徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

三番目の夢(第十二話 生霊に潜む影)

2005-09-09 22:09:16 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 唐島が復帰したのは翌週の月曜日だった。
病院での点滴のお蔭か、修の持ってきてくれたお手軽食のお蔭かは分からないが、取り敢えず食欲もでてきて身体がふらつくこともなくなった。

 職員室ではみんなが心配してくれていた。何しろ、この二年間に体調を崩して辞めた新任の先生が何人もいる。

 唐島が救急車で運ばれた時はまたかと誰もが考えたという。
無事復活ということで今回は理事長以下全員ほっと胸をなでおろした。

 唐島が職員室で授業の準備をしていると透がみんなの自習ノートを集めて持ってきた。唐島の休んだ3時間分のワークだった。

 「紫峰。 有難うな…。 きみが保健室まで運んでくれたんだってな。 」

唐島が礼を言うと透は少し照れたような笑みを浮かべた。

 「いいっすよ。 そんなの…。 」

 透は恥ずかしげにボソッと言うと教室へと戻っていった。
入れ替わりに隆平がワークを持って現れた。透も雅人も修に似たのか背が高いが、この少年だけは背丈も普通サイズで苗字も違う。

 「鬼面川…。きみは紫峰家の人じゃないのかい? 修くんと一緒にいたよね。」

隆平はにこっと笑った。

 「紫峰家ですけど…僕は遠い親戚なんです。 」

 「ああ…そうなんだ…。 」

 唐島にワークを渡した隆平は軽く一礼して職員室を出て行こうとしたが、何か引っかかるものを感じて振り返った。

 唐島自身に何かがあると言うわけではなかったが、唐島の背後に居る初老の男に目がいった。

 多分…河原先生なんだろう。他の先生には見えてないようだから…。
隆平には河原先生の姿に重なって何人かの男女が見えたような気がした。 

 やがて河原先生もそれらの人々も煙のように消えてしまった。
隆平は職員室から飛び出すと慌てて修にメールを送った。

『修さんの直感大当り。 河原先生はひとりじゃない。 』

 すぐに返信があって絶対にひとりでコンタクトしてはいけない…と注意書きが入力されてあった。
隆平はこの発見を雅人や透に伝えるために急ぎふたりのいる教室へと走った。




 梅雨の中休みか珍しく晴れてあちらこちらの庭やベランダに気持ちよさげに洗濯物がはためく中を、史朗は従兄の彰久の新居へ向かっていた。

 彰久は修の前世からの親友で、史朗にとっては霊的に親子の繋がりのある人だ。
笙子の妹、玲子と所帯を持ったばかりで、史朗は新居を訪ねるのは初めてだった。
藤宮の大学院で笙子と玲子の父陽郷の助手をしながら大学で講師をしている。

 「お聞き及びとは思いますが…。 」

史朗は話を切り出した。

 「例の高等部の怪談話ですか…?  理事長から少し…。 」

お茶を勧めながら彰久は言った。

 「はい…。 『醒』を使うやも知れません。」

 「おや…『醒』とは珍しい…。 では亡くなった人が相手ではないのですね?」

彰久はそう言って真顔になった。史朗は頷いた。

 「そうなのです。 所謂、生霊と呼ばれるもののようです。 
それで…彰久さんにご意見を伺いに…『醒』でいいものかと…。」

 「では史朗くん…。 できるだけ慎重に行動しなければいけませんよ。
場合によっては死に至らしめることもあります。 
先ずは相手の身体が魂の常駐に耐えられるかどうかを確認すべきです。
 
 身体的に問題がなければ良し。 問題があればそちらの治療を先に…。
それが無理なら…より弱い『覚』にとどめておきなさい。
一時的に現象を抑えることができます。

僕が教えてあげられるのはそのくらいです。 」

史朗は彰久の話を真剣に聞いていた。

 「分かりました。 ご指導有難うございました。 」

 史朗は丁寧に頭を下げた。
彰久はどう致しましてと言うように穏やかに微笑んだ。

 

 修の会社の近くにあるアンティークな珈琲専門店で宇佐はじりじりしながら修が現れるのを待っていた。

 受付嬢に修の所在を訊ねたところ会議中だという。
しかも、修に会うためにはわざわざアポイントメントとやらを取らなくてはならないらしい。うそだろ…と宇佐は思った。

 『重役職以上の場合ですと時間の調整上やむをえないことでございまして…。』
なんてことを言われ体よく追い返された。

 仕方なくメールをいれるとこの店を指定してきたのだが、会議が長引いているのか一向に現れなかった。
 『これでコーヒーが美味くなかったら全額払わせてやるぞ…。』
目の前の洒落たコーヒーカップ手に取りながら宇佐は思った。

