徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

三番目の夢(第九話 見舞い)

2005-09-05 23:58:39 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 「おまえほど家と外の違う人間はいなかったよ。 」

宇佐は修のためにコーヒーを淹れながら言った。

 「天衣無縫とか豪放磊落とか言われながら、思わぬことをやらかしては学校中を沸かせているというのに、家に帰ると穏やかで静かでまるで100歳の祖父ちゃんかと思うような落ち着きはらった態度…俺はたまげたね。 」

修は微笑んで、宇佐の差し出したコーヒーカップを受け取った。

 「おまえには随分助けてもらったよな。 透たちの面倒もみてもらったし…。
おまえがいてくれたから僕は留学できたようなものさ…。 」

 「なあに…俺だっていろいろ助けてもらっている。 お互いさまだ。 
ところで…その後先生の様子を聞いているか? 」

 宇佐は河原先生のことが気になっていた。
開店して間もないこの店は宇佐がひとりで切り盛りしているため、なかなか見舞いにもいけずじまいだった。

 「息子さんに訊いた所では、わりとお元気なようなんだが…。
僕も何やかやで直接には伺ってはいないものだからね。 」

 そう答えながらも修には少し気になることがあった。
宇佐には言えないが、学校に河原先生が出現するということはその時には河原先生の魂がぬけて来ているということになる。

 魂のぬけた体の方は意識がないに決まっている。
はっきりしている時とぼんやりしている時があるというのはそのためだろう。

 先生は故意に離脱して学校へ来ているのだろうか?
学校へ帰りたいという思いがそうさせているのだろうか?
 何故…生徒ではなく教師に語りかけるのだろうか?
これは本当に先生の意思なのだろうか…?

 疑問が湧いては消え、湧いては消えするけれど、直接河原先生の魂と対面できなければ聞くことさえできない。
 
 「どうした? 黙りこんで…。 」

宇佐が声をかけたので修ははっと我に返った。

 「ちょっと考え事さ。 相変わらずいろいろあってね…。 ]

 「全くせわしない奴だぜ…。 」

宇佐は笑って言った。



 唐島が入院したことを修は2日ほど経ってから透に聞いた。
雅人や隆平もそのことは知っていたのだが、修には言わなかった。

 「ただの疲れだって他の先生から聞いたよ。 何度か点滴したらしいけどね。
今日あたりから自宅へ戻っているだろうって。 

 でも先生さ。 帰ってもひとり暮らしなんだよね。 
ちょっと前にお姉さんが亡くなったって言ってたらしいから…。 」

 繊細なわりには鈍なところのある透は、雅人なら絶対口にしないような唐島の話を修に聞かせた。
 隆平がまずい…というように顔を顰め、雅人の口がへの字に曲がった。
おいおい…話すか普通…。そんな話…誰が聞きたいかよ…。

 「そう…気の毒に…。 」

修は穏やかにそう言った。

 「復帰は来週になりそうだってさ…。 」

含むところなくそう話す透に修は笑顔で頷いた。

 唐島の姉のことを修は思った。むつみというその少女は清楚な美しい人だった。
身体が弱くて、ちょっとしたことで重い病気に罹ってしまうのだと聞いていた。
 
 「そうか…むつみさん…亡くなったんだ…。 」

修は小さく呟いた。

 「遼くん…とうとう…本当にひとりになってしまったんだね…。 」

 感慨深げにそう言うと修はしばらく黙って物思いにふけっていたが、仕事があるからと言って先に自分の部屋へ戻っていった。
その後姿を雅人は誰よりも不安げに見つめていた。



 点滴のおかげで楽にはなったものの、家へ帰ってもただ寝ているだけの唐島だった。病院の帰りに少しは食料を仕入れてきたものの、作る気にも食べる気にもならずただ寝ていたいだけだった。

 玄関のベルが鳴った時にはいっそ出るのを止めようかとも思ったが、学校関係者だと申し訳ないので、ふらつく身体に鞭打って玄関までたどり着いた。

 覗き穴から外を見た唐島は、そこに見えている懐かしい顔に心臓が飛び出るかと思うほど胸が高鳴った。

急いで扉を開けた。花やら何やら荷物を抱えた修が立っていた。

 「修くん…。 」

 「入ってもいいかな…? 」

 唐島は頷くと修を中へ招き入れた。
修は真っ直ぐ部屋の小さな文机においてある写真の前に行き花束を捧げた。

 「むつみさんに…。 知らなかったから遅くなったけど…。 」

 「ありがとう…。 喜ぶよ…。 」

 情けないことに唐島は自分の身体を支えていることが辛くなっていた。
修に椅子を勧めようとしたが、足元が覚束なくて倒れかかった。

 修の身体がそれを支えた。唐島に触れた時、修は全身に悪寒が走るのを感じたが何とか堪えた。
 
 「寝ていて…遼くん。 本当はかえって迷惑かと思ったんだけど…。
遼くんひとりじゃ買い物もできないだろうから…。 

 僕は料理ができないので…レンジでチンすれば食べられるやつばかりかってきたけど…。 あとスポーツドリンクとか…そんなんでごめんね…。 」

修は唐島をベッドに寝かせてやりながら修は言った。

 「修くん…僕は…僕はね…。 」

 「あんたの話を聞きたいんじゃない! 
そんなことのためにわざわざ来たわけじゃないんだ! 」

 突然激しい口調で修は怒鳴った。怒鳴ってしまった自分に驚いて思わず手で唇を押さえた。唐島は何も言えなかった。

 「ごめん…。 何か…温めてきてあげるよ…。 食べてないんだろう? 」

修は買い物袋の中からレトルトのかゆを取り出した。

 修が唐島のために食事を用意してくれている。
それがどんなものでも唐島は心の底から有り難いと思った。
 今は喉まで出かかった弁解の言葉を飲み込むしかない。 
修が聞く気になってくれるまでは…。

 「こんなものでごめんね…。おかゆと梅干…。定番過ぎて馬鹿みたいだろ。」

 修は笑顔を見せながらそう言った。唐島は首を横に振った。
修が暖めてくれたおかゆを口にしながら修の視線を痛いほど感じていた。

 修の真意がどこにあるのかは分からない。

けれども、ほんの少しだけ歩み寄ってくれたようで嬉しかった。

自分の知っている小さな修がそこにいるような気がした。

ほんの一瞬だったけれども…。





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