この間から言われていたジョン・ミアシャイマー氏のウクライナ問題についての論文が、フォーリンアフェアーズ誌に出ていた。
Why the Ukraine Crisis Is the West’s Fault
The Liberal Delusions That Provoked Putin
By John J. Mearsheimer
From our September/October 2014 Issue
http://www.foreignaffairs.com/articles/141769/john-j-mearsheimer/why-the-ukraine-crisis-is-the-wests-fault
内容はタイトルが既に示している。「ウクライナ危機が西側の過失である理由」
3月中旬にニューヨークタイムス紙に出していたロジックと基本的に一緒。問題はNATOの東方拡大であって、これでロシアを刺激し続けていたことが基本の問題、2月のキエフでのクーデーターはその直近の問題にすぎない、ということ。
この線は、ご自身がRTに出演してご自分の口からも語っていた。
ミアシャイマー氏、コーエン氏、ロシア・トゥデイに出演
その意味では何も新しくないのだが、アメリカを代表する国際政治の専門家である氏の論考がフォーリン・アフェアーズに掲載されているという点で内容以上にバリューは大きい。
■ 「ウクライナ危機が西側の誤りである理由」の導入部分試訳
導入部にあるサマリー部分をざっと訳してみるとこんな感じ。
----------------------------
最近優勢な西側の説によれば、ウクライナ問題はほとんど完全にロシアの侵略性にあるらしい。ロシアはソ連帝国の再興という長く抱えた欲望からクリミアを併合して、最終的には残りのウクライナを取るかもしれないし、あわよくば東欧諸国にも及ぶかもしれない、と。その視点からすれば、2014年2月のヤヌコビッチ大統領の追放はプーチンにとって単なる口実を与えてくれただけとなる。
しかし、この説明は間違っている。この危機に対する大部分の責任を負っているのは米国とその欧州の同盟国たちだ。この問題の主因はNATOの拡大であり、この拡大はウクライナをロシアの影響圏から離して西側に統合しようという大きな戦略の中心を為す。
EUの東方拡大および西側によるウクライナにおける親民主化運動支援というのも同様に一因だ。この親民主化運動支援から2004年のオレンジ革命がもたらされたが、これも非常に重要だ。
1990年代半ばからロシアのリーダーたちはNATOの拡大に断固反対しており、近年では同国にとって戦略的に重要な隣国が西側の拠点となる動きに対し、見過ごさないことを明言してきた。
プーチンにしてみれば、民主的な選挙で選ばれ、親ロシア的でもあるウクライナの大統領が不法に倒されたこと-彼はこれを正しくも「クー」と読んだ-で限界を超えた。プーチンはクリミアを取ることで対応した。プーチンが恐れたのはクリミアがNATOの海軍基地になることだった。その後、ウクライナが西側に加わる試みを止めるまで同国を不安定化させている。
プーチンの押し返しはまったく驚くべきことではなかった。結局のところ西側はロシアの裏庭に入っていって、ロシアの中核利益を脅かした。プーチンはこれを断固、何度も繰り返して主張している。
米国と欧州のエリートたちは、この出来事によって不意をつかれた。なぜそうなるのかといえば、彼らは国際政治についての欠点のある見方を承認しているからに他ならない。彼らは、リアリズムのロジックは21世紀には殆ど関係なく、欧州は法の支配や経済的な相互依存、民主主義といったリベラル原則に基づき完全で自由なままいられると信じている傾向がある。
しかし、このグランドスキームは、ウクライナで不首尾に終わった。ウクライナで起った危機が示していることは、リアルポリテイック(現実政策)は今でも関係があり、これを無視した国は自分で危機を招くことになるということだ。米国と欧州の指導者たちはウクライナをロシアの国境上における西側の砦にしようとしてヘマをした。結果が露わになっている以上、この出来損ないの政策を継続することはさらに大きな誤りとなるだろう。
----------------------
このサマリーの最後にあるように、ミアシャイマー氏は今回のウクライナ危機に対する米国およびその同盟国のやり方は大失敗だと結論する。そして、結論部ではだからこの路線を止めろという。
結論としては、ウクライナをNATO加盟国ではない、西側とロシアの中間にある中立の緩衝国にすべし、というもの。それは冷戦時代のオーストリアのようなものだ、と。
この結論は思えば、キッシンジャーも同じだったし、一説によればブレジンスキーもそうだと言っているという(この人はしかし逆の立場が本当だという説も根強いが)。
ウクライナ危機をどうやって終わらせるのか/キッシンジャー
また、そうであればこそ当然に、ジョージ・ケナンが、NATO東方拡大に強烈に反対していたという点にも触れられている。
ウクライナ動乱:NATO東方拡大問題(1)
■ なぜ今なのか
そういうわけで、ミアシャイマー氏の見解はこの半年の間に、主流メディアのプロパガンダ用記事ではないところでそれなりに語られてきたものを総括したようなものだと言うこともできる。
ではしかし、なぜ今なのか?
