徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

三番目の夢(第十三話 迫り来る霊)

2005-09-10 23:22:14 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 肌を重ねた後の脱力感の中で史朗はぼんやり考え事をしていた。
笙子は早々にシャワーを浴びに行ったが、今夜は後を追う気がしなかった。

 こんなことをしている場合じゃない…という焦燥感が史朗の中にあった。
別に今どうこうしなければならない何かがあるわけではないのに、やたら気だけが焦っていた。

 星の数ほどいる遊び相手の中で笙子がなぜ史朗を選んだのかは史朗自身にも分からない。

 史朗が仕事上のパートナーとして認められたのは入社してから間もなくで、史朗の経営と営業の腕を見込まれてのことだった。

 勿論、当時の社員たちが会社を大きくするために力を尽くしたことは確かで、今はみなそれぞれに支店を任されたり、重役職に就いたりして出世はしているが、笙子の片腕となったのは新参の史朗だった。
 
 それをやっかむものがいなかったのは、史朗が入社前にずっとこの会社でアルバイトをしていて、当時の社員たちにその人となりを知られていたということや、史朗が入社とともに実力を発揮する機会に恵まれて実際に業績をあげたからだった。

 愛人という微妙な立場になったのはその後のことで、何時そうなったかというよりは、いつの間にかそうなっていたと言う方が的を得ている。

 「史朗ちゃん。 修から…。 」

 シャワーを終えた笙子が艶かしいバスタオル姿のまま電話の子機を手渡した。 
史朗は今の姿を見られているようで少しどきどきしながら受け取って返事をした。

 『遅くに悪いね…。 史朗ちゃんにちょっと頼みたいことがあって…。
隆平が生霊に重なるようにして別の魂を見たと言うんだ。 
 隆平は属性は紫峰だけれど、鬼面川の血を引いている子だから、死者の魂には敏感なのかもしれない。

 実は出張中なんで家のほうにはいないのだけれど、どうも子どもたちが余計なことをやりそうな気がしてね。
 できれば史朗ちゃんにそれとなく監視してもらいたいんだよ。 
勿論、仕事の合間でいいからさ。 』

 「いいですよ…。 でも修さん…何処から電話かけてるんですか?
随分…遠いような…。」

 『大連…。 叔父が来るはずだったんだけど…急遽代理で飛んできたんだ。 
三日ほどで帰るから…その間だけお願い。 』
 
 「分かりました。 お気をつけて…。 」

 『有難う…。 お楽しみのところ…お邪魔さまで・し・た!』 

 「お…。」

 史朗は真っ赤になった。冗談だとは分かっていても全身から汗が噴出しそうだ。
笑っている笙子を尻目に慌ててバスルームに飛び込んだ。



 黒田のオフィスでは四人組が情報交換の真っ最中だった。
学校と受験塾が終わると8時を過ぎてしまうのだが、藤宮の塾は学校と連携しているので他の塾に比べれば帰宅時間も早い方だ。10時過ぎなんてところもざらである…。
まあ…ここで油を売っていれば同じことなのだが…。
 
