徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第三話 勧誘)

2005-09-27 15:46:01 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 このところ笙子のマンションで夜を過ごす回数が増えたのは、昼夜を問わず監視されているような屋敷内の雰囲気に嫌気がさしたからだった。

 帰宅すればあの娘がいる…。そう考えただけで胃の痛くなるような気がした。

 とは言え宗主であり当主である修は、ずっと妻のマンションに入り浸っているというわけにもいかず、月に数回程度であったものが週に二回ほどに増えただけのことで、ほとんどは溜息をつきながらも本家に戻って来ていた。

 はるの給仕で夕食を済ませると、以前なら居間でしばらく過ごすところをそそくさと自分の部屋か洋館の方へ戻ってしまい、用がなければ姿も見せなかった。

 決して鈴(れい)のことが嫌いだというわけではないし、むしろ好ましい娘だとは思っているのだが、いざその姿を見るとなぜかしら総毛立つような気がして顔をあわせるのさえ躊躇われた。

 はるから頼まれた書簡を持って雅人が修の部屋へ来た時、修はベッドで本を読んでいた。雅人が渡した書簡の中に懐かしい人の名前があった。

 「孝太さんからでしょ? なんて? 」

 「こちらに用事があるらしいね。 ついでに寄って下さるそうだ。
隆平が喜ぶな…。 去年は受験で帰省できなかったものな。 」

 孝太はわけあって隆平の親戚ということになっているが隆平の実の父親である。
鬼面川と紫峰の両方の血を受けついだ能力者で、今はレストランを経営しながら隆平の故郷の鬼面川の祭主も務めている。

 「せっかくだからみんなで歓迎会なんてしちゃおうよ。 
バイト都合つけるからさ。 」

雅人が言うと修もそうだな…というように笑顔で頷いた。

 扉の向こうに近づいてくる足音を聞くと修は急に顔色を変え、雅人の手を引いて
ベッドに引き入れた。
 
 「宗主。 御大から言付かってまいりました。 お届け物でございます。
よろしゅうございますか? 」

ゆったりとした抑揚の鈴の声がした。

 「中へ入れておいて…。 」

鈴が扉を開けると修の身体の向こうからわざと雅人が顔を覗かせ頬を寄せた。

 「宗主にお世話になった返礼ということで赤松さまから…」

 鈴がどぎまぎしながら届け物の説明を始めようとすると、修は半身身を起こし、その無粋さにいらいらして声を荒げた。

 「分かったからそこにおいて出てってくれないか?  
見えてないのか? ゲームの真っ最中なんだけど…ね。 」

雅人が鈴の表情を伺いながら甘えるように修の身体に腕を絡めた。

 「申しわけございません。 失礼を致しました。 」

 鈴はおろおろしながら部屋を出て行った。
足音が消えてしまうと雅人は起き上がってにたっと笑った。

 「悪い人だね。 修さん。 鈴さん…きっと大ショックだよ。 」

 「諦めて何処かいい人のところへ嫁に行ってくれ…ってことさ。 
長老衆に命令されたからって僕の妾になんかなってどうするんだよ。 

 まだ若いのにさ。 恋のひとつもすればいいんだ。
いまから日陰の身でいることなんか無いじゃないか…馬鹿馬鹿しい。  」

 本当は直接、鈴(れい)にそう言ってやりたかった。
しかし、宗主の口からそれを言えば鈴の一族に対しての立場が無くなる。 
鈴が自分から出て行こうとしないかぎり、修にはどうしてやることもできない。
 
 「本当は好きなんでしょう? だからむきになってるんだ。 」

 「そうだよ。 だけど僕の傍にいたら鈴は幸せにはなれない。
嫌でも一族の期待が集まってつらいだけさ…。 ここを出て好きに生きたらいい。
笙子も鈴も子どもを産むための道具なんかじゃないんだから。 」

 修はそう言うと大きく溜息をついて眼を閉じた。
山積するさまざまな問題がぐるぐると頭の中を駆け巡っていた。

修の疲れきった表情を見つめていた雅人は思いついたように言った。
 
 「ねえ…修さん。 風呂行こう。 背中流してあげるからさ。 
透や隆平も帰ってきてるしさ。 みんなで久々に背中ごしごし流しっこしようぜ!  
馬鹿やってりゃ気も晴れるっしょ。 」

 「そうするか。 お祖父さまにも声かけておいで…風呂大好きだから。 」

 おっしゃ!…とばかりに雅人はみんなを集めに走った。
透も隆平もすぐに部屋から飛び出してきた。
一左はすでに温泉気分…頭にタオル鼻歌交じりで風呂場へ向かった。
なぜか慶太郎を含めて男六人の馬鹿騒ぎが始まった。 
やがて紫峰家の特大の風呂場から歌やら何やら久々に陽気な声が溢れ始めた。