まぁ、マレーシア航空機問題に沈黙しているアメリカ政府を見ても、ウクライナの債務危機は当然のことながら今もってデフォルト寸前だわ、という状況から鑑みても、アメリカの現政権に対してそろそろ出口戦略考えるべきだろ、とアメリカのエスタブリッシュメント層が考えている、ということじゃないかと思う。
エスタブリッシュメント層、エリート層とか言ったって実際誰だかしらないわけだけど、いるでしょう、そりゃ。で、アメリカの国際政治は、そういう影のエリートだか大金持ちだかがごしょごしょ考えたものを、代理人たる大統領および議員たちが執行する、というのが基本スタイルだと思う。
そしてこういう学者さんとか、キッシンジャーとかブレジンスキーみたいな人なんかはそのアドバイザーとして諸々調整する機能を担う。
で、このエリート層は、明らかに「ネオコン+民主介入主義者」の集団とは一線を画している。このエリート層または古いアメリカ層は、一般に、レーガン政権の時に共和党に入り込んだ、それまで民主党で雌伏していたトロキスト軍団(これがネオコン)に押しやられたと考えられている。ブッシュ父、ベイカー、といった人以前の共和党系の人はおおざっぱにいえばネオコン&愉快な仲間たちに負けたわけですね。
そういう背景事情を想起しながら読むとこの論文の中にもポツラポツラ、「ネオコン+民主介入主義者」をあてこすったところもあるし、彼らエリート層はネオコン他のはっきり言って見境のない勢力を排除したいという動機を旺盛に持っていると思う。このままじゃアメリカが「キ」になる、とそりゃまぁ思うわけですよ。
■ その他諸々:ロシアを敵にすることの無意味さ
日本または日本政府にとって重要なのはこのへんかな。
ミアシャイマー氏は、ロシアを敵にするというのは米国の利益になっていないんだという説得をしていて、その理由は、まとめていえば、まず第一にロシアは衰えていくパワーなんだから心配するな、と、第二に、アフガニスタンでもイランでもシリアでも、みんなロシアの協力がなければ米国は動けないでしょ、と。その上で、「米国は勃興するチャイナを封じこめるためにいつの日かロシアの支援を必要とする」という。
ここらへんは、共和党系のリアリストの統一見解でしょうね。
あと、なかなか見えない勢力だけど、軍事をよく見ているアメリカ国民はロシアの軍事を高く買っているので、同じことをよく言っている。アフガニスタンあたりの経験から、ロシアを味方にしたら、連絡すればあっちで完結してなんでもやってくれるし実際信頼できる結果を残してくれる、それなのにそこを敵にして、(言い方は悪いけど)ロシア周辺の小国を並べて味方にしたところで、みんな俺たちに依存している奴らばっかりなんだぞ、それのどこが良い戦略なんだ?というやつ。
蛇足だけど、だからこそ、私は「ネオコン&民主党介入主義者」と中共の一部は組んでいるんじゃないのか、との疑いをずっと持っている。
■ その他諸々:小国の権利と大国の権利
ウクライナ問題で、ウクライナは自分がどこの軍事同盟に入るかを決める権利がある、という意見が聞かれるけど、外交政策をこのように考えるのはウクライナにとって非常に危険な考えだとミアシャイマー氏はたしなめる。
実際問題、大国がパワープレーをしている時には小国には選択肢はない、と言い切り、キューバにソビエトと組む権利はあったのか? と畳みかける。
私としてはここは、カナダに上海軍事同盟のシニアパートナーになる選択肢はあるのか、とか、メキシコがロシアのミサイル基地を提供するという選択肢はあるのか、とか言ってほしかったけど、カナダだと生生しいのかなと思ってりもする。
また、小国がそうしたいと希望したとしても、大国にはそれを拒否する権利がある。一部ウクライナ人が夢に耽溺してやっている外交方針につられる必要はないともいう。
ウクライナは米国にとっても欧州にとっても中核的な戦略的利益ではない。それは米国も欧州も軍事力を使おうという気がなかったことがはしなくも証明しているだろう、というのも重要か。