徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

現世太極伝(第四十話 繋ぎ屋レイジ)

2006-04-05 18:12:20 | 夢の中のお話 『現世太極伝』
 玲人(れいじ)がふたりの前に姿を現したのは夏休みの直前だった。
西沢が例の花木桂の小説に頭を抱え手を焼いている時に突然現れた。
 亮とノエルはポーズをとっていて動けず、滝川は丁度、麺を茹で上げている最中で、玄関のベルが鳴っても誰れも出て行かないのを待ちかねて、空き巣よろしく勝手に鍵を開けて上がりこんできた。

 「玲人! 少しくらい待てねぇのかおまえは!  」

 キッチンから滝川が怒鳴った。
うふ…と玲人は笑った。

 「怒んないでよ先生…。 時は金なりって言うじゃありませんか…。」

仕事部屋の扉をノックすると返事も待たずに入って行った。
 
 冷房が効いているのに空気がど~んと重いのは西沢が噴火寸前である証拠だ。
あらら…先生…機嫌が悪そうだこと…と玲人は思った。

 「お召しにより罷り越しました。 」

玲人が声をかけると西沢はわけの分からないことを訊いた。

 「おまえさぁ…十四くらいの時に女が恋しくて仕方がないとか思ったか…?」

はぁ? 十四…すかぁ…? 玲人は間延びしたような声で聞き返した。

 「いいえ…まだそれほどは…。他んことに夢中だったような気がしますけど。
そう…強いて言えば生身の女よりアニメの美少女キャラとか…。 」

玲人がそう言うと西沢は我が意を得たりと頷いた。

 「だよなぁ…。 何なんだよ…この話はぁ…。
花蓮のことを思うと…夜も寝られない…これが恋なんだ…ってか…やめてくれってぇの…十四だぜ…ちょっと切ない恋はあってもそんな狂おしいもんじゃねえよ。
 そりゃ年頃だからエロいことには多少なり興味があったよ。 
そっちで寝られねえなら分かるけど…次元が違うぞ全然…う~背中がゾクゾクする…。」

 どうなってるの…? 玲人がそっと亮に訊ねた。
西沢さんはこの手の少女恋愛小説にアレルギー反応起こすんだ…と亮が答えた。
多分に作品に対する個人的偏見もあるけどね。

 花木桂の描く男はみんな在り得なさそうなやつばかりでさ…前に千春がお兄ちゃんとはめっちゃ違うって言ってたくらい…とノエルが付け加えた。

 あ…そりゃそうだ…夢見る乙女用の小説なんだから…出てくる男はみんな王子さま…トイレも行かないようなやつばかりに決まってるわ…。
玲人はげらげらと笑い出した。

 「先生…まともに受け取っちゃいけません。 あくまで小・中学生向け…恋に恋する乙女の話なんですから。 我々には…所詮…理解不能ってもんで…。 
ま…どっかにゃそんな十四歳もいるってくらいに軽~くお考えになって…。 」

 西沢は横目で玲人を睨んだ。
玲人の笑いがぴたっと止まった。

 「背筋のぞぞげはおいといて…カレカノの思いっきり甘~いシーンを少女漫画チックに描いときゃいいんじゃないっすか? 坊やの妄想シーンなんでしょ? 」

 分かってんだよ…そんなことはぁ…。
そんなもんへたに描いたら女性週刊誌のエロ漫画になっちゃうんだよ!
………。
へたに…そっか…描くのやめちゃおう…。
うん…ここは花蓮のアップ…。
坊やの頭ん中は花蓮でいっぱい…ってことで…。

 「よっしゃ! 次行くぜ…。 」

 次行く前に飯! 呼んだのが聞こえねえのかよ。 
扉のところで滝川が不機嫌そうにみんなを睨んだ。



 相庭玲人…相庭の次男にして相庭の分身…。
顔立ちは異なるものの鋭い目つきと性格をそっくりそのまま受け継いでいる。
 体型的にはごく普通の今時のお兄さん、どこか飄々とした雰囲気を持ちながらも存在感だけは抜群だ。
 父親と同様、あちらこちらに知り合いが居て、あらゆる方面に顔が利く。
相庭が自分の子どもの中で、特にこいつと定めて鍛えてきただけのことはある。

 相庭はもともと西沢の祖父巌が何処からか連れてきた男だ。
西沢が生まれるほんの少し前のことで、西沢家に来た端はしばらく巌の秘書などをしていた。
 モデルを始めた赤ん坊の頃から親代わりに西沢に付き添うようになり、以来ずっと西沢の仕事の仲介人のようなことをしているが…それ以前のことはまったく分からない。
 大手の企業などが集まる地域にかパブや喫茶店などを持っていて相庭の妻たち相庭一族の女性陣がその営業を任されている。

 経済的に独立しているせいか完全に西沢家に支配されているわけではなく、依頼主が満足するような成果を出すということに徹しているだけ。
 西沢の監視をするよりは、その顔の広さを生かして繋ぎ屋をやったほうが金になるだろうに…なぜこれほど長期に亘って西沢個人に拘っているかについては不明である…まあ裏では時々やってはいるようだが…。

