その日…ノエルの健康状態がチェックされた後で千春と亮もチェックを受けた。
特別室には滝川と有そして智哉の他に怜雄と英武が立ち会いに来ていた。
遅れて輝が不測の事態に…というよりは予測できる失敗に備えて何枚ものバスタオルとノエルのための着替えを袋詰めにして病室に現れた。
こんなもの…役に立たない方が良いんだけど…念のためにね…。
輝は自分に言い聞かせるように胸の中で呟いた。
始めましょう…という滝川の声でその場に張り詰めた空気が流れた。
怜雄と英武は万が一、亮に何かあった場合の代理や西沢の身体に異変が起きた場合のエナジーの供給者としての役目も負っていたので、かなり緊張した面持ちで西沢の傍に控えていた。
ソファベッドの上に仰向けに寝転がったノエルの腹部の子宮の位置を滝川が智哉に指示した。
智哉はまず娘の千春の身体から少量のエナジーを抜き取り、慎重にノエルの子宮に移した。
続いて驚異的な計量感覚でほとんど千春のエナジーと同量のエナジーを亮の身体から抜き取り、ゆっくりとノエルの子宮に入れた。
「エナジーの様子が見えますか…? 」
滝川と有はノエルの子宮の状態をふたりで確認しながら智哉に訊ねた。
智哉が…はい…と頷いた。
「ふたつの気は今…活動を始めました。 絡み合っています。
気同士の相性は…悪くないようです。 」
ほぼ…滝川や有の捉えた動きと一致していた。
智哉自身は知らぬこととは言え、遠いところで血縁関係にある千春と亮だから相性の良さはある程度予測できた。
智哉の眼と滝川や有の感覚にずれが生じたのはそのすぐ後だった。
突然…智哉が…ふたりの気とは異なる気が見えると言い出したのだ。
滝川と有にはそれが感じられなかった。
何かが邪魔を始めたのは分かったが…それが気だとは思わなかった。
「痛い…。 」
再びあの痛みがノエルを襲った。
それはどんどんひどくなってきてノエルはじっと寝ては居られなかった。
お腹を抱えて蹲った。
亮が慌てて駆け寄ろうとするのを…今はだめ…と遮って、袋を抱えた輝が先にノエルに近付いた。
輝は素早くタオルを何枚もノエルの腰の下に敷いた。
ノエルの腰にもかけてやった。
失敗だ…と滝川は呟いた。
ノエルは真っ青な顔をして内臓をぎゅっと絞られるような痛みに耐えていた。
滝川がもう一度ノエルを仰向けに寝かせると急いで治療をした。
有も治療の効果を確認するようにノエルの下腹部に触れて上出来だ…と頷いた。
手当てを終えた滝川はがっくりと椅子に腰を下ろした。
頭を抱え…事態を検討した。
最も良い条件と思われることばかりなのに…何がいけなかったのか…?
輝は看護婦さん並みに手早く後始末を終えてから、亮に向かって…もうノエルに近付いてもいいよ…と許可を出した。
大丈夫…? 亮が声をかけるとノエルは力なく笑った。
有が…何やらひとり考え込んでいる智哉にそっと耳打ちした。
ふたりで静かに応接間の方へ移動した。
応接間で有はまず失敗したことの詫びを述べた。
「気にかかることがあるので…智哉さんにもご意見を伺いたいのですが…。
どうもあの方法には何処か根本的な思い違いがあるように思えてならないのです。
この前から引っ掛かってはいたのですが…。 」
有は小さな声で智哉に語った。
「実は…先程から私もそれを考えていました。
私はこの眼で確かに邪魔をする三番目の気を見たのです。
しかし…私の手は千春と亮くんの気以外には触れていない…。 」
智哉が不思議そうに答えた。
「その気を私も恭介も気として捉えることができませんでした。
邪魔をしているものがあるとは感じていたのですが…。
こうは考えられないでしょうか…?