 月曜日からずっと唐島を見張っていたがなかなか河原先生が現れず、従って先生に重なって見える男女の影の正体も分からずじまいだった。

 「あれは死んだ人のものだよ。  」

隆平が絶対の自信のもとにそう言った。

 「隆平がそう言うのなら間違いないだろう。 だけどどうして僕等にはわからないのかな。 僕等もそうしたものを感覚で捉えられるはずなのに。 」

雅人は首を傾げた。相伝の修練の時に魂を感じることは嫌ほど訓練したはずだ。

 「河原先生がまだ生きているからだよ。 生きている魂のパワーに気配を消されているんだ。 鬼面川の血は死者の魂に敏感だから隆平には見えた。 」

透が思うところを述べた。

 「おお…透。 冴えてる~。 そういうことはあるかもね。 」

晃が拍手で応えた。

 「とにかく他の先生や生徒が傍にいたんでは手出しできないよ。
どうする? 」

 「困ったね。 河原先生は学校にしか出ないし…。 」

ギィ~ッとドアが開く音が響いて四人は一瞬ドキッとした。
黒田が顔を覗かせた。

 「おいおい。 いつまで遊んでるんだ。 もう11時近いぞ。 」

げげっ!とみんな慌てて時計を見た。

 「今日は俺も自宅の方へ帰るからついでに送ってやるよ。 急げ。 」

 黒田に急かされてみんな急いで部屋を出た。
部屋を出たところで黒田がオフィスに鍵をかけるのを見ていた雅人の脳裏にある考えが閃いた。

 教師なら休みの日でも教室の鍵を開けられる。
休みの日なら部活の生徒以外学校にはいないし、他の先生や生徒が来ないようなところへ呼び出せば…。

 修の名前を使えば唐島は必ず来るだろう。
唐島がひとりで待っていれば河原先生が現れる。
隆平がいれば河原先生と重なっている男女の霊の正体を知ることができるかもしれない。

 土曜日…なら午前の受験塾が終われば午後からは静かなもんだ。
特に他の教室から離れたところにある視聴覚室には誰も来ない…。

 そんな考えを黒田に読まれないように、雅人はできる限り他の事を考えるように努めた。



 昨日郵便受けに無造作に放り込んであった手紙を唐島は何度も見直して確認した。修からの呼び出し状だが、修は唐島のアドレスを知っているはずで、携帯を使えばわざわざ手紙を放り込んでいく必要などない。

 これは紫峰の子どもたちの悪戯だな…と唐島は思った。
悪戯にせよ何にせよ唐島を呼び出す以上は何か理由があってのことなんだろう。
唐島は乗ってやることにした。

 土曜日の午後…相変わらずのひどい天気で、昼食がようよう終わった時刻だというのに辺りは夕方のようだった。

 指定されたのは視聴覚室。2時少し前に唐島は鍵を持って職員室を出た。
視聴覚室の前で辺りを見回したがまだそれらしい影はない。
仕方がないので中に入って待つことにした。
 
 視聴覚教室の椅子に腰掛けて、ぼんやりしているといつの間にか河原先生が戸口のところに立っていた。

 「だいぶん元気になったようだね。 よかった。 」

にこにこと笑いながら河原先生は唐島に話かけた。

 「ええ先生。 お蔭さまで。 」

唐島も笑って答えた。

 「去年は学校に帰って来られなかった先生もいてね。みんな心配していたよ。」

河原先生は唐島の前の席に腰掛けながら言った。

 視聴覚室の扉の小窓から雅人たちはそっと中を窺っていた。
特に隆平は河原先生の生霊を観察していた。

 隆平にはいま、亡くなった人の気配が確かに感じられる。
しかし、どれほど目を凝らしても河原先生の身体の中にあの何人かの男女の姿はなかった。

 「おかしいな。 気配はあるのに…。 」

 隆平がそう思った時、雅人が背後に何かを感じて振り返った。
青い顔をした若い男女がすぐ近くまで迫って来ていた。

 「いけない! すでに河原先生の身体から離れて動き始めたんだ! 
みんな中へ! 」

 四人は視聴覚室へ飛び込んだ。
唐島の方を見ると唐島の背後にも若い男がいた。男は唐島のほうへ手を伸ばして唐島を襲おうとしていた。

 「先生! そこから離れて! 」

 隆平が叫んだ。反射的に唐島は場所を移動した。僅かに男の手が逸れた。
雅人は唐島を庇うようにしてさらに離れたところへと移動させた。

 「なに? 何なんだ? 」

唐島は訳が分からず訊いた。

 「先生が狙われてんの! ぐずぐずしていると憑依されるよ! 」

 悟がもどかしげに答えた。唐島は何かの悪戯かと思った。
しかし次の瞬間背筋が凍りつくのを覚えた。確かにいま目の前を青白い人間の手がよぎった。

 雅人が視聴覚室の一隅に結界を張った。唐島を囲んで四人が壁になった。

 「先生。 ここから絶対でないでね。 出たら最後命がないよ! 」

 透が言うと唐島は戸惑いながらも素直に頷いた。
死人のように暗い顔や手や足が部分的に現れては消え現れては消えた。
夢か…と我が目を疑ったがこれは紛れもなく現実のようだ。

