースになってたけど、彼らは死者が多数出るような、そこら中でインフラの故障が生じることが容易に予想される被災地で不要不急のスポーツ、つまり娯楽をすることが「いたたまれない」からお手伝いしたんじゃないの?
こんな時にラグビーなんかやっていいのか???って思ったからやったんだと思うよ。そのぐらい分別あるでしょう。それを感謝で受けて、喜んで、あろうことかまだ人が埋まってて救助作業が続く中に「勇気」を与えるだのへちまだのと述べちゃう日本人って、なんという軽薄な人たちだろうと私は思った。
decentな人間がするべき振る舞いは、まずは悲しみの表明ではないのか?
■ オマケ2
2019年10月14日正午現在
台風19号 40人死亡 16人行方不明 189人けが
2019年10月14日 12時55分
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191012/k10012125761000.html?utm_int=all_side_ranking-social_001
2019年10月14日20時51分
※この2日見てるけど行方不明が減って死者が増えてるんじゃなくて、死者が増え行方不明もほぼ同数といった感じなので、そこからわかることはまだ全貌が見えていない地域があるということ。
これも増えてる。朝方は12河川ぐらいだった気がする。少ないなと思ってみてた。
2019年10月14日 19時47分
2019年10月15日 12時09分
甚大な被害 台風19号 66人死亡47河川で決壊 全容は不明
※発災3日目。亡くなった人も河川も増えてる。
▽福島県で25人、
▽神奈川県で13人、
▽宮城県で10人、…
と、福島県が多いのにここまでテレビ報道が少ないのは、原発が絡んだ発言が出ることを防止しているということだろうか? 「原発であんなで、またこれ」みたいなことを言う人が露出するのがイヤだとか?
2019年10月16日 4時27分
甚大な被害 台風19号 74人死亡 52河川で決壊 全容は不明
死亡したのは▽福島県で27人、▽神奈川県で14人、▽宮城県で14人、▽栃木県と群馬県でそれぞれ4人、▽長野県で3人、▽埼玉県、岩手県、茨城県でそれぞれ2人、▽静岡県と千葉県でそれぞれ1人です。
そうだと思います。そして復興できない人たちをダメな人であると認識することで安堵を得るタイプの人たちを大量に作るのが彼らのやり口でしょう。
決してどうやったらみんなで共存できるのか、などとは考えさせない。取り分が減るから。
地震、台風の被災地、特に高齢者世帯ばかりの地方で、ボランティアの力はなくてはならないものだろうと思う。馳せ参じるボランティアの方々の善意には本当に頭が下がる。
だけど、ボランティアって国や地方自治体にとっては、報酬を払わなくてよい労働力。メディアがボランティアの活躍を美談のように報じる度に、国や地方自治体がこれ幸いに何もしなくなるのではないかと危惧する。国民は自分たちで何とかせいと。
ご懸念、私も共有します。言われなくたって自ら助け合ってきたところに、ボランティアを無料奉仕と読ませて何にでも適用しようとしているのが現在のレジームの方向ですね。
タダ働きさせて、緊縮財政にして、利益は外に出す、これがスローガン。
これだと国の役割って何?と考え出す人が出てくるので、始終「仮想敵国」を作って煽る。
それをみんなで支持しているんだから、私らアホですわ。
大被害だったと解るまで時間がかかったが、理由は、現場の市町村職員の絶対数が足らない。
20年ほど前には150万人台の市町村の公務員が毎年1万人ずつ削減され130万人台になっている。平時なら何とかしのげるが、余裕が無いので災害時では身動きできない。今の地方の自治体は崩壊状態なのです。
公務員半減のスローガンと同じ時期に、マスコミで喧伝されたのが、その代わりとしてのボランティア。
具体的には1995年の阪神大震災で市役所や警察、消防などが崩壊した時に、このボランティアなる言葉が大流行したのですから怖ろしい。
しかも、本来の『自主的に志願』の意味では無くて、何とも恐ろしい、『ただ働き』だった。
本来、資本主義の社会では、労働には正統な賃金を払うことが大原則。ただ働きなど、最も忌むべき行為ですよ。あるいはキリスト教のチャリティ(慈善)である。
ただし、個人主義の欧米とは大違いで、我が日本国では大昔から共同体の公共事業は全員が行う伝統があったらしいのですよ。
土木工事や家の棟上げのことを普請というが、普請(ふしん)とは、普く(あまねく)請う(こう)とも読み広く平等に奉仕するとの仏教用語。
転じて、広く土木や建築一般も言うようになるが、個人の家の棟上げなども葬式や結婚式、消防などが自治組織が行っていたのが江戸時代。自給自足の封建制と関係していた。
ところが阪神大震災以降、その150年前の江戸時代が一部復活しているのですよ。
何とも恐ろしい話ですが、労働者の前衛を標榜する共産党が、何んと驚くことに、阪神大震災以降なにかといえばボランティアを言い出した。まさに自殺行為で、左翼がボランティア(無償労働)などを推進するなど有り得ない展開。
日本全体の病的な右傾化の影響で、左翼までが右傾化して穏健保守に変化しているのです。