昨年一足先に大学へ入学した悟がまた仲間に加わって五人組が復活したものの、それぞれ大学や学部が異なるために高校時代のようにはそれほど頻繁に集まらなくなっていた。
それでも始めのうちは時々黒田のオフィスで情報交換などをしていたが、紫峰の三人もアルバイトを始めたり、それぞれにデートの相手や遊び友達が出来たりで、次第に三人の間でさえも時間の合わないことが多くなり、黒田もとうとうこのオフィスを元の執務室に戻すことにした。
子どもたちが無事成長した証ではあるが、黒田はこの部屋を潤していた若々しく賑やかな声が聞かれなくなったことに一抹の寂しさを感じていた。
その青年に出会ったのは透がたまたま雅人たちとの待ち合わせで大学構内のブロンズ像の前にいた時のことだった。
髪を亜麻色に染めて短めにカットし、ところどころ栗イガみたいに尖らせたその青年は、透の前に来ると突然手のひらを上に向けて差し出し光を放出させて見せた。
周りに人気がなかったとはいえ、紫峰の者なら考えられない大胆な行動だった。
「俺…城崎…城崎瀾。 きみ…俺らの仲間にならない? 」
城崎は透に親しげに話かけながら近づいてきた。
「すごいね。 きみ手品師? 」
透はわざと驚いたように言った。
「とぼけないでくれる。 分かってるくせに。 」
城崎はさらに近づいてもう一度手を開いて見せた。
炎が渦巻いて透の方へ向かってきた。透は反射的に手をかざして眼を護った。
「おお…すげえ! どうやんのそのマジック。 」
城崎の背後に雅人たち四人が姿を現した。
「うそ…五人もいるじゃん。 きみたちもう組んでるわけ? 」
城崎は虚を衝かれたように一歩退いた。
「組んでるわけじゃなくて僕らはみんな親族。 で…何だっけ? 」
透は城崎に訊いた。
「親族…? そうなんだ…きみは何処かの一族の人なんだ。
じゃあ…無理だろうな…。
いいよ。 邪魔して悪かった…。 忘れて…。 」
城崎はあっさりと引き下がった。どうやらフリーの能力者を探していたらしい。
去っていく城崎の後姿を見つめながら透たちは何かしら不安なものを感じていた。
透たちの話を聞いた修はすぐに西野を調査に行かせた。城崎瀾という青年の身辺調査は思ったより簡単だった。
この青年の実家も結構名のある一族らしく、できるだけ表立った行動を避けているようだった。
青年はこれを不服として大学入学と同時に一人暮らしを始め、一緒に活動できる仲間を探しているらしい。
現在、青年を含めて三人で動いている。
目立った力を持つのは城崎だけで、あとのふたりはたいしたことはない。
城崎の目的が何かは分からないが、出来るだけ多くの仲間を集めようとしていることだけは確かである。
紫峰と藤宮の若者には即日、危険なので彼らの口車に乗って仲間に引き込まれないようにとの警告が出された。
いつの時代もそうであるように警告を無視する若者が必ずひとりやふたりは出てくるわけで、長老衆も世話人も神経を尖らせていた。
バス停でいつものバスを待っていた雅人は急に気分が悪くなった。
講義が終わって大学から少し離れた場所にあるバイト先に直行し、今日に限ってやたら忙しく働いたのは覚えているが、だからと言ってこんなに急にふらふらしてくるなど何の原因も思い浮かばなかった。
ベンチも無いので仕方なくその場で座り込んでいた。
少し休めば何とかなるかも…そんなふうに考えた。
「大丈夫かい? 雅人くん。 」
聞き慣れた声が背後から聞こえてきた。
振り向くと史朗が買い物袋を片手に立っていた。
史朗のマンションが近くにあったのを思い出した。
「僕んちにおいでよ。 すぐそこだから。 ちょっと休んでいきな。
後で送ってってあげるよ。 」
史朗は雅人の大きな身体を支えてくれて、自分のマンションへと連れて行ってくれた。
カーペットの上で伸びてしまった雅人に肌掛けを掛けてくれた。
「ごめんね。 史朗さん。 」
雅人がそう言うと史朗は笑って体温計を渡してくれた。
「ちょっと測ってご覧よ。 」
雅人は言われるとおりに熱を測ったが微熱程度で、ふらふらするようなものではなかった。
「ああ…多分脱水だね。 今日はわりと蒸し暑かったしね。
きっと長時間何にも飲まずにバイトしてたりしたんだろ?
