平野啓一郎の作品を初めて読んだ。読み出したら止まらない面白さで、読書の醍醐味を久し振りに味わった。
現在は宮崎県S市に住む里枝は、数年前2歳になる次男遼を脳腫瘍で失って、夫とも別れた過去があった。長男悠人を引き取って、14年ぶりに故郷に戻ってきた。母と共に文房具店を営む里枝の前に谷口大祐が姿を見せたのは里枝が帰郷した翌年の2月のことだった。彼の描くスケッブックの絵がきっかけ二人は親しくなり、里枝は大祐と再婚し、二人の間には女の子「花」も生まれ、幸せな日々を過ごしていた。
大祐は地元の伊東林産に就職し、社長が敬服するほどの生真面目さで働き続けていたが、ある日、伐採した杉の木の下敷きになって死亡した。一周忌を終えて実家に連絡すると兄恭一が駆けつけてきて、死亡した夫が大祐ではない事が判明する。
困惑する里枝は、離婚調停時に代理人を引き受けてくれた弁護士の城戸に相談する。横浜に住む城戸は遥々S市まで駆けつけてくれた。里枝の疑問を解こうと城戸は調査を開始する。大祐を名乗った「ある男」は一体誰なのか?。遂には「ある男」は2度の戸籍交換をした原誠であることに辿り着く。このストーリ展開はミステリー小説のようである。
本書を再読した。本書の冒頭に「ある男」とは弁護士城戸の事かも知れないと思える「序」があった。本物語の語り手の”私”は彼のことを「城戸さん」と呼ぶほど、彼を人物と思っている。「城戸さんは実際、ある男の人生にのめり込んでいくのだが、私自身は、彼の背中を追っている城戸さんにこそ見るべきものを感じていた」とのヵ所があった。
彼はたしかに立派なのだが、私達が日常接することのある”普通”の人の面を多くあわせ持っていた。
在日三世の城戸は「帰化」し妻香織との間で子どもまで為しているが、香織とは社会観のずれや子育ての考え方の違いが次第に明らかにり、離婚が頭をよぎるようになっていた。
城戸は東日本大震災の後、被災者の法的支援を行うボランティア活動に参加していたが、香織はこうした活動を理解しなかった。
大祐の元恋人美涼と大祐に会うため二人で名古屋に向かう新幹線の中で、好感を抱く美涼から「私、この1年間好きな人がいました」と語り掛けられる。その人は自分のことかも知れないと思わないでもなかったが、敢えて鈍感に留まり、結局は妻と関係を立て直す方向から逸脱しない。
報告のため再度S市を訪れた城戸は里枝にこう語った。「亡くなられた原誠さんは、里枝さんと一緒に過ごした3年9ヶ月の間に、初めて幸福を知ったのだと思います。彼はその間、本当に幸せだったと思います」。この励ましに満ちた力強い言葉を聴いたとき、里枝は城戸が、ただこの言葉を直接に伝えに来てくれただろうことを悟った。この報告を聞いて里枝は救われた。
私もほっとした。読後感は爽やかだった。2018年度読売文学賞を受賞したことも読後初めて知った。
今日の一葉:不忍池は蓮池。開花は7月以降か