早番の朝、書店のバイトへ行く道すがら、ノエルはウィンドウからちょっと喫茶店の中を覗いた。
モーニングセットを運んでいた悦子が目敏く気付いて手を振ってくれた。
何気ない振りをしてノエルも小さく手を振り返した。
悦子が手を振ってくれるだけでなんかこう…わくわくするけど…その後がちょっと切ない。
バックルームでエプロンを着けて鏡を見る…バイト前の習慣になってしまった。
何回見たって僕は僕…変わりゃぁしないのに…。
箒と塵取りを持って店の前へ出ると粘っこい熱気が身体に纏いついた。
地面がカラカラだ…水撒こうかな。
どこかで渇水だって言ってたから…撒かないほうが良いのかな…。
トラックが店の前に停まり荷物を降ろし始めた。
吉井さんが出てきて運転手の差し出した受け取りに判を押した。
ノエル…悪いんだけど荷物運んでくれない…? ちょっと腰痛めちゃってね。
吉井さんが申しわけなさそうに言った。
ノエルは手早く荷物を台車に載せ店の中に運び入れた。
有難う…結構…これが重いのよね…本ばかりだから…やっぱり男の子だねえ。
見た目より力があるわ…。
そう言われて悪い気はしなかった…ノエルは少しだけ笑って見せた。
褒め言葉を気にして…鏡と睨めっこして…馬鹿みたい…そんなこと全部気休めだ。
腕力があるとかないとか…身体が華奢だとか逞しいとか…本当に問題なのはそんなことじゃない…。
だって…あのことがなければ…僕は今すぐにだって声をかける…。
華奢なノエルのままだって気になんかしない…。
馴染みのお客たちが判で捺したように、暑いねぇから始まってあれこれ世間話をして帰っていく。
愛想笑いで受け答えしながら有難うございましたで送り出す…。
「ノエル…雑誌届けてきてくれる? 」
新刊をチェックして店頭に並べ終わった頃、吉井さんが店ごとにひとまとめにした週刊誌をノエルに渡した。
届け先は喫茶ブランカと美容室エヴァ…。
昼近くなって気温はますます上昇…。
連日30度を超える暑さ…30度なら可愛い方かな…今日はもっといってそうだ。
美容室から喫茶店に移動するだけで全身汗…。
温暖化の影響だって言うけど氷河どころか僕だって溶けそう…。
「谷川書店です…。 」
あら…ノエルご苦労さま…と悦子が雑誌を受け取りに来た。
「暑いね…ノエル…後でアイス食べに行かない? あがり…何時? 」
えぇ~っ? ちょっとびっくり…。
「5時…だけど…。 」
決まり…私の方がちょっと早いけど買い物してから本屋さんの方へ行くからね…待っててね…。
悦子はにっこりと笑ってノエルを見つめた。
思わず…うん…と返事をしてしまった。
吉井さんと入れ替わりに4時に亮が店に入った。
何だかノエルがそわそわ落ち着かない様子で妙だと思っていたら…5時の時報とともに店の前に悦子が現れた。
なるほどね…悦ちゃんと初デートなわけだ…そりゃ落ち着かんわ…。
店から遠ざかっていくふたりの後姿を見ながら亮は苦笑した。
振り向くと亮の後ろで店長がニヤニヤしながら同じようにふたりを見ていた。
書店と反対側の駅の改札前にあるアイスクリーム専門店…さすがにこの季節は賑わっている。ふたりが一緒に座れる席はなさそうだ。
すぐ近くに千春の好きなケーキ屋がある。
千春と亮が初めてデートをしたところだけど…この頃のお相手は英武らしい。
ケーキとアイス…ちょっと迷いながらも…混んでるけど今日はアイス…と悦子はノエルの腕を引っ張りながら席待ちの女性でいっぱいの店の中へと入っていった。
ノエルと悦子は騒がしい店内からすぐ近くの小さな児童公園へと移動した。
公園のベンチにふたり腰掛けて話すより先にアイスを口にする。
外気のせいであっという間に溶け始めるチョコ入りのミントアイス…行儀なんか気にしてられない。
「う~ん…生き返る…。 美味しいねノエル…。 」
うん…とは返事しながらも、悦子の舌がアイスを舐める様子を…自分もいま同じような顔しているに決まっているとは思いつつ…ぼ~っと眺めながら食べていたので味なんかどこかへ消えてしまっていた。
「でも…なんで奢ってくれたの? 誘ったの私なんだからよかったのに…。 」
そうなんだけど…やっぱりさ…。
「そっか…ノエルは基本的には男の子なんだ…ね。 」
えっ…? そう言われて一瞬戸惑った。
「私ね…治療師の卵なの…。 だからノエルのことすぐに分かったよ。 」
ノエルの顔が蒼ざめた。
知られてた…。 お終いだ…。 始まる前から…終わっちゃってる…。
「気味悪いだろ…? 両方なんだ…僕…。
ねえ…本当は何の用だったの? 僕の身体に興味があったから誘ったの?
