傑作ミステリー『64』から六年、横山秀夫待望の新作『ノースライト』を読んだ。横山得意の警察ミステリーでは無かったが、私の好きな”蒸発もの”だった。
主人公青瀬は現在45歳。かつて大学の建築学科で同期だった岡嶋が所長を務める設計事務所の雇われ一級建築士。その彼がクライアント吉野から注文を受け、信濃追分に建築した住宅は、「Y邸」のイニシャルで大手出版社が刊行した『平成すまい200選』に載った。「Y邸」の評判は上々でその写真を見て、建築事務所にはそれと同じ家造りの注文が舞い込み始めていた。
信濃追分に建てた「木の家」は吉野から「すべてをお任せします。青瀬さん、あなた自身が住みたい家を建てて下さい」と依頼され、精魂込めて完成した木の家。浅間山を望む、北からの光、ノースライトを存分に取り込んでいた。「Y邸」が「吉野邸」となったその日、吉野夫妻は感無量といった表情で家を仰ぎ見て感激した。
しかし、その「吉野邸」に誰も住んでいないらしいとの情報から青瀬は信濃追分に車を走らせると、その家は無人だった。そこに越してきたはずの家族の姿はなく、電話機以外には家具は何も置かれれいなかった。ただ一つ、ブルーノ・タウトの造ったと思われる椅子を除いては。この吉野邸で何が起こったのか?一家はどこへ消えたのか?空虚な家になぜ一脚の椅子だけが残されていたのか?タウトの椅子を唯一の手掛かりに青瀬は行方不明となった、吉野一家を捜し始める、これが縦糸。
物語ではもう一つのストリーが展開する。S市が建設を予定している「藤宮春子メモワール」の指名業者の1社に岡嶋設計事務所が選ばれたのだ。最終的に、コンペでの勝利を得るためにはベストのプランニングを早急に制作しなければならない。事務所総力を挙げてのプランニング作りが開始された。その矢先、所長が指名を取る為の行為に不正があったのではとの取材の申し込みが新聞社から入る。コンペに勝ち抜けるのか?疑惑を持たれた岡嶋はどうなるのか。これが横糸。縦糸と横糸が交互に語られながら物語は進んでいく。
縦糸にも横糸にも驚くべきラストが待っていた。
失踪した家族は何処に消えたのか?その謎解きも面白かったが、建築家青瀬の過去から現在までの波乱万丈な人生描写が面白かった。木の温もりを求めた妻ゆかりとは離婚。娘日向子とはたまにしか会えない。バブル崩壊後職を失い、荒んだ生活をしていたところを大学同期の岡嶋に救われた・・・。丹念に描かれた青瀬の心理描写を興味深く読んだ。
今年で62歳、横山秀夫の円熟味が増したと感じられる作品だった。
今日の二葉:江戸川橋公園付近の、雨上がり後の緑
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