徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

三番目の夢(第七話 切なくて…)

2005-09-03 23:48:20 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 「ねえ…本当に行かないの? せっかく悟たちが呼んでくれたのに? 
藤宮のホームシアターはでかいからいい感じだぜ。 」

 透は留守番していると言う雅人にもう一度訊ねた。
藤宮の悟たちが一緒に映画を見ようと誘ってくれたのだ。

 「珍しいよね。 いつもは率先していきたがる雅人がさ…。 」

隆平も不思議そうに言った。

 「今日はさ…。 朝から頭痛なんだよ。 風邪かもわかんねえから…。
悟たちに謝っといて。 」

雅人がそういうと、透と隆平はそれじゃあ仕方ないなと言って出かけていった。

 ふたりが出て行ってしまうと雅人は修の部屋をノックした。
どうぞと言う返事に部屋に入ると、修は珍しく床に腰をおろしてジグソーパズルに興じていた。

 「透たちと遊びに行かなかったのか? 
今日はお祖父さまも遊びに行かれたからゲームのお付き合いは無しだろ。
楽しんでくればよかったのに…。 」

パズルから目を放すことなく修は言った。

 「修さんこそ…出かけないの? 」

雅人が訊くと修は顔を上げてにっこり笑った。

 「たまには僕も家でゆっくりしたいよ。 僕を見張っとけって笙子に言われたのかい? 可哀想に…遊びに行きたかっただろうに…。 」

 違うというように雅人は首を横に振った。

 「本当は僕の方が笙子さんに修さんの監視を頼んだの。 
でも…笙子さんも仕事があるしね。 毎日って訳にはいかないから。 」

 「おまえは心配性だな。 」

修は肩をすくめて笑った。ジグソーパズルを嵌め込む手が止まった。

 「ひとつないね…。どこへいったか? 」

 「ここに転がっているよ。 」

雅人はパズルの一片を手渡した。

 修がその一片を受け取ろうとした時、雅人の切ない胸の内がその手を伝わって修の心に流れ込んできた。けれども修は気付かぬ振りをした。

 「できた…。 あ~疲れた…。 」

修はうんと背伸びをして床に大の字になった。

 「これ飾るの? 」

雅人は手にとって眺めた。

 「もう…いらない。 嵌め込むのだけが楽しいんだ。 」
 
 修が起き上がった拍子に雅人の手のパズルの板をはじいてしまった。
幾百もの断片が床に散らばった。

 「ごめん…修さん。 せっかく作ったのに。 」

慌てて雅人は拾い集めようとした。

 「いいよ。 そんなの。 僕がはじいちゃったんだから。 」

 修は笑いながら適当にその辺の断片を拾って箱の中に放り込んだ。
さっきまで一枚の美しい絵だったものがばらばらのごみのようなものに変わった。

 「無惨だな…。 まるであの時の僕の心みたいさ…。 」

修が呟くように言った。

 「何があったんだろう…? 何をされたんだろう…? どうして…?
信じていたものが…ぼろぼろと崩れていく…。 

泣いていいのかな…? 怒っていいのかな…? 分からない…。 どうして…?

 誰かに訊きたい…。 誰にも言えない…。 悲しいのか…苦しいのか?
僕の前の幼い子どもたちの前では…泣くこともできない…。 」

雅人はどうしていいか分からず修と並んでへたり込むように座った。

 「雅人…訳も分からずに襲われる瞬間の恐怖はね…消えてくれないんだ。
普段は忘れていても…何かの時にふと甦る。 
誰かが僕を害そうとする…その瞬間に僕の場合は抑えようのない怒りに変わる。」

 修は自嘲するように笑みを浮かべた。 それから気を取り直そうとするかのように大きく1回深呼吸した。

 「ごめん…。 くだらない話をした。 」

 雅人は首を横に振った。

 「何ができる? 僕…修さんのために何がしてあげられる? 
何でもするよ。 修さんがいつものように笑っていてくれるなら…。 」

雅人の言葉に修は微笑んだ。

 「おまえが深刻にならなくてもいいよ。 それほど参ってやしない。 」

 修はまたパズルの断片を拾い出した。
雅人は胸が詰まって涙が溢れてきた。自分のことではめったに泣かない雅人だが修の姿が琴線に触れた。見られたくなくて向こうを向いた。

 雅人の肩が震えているのに気付いた修は、大きいけれど何処となくまだ子どもの面影を残した雅人の肩を抱いてやった。

 「…雅人。 おまえは本当に優しい子だね。 傍にいてくれて嬉しいよ。
ありがとう…。 」

雅人の瞳が何かもの言いたげに修に向けられたが言葉にはならなかった。 

 「もう少し時間をくれないか…? 」

 突然の修の言葉に雅人は驚いて目を見張った。動悸が激しくなって、肩を抱いてくれている修にそのことを知られるのが恥ずかしかった。

 「おまえは多分ずっと僕の傍にいるだろう…。 自由に道を選べばよいのに…。
巣立っていけばよいのに…。 そう決心してしまったのだろうね…。 

 紫峰の財政を預かる僕としてはおまえのような右腕ができることは有難い事だけれど…。 おまえが僕への想いゆえにそれを決めたのだと分かっている…。

 だけど…おまえのその気持ちに今の僕では答えてやれない…。 今の僕の心と体では…多分まだ受け入れられない…。 それが心苦しい…。 」

雅人の肩を抱いている修の手が微かに震えているのが分かった。

 「そんなこといいんだ。 僕が勝手に決めたんだ。 僕だって分かってる。
僕のあなたへの思いは世間的には通用しないんだって…。
修さん優しいから…真剣に考えてくれてたんだね。 それだけで十分だよ…。 」

雅人は笑って見せた。心の中ではで泣いていたけれど…。

 「何か…誤解してないか? 」

修はそう言って目を細め首を傾げた。

 「僕は時間をくれと言ったんだよ。 
いまおまえにアタックされたらアッパーかましそうだから言ってるんだけど…。」

今度は雅人が首を傾げた。

 「だから男はだめなんでしょ? 恋愛対象としては…。 だって修さん…女性は平気だもの。 僕知ってるよ。 結婚前には…笙子さん以外にもいたでしょ。 」

 「確かに…って何処からそういう情報を仕入れてくるかね…いつもながら。

 あのね…白状すると性的に迫ってくる相手が男だとすごい恐怖心があるわけ…。 
僕の場合、その裏返しが暴力になるから下手したら病院送りにしちゃうでしょ。
おまえに怪我させたくないからだよ…。 」

 雅人はきょとんとした。

 「え~? いつも戦ってる時は相手がどんなに手強くても命懸けでも、修さんてば全く怖れたためしがないのに~?  あっちの方はだめなの…? 」

 「悪かったね。 …というわけだからもう少し気持ちが落ち着くまで待ってねと言ってるの。 おまえが成人するまでには何とか慣れとく…。 」

修が妙な請け負い方をしたので雅人は思わず噴出した。

 「慣れとくって…まさか史朗さん相手に? 史朗さんだってぼこされるのは嫌でしょう。それに史朗さんは自分からは求めない人だもの練習台にはならないよ。」

 修は意味ありげににやっと笑った。雅人はあっと思った。
修は雅人の切ない思いにいつか必ず答えると約束してくれたのだ。
信じられなかった。

 それが本当になるかどうかは先のことだから分からないが、少なくともいまは本心なんだ。

だけど何故…今なんだろう…。

これだけ精神的に苦しんでいる最中に何故雅人のことを考えたのだろう…。

雅人の心に少しだけ不安が残った。





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