その気は…ノエル自身の気ではないかと…。
ノエル自身の気なら我々はノエルの身体のあらゆるところにそれを感じているわけですから…特別なものとしては判別できない…。
しかし…あなたには見えるわけですから…ね。
この失敗はノエルの気の一部が子宮で活発に動いた結果だと…。 」
有の見解になるほど…と智哉は頷いた。
「それは有り得ます…。 あの気は私の目には確かに見えてはいますが、他の人の気配がまったくなかったのです。
ノエル自身の気であるならそれも道理だ…。 」
意見が合ったところでふたりは病室へと戻った。
有と智哉は頭を抱えている滝川にいまさっき自分たちが考えた意見を話してみた。
滝川は聞きながら頷いていたが何か思い当たったように急に立ち上がると、ノエルの寝ているところまで飛んできた。
びっくりしているノエルと亮の顔を交互に眺めて滝川は頭を掻いた。
「有さん…智哉さん…僕はとんでもない考え違いをしていました。
ノエルの子宮を単なる器と捉えていたこと…媒介に過ぎないと考えていたこと…。
大きな間違いでした。
ノエルの子宮はそれ自体が生命エナジーを宿している…。
必要なのはおそらく亮くんの気だけで…千春ちゃんの気を一緒に入れてはいけなかったんです。 」
その見解には有も智哉も大きく頷いた。
しかし…いますぐに試すというわけにはいかなかった。
ノエルに無理をさせれば…智哉が懸念したとおり身体が持たない。
今日のところは一先ず中止にしてノエルの回復を待つことになった。
「ノエル…家へ帰って母さんに看て貰うか…? 」
智哉はノエルを労るようにそう声をかけた。
けれどもノエルは…首を横に振った。
「亮と帰る…。 亮んちへ行く…。 」
そうか…と智哉は心持ち寂しそうに言った。
今一番心細いに違いないノエルは…それでも実家には帰ろうとしない…。
両親の介護を受けるよりも他人の亮を選ぶ…。
実家とは名ばかりで…うちはノエルにとってそれほど居場所のないところになっていたのだろうか…?
あの日の西沢の忠告を今更ながらに思い出した。
「亮くん…ノエルを頼むよ…。 面倒をかけてしまって悪いんだが…。 」
智哉は傍にいた亮に向かって申しわけなさそうにノエルの世話を頼んだ。
亮は快く…いいえ構いません…と答えた。
離れたところにいた有にも智哉は一声かけた。
有も機嫌よくノエルを引き受けた。
怜雄や英武と話していた千春を呼んで帰途についた智哉は、家に着くまで溜息の吐きっぱなしだった。
『どうか…ありのままのノエルを愛していると言ってあげてください…。 』
西沢のあの言葉が繰り返し浮かんでは消えた…。
ノエルの具合はこの前よりも悪そうだった。
ノエルは何も言わないが…なかなか顔色が戻らない…食欲もない。
ひどく腰とかお腹とかが重たく感じられるようでつらそうだ。
帰宅してからずっと寝転がったまま…。
夜になって…有が再度診てくれたが…回復には時間がかかりそうだ。
亮はこの前のようにノエルのお腹や腰を擦ってやりながら少しでもノエルが楽になるようにと願った。
「ご免な…ノエル…。 兄さんのためにこんなにつらい目に遭わせて…。」
ノエルは可笑しそうにくすっと笑った。
「急に兄さんなんて言い難いだろう…? ずっと西沢さんって呼んでたから…。
亮…英武や怜雄のように紫苑って呼べばいいのに…。 」
そうだな…と亮は答えた。
その方が呼びやすいかも…な。
「僕の半分が壊れちゃっても…亮も紫苑さんも…僕のこと今まで通りずっと傍に置いといてくれるかなぁ…?
完全な男の子ノエルは…実家に戻るしかないのかな…? 」
不意にノエルはそんなことを言い出した。
ノエルの中には今までとは逆の悩みが生じていた…。
完全じゃないから実家に居場所がなかったノエル…代わりに西沢や亮が家族のように受け入れてくれた。
でも完全な男の子ノエルは…?
「ノエル何で急にそんなこと考えたの…? 紫苑も僕もノエルが好きだよ。
男でも女でもそんなの関係ない。
ノエルはノエル…変わりっこないじゃないか。 」
そうなんだけど…でもね…。
不安げな眼で亮を見た。
「心配ないよ…。 滝川先生見てみろよ…。 ずっと居据わってるぜ…。 」
亮が滝川を例にあげると…そうか…とノエルは何だか妙に納得したようだった。
真夜中近く…亮が疲れてうつらうつらし始めても…ノエルは寝付かれなかった。
再び疼きだした痛みが眠りを妨げた。
今度はよほどひどく荒れちゃったんだな…とノエルは顔を顰めた。
子宮はわりと痛みには鈍感なところらしいから…それでもこれほどに疼くのは、やはり状態が悪いからなんだろう…と思った。
何度も寝返りをうったが楽にはならなかった。
亮を起こそうかとも思ったが…ずっと擦っていてくれてやっと眠った亮を起こすのは気の毒で…できなかった。
お父さんが起きていたら診てもらおうと上半身を起こしかけた時、ベッドの傍らに立っている人影を見た。
その人は穏やかに微笑みかけてノエルのお腹に触れた。
「紫苑さん…。」
痛みがすうっと引いていくのが分かった。
『無理をしないでいいんだよ…ノエル…もうお別れは…言ったろう…? 』
その人は確かにノエルにそう語りかけた。
ノエルの痛みが消えていくとともにその人の姿もおぼろげになっていった。
「待って! 紫苑さん! 待って! 」
ノエルが叫んだ。 亮はその声に飛び起きた。
ノエルはひどく興奮していた。
「亮! たったいま紫苑さんがここへ来たんだ!
