徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

三番目の夢(第十話 弱音)

2005-09-06 23:29:35 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 修の暖めてくれた粥を、唐島は何とか胃におさめた。
食欲よりは修への気持ちがそうさせた。
 
 「食べてくれたね…。 良かった…。 」

 修はそう言うと盆を下げた。
誰かが洗い物ををする台所からの水音を唐島は久しぶりに聞いた。
むつみがいるような気がした。

やがて姿を現した修は時計をチラッと見た。

 「さてと…僕はこれで帰るよ…。 
携帯に送信しておくから、何かあったら連絡して…。遠慮しなくていいから。 」

唐島は急いで起き上がった。

 「ありがとう…。 来てくれて…嬉しかった…。」

修は微かに微笑んだ。

 「じゃあね…。 お大事に…。 」

 そう言って修が部屋を出て行こうとするのを唐島の手が縋るように止めた。
殴りつけたい衝動を修はやっとの思いで堪えた。相手は病人なのだと必死で自分に言い聞かせた。
 
 唐島は何か言いたげに唇を動かした。
修はゆっくりと唐島の手を自分の身体からはずし、その瞬間に何本もの筋を描く手首の傷を見てしまった。
 
 「遼くん…。 もう…いいよ。 僕は何も聞きたくないし、知りたくもない。

 心配しなくていいよ。あなたを職場から追い出すような馬鹿な真似はしないし、
あなたの出世や将来の妨げになるようなこともするつもりはない…。 

 仕返しなんて考えてやしないから…。」

唐島は違うというように首を横に振った。

 「好きだったんだよ…。 悪戯なんかじゃないんだよ…。 」

修は耳を塞いで背中を向けた。
今さら弁解など聞きたくもなかった。

 「理由なんかどうでもいいよ…。  」

修は後も見ずに唐島のマンションをを飛び出した。



 マンションの立ち並ぶその辺りは、雨ばかりが勢いを増してほとんど人気もなく、街灯の明かりの下で帰宅途中の何人かとすれ違っただけだった。

 近くの路上に止めておいた車の前で雅人が待っていた。
修のことが心配で後を追ってきたのだろう。
雨の中、修が戻ってくるのをただ待ち続けていた。

 「雅人…。 」

 修の姿を見つけると雅人は嬉しそうな顔をした。
修はそっと雅人の肩に額を寄せた。

 「つらいよ…。 雅人…。 」

修の口からそんな弱音を聞いたのは初めてだった。

 「もっと話して…。 楽になるから…。 誰にも言わないからさ…。
我慢しちゃだめだって笙子さんが言ってたでしょ。 」

 覗いてたな…そう思って修は苦笑いした。

 雅人は透視能力に長けているが、まだ笙子のように十分な抑制力が効かない。
見たいものだけでなく、見るつもりのないものまで透視してしまうことがある。
勿論、故意に覗いていることも多々あるけれど今回はたまたまだろう。

 修は大きくひとつ溜息をつくと雅人に微笑みかけた。

 梅雨時は気温が不安定でひどく肌寒い時がある。
雨に打たれながら外で長時間待つには今日は少し堪える日だった。
雅人の身体が冷え切っていた。

 「寒かったろうに…。 何か飲んで帰ろうか…? 」

雅人はただ笑って見せた。

 車の窓という窓があっという間に曇って外気の冷えを物語っていた。
通りすがりのコーヒースタンドでふたりは暖を取った。

 「取り敢えずはこれで一安心だ…。
唐島が河原先生にも他の連中にも憑依されていないことが分かったよ。 」

 修は煮立ちすぎてやけどしそうなくらい熱いコーヒーに顔を顰めながら言った。
雅人はきょとんとして修を見た。

 「修さん…。 そんなことを調べるためにわざわざ先生のところへ行ったの?」

今度は修の方がえっ?という顔をした。

 「他に何の用事があってあいつのところへ行くんだよ? 
倒れたって言うからてっきり憑依されて体調を崩したのかと思ったのさ。 」

 修は鼻先で笑った。
雅人はほっと息をついた。

 「僕は…病人の世話をしに行ったのかと…。 
だって修さん…人がいいからさ。 先生のことほっとけないかも…って思った。」

修はちょっと首を傾げて言った。

 「う~ん…お粥食べさせてきちゃったし…。 世話と言えば言えるような…。」

雅人は呆れて天を仰いだ。

 「やっぱやってんじゃん…。 ほんとお人好しなんだから…。 」

修は何処でそうなったかなあ…と頭を掻いた。

 この少しばかり頓珍漢なところがあればこそ、修は極限まで落ち込まないで済んでいる。悩んで悩んで悩みぬいても前向きでいられる。
決して何時までも泥沼にはまり込んだまま甘んじていたりはしないのだ。

 「ねえ…河原先生の魂と話はできないの? 
彰久さんとか史朗さんに頼めば魂を呼べるでしょ? 」

 雅人の問いかけに修は首を横に振った。

 「鬼面川の祭祀は亡くなった人の魂に関するものが多いんだ。
紫峰の招霊は祖霊に限られているし、藤宮もほとんどは祖霊を対象にしている。

 生きている魂を呼ぶとなるとどの家の力も少々勝手が違うんだよ。
だけど…これは僕の思いつきに過ぎないけど…もしかすると黒田にはそういう力があるかもしれない。
長いこと眠れる魂と話をしていたのだからね。 」

修は言った。

 「ありえるよ。 黒ちゃんなら…。 」

 雅人は同感と言うように頷いた。透の実父である黒田は雅人と同類で多彩な能力の持ち主だ。

 特に病気や怪我などを治癒させる能力に優れているが、かつて修たちの祖父一左が弟三左の暴挙のせいで自ら魂を封印せざるを得なくなった時に、封印された一左の魂と直接接触した数少ない能力者の一人である。 

 修は黒田ならもしかしたら、巧く河原先生と接触できるかもしれないと直感的には思っていた。
 
 ただこれは藤宮の管轄の事件なので紫峰としては勝手に紫峰側の要員を増やすことは出来ない。折を見て輝郷に持ちかけてみようと考えた。
 
 河原先生が何を望んでいるのかが分かれば解決の糸口になるだろう。
ただし、動いているのが河原先生本人の魂だけであればの話だが…。

 唐島の病気は心因性のものだろうが、以前に辞めていった教師たちは何故体調を崩したのだろう?

 河原先生が憑依しなかったとするならば河原先生を見た恐怖だとでもいうのか?
しかし、唐島は今でも河原先生が生霊だとは気付いていない。

 恐怖は気付いてこその恐怖ではないか?
教師たちが気付かぬままだったとすれば、いったい何が彼等に影響したのだろう。

 修の頭の中でいろいろな疑問が行ったり来たりしている。
簡単そうに見えて案外複雑なのかもしれないな…。

先ずはやはり黒田の件を急ぐことにしよう…と修は思った




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