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ほとんど…小説…だったりも…します。

現世太極伝(第四十九話 死んでたまるか…。)

2006-04-20 00:07:16 | 夢の中のお話 『現世太極伝』
 亮とノエルが解放された後、西沢の身体からは容赦なく生きるための力が抜き取られていった。

 特殊能力者の力は多くの場合、資質と精神力の強弱に左右されるが、それだけではなく、力を使うことによって消費される体力の有無にも影響を受ける。
 持てる力が大きければ大きいほど必要な活力も増し、活力のないものに大きな力があるような場合は、力を使い続ければ時に早世の原因ともなる。
自分の力に喰われる…というところか…。
 
 封印を解いた西沢はその力の大きさもさることながら、それを支える活力も十二分…気たちにとっては美味しいおやつに違いない。
まあ…気たちのスケールから考えれば米粒ひとつにも満たないが…。

 血を抜かれていくような奇妙な感覚とともに全身に疲労感を覚えた。
まるで貧血で倒れたときのようだ…と心の内で笑った。

 「僕がここで殺されるわけを…教えてくれないか?
寛大な創造主であるはずのあなたたちが…どうしてその創造物である人間にこれほどの憎悪を抱くようになったのか…聞かせて欲しい。 」

 西沢がそう願うと…いいだろう…と気の代表格と思われる比較的大きなエナジーが西沢の前に気配を現わした。

 両儀(陰・陽)・四象(太陽・少陽・太陰・少陰)・八卦(四正・四隅)等々…直接に太極の動静から分かれていった気ではなく、それらがくっついたり離れたりを繰り返して創った五行のひとつだと名乗った。
五行は万物の直接の創造主である。

 『長い時をかけて…我々は万物を創り出した。 人間もそのひとつだ。
創り出しただけではない…絶えず命の気を産み出し…与え…育んできた。

 自然の一部であった時の人間は可愛らしいもので…我々を畏れ敬い…与えられた恵みへの感謝の念を忘れなかった。
 おのれの命が他の命の上に成り立っていることを意識し、無駄に殺さず、必要以上に壊さなかった。

だから世界はいつも安定していた…。

 いつの間にか傲慢になった人間は意味なく破壊し、故なく殺した。
創ること…育むこと…産み出すことは我々の本来の姿だから…感謝も畏怖も欲しいとは思わないが…バランスを崩されることは困る。

 何度も警鐘を鳴らし、その間にも必死で不足分を補い、修正し、維持してきた。
ところが人間は警告を無視し、改めるどころか、どんどんエスカレートしていき、いまやこの小宇宙はぼろぼろ…存亡の危機にある。

救い難い…と我々は判断した。 このような生き物は最早必要ない…と。

 ところが…太極は躊躇った。
これらの生き物もまた…自分の一部であると…。
 部分的に腐ったところがあるからと言って簡単に全部を捨ててしまうのは如何なものか…。

部分的な腐敗があっという間に全体に及ぶこともある…と我々は考えた。

 腐敗した部分だけを取り除くことはできないか…。

 残念ながら…それができるほど単純な生き物ではないし、ひとりひとり選別していけるような数ではない。 

 太極が躊躇えば同じように躊躇する気たちも現れて決定には至らなかった。
しかし…我々も疲弊していたし…先を思えば何らかの手を打たざるを得なかった。

 原因が人間なら人間に責任を取らせるべきだというので…人間を集めて気を回収することにした。
 特殊能力者は比較的活力も大きいし…我々の動きにも敏感に反応するので集めやすく、自然保護や平和主義的な啓蒙もし易かった。

 ところが…こちらが望んでもいないのに…集められた固まりごとに次第に組織化し、勝手なスローガンを掲げて互いに対立を始めた。

 我々もとうとう堪忍袋の緒が切れた。
それならば…そういう人間の性根を利用してとことん争わせ、太極が人間を排除する決心を固めるように仕向けてやろう…と。
  
 おまえのような者が何人も現れて邪魔をしなければ…とっくにそうなっていたろうよ…。 
 だが…すぐにそうなる…人間はお終い…。
おまえがここで処刑されるのを見れば…誰ももう我々の邪魔はしなくなる…。
 おまえの命が消えた後で…もうひとりふたり殺せば覿面だ。 
これで…我々の怒りも少しは治まるというものだ…。 』