僕の身体を治すために…自分があんな状態なのに…ノエル無理するなって…。
さっきまですごくお腹が痛くて眠れなかったんだ…。 もう…痛くない…。 」
まさか…と亮は思った。 夢でも見たんじゃないか…?
亮がノエルのお腹に触れてみるとノエルの言うとおりさっきよりは随分と腫れが引いているように感じられた。
階下で電話のけたたましい音が鳴り響いた。
有が慌てて受話器を取る気配がした。
しばらくすると階段を駆け上って来る音がした。
「亮…ノエル…紫苑の容態が急変した…。 すぐに仕度しなさい。 」
亮とノエルは顔を見合わせた。
ふたりは急いで着替えると取るものも取りあえず有の車に乗り込んだ。
「紫苑さんの馬鹿…僕の痛みなんか…どうでもよかったのに…。 」
容態の急変は…自分のせいだとノエルは思った。
あんな状態でも…西沢はちゃんとみんなの行動を知っていて…ノエルの身体を心配してくれていた。
なけなしの力を振り絞って念を飛ばし…ノエルを癒してくれたに違いない…と…。
そんなノエルを見ながら亮は祈った。
太極…どうか…紫苑を助けて…。 このままじゃ…ノエルが可哀想だ…。
僕だってまだ…紫苑って呼んでない…。
父さんだって…みんなだって…言いたいことが山ほどあるんだ…。
紫苑…紫苑…逝かないで…僕等を置いたまま逝ってしまわないで…。
次回へ
特別室には滝川と有そして智哉の他に怜雄と英武が立ち会いに来ていた。
遅れて輝が不測の事態に…というよりは予測できる失敗に備えて何枚ものバスタオルとノエルのための着替えを袋詰めにして病室に現れた。
こんなもの…役に立たない方が良いんだけど…念のためにね…。
輝は自分に言い聞かせるように胸の中で呟いた。
始めましょう…という滝川の声でその場に張り詰めた空気が流れた。
怜雄と英武は万が一、亮に何かあった場合の代理や西沢の身体に異変が起きた場合のエナジーの供給者としての役目も負っていたので、かなり緊張した面持ちで西沢の傍に控えていた。
ソファベッドの上に仰向けに寝転がったノエルの腹部の子宮の位置を滝川が智哉に指示した。
智哉はまず娘の千春の身体から少量のエナジーを抜き取り、慎重にノエルの子宮に移した。
続いて驚異的な計量感覚でほとんど千春のエナジーと同量のエナジーを亮の身体から抜き取り、ゆっくりとノエルの子宮に入れた。
「エナジーの様子が見えますか…? 」
滝川と有はノエルの子宮の状態をふたりで確認しながら智哉に訊ねた。
智哉が…はい…と頷いた。
「ふたつの気は今…活動を始めました。 絡み合っています。
気同士の相性は…悪くないようです。 」
ほぼ…滝川や有の捉えた動きと一致していた。
智哉自身は知らぬこととは言え、遠いところで血縁関係にある千春と亮だから相性の良さはある程度予測できた。
智哉の眼と滝川や有の感覚にずれが生じたのはそのすぐ後だった。
突然…智哉が…ふたりの気とは異なる気が見えると言い出したのだ。
滝川と有にはそれが感じられなかった。
何かが邪魔を始めたのは分かったが…それが気だとは思わなかった。
「痛い…。 」
再びあの痛みがノエルを襲った。
それはどんどんひどくなってきてノエルはじっと寝ては居られなかった。
お腹を抱えて蹲った。
亮が慌てて駆け寄ろうとするのを…今はだめ…と遮って、袋を抱えた輝が先にノエルに近付いた。
輝は素早くタオルを何枚もノエルの腰の下に敷いた。
ノエルの腰にもかけてやった。
失敗だ…と滝川は呟いた。
ノエルは真っ青な顔をして内臓をぎゅっと絞られるような痛みに耐えていた。
滝川がもう一度ノエルを仰向けに寝かせると急いで治療をした。
有も治療の効果を確認するようにノエルの下腹部に触れて上出来だ…と頷いた。
手当てを終えた滝川はがっくりと椅子に腰を下ろした。
頭を抱え…事態を検討した。
最も良い条件と思われることばかりなのに…何がいけなかったのか…?