前にさ…僕もそれで倒れたことがあるんだ。 」
言われてみれば今日は朝から妙にガタガタしていたので、昼にパンを食べながら缶コーヒーを飲んだだけで、他に水分らしい水分を取っていなかった。
史朗が500mlペットのスポーツドリンクを持ってきてくれた。
雅人は一気にそれを飲み干したあと、また寝転がっていた。
史朗は枕元に別のペットボトルを用意しておいてくれた。
部屋の向こうで史朗が着替えているのが見えた。
「ねえ。 史朗さん。 聞いていいかな? 」
少し気分の良くなってきた雅人は史朗に離しかけた。
「いいけど…なに? 怖い話? 」
笑いながら史朗は言った。
「史朗さん…修さんとは…もう…? 」
少し間があってから史朗はまた笑った。
「気になるの…? だろうね…。 少し前にね…そんなようなことがあった。
ゲームみたいなものだね…あの人にとっては。
きみは…?」
「僕は…入学してから…。 僕から迫った…というか…襲った。 」
史朗は声を上げて笑った。
「きみに襲われたんじゃ逃げられないね。 」
雅人はまたペットボトルを開けた。治癒能力のある雅人はさすがに回復が早い。
「でも…修さんが本当に触れたいのは笙子さんだけだもの。
僕の場合は気持ちを受け入れてもらったってだけの話。 それで十分だけどね。
僕にも彼女がいるしさ…。 」
史朗はふ~んと頷いた。そして妙に真剣な顔で雅人に訊いた。
「雅人くん…彼女いるんだ…? まあ僕も笙子さんの愛人ではあるけれど…。
あのさ…僕は修さん以外に同性を好きになったことはないけどきみは…? 」
「ないよ…でも修さんで目覚めちゃったとしたらこれからはわかんないよなあ。
もともとバイセクだったのかもね。 」
雅人は二本目をからにした。
「何か食べられそう? うどんくらいなら作ってあげるよ。 」
史朗がそう言うと雅人は素直にこっくりと頷いた。
くすくす笑いながら史朗はキッチンへ向かった。
手際の良い包丁の音が聞こえて、やがて葱やかつお節のいい匂いがした。
意外とまめな人なんだ…と雅人は思った。
史朗がうどんを煮あげる頃には雅人も起き上がれるようになった。
すると急に腹の虫が騒ぎ出したので史朗はまた声を上げて笑った。
ふたりでうどんを啜りながら修のことをあれこれ話した。
突然同性ふたりに迫られた時の修のものすごく戸惑った顔を思い出して笑った。
それでも逃げること無くはぐらかす事も無く真面目に考え、長い時間をかけてふたりの想いを受け入れてくれた。
「あの人のことは修さんも絶対受け入れないだろうけど…。 」
雅人がぼそっと呟くように言った。
「あの人って…鈴さんのことかい? 」
史朗もそのことは聞いていた。修でなくても頭にくる話だった。
笙子のことを馬鹿にしているとしか思えない。
「鈴さん自身は本当にいい人なんだよ。 修さんに惚れてんのは確かだし…。
でも長老衆がついてちゃ絶対手をださない。
最近修さん…滅茶苦茶機嫌が悪いんだ。
厄介な問題が起きている時に長老衆がそんな時代錯誤なことをするもんだから。」
さもあらん…と史朗は思った。ジェネレーションの問題はいつの時代、何処の場所にも存在するとはいえ、紫峰や藤宮の世代間の意識の相違は大き過ぎる。
今でなくともいつかは何かの形で噴出するだろう。
両世代を背負っている宗主修の気苦労を思うと察して余りあるが、同族でない自分は何の手助けもしてあげられない。
史朗にはそれがもどかしくて仕方が無かった。
次回へ
それでも始めのうちは時々黒田のオフィスで情報交換などをしていたが、紫峰の三人もアルバイトを始めたり、それぞれにデートの相手や遊び友達が出来たりで、次第に三人の間でさえも時間の合わないことが多くなり、黒田もとうとうこのオフィスを元の執務室に戻すことにした。