治療師の卵としては…何を知りたかったわけ…? 」
泣きたい気持ちだった。
ノエルの胸の内を知らない悦子はいつも通りの笑顔だった。
「別に…治療師だから興味があるわけじゃないの。 気味悪くもないよ。
ノエルってとても優しそうだから友だちになりたいなぁなんて思っただけ…。
亮くんとすごく仲良いから…意識的には女の子なんだろうなって想像してて…。
ショッピングとかお出かけとか一緒にできたらいいななんて考えてたんだけど。」
女の子…そうか…同性に見られてたんか…。 それじゃ文句も言えやしない…。
ノエルはふうっと溜息をついた。
「ご期待に副えなくてご免ね…。 生憎…男だもんで…。 」
強張った顔に力入れてノエルは何とか微笑んで見せた。
「いいよ…。 でも時々アイスとか付き合ってよ。 勿論…割り勘でね。
友だちにはなれそうだもん…。 」
ほっぺたに可愛い笑窪を浮かべてそう誘われると嫌ですとも言えなかった。
いつでも…OK…だよ…声かけて…ね。 心と裏腹な悲しい答えだけを返した。
「僕…夕飯の当番だから…そろそろ帰るね。
今日寄り道するって言ってこなかったし…紫苑さん待ってるかもしれない…。 」
引きつったような笑みを浮かべながらノエルは立ち上がった。
あ…そうなんだ…それじゃ…またね…今日はご馳走さま。
悦子は上機嫌で手を振った。
小さく手を振り返してノエルは公園を後にした。
昼過ぎからずっと閉じこもっていた仕事部屋を出た西沢は、欠伸と伸びをしながらキッチンへ向かった。
ふと気配を感じて居間の方に目を向けると灯りの消えた居間の隅っこでノエルが小さく縮こまっているのが見えた。
「どうしたの…ノエル…こんなところで…? 」
灯りをつけてノエルの傍へと近付いた。
西沢の顔を見た途端…さっきまで我慢していた涙がぽろっとこぼれた。
「なんでもない…。 ちょっと疲れただけ…。 」
そうか…疲れちゃったのか…。
微笑みながらそう言って西沢はノエルの頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「じゃあ…ゆっくり風呂に入っておいで…汗びっしょりだ…。 」
うん…と鼻声で頷いて立ち上がると、ノエルはバスルームに向かってふらふら歩いて行った。
その後は…西沢の話を聞いて作り笑顔を見せたり冗談を言ったりして、普段とどこも変わりないふうを装っていたが、さすがに我慢の限界か…いつものように亮が仕事からあがって来るのを待たずに早々にベッドに潜り込んでしまった。
戻ってきた亮は西沢からノエルの様子を聞いて悦子とのデートが上手くいかなかったことを察した。
ノエルがそれほどショックを受けるからには…単純にふられたのなんのって話じゃないとも感じた。
それなら…デートのことを知っている自分がすぐに顔を見せると余計につらいだろうと思い、西沢に任せてひとりで自宅に戻ることにした。
早々とベッドに入ったものの一向に寝付かれず…あっちへごろん…こっちへごろん…とベッドの上を転がっていたノエルは、起き上がって籐のソファに移った。
赤ん坊のように丸まって…子どものように爪を噛んだ。
そんな様子を見て西沢がまた…そっと頭を撫でた。
ノエルが着ているのは相変わらず西沢のパジャマ…大きくて手足が出ない…。
まるで赤ちゃんの産着だ。
「壊しちゃってくれない…紫苑さん? 僕…もう…こんな身体いらない…。 」
西沢が黙っているのでソファを降りてパジャマを引き摺りながらベッドに腰掛けている西沢のところへ行った。
「亮のお父さんが…僕はまだ赤ちゃんなんだって言ってた。
ねえ…赤ちゃんのうちに…全部壊しちゃって…。 こんなの意味ないもん…。 」
西沢は穏やかに笑みを浮かべながら、以前にもしたようにノエルを膝の上に抱き上げ、子どもに接する時のように静かに語りかけた。
「この世に意味のないものなんて…存在しないと僕は思っている。