 玲人はここ5~6年姿を消していて最近やっと戻ってきた。
何処に行っていたのかは謎のままだ。
 ちょっと修行に…ってな具合で適当にはぐらかしてはいるが、顔繋ぎのためにあれこれ動いていたことは間違いない。
 
 「まあ…きみたちはクラブや事務所に属しているわけでもないし…まったく個人のバイトだから他から仕事が来ることはほとんどないだろうけど…。
妙なやつらに騙されたり利用されたりしないように玲人を仲介に置いとくから…。
僕と滝川以外の仕事は玲人を通したものでなければ受けちゃいけないよ。 」

 そう言って西沢は玲人という男を亮とノエルに紹介した。
よろしくお願いします…とふたりは頭を下げた。

 「こちらこそ…可愛いおふたりさんをお預かりできて光栄です…。
仕事がなくったってそれはそれで…日々無事過ごせてると思って頂ければ幸い。
 世の中には坊やたちのような素人さんから生き血を吸い取ろうって吸血鬼がわんさといますからねぇ。 」

 玲人は鋭い目を細めて笑った。
亮もノエルも玲人が自分たちの稼ぎで雇えるような男じゃないと分かっていた。
西沢に多額の負担をかけてしまうことになってひどく困惑した。
特に亮と違って西沢との血の繋がりもないノエルの戸惑いは大きかった。

 「ほんと可愛い坊やたち…先生のお財布の心配をしておいでだ。
大丈夫ですって…先生にはお祖父さまの遺されたものがおありで…一生遊んでても食うには困りません…。
 それに先生も結構稼いでいらっしゃるんだし…私への手数料なんて高が知れてますって…。 」

 玲人はさも可笑しそうにふたりに向かって言った。
ふん…と滝川がそっぽを向いた。
英武とは別の意味でこのふたりは仲が悪そうだ…とふたりは思った。

 連絡方法やら何やらふたりに細々説明した後で…それじゃよろしく…と玲人が帰ってしまった後で、滝川はえらい剣幕で西沢に詰め寄った。

 「監視をもうひとり増やしてどうすんだよ! あいつはおまえの依頼を引き受けるついでに相庭の後継は自分だと体よく名乗って出てきたんだぞ! 」

 何も自分から鎖を増やすことはないだろう…と滝川は憤慨した。  
滝川を宥めるように西沢は静かに笑った。

 「僕に…それだけの価値が…在るんだろうさ…。 
どの道…相庭が引退すれば玲人がそれに代わる…遅いか早いかだけのことだ…。
 それに…僕も相庭親子には仕事を頼みやすい…。
僕個人の情報を外に流すようなことはしないし…なんでも心得ていて説明の必要がないし…ね。 」



 西沢の心配が形となって現れたのは、あの高級チョコレート店がこの夏の新商品を発表してすぐだった。
 今度はトロピカルフルーツチョコ詰め合わせ『AFFAIR』のパッケージ…。
まるで映画の回想シーンを思わせるような点描状の淡い色彩に加工された写真が嵌め込まれている。
 砂浜を模した色砂と美しい貝殻を背景にふたりの半身が浮かび上がっている。
ノエルは眼を閉じた横顔以外はほぼうつ伏せ状態で肩から背中のラインが艶かしい…亮は仰向けで顔をノエルの方に向けている…薄目を開けて愛しげに。
 ふたりの身体は離れているが亮の身体の上で重ねあった手がついさっきまでのふたりの関係を想像させる構図になっている。

 書店には例の如く木戸がチョコを持って駆けつけ、店長や吉井さんだけでなく奥さんまで登場して新しいチョコの試食会になった。 

 ノエル可愛い~! 男の子には絶対見えないわよね~!…と吉井さんと奥さんは上機嫌でノエルの写真を眺めあい…どちらかと言うと刺身のつま状態の亮は…亮くん結構いい身体してんじゃないの~くらいのお言葉を賜った。

 夏場らしく…冷やして召し上がれ…とお勧め書きのついたこのチョコレートがまた女性客に馬鹿売れして、パッケージを二回も飾ったこのモデルたちは誰…という声があがった。
 あんまり有り難くないことには、何処から聞こえていったのか亮が西沢紫苑の弟でノエルはその友人ということが知れ渡り、実力があってそれをきっかけに売り出すつもりならともかく、ど素人としては嬉しくない方面の方々の目に留まった。

 勿論…玲人が早急に動いてふたりがまだ何も知らないうちに片を付けたが、玲人が居なければちょっとばかり難しいことになっていたかも知れなかった。 

 まあ…玲人の言葉じゃないが日々無事過ごせるだけ有り難いってことだよ…。
ことが穏便に済んだ後でふたりに危険が迫っていた事実を話した西沢は、そう言ってさらなる注意を促した。

 唖然としているふたりに…今回はことが起こる前だったからおふたりは何も知らなかったんだけど…これから先も妙な連中に引っ掛からないように…甘い言葉に乗っちゃいけませんぜ…必ず私を通してください…と玲人は言った。






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