 コーヒーは結構美味かった。それで一先ずほっとした。
落ち着いて考えてみれば修は、あの馬鹿でかい会社を支配している大きな財閥の総帥の後継者で、政界の要人とさえ面識があるくらいだから、仕事中に友達だからといって簡単に面会できるわけもなかったのだ。
『肩が凝るぜ…ったく…。』

 宇佐が首を鳴らしているとようやく修が姿を現した。
美しいお姉さまとかっこいいお兄さまつきで。

 「すまん宇佐。 待たせたな…。 」

 修が宇佐の向かいに座るとアルバイトのお姉さんが飛んできた。
修のところへは直接寄らず、修についてきたお兄さまたちの席へ向かった。
お姉さまの携帯は引っ切り無しに鳴り、お兄さまも休むことなくどこかと連絡を取り続けている。

 「で…どうしたんだ? 」

修に訊かれて、向こうの席のお兄さまたちに気を取られていた宇佐ははっと我に返った。

 「ああ…。 実はさっきとんでもないことを聞いたので急ぎ飛んで来たんだ。
河原先生の病気のきっかけになった事件があってな。 」

 宇佐は今日先生の見舞いに行っていたのだが、そこでやはり見舞いに来ていた親戚の人から話を聞いたという。

 河原先生は昔、他所の学校で教師をしていた。
その教え子の中の何人かが先生の影響で教師になったことを、先生はとても嬉しく誇らしく思っていたらしい。 

 河原先生がそうであったように教え子たちも生徒に評判のよい先生ばかりで、それも先生の自慢だった。

 ところがその中のひとりが突然服毒自殺してしまった。
しかも単独でではなくネットで集まった自殺願望の若者たちと一緒に。
理想と現実のギャップにひどく悩んでいたという。

 河原先生にとってはショッキングな出来事だった。
若者を諭して自殺を止めるべき立場の者が一緒に自殺してしまったということで、その先生は世間から随分非難されたらしい。

 その事件がきっかけで体調を崩した河原先生は自宅で急に倒れてそれ以来ずっと入院生活を送っている。

 「とまあ…そんなことがあったわけだ…。 」

宇佐は聞いてきたばかりの情報をそのまま修に伝えた。
  
 修は自分で注文することもなく運ばれてきたコーヒーを一口飲むとふ~っと溜息をついた。

 「責任を感じていたんだろうな…。 河原先生のせいではないのに…。 」

 「だからな…。俺は先生の症状は身体からきてるもんじゃないと思うわけよ。
素人だからよく分からないけれども、ひょっとしたら何かのきっかけで復帰できるかもしれないってな…。 」

宇佐は希望的観測を述べた。

 「修さん…そろそろ。」

向こうの席から声がかかった。

 「ごめん…また店のほうへ行かせてもらうよ。 寄ってくれて有難うな。」

修は立ち上がった。あまりに忙しそうなので、宇佐は呼び出して悪いことしたな…と思った。

 「いいや…かえって邪魔したな。 」

 修がじゃあな…と言う間もなくふたりは次々と何かを報告をしている。
修は真剣な顔でいちいち頷いている。
宇佐と話している間に入った連絡の内容なんだろう。

 出入り口のところで修はちょっと振り返り手を振った。
ほんとにせわしない奴だ…と宇佐は思った。

 勘定を済ませようとアルバイトのお姉さんを呼ぶと支払いはいつの間にか終わっていた。聞けば、修がここを利用する時には相手に払わせることがないように前もって手配がなされていると言う。
やれやれ…手回しの良いこと…宇佐は肩をすくめた。



 とにかくその週は忙し過ぎて修も河原先生どころじゃなかった。
総帥である叔父の貴彦が風邪で寝込んだために、ありとあらゆる仕事がまわってきて、そのすべてをこなさなければならなかった。

 取り敢えずは絶対に手を出さない約束で、透、雅人、隆平、晃の四人に唐島の監視を任せ、異常があればすぐ知らせるように指示した。
勿論、四人には本分である勉強の方もしっかりやるように申し渡したが…。

好奇心旺盛な四人組…。

若気のいたりでつい…ということも考えられる。

修の胸に一抹の不安がないでもなかった…。





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