輝は看護婦さん並みに手早く後始末を終えてから、亮に向かって…もうノエルに近付いてもいいよ…と許可を出した。
大丈夫…? 亮が声をかけるとノエルは力なく笑った。
有が…何やらひとり考え込んでいる智哉にそっと耳打ちした。
ふたりで静かに応接間の方へ移動した。
応接間で有はまず失敗したことの詫びを述べた。
「気にかかることがあるので…智哉さんにもご意見を伺いたいのですが…。
どうもあの方法には何処か根本的な思い違いがあるように思えてならないのです。
この前から引っ掛かってはいたのですが…。 」
有は小さな声で智哉に語った。
「実は…先程から私もそれを考えていました。
私はこの眼で確かに邪魔をする三番目の気を見たのです。
しかし…私の手は千春と亮くんの気以外には触れていない…。 」
智哉が不思議そうに答えた。
「その気を私も恭介も気として捉えることができませんでした。
邪魔をしているものがあるとは感じていたのですが…。
こうは考えられないでしょうか…?
その気は…ノエル自身の気ではないかと…。
ノエル自身の気なら我々はノエルの身体のあらゆるところにそれを感じているわけですから…特別なものとしては判別できない…。
しかし…あなたには見えるわけですから…ね。
この失敗はノエルの気の一部が子宮で活発に動いた結果だと…。 」
有の見解になるほど…と智哉は頷いた。
「それは有り得ます…。 あの気は私の目には確かに見えてはいますが、他の人の気配がまったくなかったのです。
ノエル自身の気であるならそれも道理だ…。 」
意見が合ったところでふたりは病室へと戻った。
有と智哉は頭を抱えている滝川にいまさっき自分たちが考えた意見を話してみた。
滝川は聞きながら頷いていたが何か思い当たったように急に立ち上がると、ノエルの寝ているところまで飛んできた。
びっくりしているノエルと亮の顔を交互に眺めて滝川は頭を掻いた。
「有さん…智哉さん…僕はとんでもない考え違いをしていました。
ノエルの子宮を単なる器と捉えていたこと…媒介に過ぎないと考えていたこと…。
大きな間違いでした。
ノエルの子宮はそれ自体が生命エナジーを宿している…。
必要なのはおそらく亮くんの気だけで…千春ちゃんの気を一緒に入れてはいけなかったんです。 」
その見解には有も智哉も大きく頷いた。
しかし…いますぐに試すというわけにはいかなかった。
ノエルに無理をさせれば…智哉が懸念したとおり身体が持たない。
今日のところは一先ず中止にしてノエルの回復を待つことになった。
「ノエル…家へ帰って母さんに看て貰うか…? 」
智哉はノエルを労るようにそう声をかけた。
けれどもノエルは…首を横に振った。
「亮と帰る…。 亮んちへ行く…。 」
そうか…と智哉は心持ち寂しそうに言った。
今一番心細いに違いないノエルは…それでも実家には帰ろうとしない…。
両親の介護を受けるよりも他人の亮を選ぶ…。
実家とは名ばかりで…うちはノエルにとってそれほど居場所のないところになっていたのだろうか…?