ノエル…きみの身体にも必ず何らかの意味があるはずだ…。
だって…両性具有を神聖なものと考える宗教があるくらいだもの…。
最高の美と捉える芸術も…ね。
第三の性と考える人もいる。
僕自身は無性も合わせて四種の性が存在すると考えているんだ。 」
四種…ノエルは不思議そうに西沢の顔を見上げた。
「勿論…どんな意味があるかなんて今すぐには分からないし答えられない。
でも過去から現代に亘って確かにきみのような身体が時々この世に生まれてくるということは…そう生まれてくる意味があるからだとしか思えないんだ。
起こるべき何かのために用意されている…身体。
それが何時起こるか何処で起こるか分からないから…ひとりではなく…あらゆる時代にあらゆる場所に数字的には少ないけれど誕生してくる…。 」
そんなの詭弁だよ…とノエルは呟いた。
「いいじゃないか…僕はそう信じているんだから…。
だからね…僕にとってはきみの身体は大切な存在なんだよ…。
簡単に棄てたり汚したりして欲しくはないんだ。 大事にして欲しい。
でも…どうしてもというのなら…手術受けるんだね…きみの意思で…。
きみの心が救われるなら…それでもだめだという権利は僕にはないから…。 」
よく言うよ…僕のこと好きでもないくせに…。
ノエルはやっといつもの笑顔を見せた。
好きさ…そのうち証明してあげるよ…。
きみや亮や…僕の周りの人たちを…僕がどれほど愛しているか…。
僕を疑って…後で後悔したって知らないよ…。
西沢は冗談っぽく眉を吊り上げて可笑しそうに笑った。
次回へ
モーニングセットを運んでいた悦子が目敏く気付いて手を振ってくれた。
何気ない振りをしてノエルも小さく手を振り返した。
悦子が手を振ってくれるだけでなんかこう…わくわくするけど…その後がちょっと切ない。
バックルームでエプロンを着けて鏡を見る…バイト前の習慣になってしまった。
何回見たって僕は僕…変わりゃぁしないのに…。
箒と塵取りを持って店の前へ出ると粘っこい熱気が身体に纏いついた。
地面がカラカラだ…水撒こうかな。
どこかで渇水だって言ってたから…撒かないほうが良いのかな…。
トラックが店の前に停まり荷物を降ろし始めた。
吉井さんが出てきて運転手の差し出した受け取りに判を押した。
ノエル…悪いんだけど荷物運んでくれない…? ちょっと腰痛めちゃってね。
吉井さんが申しわけなさそうに言った。
ノエルは手早く荷物を台車に載せ店の中に運び入れた。
有難う…結構…これが重いのよね…本ばかりだから…やっぱり男の子だねえ。
見た目より力があるわ…。
そう言われて悪い気はしなかった…ノエルは少しだけ笑って見せた。
褒め言葉を気にして…鏡と睨めっこして…馬鹿みたい…そんなこと全部気休めだ。
腕力があるとかないとか…身体が華奢だとか逞しいとか…本当に問題なのはそんなことじゃない…。
だって…あのことがなければ…僕は今すぐにだって声をかける…。
華奢なノエルのままだって気になんかしない…。
馴染みのお客たちが判で捺したように、暑いねぇから始まってあれこれ世間話をして帰っていく。
愛想笑いで受け答えしながら有難うございましたで送り出す…。
「ノエル…雑誌届けてきてくれる? 」
新刊をチェックして店頭に並べ終わった頃、吉井さんが店ごとにひとまとめにした週刊誌をノエルに渡した。
届け先は喫茶ブランカと美容室エヴァ…。
昼近くなって気温はますます上昇…。
連日30度を超える暑さ…30度なら可愛い方かな…今日はもっといってそうだ。
美容室から喫茶店に移動するだけで全身汗…。
温暖化の影響だって言うけど氷河どころか僕だって溶けそう…。
「谷川書店です…。 」
あら…ノエルご苦労さま…と悦子が雑誌を受け取りに来た。
「暑いね…ノエル…後でアイス食べに行かない? あがり…何時? 」
えぇ~っ? ちょっとびっくり…。