 「河原先生は…? 」

視聴覚室の中を見回したが姿がなかった。

 「河原先生は今入院中なんだよ。 さっきのは生霊って奴。 」

雅人が言った。唐島の全身に鳥肌が立った。

 何人もの姿が今や四人にははっきりと見えた。
彼らは唐島の身体を求めてうろうろと彷徨っている。

 物凄い霊気を感じる。
鬼面川事件で戦った化け物とは勝手が違って幽霊との戦い方が分からない。

 隆平が何やら文言を唱え始めた。
幽霊たちがうろたえだした。

 確かに効果はあるのだが、隆平の力はまだ未完成で追い払うまでには行かない。
このままここに何時までも閉じ込められているわけにもいかないし、かといって動きが取れない。

 「このままじゃ拉致があかない。 
僕が囮になるからおまえたち先生を連れて逃げろ。 学校の外へ出れば安全だ。」

 そう言って雅人が結界をまさに出ようとした時、俄かに幽霊たちの動きが慌しくなった。

 激しい勢いで文言を唱えながら史朗が姿を現した。

 「現し身に仇なす者よ…天地にしろしめす御大親の御名において…この場を去れ! 」

 史朗が幽霊たちを指で示しながら命ずると、幽霊たちは我先に逃げまどい何処かへ姿を消した。
霊気が消えるとみんなほっと息をついた。

 「みんな無事かい? 」

史朗は心配そうに訊いた。

 「助かったよ。 史朗さん。 だけどどうしてここへ? 」

透が訊いた。

 「出張中の修さんから電話が入ったのさ。 
君たちが何かやらかしそうだから見張っててくれって…。
霊を相手にするのはプロでも命懸けなんだから安易に近付いてはだめだ。 」

 史朗は四人を叱った。
唐島に気付くと一瞬こいつか…というような顔をしたが、そこは大人、穏やかな態度を示した。
 
 「大丈夫ですか? 先生…。 」

 「ええ…有難うございました。 でも今の現象は…? 」

唐島が困惑したように問いかけると史朗はにっこり笑って言った。

 「夢…とお考え下さい。 誰かにお話になっても笑われるだけです。

 ただこの夢はまだ当分続きそうですから、学校内では決してひとりになってはいけません。 

 河原先生とは当分会話をなさいますな。 危険ですから。
今の段階では夢を少し遠ざけたに過ぎないのです。 」

 唐島は半信半疑ながらも頷いた。
史朗は指で唐島に護りの印を描いた。

 史朗に促されて学校を出た後もみんな興奮が収まらなかった。
唐島もみんなに礼を言うと早々に引き上げていった。
今夜はまた別の悪夢に魘されることだろう。

 史朗がみんなを送ってくれた。
雅人は車の中でも帰ってからもずっと無言のままだった。

 自分の考えた計画でみんなを危険な目に遭わせてしまった。
未熟さも省みず、浅はかなことをした。
そのことで雅人は自分をずっと責めていたのだ。

 史朗が来てくれなかったらどうなっていたか…。

 それだけじゃない…。 
宗主の許しもなく、紫峰の裏の力を一族の者ではない唐島に見せてしまった。
紫峰の後見としてあってはならないことだ。

一族のことがもし世間に知れたら大変なことになる。

雅人は自分の浅慮から一族全体を危険に晒してしまったことへの責任の重さを痛感していた。




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