あの日の西沢の忠告を今更ながらに思い出した。
「亮くん…ノエルを頼むよ…。 面倒をかけてしまって悪いんだが…。 」
智哉は傍にいた亮に向かって申しわけなさそうにノエルの世話を頼んだ。
亮は快く…いいえ構いません…と答えた。
離れたところにいた有にも智哉は一声かけた。
有も機嫌よくノエルを引き受けた。
怜雄や英武と話していた千春を呼んで帰途についた智哉は、家に着くまで溜息の吐きっぱなしだった。
『どうか…ありのままのノエルを愛していると言ってあげてください…。 』
西沢のあの言葉が繰り返し浮かんでは消えた…。
ノエルの具合はこの前よりも悪そうだった。
ノエルは何も言わないが…なかなか顔色が戻らない…食欲もない。
ひどく腰とかお腹とかが重たく感じられるようでつらそうだ。
帰宅してからずっと寝転がったまま…。
夜になって…有が再度診てくれたが…回復には時間がかかりそうだ。
亮はこの前のようにノエルのお腹や腰を擦ってやりながら少しでもノエルが楽になるようにと願った。
「ご免な…ノエル…。 兄さんのためにこんなにつらい目に遭わせて…。」
ノエルは可笑しそうにくすっと笑った。
「急に兄さんなんて言い難いだろう…? ずっと西沢さんって呼んでたから…。
亮…英武や怜雄のように紫苑って呼べばいいのに…。 」
そうだな…と亮は答えた。
その方が呼びやすいかも…な。
「僕の半分が壊れちゃっても…亮も紫苑さんも…僕のこと今まで通りずっと傍に置いといてくれるかなぁ…?
完全な男の子ノエルは…実家に戻るしかないのかな…? 」
不意にノエルはそんなことを言い出した。
ノエルの中には今までとは逆の悩みが生じていた…。
完全じゃないから実家に居場所がなかったノエル…代わりに西沢や亮が家族のように受け入れてくれた。
でも完全な男の子ノエルは…?
「ノエル何で急にそんなこと考えたの…? 紫苑も僕もノエルが好きだよ。
男でも女でもそんなの関係ない。
ノエルはノエル…変わりっこないじゃないか。 」
そうなんだけど…でもね…。
不安げな眼で亮を見た。
「心配ないよ…。 滝川先生見てみろよ…。 ずっと居据わってるぜ…。 」
亮が滝川を例にあげると…そうか…とノエルは何だか妙に納得したようだった。
真夜中近く…亮が疲れてうつらうつらし始めても…ノエルは寝付かれなかった。
再び疼きだした痛みが眠りを妨げた。
今度はよほどひどく荒れちゃったんだな…とノエルは顔を顰めた。
子宮はわりと痛みには鈍感なところらしいから…それでもこれほどに疼くのは、やはり状態が悪いからなんだろう…と思った。
何度も寝返りをうったが楽にはならなかった。
亮を起こそうかとも思ったが…ずっと擦っていてくれてやっと眠った亮を起こすのは気の毒で…できなかった。
お父さんが起きていたら診てもらおうと上半身を起こしかけた時、ベッドの傍らに立っている人影を見た。
その人は穏やかに微笑みかけてノエルのお腹に触れた。
「紫苑さん…。」
痛みがすうっと引いていくのが分かった。
『無理をしないでいいんだよ…ノエル…もうお別れは…言ったろう…? 』
その人は確かにノエルにそう語りかけた。
ノエルの痛みが消えていくとともにその人の姿もおぼろげになっていった。
「待って! 紫苑さん! 待って! 」
ノエルが叫んだ。 亮はその声に飛び起きた。
ノエルはひどく興奮していた。
「亮! たったいま紫苑さんがここへ来たんだ!
僕の身体を治すために…自分があんな状態なのに…ノエル無理するなって…。
さっきまですごくお腹が痛くて眠れなかったんだ…。 もう…痛くない…。 」
まさか…と亮は思った。 夢でも見たんじゃないか…?
亮がノエルのお腹に触れてみるとノエルの言うとおりさっきよりは随分と腫れが引いているように感じられた。
階下で電話のけたたましい音が鳴り響いた。
有が慌てて受話器を取る気配がした。
しばらくすると階段を駆け上って来る音がした。
「亮…ノエル…紫苑の容態が急変した…。 すぐに仕度しなさい。 」
亮とノエルは顔を見合わせた。
ふたりは急いで着替えると取るものも取りあえず有の車に乗り込んだ。
「紫苑さんの馬鹿…僕の痛みなんか…どうでもよかったのに…。 」
容態の急変は…自分のせいだとノエルは思った。
あんな状態でも…西沢はちゃんとみんなの行動を知っていて…ノエルの身体を心配してくれていた。
なけなしの力を振り絞って念を飛ばし…ノエルを癒してくれたに違いない…と…。
そんなノエルを見ながら亮は祈った。
太極…どうか…紫苑を助けて…。 このままじゃ…ノエルが可哀想だ…。
僕だってまだ…紫苑って呼んでない…。
父さんだって…みんなだって…言いたいことが山ほどあるんだ…。
紫苑…紫苑…逝かないで…僕等を置いたまま逝ってしまわないで…。
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