子どもたちが無事成長した証ではあるが、黒田はこの部屋を潤していた若々しく賑やかな声が聞かれなくなったことに一抹の寂しさを感じていた。
その青年に出会ったのは透がたまたま雅人たちとの待ち合わせで大学構内のブロンズ像の前にいた時のことだった。
髪を亜麻色に染めて短めにカットし、ところどころ栗イガみたいに尖らせたその青年は、透の前に来ると突然手のひらを上に向けて差し出し光を放出させて見せた。
周りに人気がなかったとはいえ、紫峰の者なら考えられない大胆な行動だった。
「俺…城崎…城崎瀾。 きみ…俺らの仲間にならない? 」
城崎は透に親しげに話かけながら近づいてきた。
「すごいね。 きみ手品師? 」
透はわざと驚いたように言った。
「とぼけないでくれる。 分かってるくせに。 」
城崎はさらに近づいてもう一度手を開いて見せた。
炎が渦巻いて透の方へ向かってきた。透は反射的に手をかざして眼を護った。
「おお…すげえ! どうやんのそのマジック。 」
城崎の背後に雅人たち四人が姿を現した。
「うそ…五人もいるじゃん。 きみたちもう組んでるわけ? 」
城崎は虚を衝かれたように一歩退いた。
「組んでるわけじゃなくて僕らはみんな親族。 で…何だっけ? 」
透は城崎に訊いた。
「親族…? そうなんだ…きみは何処かの一族の人なんだ。
じゃあ…無理だろうな…。
いいよ。 邪魔して悪かった…。 忘れて…。 」
城崎はあっさりと引き下がった。どうやらフリーの能力者を探していたらしい。
去っていく城崎の後姿を見つめながら透たちは何かしら不安なものを感じていた。
透たちの話を聞いた修はすぐに西野を調査に行かせた。城崎瀾という青年の身辺調査は思ったより簡単だった。
この青年の実家も結構名のある一族らしく、できるだけ表立った行動を避けているようだった。
青年はこれを不服として大学入学と同時に一人暮らしを始め、一緒に活動できる仲間を探しているらしい。
現在、青年を含めて三人で動いている。
目立った力を持つのは城崎だけで、あとのふたりはたいしたことはない。
城崎の目的が何かは分からないが、出来るだけ多くの仲間を集めようとしていることだけは確かである。
紫峰と藤宮の若者には即日、危険なので彼らの口車に乗って仲間に引き込まれないようにとの警告が出された。
いつの時代もそうであるように警告を無視する若者が必ずひとりやふたりは出てくるわけで、長老衆も世話人も神経を尖らせていた。
バス停でいつものバスを待っていた雅人は急に気分が悪くなった。
講義が終わって大学から少し離れた場所にあるバイト先に直行し、今日に限ってやたら忙しく働いたのは覚えているが、だからと言ってこんなに急にふらふらしてくるなど何の原因も思い浮かばなかった。
ベンチも無いので仕方なくその場で座り込んでいた。
少し休めば何とかなるかも…そんなふうに考えた。
「大丈夫かい? 雅人くん。 」
聞き慣れた声が背後から聞こえてきた。
振り向くと史朗が買い物袋を片手に立っていた。
史朗のマンションが近くにあったのを思い出した。
「僕んちにおいでよ。 すぐそこだから。 ちょっと休んでいきな。
後で送ってってあげるよ。 」
史朗は雅人の大きな身体を支えてくれて、自分のマンションへと連れて行ってくれた。
カーペットの上で伸びてしまった雅人に肌掛けを掛けてくれた。
「ごめんね。 史朗さん。 」
雅人がそう言うと史朗は笑って体温計を渡してくれた。
「ちょっと測ってご覧よ。 」
雅人は言われるとおりに熱を測ったが微熱程度で、ふらふらするようなものではなかった。
「ああ…多分脱水だね。 今日はわりと蒸し暑かったしね。
きっと長時間何にも飲まずにバイトしてたりしたんだろ?