「5時…だけど…。 」
決まり…私の方がちょっと早いけど買い物してから本屋さんの方へ行くからね…待っててね…。
悦子はにっこりと笑ってノエルを見つめた。
思わず…うん…と返事をしてしまった。
吉井さんと入れ替わりに4時に亮が店に入った。
何だかノエルがそわそわ落ち着かない様子で妙だと思っていたら…5時の時報とともに店の前に悦子が現れた。
なるほどね…悦ちゃんと初デートなわけだ…そりゃ落ち着かんわ…。
店から遠ざかっていくふたりの後姿を見ながら亮は苦笑した。
振り向くと亮の後ろで店長がニヤニヤしながら同じようにふたりを見ていた。
書店と反対側の駅の改札前にあるアイスクリーム専門店…さすがにこの季節は賑わっている。ふたりが一緒に座れる席はなさそうだ。
すぐ近くに千春の好きなケーキ屋がある。
千春と亮が初めてデートをしたところだけど…この頃のお相手は英武らしい。
ケーキとアイス…ちょっと迷いながらも…混んでるけど今日はアイス…と悦子はノエルの腕を引っ張りながら席待ちの女性でいっぱいの店の中へと入っていった。
ノエルと悦子は騒がしい店内からすぐ近くの小さな児童公園へと移動した。
公園のベンチにふたり腰掛けて話すより先にアイスを口にする。
外気のせいであっという間に溶け始めるチョコ入りのミントアイス…行儀なんか気にしてられない。
「う~ん…生き返る…。 美味しいねノエル…。 」
うん…とは返事しながらも、悦子の舌がアイスを舐める様子を…自分もいま同じような顔しているに決まっているとは思いつつ…ぼ~っと眺めながら食べていたので味なんかどこかへ消えてしまっていた。
「でも…なんで奢ってくれたの? 誘ったの私なんだからよかったのに…。 」
そうなんだけど…やっぱりさ…。
「そっか…ノエルは基本的には男の子なんだ…ね。 」
えっ…? そう言われて一瞬戸惑った。
「私ね…治療師の卵なの…。 だからノエルのことすぐに分かったよ。 」
ノエルの顔が蒼ざめた。
知られてた…。 お終いだ…。 始まる前から…終わっちゃってる…。
「気味悪いだろ…? 両方なんだ…僕…。
ねえ…本当は何の用だったの? 僕の身体に興味があったから誘ったの?
治療師の卵としては…何を知りたかったわけ…? 」
泣きたい気持ちだった。
ノエルの胸の内を知らない悦子はいつも通りの笑顔だった。
「別に…治療師だから興味があるわけじゃないの。 気味悪くもないよ。
ノエルってとても優しそうだから友だちになりたいなぁなんて思っただけ…。
亮くんとすごく仲良いから…意識的には女の子なんだろうなって想像してて…。
ショッピングとかお出かけとか一緒にできたらいいななんて考えてたんだけど。」
女の子…そうか…同性に見られてたんか…。 それじゃ文句も言えやしない…。
ノエルはふうっと溜息をついた。
「ご期待に副えなくてご免ね…。 生憎…男だもんで…。 」
強張った顔に力入れてノエルは何とか微笑んで見せた。
「いいよ…。 でも時々アイスとか付き合ってよ。 勿論…割り勘でね。
友だちにはなれそうだもん…。 」
ほっぺたに可愛い笑窪を浮かべてそう誘われると嫌ですとも言えなかった。
いつでも…OK…だよ…声かけて…ね。 心と裏腹な悲しい答えだけを返した。
「僕…夕飯の当番だから…そろそろ帰るね。
今日寄り道するって言ってこなかったし…紫苑さん待ってるかもしれない…。 」
引きつったような笑みを浮かべながらノエルは立ち上がった。
あ…そうなんだ…それじゃ…またね…今日はご馳走さま。
悦子は上機嫌で手を振った。
小さく手を振り返してノエルは公園を後にした。
昼過ぎからずっと閉じこもっていた仕事部屋を出た西沢は、欠伸と伸びをしながらキッチンへ向かった。
ふと気配を感じて居間の方に目を向けると灯りの消えた居間の隅っこでノエルが小さく縮こまっているのが見えた。
「どうしたの…ノエル…こんなところで…? 」