 エナジーは愉快そうに笑い声をあげた。
が…次の瞬間その声はぴたりとやんだ。

 西沢の喉から押し殺したような笑い声が漏れ始め…それは次第にあたりに響き渡るほどの哄笑に変わった。

 「こいつはいいや…。 エナジーの気晴らしのために殺されるなんて…いかにも僕らしい死に方じゃないか…。

 だが…気晴らしにはなるまい…逆効果だ…。
もともとの計画のいい加減さを露呈するようなもんだ…。

 あまり人間を甘く見ない方がいい…。
良きにつけ悪しきにつけ人間は思わぬ力を発揮する生き物だ…。 」

 西沢の笑い声にかっとなった気はさらに西沢から気を奪った…。
とうとう西沢も膝をついた。
 頭痛とめまいと…脱力感…徹夜の仕事が続いてもここまでひどくはなかったかな…そんなことを考えて苦笑した。

 『命乞いをしないのか…? その気力もないか…?
それとも…もう…おさらばしたくなったか…? 』

 誰が…命乞いするくらいなら…最初からここに来やしねぇ…。
簡単に死にたいなんて…思うか…馬鹿野郎…!
西沢はまだ不敵な笑みを浮かべていた。 



 映像をキャッチできるあらゆる能力者が西沢に注目していた。
これまでにも…ほとんどの能力者が身近に迫っている危機を感じ取っていた。
 目の前にそれが現実となって現われた。
すでに仲間を攫われた経験のある者たちにとっては他人事ではなかった。
 ある者は恐怖に怯えながら…ある者は手を出すことができないもどかしさに歯噛みしながら…西沢の一挙一動を見守っていた…。

 特に御使者の役目を負ったものは西沢の苦しみを我がことのように感じていた。
いまあそこに居ると思われるエナジーは自分たちが相手にしているものとまったく同じなのだから…。
 それにやつらは…西沢の次を宣言している。
西沢が絶命するとともに誰かの命がまた狙われる…自分かもしれない…と。

 愛する紫苑が殺されかけている…そのことは西沢本家に集まった人たちに深い悲しみと怒りを齎した。
 とりわけ英武は…再び発作がぶり返すのではないかと思われるほどに蒼ざめていたが、ぎゅっと唇を噛み締めて映像を見据えていた。 

 輝の脳裏に別れ際にプロポーズした紫苑の寂しげな笑顔が浮かんでは消えた。
覚悟していたのね…紫苑…。 
絶対に…生きて帰ってくるのよ…ちゃんと断ってあげるから…。

 怜雄は…怜雄は祥の代わりに忙しく立ち回っていた。
他の一族とも連絡を取り、旭や桂とも今後のことを相談しあった。
 智哉や千春のことも気遣い直行にも声をかけた。
ことは急を要する…ここで途方に暮れていたんじゃ紫苑が悲しむ。
 紫苑はみんなを生かすために犠牲になろうとしている。
紫苑を助けに行ってやれない以上…いま俺にできる限りのことをやらねばならん。

 誰もが…西沢を想った…。
家族や友人たちのように純粋に西沢のことを案じている者もあれば、西沢の死が自分たちの死に直結すると分かっていたから…その意味で西沢の命が助かるようにと願っている者もあった。
それでも確かに…大勢の能力者たちが西沢に向けて強く想いを馳せていた。 
 


 次第に気たちが騒ぎ始めた。
西沢はいまや起き上がることもできない状態であるにも拘らず、生きることをやめようとはしない。
 執拗に生に執着し自ら放棄する気配は微塵もない。
生命エナジーの激しい消耗で死ぬほどの苦痛に苛まれていようはずなのに…。

 『なぜ…そうまで生きようとする? 今のおまえにとっては生きることの方が地獄だろうに…? 』

あの五行のエナジーが怪訝そうな声で訊ねた。

 「僕が死ねば…また…誰かを同じ目に…遭わせる…つもりだろう?
僕が…一分一秒…生き延びれば…そいつの命が…それだけ延びる…。
 すべての…人間の…命が延びる…。
ならば…僕が…ここに生きて…存在する意味は…確かに…ある…。
気晴らしなんて…くだらない理由で…殺されるのは…僕だけで…十分だ…。  」

 西沢は戦っていた…。それは気たちとの戦いではなく…自分自身の死との戦い。派手でも格好良くもない…独りっきりの…戦い…。
 それでもその戦いには…六十五億の命がかかっている。
そう簡単に死んでたまるか…。

 要らない子…生きていてはいけない子…。
あの事件の時から西沢の心を苛んできた母の言葉を思い出していた。

 母さん…あなたが実際のところ…僕のことをどう思っていたかは分からないが…僕は今…ここに生きて存在するべきなんだ…。

 僕の命の一秒一秒が…亮やノエルや…恭介や…僕の愛する家族や友だちの命でもあるんだよ…。
彼等だけではない…人間という生き物の大切な命を…僕は無下には捨てられない。

何としても生き抜く…定められたその時が来るまでは…。





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