前にさ…僕もそれで倒れたことがあるんだ。 」
言われてみれば今日は朝から妙にガタガタしていたので、昼にパンを食べながら缶コーヒーを飲んだだけで、他に水分らしい水分を取っていなかった。
史朗が500mlペットのスポーツドリンクを持ってきてくれた。
雅人は一気にそれを飲み干したあと、また寝転がっていた。
史朗は枕元に別のペットボトルを用意しておいてくれた。
部屋の向こうで史朗が着替えているのが見えた。
「ねえ。 史朗さん。 聞いていいかな? 」
少し気分の良くなってきた雅人は史朗に離しかけた。
「いいけど…なに? 怖い話? 」
笑いながら史朗は言った。
「史朗さん…修さんとは…もう…? 」
少し間があってから史朗はまた笑った。
「気になるの…? だろうね…。 少し前にね…そんなようなことがあった。
ゲームみたいなものだね…あの人にとっては。
きみは…?」
「僕は…入学してから…。 僕から迫った…というか…襲った。 」
史朗は声を上げて笑った。
「きみに襲われたんじゃ逃げられないね。 」
雅人はまたペットボトルを開けた。治癒能力のある雅人はさすがに回復が早い。
「でも…修さんが本当に触れたいのは笙子さんだけだもの。
僕の場合は気持ちを受け入れてもらったってだけの話。 それで十分だけどね。
僕にも彼女がいるしさ…。 」
史朗はふ~んと頷いた。そして妙に真剣な顔で雅人に訊いた。
「雅人くん…彼女いるんだ…? まあ僕も笙子さんの愛人ではあるけれど…。
あのさ…僕は修さん以外に同性を好きになったことはないけどきみは…? 」
「ないよ…でも修さんで目覚めちゃったとしたらこれからはわかんないよなあ。
もともとバイセクだったのかもね。 」
雅人は二本目をからにした。
「何か食べられそう? うどんくらいなら作ってあげるよ。 」
史朗がそう言うと雅人は素直にこっくりと頷いた。
くすくす笑いながら史朗はキッチンへ向かった。
手際の良い包丁の音が聞こえて、やがて葱やかつお節のいい匂いがした。
意外とまめな人なんだ…と雅人は思った。
史朗がうどんを煮あげる頃には雅人も起き上がれるようになった。
すると急に腹の虫が騒ぎ出したので史朗はまた声を上げて笑った。
ふたりでうどんを啜りながら修のことをあれこれ話した。
突然同性ふたりに迫られた時の修のものすごく戸惑った顔を思い出して笑った。
それでも逃げること無くはぐらかす事も無く真面目に考え、長い時間をかけてふたりの想いを受け入れてくれた。
「あの人のことは修さんも絶対受け入れないだろうけど…。 」
雅人がぼそっと呟くように言った。
「あの人って…鈴さんのことかい? 」
史朗もそのことは聞いていた。修でなくても頭にくる話だった。
笙子のことを馬鹿にしているとしか思えない。
「鈴さん自身は本当にいい人なんだよ。 修さんに惚れてんのは確かだし…。
でも長老衆がついてちゃ絶対手をださない。
最近修さん…滅茶苦茶機嫌が悪いんだ。
厄介な問題が起きている時に長老衆がそんな時代錯誤なことをするもんだから。」
さもあらん…と史朗は思った。ジェネレーションの問題はいつの時代、何処の場所にも存在するとはいえ、紫峰や藤宮の世代間の意識の相違は大き過ぎる。
今でなくともいつかは何かの形で噴出するだろう。
両世代を背負っている宗主修の気苦労を思うと察して余りあるが、同族でない自分は何の手助けもしてあげられない。
史朗にはそれがもどかしくて仕方が無かった。
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