 透が城崎に再会したのは梅雨の明けた頃だった。彼がどのくらい人を集めたのかは不明だったがその時はひとりで、広い講堂の中でわざわざ透の隣の席を選んで座った。

 「お久~。 その後ご親族ご一同さまお元気で…?  
僕の方は変わりないけどね。 」

城崎はこの前と同じように親しげに話かけた。

 「これは城崎くんじゃないの。 また手品でも見せてくれるの? 」

透はそらとぼけてそう答えた。

 「うふ…またまたご冗談を。 相変わらずガード堅いね。  
実はさ…きみの一族の末端あたりの人からきみら五人組のうわさを聞いてね。
やっぱり僕と組まないかってお誘いに来たわけ。 」

城崎はにやっと笑いながら透の顔をじっと見た。

 「誰よそれ…いい加減なことを言う人は。 僕らは手品はまったく出来ないよ。
それにマジシャン集めして何しようての? 」

透も笑顔のままそれとなく探りを入れた。城崎は身を乗り出した。

 「なに? 興味持ってくれた? 人助けに決まってんじゃん。
何か悪いことでも企んでると思ったぁ? こう見えてもいい子なんだよ俺って。

 ほら…せっかく力持ってんだから有効に使わなきゃ宝の持ち腐れでしょ。
古村静香って女知ってる? 森美大の…。 そいつの紹介。 」

 城崎は疑いもせず情報提供者の名前をしゃべった。
その名前に聞き覚えは無かった。

 「知らないけど…。 人助けって老人ホーム巡りでもすんの? 
手品しながらいつまでもお元気で~とかやるわけ? 」

城崎の目が一瞬点になった。

 「そんなわけないでしょ。 行方不明者の捜索とかそういったことだよ。 
日本じゃ僕らみたいな能力者を正式に捜査とかには使わないけどさ。

 僕らが実績を上げていけば何れは公のものとして成り立つはずでしょ。
そうすればもう息を潜めるようにして生きなくたって堂々と出て行けるじゃん。」

 城崎の声が熱っぽく語った。
透は危険だと感じた。紫峰も藤宮もこの青年に関わるべきではないと思った。

 修は事あるごとに透たちに世間に正体を晒すことの危険性を説いてきた。
紫峰や藤宮が千年以上もの間無事に生き延びてこられたのは、その徹底した危険回避のための思想教育の賜物だ。

 いま末端の若者たちからその思想が崩れ始め、城崎のような若者の軽い意見に同調するものが出始めている。

透は宗主の責任としてこれを何としても食い止めねばならぬと改めて決意した。

 「悪いけどさ。 僕らそんなすごい力持ってないから。
そういうのって何とかスペシャルってテレビ番組のやらせじゃないの?
僕も時々見るけどさぁ…信じてないし…。 ごめんね! 」

城崎ににっこりと微笑みかけると透は教授の方を見て講義に集中した。

 「まあ…気が変わったら連絡してよ。 」

城崎は残念そうに自分の連絡先を書いたメモを手渡した。



 西野は過去の一族の名簿に古村という家があるかどうか確認していた。
少なくとも現在の一族の中に古村姓を名乗る家は無い。
 末端までの家系をしらみつぶしに探したが、紫峰にも藤宮にもその名前は無かった。

 「伯母さん。 心当たりは無いですか? 」

紫峰家の生き字引とも言えるはるに西野は訊ねてみた。

 「古村ねえ…。 どこかで聞いたような…。
そうだわ…慶太郎…もう二十年以上も前に洋館の方で多喜さんと一緒に働いていた義三という人がいてね。
 この人が確か古村姓だったような気がするわ。
その時にもう結構な齢でね。 かなり前に亡くなったはずよ。 」

 はるは記憶を辿ってそれらしい名前を思い出してくれた。
西野は首を傾げた。

 「でも伯母さん…。 この古村静香という子が孫かなんかだとしても、今の紫峰家については知りようがありませんよねえ。 
なのに…五人組とか…。」

 「五人組…? それは透さまたちのことではないと思いますよ。
慶太郎…もし紫峰の者が透さまたちのことを組と言うなら三人組でしょう。
悟さまたちは藤宮の方ですもの。

 待って…確か当時は庭と母屋、洋館、離れ屋、車両の番人の長を五人組と呼んでいたわね。
そのことと勘違いしたのではないかしら…。 」

 そうか…と西野は納得した。城崎は話を誤解して聞いているんだ。過去のことと現在のこととを混同しているに違いない。
 
 西野の報告を受けた修はこの件については動かない方がいいと判断した。
動けばかえって情報を正当化するようなものだ。監視だけは怠るなと釘を刺した。
 
 西野は配下の者を使って城崎の現在の仲間を調べさせた。
もともとのふたりの能力者の他に数人の仲間が増えていた。
 何れもフリーの能力者のようだったが、彼らが紫峰の末端や藤宮の末端にも声をかけ始めていることが明らかになった。

 人助けの謳い文句が若い正義感を刺激するのだろう。
年配層の忠告を無視して、或いは保守的なものに対する反感から城崎の仲間になる者も出てこないとも限らなかった。

 西野はこの予想が現実にならなければいいと秘かに願っていたが、現実はすぐそこまで近づいてきていた。 




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