灯りをつけてノエルの傍へと近付いた。
西沢の顔を見た途端…さっきまで我慢していた涙がぽろっとこぼれた。
「なんでもない…。 ちょっと疲れただけ…。 」
そうか…疲れちゃったのか…。
微笑みながらそう言って西沢はノエルの頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「じゃあ…ゆっくり風呂に入っておいで…汗びっしょりだ…。 」
うん…と鼻声で頷いて立ち上がると、ノエルはバスルームに向かってふらふら歩いて行った。
その後は…西沢の話を聞いて作り笑顔を見せたり冗談を言ったりして、普段とどこも変わりないふうを装っていたが、さすがに我慢の限界か…いつものように亮が仕事からあがって来るのを待たずに早々にベッドに潜り込んでしまった。
戻ってきた亮は西沢からノエルの様子を聞いて悦子とのデートが上手くいかなかったことを察した。
ノエルがそれほどショックを受けるからには…単純にふられたのなんのって話じゃないとも感じた。
それなら…デートのことを知っている自分がすぐに顔を見せると余計につらいだろうと思い、西沢に任せてひとりで自宅に戻ることにした。
早々とベッドに入ったものの一向に寝付かれず…あっちへごろん…こっちへごろん…とベッドの上を転がっていたノエルは、起き上がって籐のソファに移った。
赤ん坊のように丸まって…子どものように爪を噛んだ。
そんな様子を見て西沢がまた…そっと頭を撫でた。
ノエルが着ているのは相変わらず西沢のパジャマ…大きくて手足が出ない…。
まるで赤ちゃんの産着だ。
「壊しちゃってくれない…紫苑さん? 僕…もう…こんな身体いらない…。 」
西沢が黙っているのでソファを降りてパジャマを引き摺りながらベッドに腰掛けている西沢のところへ行った。
「亮のお父さんが…僕はまだ赤ちゃんなんだって言ってた。
ねえ…赤ちゃんのうちに…全部壊しちゃって…。 こんなの意味ないもん…。 」
西沢は穏やかに笑みを浮かべながら、以前にもしたようにノエルを膝の上に抱き上げ、子どもに接する時のように静かに語りかけた。
「この世に意味のないものなんて…存在しないと僕は思っている。
ノエル…きみの身体にも必ず何らかの意味があるはずだ…。
だって…両性具有を神聖なものと考える宗教があるくらいだもの…。
最高の美と捉える芸術も…ね。
第三の性と考える人もいる。
僕自身は無性も合わせて四種の性が存在すると考えているんだ。 」
四種…ノエルは不思議そうに西沢の顔を見上げた。
「勿論…どんな意味があるかなんて今すぐには分からないし答えられない。
でも過去から現代に亘って確かにきみのような身体が時々この世に生まれてくるということは…そう生まれてくる意味があるからだとしか思えないんだ。
起こるべき何かのために用意されている…身体。
それが何時起こるか何処で起こるか分からないから…ひとりではなく…あらゆる時代にあらゆる場所に数字的には少ないけれど誕生してくる…。 」
そんなの詭弁だよ…とノエルは呟いた。
「いいじゃないか…僕はそう信じているんだから…。
だからね…僕にとってはきみの身体は大切な存在なんだよ…。
簡単に棄てたり汚したりして欲しくはないんだ。 大事にして欲しい。
でも…どうしてもというのなら…手術受けるんだね…きみの意思で…。
きみの心が救われるなら…それでもだめだという権利は僕にはないから…。 」
よく言うよ…僕のこと好きでもないくせに…。
ノエルはやっといつもの笑顔を見せた。
好きさ…そのうち証明してあげるよ…。
きみや亮や…僕の周りの人たちを…僕がどれほど愛しているか…。
僕を疑って…後で後悔したって知らないよ…。
西沢は冗談っぽく眉を吊り上げて可笑しそうに笑った。
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